第7話 王都の澱
「お待たせ」
冒険者ギルドに戻ると、待っていたマールがホッとした表情になった。
俺がボコボコにされると確信していたのか、周囲の冒険者や事務員たちは意外そうな顔で俺を見る。
残念だったな。俺は地味なチート持ちなんだよ。
「大丈夫でしたか?」
「ああ。必死に命乞いして許してもらった」
向こうが、だけどな。マールも理解しているらしく、“ほどほどに”というような顔で笑ってくれた。
彼らから
男たちの武器や装備や装飾品も、ワイルドなブラザーの収納で奪い取っておいた。後で何か使い道もあるだろう。
「依頼主は、わかりましたか」
「ああ。ケイアン・ダンジョンのマスターらしい。知ってるか?」
「!」
小声で尋ねると、マールの顔が強張る。
「王都を挟んでエルマールの反対側にある、中級ダンジョンです。
「それって、マールのライバル?」
「エルマール・ダンジョンはEクラスです。向こうは歯牙にも掛けていません」
クラス差というのは、ダンジョン爵同士の上下関係として如実に現れるらしい。
なるほどね。逆に言えば、新生エルマール・ダンジョンが育ってくれるのは困るわけだ。
壁に貼られた依頼票を眺めた後、ギルドに併設された軽食堂に向かう。テーブルのひとつに座って、軽い食事を頼んだ。出入りする冒険者たちを観察しながら、周囲の噂話に耳を傾ける。
「なあマール、さっきの連中は、このギルドで強い方なのかな」
「手強かったんですか?」
俺は首を振る。
「メイさんが外に出ていたときに話していた声によると、冒険者としてのランクはCとDだそうです」
「リーダーのスキンヘッドがC?」
「はい。王都でも中堅といったところかと」
Bランク以上は上位として扱われ、Aランクともなると精鋭だそうな。
ダンジョン攻略は基本的にパーティで行う。狙うダンジョンも、ランクと合った
路地裏で転がってる連中は、本来エルマール・ダンジョンなんて楽々攻略するレベルなわけだ。
「その評価も当てにはならないな。あの程度の冒険者なら、どんだけ来ようと難なく対処できそうだ」
正直に答えたら、マールに呆れられた。
「ダンジョン・マスターが戦っちゃダメですよ? 管理責任者で、貴族なんですから」
「やらないけど、罰則でもある?」
「いいえ、単なる損益の問題です。ダンジョン爵個人の戦闘能力は、どれだけ
なるほど。自分でやったほうが早いし確実、なんつって
「それは大丈夫、ウチには頼もしいブラザーたちがいるからな」
◇ ◇
あまり目ぼしい情報は得られなかったので、冒険者ギルドを出て市場に向かう。
通りはかなりの賑わいで、アラビアの
野菜は安くて質も悪くなさそうだが、肉や魚はあまり近付きたくない感じの陳列具合だった。冷蔵設備の問題もあるし、産地から遠いせいもあるんだろう。
「なあマール、あの串焼き……」
「お腹が減っているんでしたら、買ってきましょうか?」
「いや、【鑑定】で出た<ヌタジカ>って、魔物?」
生き物ならともかく、調理されてしまうと【鑑定】で出る情報が少ないのだ。
「はい。
「へえ」
試しに買って食べてみたが、少し癖のある赤身肉で、味は悪くない。
ちなみに頑張ってくれた<ワイルド・スライム>にも一本進呈。美味いと喜んでくれた。
「これでいくら?」
「一本が、大銅貨一枚です」
大きめの肉が五つほど刺さった串が大銅貨一枚。金貨の二百分の一。現地の貨幣感覚だと、五十円とか百円とかになるのかな。つい換算してしまうが、たぶん日本人の感覚で貨幣換算しても無意味だ。
大量生産や大規模流通の存在しない前近代社会となれば、どうしても食材は安く、それ以外が高くなる。元いた世界でも、産業革命の前後で物の価格は激変したしな。
「ダンジョン爵を亡きものにする、なんてオーダーにしちゃ金貨十枚弱は安いと思ったんだけどな」
「王都では命の値段が安いのは事実ですが、金貨一枚あれば一家四人がひと月暮らせますよ」
生存するだけなら安いけど、文化的生活を求めると急に莫大な金が掛かるわけだ。幸か不幸か、俺は一般人として暮らすことはなさそうだが。
「これから暮らすのに、購入が必要な物資は?」
「メイさんが欲しいものだけで結構ですよ。生活物資や食料品は、コアでの調達も可能です」
武器と同じように商品一覧を見せてもらったが、そう珍しいものはない。数こそ揃っているが、質もそれなり。この世界で一般的な食材や衣服や家具、金物など。
ちょっとだけ期待したけど、元いた世界のものはない。
「ダンジョンのリソース消費を避けて金銭で購入するか、金銭は納税に当てて魔力で維持できる範囲の生活をするかはダンジョン・マスターの判断ですね」
「叙爵式まで、魔力はダンジョン構築に回そうと思ってる。少しくらい食材を買うか」
「食肉でしたら、エルマール・ダンジョンの周辺に、さっきの<ヌタジカ>がいます」
鹿か。俺に仕留められるもんかな。銃はないんだから、弓とか槍とかないと無理だろうな。
「たぶん、魔物たちに頼めば狩ってきてもらえますよ」
「そうか……そういうとこも、任せるべきなんだな」
反省点だ。なんでも自分でやろうとしてた。
「
「へえ」
狩りを頼むなら、気心の知れたワイルド
「メイさん」
「どうした、なんか欲しいものでもある?」
「尾行されています。武装した男が四名と、監視者が一名」
振り返り掛けた俺を、マールが止める。俺の背中に回した手が、少し震えていた。
「もしかして、その監視者は、ケイアン・ダンジョンのダンジョン爵?」
「……いいえ。コアの
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