第5話 正面からの王都潜入
魔物の成長と配置にある程度の手応えを
マールによれば十五キロほどあるらしいが、馬車も馬もないので徒歩である。これでも貴族だというのだから、ダンジョン爵の扱いの軽さを思い知らされる。
「そもそも召喚した先がダンジョンで、王都まで来いとか呼びつけるのって、あり得なくない?」
「まったくです」
王国にとってダンジョン・マスターは、その程度の存在なんだろう。苛立ちはするものの、どうすることもできない。
「マールって、身を守る能力はあるの?」
「ありませんが、
「もしかして、俺も?」
「メイさんの身体は、アバターではありませんよ? 戦闘職との直接戦闘は……
そんなもんか、と思いつつ自分を【鑑定】してみる。そういや、見るのは初めてだな。
名前:メイ・ホムラ
職業:ダンジョン・マスター
レベル:1
HP:1040
MP:1120
攻撃力:20
守備力:90
素早さ:60
経験値:30
スキル:【物理攻撃無効】【魔法攻撃無効】【鑑定】【空間収納】【
レベル1かー。HPとMP以外のパラメータは、ワイルド
特に攻撃力の低さがすごい。野良の<グリーン・スライム>くらいしかない。
「この、【物理攻撃無効】【魔法攻撃無効】というのは?」
「コア破壊以外でダメージを受けない、ダンジョン・マスターの特殊スキルです」
ある意味、無敵モードじゃん。でも攻撃手段がないんじゃ、延々とタコ殴りにされるだけだな。
うん、荒事には手を出さんとこう。
「ダンジョン・コアから武器の入手も可能ですよ」
「あ、そうなんだ。対価は魔力?」
「金貨か銀貨、もしくは
……うん。でも、なんか最後ヘンなのが聞こえたんだけど。
マールによれば、規定の目標達成によって得られるポイントらしい。洋ゲーのトロフィーみたいなもんか。
「いまだと、どんなのが買える?」
「少々お待ちください」
マールが手を広げると、俺の前に光る画面が表示された。
名前:エルマール・ダンジョン
クラス:E
総階層数:12
DHP:1068
DMP:975
DPT:67
Dスキル:【魔導防壁】【隠蔽魔法】【
配置:
<
<
<ワイルド・スライム>:77
<グリーン・スライム >:142
<ピュア・スライム>:231
そういやダンジョンのパラメータ、ちゃんと見るのは初めてかも。数値は高いんだか低いんだか。配置された魔物たちの数も、こじんまりとしてダンジョンというより寄り合い所帯のようだ。
マールは【物資調達】をタップして、ショップ機能のような商品一覧に切り替える。
「こちらです」
商品一覧は、まだ大半の項目が
いま買えるのは、初期装備っぽい剣と小楯だけだった。
「入手されます?」
「う〜ん……いや、要らないかな」
ダンジョン・マスターが剣と小楯で戦闘するようなら、それは何か致命的なミスを犯してるってことだ。武器があろうとなかろうと、状況は変わらない。
そう頭では理解しつつ、なんとなく漠然と嫌な予感はしていた。そういう予感ほど当たるもんだ。
「頼むぞ、ブラザー」
俺は頭の上の、緑のベレー帽を撫でる。ふにふに震えて応えてくれたのは、姿を変えた<ワイルド・スライム>。いざというときの備えのため、攻撃力のない俺はブラザーに護衛をお願いしたのだ。
「バレませんかね?」
「大丈夫。あれからレベルも上がって、ブラザーは擬態も手に入れた」
名前:<ワイルド・スライム>
属性:水/木
レベル:16
HP:1702
MP:1631
攻撃力:185
守備力:142
素早さ:190
経験値:111
能力:隠蔽、転移、牽制、誘導、毒霧、麻痺、幻視、溶解、突進、襲撃、擬態、収納、分裂、念話
ドロップアイテム:ワイルドジュエル
ドロップ率:C
戦闘能力はゴブリンを超えオークに迫るというから、もう完全に
擬態の他にも便利な収納を覚え、さらに念話もできるようになった。まだ言葉というより感情の波だが、コミュニケーションは完全に取れていて、犬なんかよりも遥かに気持ちが通じてる気がする。
緩い下りの山道をしばらく歩いたところで、平地に出た。木々がまばらになって視界は開け、周囲に民家が増え始める。商人や農民らしい荷を担いだ男女や、荷馬車が行き交うようになった。
王都までは、あと五
「マール、疲れたら言ってな」
「大丈夫です。
「アバターって、疲れないの?」
「疲れないですが、連続稼働すると加熱して機能不全を起こします」
「うん?」
ごめん、ちょっと言ってる意味がわからない。なに、マールって熱暴走するの?
なんかあったら死活問題なんだから、冷却ファンとか付けて!
ポテポテと歩きながら、何度か馬車とすれ違う。俺の格好を見慣れないのか不思議そうな顔でチラッと見るが、特にそれ以上の反応はない。
俺の格好は、麻のシャツとチノパンにローファー(と緑のワイルドなベレー帽)。この世界じゃ浮いてるかもしらんけど、悪目立ちするほどでもないだろう。
ふだんはもっとラフな格好だけど、外注さんとの打ち合わせがあったので襟付きの服にしたんだっけか。
元いた世界の記憶が、もうすごく昔のことみたいに感じる。
「そうだマール、お金はある?」
「はい。金貨で四枚ほどですが」
ダンジョンで冒険者が落とした装備や金銭などは、ダンジョン内に保存される。ダンジョン爵は、それを納税に充てるようだけど。エルマール・ダンジョンに挑むのは若くて貧乏な冒険者がほとんどで、しかも生還させていたようなので落としていったものも少ない。
過去の納税でも放出したこともあって、残りは金貨四枚。銀貨銅貨を掻き集めての総額だ。マールから聞いた王国の貨幣価値からすると、たぶん四万円くらい。
「王都に入るのって、お金は」
「要りません。貴族街に入るには身分提示が必要ですが、まだ叙爵前ですから止められます」
「それは、入らないから良いや」
列を成している商人や一般住民の後ろに並ぶ。
衛兵から簡単な犯罪者チェックみたいのがあって、あっさり通される。ワイルドなベレー帽は見向きもされない。ブラザーの擬態は完璧である。
「それほどセキュリティは気にしてないみたいだな」
「王国と周辺国との関係は安定しています。政治的にはともかく、軍事的な衝突の可能性はないです。警戒対象は犯罪者と魔物くらいですね」
「経済は?」
「半世紀前に農業改革が行われて以来、収穫が安定して平民にも富裕層が出始めています。ここ十数年ほど、王国で餓死者は出ていません。貧富の差も、社会不安を生むほどではないです」
思ったより暮らしやすそうな世界なわけね。
俺はなんでまた、そんな恵まれてそうなところにド底辺ブラック職として召喚されなきゃいけなかったんだ。
「ガス抜きの意味もあるのかもしれません。……メイさんには、申し訳ないですが」
不満が顔に出ていたのか、マールが小さな声で俺に告げる。
「社会の底辺としてダンジョン爵を配置することで、民の不満をごまかす? 自分たちより下がいる、しかもそれが貴族様だ……って」
「はい。すみません」
こちらと一蓮托生なダンジョン・コアのマールに謝られても困る。
ダンジョン爵に碌な特権も利益もないことは知らされていない。むしろ、魔物を操り冒険者を殺す諸悪の根元というような印象操作が行われているらしい。
やっぱ“人類の敵”役じゃん。完全に間違いではないが、その悪の親玉が国に納税させられるのはおかしいだろ。
「税を納めないとどうなるの? 王国には強制力ないよね?」
「埋められてしまいます」
「ん? 俺たちが?」
「正確にはダンジョンが、ですね」
王国側から魔導師を派遣されて、ダンジョンの入り口を埋められるらしい。
地上に繋がる開口部を閉じられると“
直接攻撃には耐性があるダンジョン・マスターも、ダンジョン・コアが機能を止めれば死んでしまう。
要は、ふつうに生き埋めにされるのと同じことだ。
「うへぇ……」
権利も自由も報酬もないくせに、義務と責任と罰則ばかりが厚いな。前時代的な社会は、これだからやってられん。
「どこか見たいところはありますか?」
「市場だな。武器と装備と食料品なんかの補給物資、あとは……可能なら冒険者ギルドもだ」
戦いの前に、可能な限り敵を知る。俺は気を引き締めた。
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