第6話 路地裏の決闘

「冒険者ギルドは王都の平民街、商業区画の西側です」


 俺とマールは王都の通りを歩く。さすがに大きな街で、無目的に歩き回っていたら一日や二日ではどうにもならない。マールの案内があるから、なんとか目的地に辿り着けるものの、俺ひとりなら迷子になってたな。


「ここです」

「おお、それっぽい」


 初めて目にした冒険者ギルドは、いわゆる西部劇の酒場タイプの建物だった。荒くれ者がたむろする、ダンジョン・マスターにとっては敵の巣窟だ。

 スイングドアを開けてなかに入ると、扉を押さえてマールを招き入れる。


「ありがとうございます」

「けッ、ヒョロヒョロの青二才が女連れで遊びにきやがったぜ」


 テンプレ早えぇなオイ!

 苦笑いしながら振り返ったところで、凄まじくわかりやすいチンピラ的な男たち三人組と目が合う。俺を嗤ったらしい男は筋骨隆々のスキンヘッドで、残るふたりもマッチョで薄汚い格好の悪党ヅラだ。

 こちらを睨んでいるから敵意は持っているはずなのだけれども、どうにも違和感があった。


「青二才、と呼ばれる歳じゃないんだけどな」

「うるせぇ! その喧嘩、買ってやろうじゃねえか! 表に出ろ!」


 う〜ん……その難癖も少しムリめな感じ。

 つうか入ったばっかなのに、もう出るのかよ。ウンザリしながら溜め息をく俺に、マールが小さな声で伝えてくる。


「彼らは、メイさんを待っていたようです」

「え? あんな連中、知らんけど」

「新しいダンジョン爵を、ですね。ライバルのダンジョン爵に雇用されたのではないでしょうか」


 他のダンジョンなんか一個も知らんのだが、勝手にライバル扱いされても困る。


「俺って、物理と魔法の攻撃からは守られてるんだよね」

「ええ。向こうのダメージは入りませんが……」


 チラッと見て男たちに【鑑定】を掛ける。細かいデータまでは関心がないのでスルーしたけれども、三人とも概ねレベルは8から10。攻撃力も守備力も100を切るくらいだ。

 俺にダメージを与えることはできないにしても、こちらの攻撃力では泥試合が確定ということになる。


「どうしますか? 必要でしたら強制排除は可能ですが」

「マールの力で?」

「いいえ、衛兵を呼びます」


 異世界でも、順当な対処法はそうなるのか。でもそれ、潜入した意味がなくなっちゃうな。


「いいや。ちょっと荒事も体験してみよう」

「メイさん、戦闘の経験でも?」

「いや、全然。でも大丈夫、俺にはブラザーがいるからさ」


 俺は敬礼するような仕草で、緑のベレー帽をぷにぷにする。俺が侮辱されたことは理解していて、ブラザーは早くも臨戦態勢だ。

 マールには冒険者ギルドに残ってもらって、俺だけ外に出る。男たちに囲まれたまま、ひと気のない路地裏へ連れ込まれる。

 不安など微塵もない。<ワイルド・スライム>の燃え上がる闘志が、俺にも流れ込んできている。ブラザーとは念話ではなく、気持ちがつながってる気がした。


「おらァ!」


 難癖つけながら情報を得ようとするかと思えば、案外あっさりと暴力に訴えてきた。ボコボコにした後でお話し合い、って流れかな。

 【物理攻撃無効】がどんなものか知るため、ブラザーには待ってもらって一発だけ喰らってみる。


「だッ⁉︎」


 ゴンと鈍い音がして、頬に当たる感触はあった。でも衝撃は伝わらず、殴った男の方が痛そうに拳を押さえる。たしかに無効化はしてるみたいだな。


「なにしやがるッ!」


 なんだそりゃ。まるで俺が悪いみたいな感じで、目の前の男は拳を固めた。チラリと逸らされた視線で、残るふたりが俺の背後に回ったのがわかる。

 三人とも腰に剣を下げてはいるけど、街中で武器を抜く気はないみたいだ。


「おらッ!」


 大振りのフックを繰り出してくるが、フェイントなのが見え見えだ。背後から思い切り蹴りつけてきたらしい感触が腰に伝わる。そのまま前に突き飛ばされたところをボコる流れだったんだろう。

 わかる。わかるけど、無理だ。衝撃は伝わらず、俺の身体は動かない。


「な……がはッ⁉︎」


 段取りが狂って棒立ちになった男たちの顔面に、緑の豪打が叩き込まれる。最初は前に立っていた男。次に、背後で固まっていた男。

 少し離れて立っていた男が、ハッと息を呑んで身構えるのが見えた。


「は、はなッ、鼻ぁッ⁉︎」


 殴られた男たちは、それぞれに潰れた鼻を押さえながらうずくまる。

 彼らは、何が起きたのか理解していない。見えないのだ。ブラザーの放った一撃は、一般人が視認するには速すぎた。

 正直、俺も見えんかった。


「やんのかてめえ!」


 いや、このタイミングでその台詞はおかしいだろ。

 こちらに戦う力がないと侮っていたか、やられるだけの覚悟がなかったか。絵に描いたようなヒャッハー集団なのに、三人ともまるで腹が座っていない。


 もう我慢しなくて良いか? という<ワイルド・スライム>の思念が伝わってきた。

 俺はお礼とともに、攻撃を許可する。


「ふ、っざけやがって……!」


 両手を下ろして立っているだけの俺に、拳を握りしめた男たちが前後から突っ込んでくる。


「がッ⁉︎」


 カウンターで入ったワイルドな一撃が、前から来た男の顎を砕いて振り抜かれる。男の首がぐりんと捻られ、白目を向いて仰向けに倒れ込んだ。

 後ろから来た方がどうなったのかは見ていない。振り返ると、既に男はぐしゃぐしゃになった顔で意識を刈り取られていた。


「たひゅ、くぇ……」


 半開きの口から血と歯を垂れ流して呻くと、膝から崩れ落ち、土下座するように突っ伏した。


「……な、なんだ⁉︎ なんなんだ、てめぇはッ⁉︎」

「自分からケンカ売っといて、それはないだろ」


 ひとりだけ距離を置いていた、最後の男に向き直る。最初に声を掛けてきたスキンヘッド。こいつがリーダーなんだろう。


「誰に頼まれた」

「な、何の話か、わからねえな」

「身に覚えがあると言ってるようなもんだろ、それ」

「うるせえ!」


 スキンヘッドを紅潮させて、男が腰の剣を抜く。どうも人間用じゃなさそうな、分厚くて歪な蛮刀だ。あれも物理攻撃に入るのかどうか。正直、あまり試したくないな。


「……街中で武器を使うのか」

「怪しげな技で仲間をやられて、黙ってるわけねえだろうが。こっから先は、殺し合いだ」


 それを聞いて呆れる俺に、男はニヤリと勝ち誇った笑みを浮かべる。

 なんだそれ。怪しげな技って、要するにワイルドな攻撃はひとつも視認できていなかったわけだ。


「殺し合いになんて、なるわけないだろ」

「あ? いまさら逃げようったって……」


 こいつは、わかってない。これは単なる蹂躙じゅうりんだ。

 ワイルドなブラザーが、怒っているのがわかった。前のふたりに叩き込んだ打撃より強烈で鋭い。なのに、鼻血を噴いて転がった男は、痛みに呻くが意識は残っている。

 そこにはもう、がない。


「あああああぁッ!」


 蛮刀を振りかぶったスキンヘッドの手首が、コキャッと直角に曲がる。相手の武器は折れ曲がった手に握りしめられたまま、男の首を浅く掠めた。


「あああああぁッ⁉︎」

「うるさい」


 俺の頭上からスキンヘッドの顔面に、緑のジャブが叩き込まれる。

 潰れた鼻から溢れる血で呼吸困難になっている。出血多量か血中酸素低下チアノーゼかで青褪めてきているが、意識はある。気絶なんてさせない。


「その出血じゃ、そう長くないな」

「ひッ!」


 つうて鼻血じゃ死にはしない。戦闘不能になるだけだが、わざと誤解させる言い方を選ぶ。


「言え。誰に頼まれた」

「……な、なン、だ……何なんだよ、てめぇ……ッ!」


 それは、こっちの台詞だっつうの。

 男が地面に転がった蛮刀を、チラッと窺ったのがわかる。こいつは、反撃を諦めてない。


「おおおおッ!」


 男は折れた右手を突き出してこちらの視界を塞ぎ、その隙に無事な左手で武器をつかんだ。

 やっちゃって良いかと、ブラザーの思念が訊いてくる。やるのは構わんけど、死んじゃったら話を聞けなくなる。


 わかったー、というような無邪気な承諾。

 頭上から緑の手が伸びて、男の左手を捻った。今度は直角どころではなく、スクリュー状に回転させる。段階的に折れるクリスピーな音が響いて、ありえない角度になった腕が垂れる。

 息を呑んだ男に、俺は笑いかける。


「そんじゃ、次は脚な?」


 スキンヘッドは青褪めた顔をクシャクシャにして、震えながら泣き始めた。

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