第8話 コア・ガール


 撃退されたことで増援を送ってきたか。まだ叙爵式の前だってのに、熱心なことだ。


「逃げる? 戦う? 交渉する?」

「向こうの出方次第ですが、こちらを逃す気はないと思います。包囲してきてる男たちも、前の三人より強いです」


 武器を買おうかどうしようか迷う。消費するのが魔力にせよ金銭にせよ、いま無駄遣いはしたくないと他人事みたいな感情が浮かぶ。

 買えたところで初期装備みたいな剣と小楯だしな。正直、欲しいとは思わん。


「マールは、自分の身を守ることだけを……って、そういう心配は要らないんだっけ」

「そうですね。メイさんは?」

「俺も大丈夫だよ、たぶん負けないから」


 俺ではなくブラザーが、だけどな。

 回り込もうとしている男のひとりにチラッと【鑑定】を掛けると、レベルは18と出た。冒険者ランクはB直前のC、なかなかの実力者だ。

 たぶん数値だけでならエルマール・ダンジョンを単身で踏破するくらいの。


「あーら、エルマールのコアじゃないの?」


 妙に粘りつくような声。

 通りの端に目をやると、痩せた茶髪の女がこちらを見ていた。

 見た目は二十代後半ってところか。マールと似た印象のフォーマルな着衣を、品のない感じに着崩している。容貌だけなら美形と言っても良いんだろうが、キツい目付きと歪められた唇が台無しにしていた。


の、ゴミダンジョンが、王都に何の用?」


 ヒステリックな口調で女が嗤う。わざとらしく区切りながら強調していることから、ダンジョンの等級クラスを侮蔑の象徴と考えているのは理解した。

 自分のとこも、ひとクラス上でしかないんだけどな。そんなもの、いつひっくり返ってもおかしくないくらいの差異だ。


「……何の御用ですか、ケイアン」

「ケイアンでしょ。ゴミダンジョンの、クズコアが」


 わかりやすい煽りだが、目的が読めない。こちらに実害が与えられないことくらい理解しているはずなんだが。

 俺とマールの気分を害することだけが目的だとしたら、それはそれで気持ち悪い。


「そこの冴えない中年、どっかで拾ってきたの?」

「新しく選ばれたダンジョン爵、メイ・ホムラさんです。無礼は許されませんよ」

「ふん……誰だろうと、どうでもいいわ。どうせ、すぐ死ぬんだから」

「!」


 ケイアン・ダンジョンのコアは、俺を見て嘲笑する。イラッとはするが、だからどうということもない。

 この程度のクズは、わりと多く接してきた。実害があれば、叩き潰すけどな。


「なるほどね。……こいつがあなたの、、ってわけ?」

「……ッ‼︎」


 女の声に、マールがサッと顔色を変えた。


「そいつ、知ってるの? あんたが十三回目の完全踏破で、再起できなくなること」

「あ?」


 俺の反応を見て、女の顔にニヤーッと嫌な笑みが浮かぶ。


「知らないんだ。まあ、関係ないわよね。そのときは、ダンジョン・マスターも一緒に死ぬんだから。……いままでの、十二人の無能どもと同じように」

「皆さんを悪く言うのはやめてください!」


 マールが感情を揺らすのを、ニヤニヤと嬉しそうに見た。

 それでわかった。こいつの目的は、単なる嫌がらせ。それだけだ。こちらに被害など与えられない。与えたところで利益があるわけでもない。精神的な揺さぶりの先に戦略的意図があるわけでもない。


「ふふふふ……っ」


 世の中には、いろんな才能の持ち主がいる。そして、“他人に不快感を与える”という才能だけに長けた者も。かつて、そんなクズどもを何度も見てきた。まさか異世界でまで出会うことになるとはな。

 いい加減、くだらんマウンティングには付き合い切れない。俺は、溜め息まじりで声を掛ける。


「もう行くぞマール、そんな出汁だしガラみたいなババアに構うな」

「なッ⁉︎」


 マールの手を取って立ち去りかけた俺は、わざとらしい真顔で振り返った。

 女がそうしたみたいに、ジロジロと無遠慮に眺めまわした後で、不思議そうに首を傾げる。


「なあ、マール。コアに集まる魔力は、“外在魔素マナ”と“体内魔素オド”によるものだって聞いたが」

「は、はい」

「あそこまで栄養が足りないとしたら、こいつのダンジョンは魔力が枯れてんじゃないか?」

「あ、あの、メイさん? だとしてもコアの分身体アバターは、太ったり痩せたりしませんよ?」


 真面目か。俺の嫌味なフリを素で返すのがいかにもマールらしい。

 そして悪意的センスだけに秀でた者には、こういうのがひどく癇に障る言葉だったりする。


「黙れぇッ!」


 痩せぎす女は、裏返った金切り声で怒鳴る。自分は無遠慮にヘイトをぶつけてくる癖に、煽り耐性はないようだ。

 実際ケイアンのアバターを見た印象は、痩せてるというよりやつれてるというか、どうにも不健康な感じがした。


「そっか。じゃあ生まれつき枯れてんだな」

「……殺す」


 女が真っ直ぐに襲い掛かってくる。前に立ち塞がったマールを、俺は片手で押さえた。

 彼女が身を挺して止めようとしたのは、咄嗟の行動だろう。俺に【物理攻撃無効】【魔法攻撃無効】があることはわかっているのだから。

 護衛か刺客か、冒険者を四人も連れ出しておきながら、自ら襲い掛かってくる女もどうかしてる。

 マールも含めて、アバターの女性たちは良く言えば人間的。悪く言うと、あまりロジカルじゃないようだ。


「くああああぁッ!」


 ヒステリックな突進をいなすと、痩せぎすの女は足をもつれさせて転がった。

 身体能力は、さほど高くない……いや、いまのは<ワイルド・スライム>が迎撃してくれたのか?


「ふざ……けひゅッ⁉︎」


 ふらふらと起き上がりながら向かってきたところを、頭上から緑の豪打がカウンター気味に打ち抜く。やはり、ワイルドなブラザーも怒りヘイトを溜めていたようだ。壁際まで吹っ飛んだ女は、置かれていた樽を粉砕しながら転がる。

 立ち上がったところを、緑の豪腕が足払い。縦に半回転した女は、後頭部を地面に打ちつける。


「が、ぁ……ッ」


 鈍い音がしたな。

 王都の通りは石畳で、裏通りは石混じりの砂利敷だ。そんなもんに頭を叩き付けられれば、死んでもおかしくない。ふつうの人間なら、だが。

 頭を押さえて転げ回る女に、冒険者たちが駆け寄ってくる。それぞれに武器は抜いているが、俺たちを襲っては来ない。


“ますた、あいつ、ころす?”

「いや、もう十分だブラザー。ありがとう」


 男たちの苦々しい表情を見る限り、負けないにしても勝てないという微妙な戦力差を理解しているようだ。


「ッし!」


 息吹と共に繰り出された斬撃が当たって、片腕が弾かれた。痛くはないが、ちょっと姿勢が流れる。俺でもよろめくほどだから、生身の人間なら死んでいたかもしれない。基準が読めないので、変な感じだ。


「……くそッ、こいつは剣じゃ殺せんぞ」


 斬り掛かってきた男は、そう吐き捨てながら俺を見る。

 その目にあるのは怒りと憎しみと、嫉妬のように見える。剣客になるなら、便利なスキルなんだろうけどさ。


「ああ。ちなみに魔法もだ」


 杖みたいのを振り上げていた男が、俺の言葉で歯を食いしばる。後のふたりは、既に戦意を喪っていた。

 その間に俺は【鑑定】でケイアンのコアを調べ、【空間収納】で持ち物を剥ぐ。金目のものは持っていないが、面白いものはあった。


「へえ。これは……お前のダンジョン・マスターにもらったのか」

「返せ!」


 伸ばしてきた女の手に、それを投げ返す。

 プラスティックでカバーされた、小さなチップ。それは、この世界にはない大量生産マスプロ品だ。召喚者の持ち物だろう。それを見て、なんとなくケイアンのダンジョン爵がどんな相手かわかった。


「おい、出汁ガラ。お前のご主人様に伝えろ」

「あ?」


「“ゲームを、始めよう”ってな」

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