第12話 王都再訪

 俺がこの世界に来て、二週間が経った。

 王都に行く前に、可能な限りの用意は済ませたつもりだけれども。どうしても不安は残る。やり残したことも、着手できなかったことも、上手くいかなかったこともある。

 とはいえ戦いの始まりは待ってくれない。


「そういや王城で叙爵式とは聞いたけど、どんな場所でどんなことをやるのかは知らんな」


 マールに訊いても、困った顔で言葉を濁された。


「場所は毎年違いますし、特別な作法も用意も求められないです」


 そりゃ集められるのが召喚された異世界人じゃ、そうかもな。

 服装に関しても、規定はない。必要なら向こうが用意するのだそうな。


「めんどいな。叙爵式をバックレる奴って、いないの」

「ごく稀にいますが、埋められます」


 埋めるの好きだね、王国。

 俺は埋められたくないので王都へと向かう。歩きだけど、そこそこ近いから移動は楽ではある。それがエルマール・ダンジョンにとっての大問題でもあるのだが。

 これ王城から用意ドンで始まったら、冒険者の方が先に着くよな。どうすんだよ。攻略パーティとかの後から入ってくダンジョン・マスターって。おかしいだろ。


「メイさん、楽しそうですね♪」


 苦笑していた俺を見て、マールが笑う。楽しくはないが、開き直ったというのが正直なところだ。

 結局、事前入場可能化プレオープンしたエルマール・ダンジョンを訪れた冒険者たちは総勢十七名になった。あと野生の獣と魔物が大小取り合わせて百数十体。他にもあれこれ、迷い込んだのがいたようだが、みんなしておいた。


「もう少し、入れ食いかと思ったんだけどな」


 なにせ王都への行き来で利用される大きな街道から、最短で一キロメートルクロニムも離れてない。少し山に踏み込む必要はあるが、エルマール周辺はそう凶暴な獣や魔物は現れない安全な環境で知られる。村人ならともかく武器を持った冒険者なら恐れたりしない。


「あれ以上は難しいでしょうね。直接発見した者以外に、エルマール・ダンジョンが解放されていることを知る術がありません。……んですから」


 冒険者同士で情報共有をするものかと思ったけれども、カネになる情報をタダで漏らす冒険者などいないのだそうな。まして、いまは叙爵式前。それが終われば王国全土のダンジョンが解放されて攻略シーズンが始まるのだ。怪しげな不確定情報に踊らされるくらいなら、狙っているダンジョンの攻略準備に費やした方がいい。


「ちょっとくらいの行方不明者が出ても怪しまない、か」


 成長途上の俺たちにはお誂え向きだ。とりあえず成長の糧を得るため、しばらくエルマール・ダンジョンは“簡単に攻略できてイージーカム簡単に行方不明イージーゴー”を目指すと決めた。


「頼むぞ」

“まかせてー”


 俺の頭の上で、ベレー帽がプニプニと揺れた。相変わらず頼りになるワイルド・ブラザーだが、ここまでダンジョンの生命力DHP魔力DMP報酬点DPT向上に協力してもらったため、彼らのパラメータも爆上げしている。

 念話も感情の波ではなく、ちゃんと言葉として伝わってくるようになった。


名前:<ワイルド・スライム>

属性:水/木

レベル:22

HP:2110

MP:1997

攻撃力:238

守備力:216

素早さ:210

経験値:262

能力:隠形、転移、状態異常、溶解、突破、変身、収納、分裂、念話、紐帯

ドロップアイテム:ワイルドジェム

ドロップ率:C


 能力の数が目に見えて減ってる。

 彼らの成長が早すぎて個々の内容まで把握し切れていないが、とりあえず目についた変化は“擬態”が“変身”に、“隠蔽”が“隠形”に置き換わったこと。

 “突進”と“襲撃”が“突破”に、“毒霧”麻痺“幻視”が“状態異常”にまとめられたことだ。

 詳細を見ると、どれも能力は向上していて、上位の能力に統合されたことがわかる。

 新たに増えた“紐帯”という能力により、ダンジョンで自由に暮らしている同種の<ワイルド・スライム>たちと同じ情報を共有――というのか並行化というのか――しているようなことを教えてくれた。

 どこまで進化してゆくのだ、ブラザー。それは良いんだけど……聞こえるようになった声と口調が女の子っぽいのが、ちょっとだけ気になる。


“せいべつ? しらなーい”


 Xジェンダーな子はブラザーと呼んで良いのだろうか。いつか訊いてみよう。


◇ ◇


 王都は前に訪れたときよりも騒がしく、ひとと荷馬車でごった返していた。物見遊山な観光客って感じではない。もう少しギラギラした競輪場や競艇場の親父みたいな。


「なあ。もしかして叙爵式後のダンジョン攻略、賭けの対象になってる?」

「なってますね。いつものことです」


 マールはサラリと答える。声は平静だけれども、俺と目を合わせようとしない。

 通りに賭倍率オッズを示すボードを立て、その前でがなる胴元の声は通りすがりに嫌でも耳に入る。

 最初に陥落するのがどこのダンジョンか。胴元の声を聞くまでもなく、エルマールがぶっちぎりのトップだ。二位以下をトリプルスコアで引き離している。


「三年前からは、エルマール以外で、という賭けまで始まっています」


 自虐的な言葉を平坦な声で伝えるマールは、頑なにこちらを見ない。

 彼女自身を侮辱されることよりも、歴代のダンジョン・マスターを貶められているようで辛いのだろう。

 そこまでは理解するが、今年も同じ結果になると思われるのは心外だ。


「へえ、俺も賭けて良いのか?」


 周りの熱狂を鼻で嗤うように言ってやると、やっと彼女はこちらを向いた。


「……わたしたちの死に、ですか」

「笑わすなよ。エルマールの勝利にだ。見ろ、あの賭け倍率。半世紀は納税に困らんくらい儲かるぞ」

“ぞー?”


 俺と<ワイルド・スライム>の声に、マールはクシャッと顔を歪めて、泣き笑いの表情になる。


「……それは、残念、ですね。……ダンジョン・マスターもコアも、賭けへの参加は、……許されていません」

「ふん。あの胴元、命拾いしたな」

“したなー”


 叙爵式の会場は王城。それは、当然ながら平民街ではなく貴族街の中心にある。前には近付かなかったエリアだ。両市街の境目には、派手にデコレーションされた通用門がある。縦横三メートル近い鉄の扉に施された珍妙な彫刻を見る限り、防衛というより威嚇と示威が目的だろう。

 門前の衛兵は五人。みんな磨かれた銀の甲冑を身に着け、門の脇を守るふたりは飾り房の付いた華美な長槍を立てている。

 なんだかなあ……


「そこで止まれ!」


 腰の剣に手を掛けながら、偉そうな男がマールに近付く。


「エルマール・ダンジョンのコア・アバターです。ダンジョン・マスターをお連れしました」

「……ふん。あのゴミダンジョンか」


 受付に当たった衛兵は、小馬鹿にした顔で俺とマールを見る。

 そうだろうな。敬意なんて最初から期待していない。この世界に来て以来ずっと“いつか殺すリスト”ばかりが分厚くなってく。

 いまのところ、王都でエルマール・ダンジョンを警戒している様子がないのは救いだ。魚がスレてない内に釣果を上げておかなければ。


「通れ」


 吐き捨てるように言って、門が開かれる。俺たちが通れる、ギリギリの幅だけ。身体を横にして捻じ込めばなんとか通過できるかも、くらいのところで開くのを止められる。

 目的が嫌がらせであることは明白だった。門番ごときに、そこまで馬鹿にされる必要あるか?


「おい、何をしている? 通る気がないなら叙爵式を拒否したと判断……」


 俺が首を傾げると、ゴンと鈍い音がして扉がひしゃげた。

 通れるは広がったけれども。分厚い鉄扉が歪んだせいで、通れるが半分以下になった。扉自体が明らかに傾いてるし。俺は這っても通れん。

 ニヤニヤしながらこちらを見ていた衛兵たちは、何が起きたのかわかっていないようだ。


「……貴様、いま何をした!」

「ん〜? なんの話だ? こっちは扉に近付いてもいない。お前らが何かしたんじゃないのか?」


 俺は怪訝そうな顔で、逆側に首を傾ける。

 オッサンがわざとらしい無垢な表情を見せることで、相手を苛立たせるという高等テクニックだ。


「ふざけるな! 貴様が魔法で……」

「……おい」


 俺は無垢なフリをやめる。チンピラ感丸出しで腰に手を当て、顔を突き出して衛兵の目を覗き込む。


「……? あン?」


 無表情にジッと見据えてやると、戦闘職のはずの衛兵が怯み始めた。

 俺は強面でもなんでもないが、ブラック企業の会社員時代は、よく“死んだ魚のような目”とか言われてたからな。得体の知れん格好をしているし、何を考えているかわからん不気味さがあるんだろう。


「さっさと扉を開けろよ。それがお前らの仕事だろうが。なあ?」

「貴様ッ」


 信じられんことに、衛兵は逆ギレして殴り掛かってきた。

 顔を突き出したまま動かずにいると、ゴキッと鈍い音がして息を呑む。叩き付けた拳か手首を痛めたようだな。こちらを睨みつけてくるが、そんなもん自業自得だ。


「……ふ、ふざ……け」

「ふざけてんのは、どっちだ」


 大袈裟に溜め息を吐いて、俺はマールを振り返る。


「なあ、ダンジョン爵ってのは、ここまでコケにされても黙ってなきゃいかんのか?」


「ぐふッ」「ぐぇッ」


 ひしゃげた扉の前で、槍持ちの衛兵が吹っ飛ばされて転がるのが見えた。俺たちを攻撃しようとしたけれども、ワイルドな遠距離パンチで呆気なく倒されてしまったらしい。

 残るふたりは、無事ではあるものの抵抗の意思はなさそうだ。


「何をしている。さっさと開けろ」

「は、はい……ですが、我々では、どうに……もッ⁉︎」


 ゴイン、と鈍い音がして鉄の扉が両側とも向こう側に倒れ込む。


「それでいい。ご苦労」


 偉そうに言って、門を通過する。たったこれだけのことで、えらく時間を無駄にしてしまった。


「このくだらない扱いは、すべてのダンジョン爵に対してのものか?」

「ダンジョン爵に対する差別意識はありますが、あからさまな妨害行動は低クラスのダンジョンに限られます」


 高クラスのダンジョンになると国軍を挙げても討伐不能な力を持つし、産出資源も豊富で国益にもつながる。

 内心で蔑んでいたとしても、それを態度に表すことはないのだそうな。


「俺たちにとっては、前途多難だな」

“だなー?”


 俺が言うと、頭上で笑いながらブラザーがぷるぷると震えた。

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