第9話 予期せぬ不意打ち

 俺が異世界に召喚されてから、三日が経った。王都での叙爵式まで、あと十日ほど。ダンジョンの事前準備は、ゆっくりとだが進行していた。


 ケイアン・ダンジョンのコア分身体アバターには、“ゲーム”を提案した。

 叙爵式後、制限解除とともに互いの魔物を一体ずつ相手のダンジョンに送り込む。先にコアまで辿り着いた方が勝ちという単純なものだ。


 負けた方は、勝った方にコアの全魔力を譲渡する。口約束で終わらせないために、彼女たちの間で正式な契約を結ばせた。


 ケイアンのコアも最初は渋っていたが、こちらばかり見てわずかなクラス差をプライドの拠り所にしているうちは永遠にDクラスのままだと嘲笑い、負けるのが怖いのかと煽った。

 最初に喧嘩を売ってきたのは向こうだ。マールと因縁でもあるのか、渋々ながらも乗ってきた。


「相手のコアに到達したってことは、言ってみりゃ“いつでも壊せる”って宣告するような状況だからな。勝ち負けや優劣にこだわるなら、逃げられんだろ」


 説明を求められた俺は、マールに答える。


「それを、叙爵式直後に行うのは何か重要な意味があるんでしょうか」

「ないよ。戦略的にもコスト的にも、全く意味のない単なるお遊びゲームだ」


「でも、相手が受けるのを確信していたみたいでしたが」

「あいつのマスターが、俺の同郷だとわかったからだ」


 ケイアンのコアが持っていたのは、携帯ゲーム機のソフトだ。あいつも日本人、そしてゲームを知る者だ。

 制作者おれにとっては、ユーザーお客様だけどな。


 ゴールが決まれば、後は準備だ。俺は淡々と作業を進める。


「メイさん、ずいぶん落ち着いてますね」

「ああ。焦っても良いことないしな。どうせ、なるようにしかならない」


 細部が決まらないなら、大きな括りだけでも考える。先が見えないときには、後に使えそうな部材を揃える。問題が山積しているときは、出来るところから手を着ける。

 そして、“不安”と“問題”は分けて考える。


 すべて制作職クリエイターとして現場で学んだことだ。楽観的というよりも諦観的なものだが。


「ある程度の深さと階層は確保した。難易度の調整はこれからだけど、あとは魔物キャラを配置しながらだな」


 ダンジョン・コアに映し出された内部構造を見て、マールは感心した声を出す。


「これは……変わった階層の構成ですね」

「フロアの移動距離だけを稼ごうとすると、どうしても単調になる。難易度だけを優先すると、複雑化して構成魔力容量を食うみたいだしな」


 なので、吹き抜けや回廊など、高低差を出しながら視覚的な緩急を付けてみたのだ。

 ゲームデザインで移動する側に飽きさせない工夫だ。逆に言えば、攻略しようとする冒険者たちから集中力を削ぐ。魔物や罠から注意を逸らせる。


「いまのところ順調だな。なにか気を付けることは?」

「地上からコアに到達不能な構造は避けてください。“外在魔素マナ”の供給が絶たれて、コアが機能停止します」


 その話は、前に納税を拒否した場合の罰則として聞いた。

 入り口を埋められると、緩やかな死を迎えることになると。


「なるほど。攻略する側から見て、アンフェアな構造には出来ないわけか」


 ルールとしては理解した。レベルデザインとしても異論はない。

 俺の個人的価値基準で言っても、クリア困難な難易度にするのは――良し悪しはともかく――デザインだけど、クリア不能なのはバグだ。そんなダンジョンを作る気はない。


「マール、いまコアの魔力は」

「三割ほど残っています」

「まだ壁面が平らなままの仮組みなんで、いくつかサンプルを作りたい。粘着性のあるものと、滑りやすいもの、それにゴツゴツした怪我しやすいもの。可能なら毒も」

「はい」


 ダンジョン構成に必要なコアの魔力を十とすると、ふつうのダンジョン爵――爵位ではなく役割としてはダンジョン・マスターと呼ばれる――は七割以上を魔物に割くそうだ。

 なぜなら、階層の深さは身の安全を保証しないから。


 さらに、地形の変更や配置物の構成は、魔物の生成よりも魔力を消費する。コアの安全を考えて多層化、複雑化すると尚更だ。だったら強い魔物をたくさん配置した方が迎撃の可能性が上がる。

 考え方としては、間違っていない。


「ダンジョンに入った冒険者の生還率はどのくらい?」

「Aクラスのダンジョンで二割、BからDクラスは実力に見合ったところしか入れませんから八割以上が生還します」

「エルマール・ダンジョンは……Eクラスだっけ?」

「はい。過去に死亡者は、いません。重傷者が数名だけです」

「殺したくない?」


 マールの目が泳いだ。

 否定したいのだろうが、だったら歴代のダンジョン・マスターが無能ということになる。


「もう、これ以上ダンジョン・マスターには、危険な目に、遭って欲しくないです」

「違う。俺が知りたいのは、マールが、どうしたいかだ」

「……わたしは」


 きっと彼女の葛藤が、エルマール・ダンジョンを“攻略の容易い、初級者向けダンジョン”にしたんだろう。

 そして十二回もコアを砕かれ、十二人のダンジョン・マスターを喪った。


「甘っちょろい感傷で生かして帰したから、結果的に自分のコアを危険に晒した。それも事実だけど、覚悟があるのかどうかを訊きたい」


 項垂うなだれていたマールは、顔を上げた。


「すみません……わたしが甘えているのはわかっています。それでも、死んで欲しくないです。もちろんメイさんにも、魔物たちにも、ですが。……攻略者たちにも、できれば」

「わかった」


 俺の即答に、マールは目を丸くする。


「俺たちが身を守りながら、殺さない方法はある。殺すより効率的で、効果的な方法がね」

「それは、どんな……」

「実践してみようか。ほら、最初のサンプルが来る」


 ダンジョン・コアに映し出されたのは、まだ開放前のダンジョンに侵入してきた四人組の男たちだった。

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