第2話 死せる魂への誓い

 ダンジョン・コアの分身体アバターであるエルマールによれば、異世界からの召喚者には、それぞれ特殊な異能が備わっているという。

 技術や知識や思想や発想や行動、それが国を活性化させると……少なくとも、このアーレンダイン王国ではそう伝えられている。

 とはいえ俺は、荒事どころか口論すら避けてきた日本のサラリーマンだ。役に立ちそうな先進技術など知らないし、軍事や戦略についての技能も知識もないが……


「うぉ⁉︎」


 俺がダンジョン・コア本体に触れると、目の前に光る画面がいくつも現れた。


「……なにこれ」

「ダンジョンの機能制御端末コンソールです。先史時代の超文明遺物アーティファクトなので、不明な部分が多いのですが」

「不明って……君はコア本人、というか本体なのに?」


 彼女が申し訳なさそうに答えたところによると、“使い方がわからない”ではないのだ。正確に言えば、“制作者の意図がよくわからない”。

 まず、どういう目的なのか不明な機能が多い。完成していないのか壊れているのか、反応しないものも多々ある。本来どうなるかはわかっても、その通りには動作しない。動作したものも確実性が低い。

 おまけに、無理に動かそうとするとダンジョン全体が機能停止してしまう。


「……これ組んだエンジニア呼んでこいよ」

「え?」

「いや、なんでもない」


 たぶん同情できる部分はあるんだろうと思う。半分くらいはエンジニアの責任だとしても、もう半分はシステムそのものの問題という気がする。特に最後。コアの性能が、ユーザーの要求に見合っていないのが明白だ。

 そして、各所に見られる乱雑な機能拡張と途中放棄。焦りと迷いと苛立ちが感じられる。

 というか、それしか感じられない。


制御機能こいつ、複数の技術者が関わってるだろ。しかも引き継ぎなしで」

「ど、どうしてわかったんですか⁉︎」


 わかるわ。元いた世界で俺が、嫌というほど経験したことだし。前任者は逃げたか倒れたかしたんだろ。

 それホントに先史時代か⁉︎


「でもまあ、これなら……腕に覚えが、ない……こともない」


 エンジニアだったら良かったんだが、あいにく俺はレベルデザイナー。種々雑多な業務に枝分かれしたゲームデザイナーのなかでも、ゲームの“遊ばせ方”をデザインするのが仕事だ。

 ……異世界転生してまで、やりたくもなかったけどな。


「あああぁ、帰りてぇ……」


 俺の心の声が漏れたてしまったらしく、ダンジョン・コア女史は目をウルウルさせてこちらを見る。


「申し訳ありません。元いた場所に戻す力はないです。そういう事例もありません」

「うん。それは、さっき聞いた」


 それは、しょうがない。戻ったところで死んでるしな。“辞めたい”“帰りたい”は社畜の口癖みたいなもんだ。

 諦観と達観は既定事項スタートライン。あとは生き延びるために、どうするかだ。


「マスター、ひとつお訊きしてもよろしいですか?」

「その呼び方はピンとこないから、メイと呼んでくれるかな。穂村ほむらめいだ」

「ありがとうございます、メイさん。では、わたしもマールとお呼びください♪」


 あ、愛称は語尾側そっちなのね。


「うん。それで?」

「メイさんは、いざというとき、他のダンジョン爵を倒すのに抵抗はありますか?」

「ない。……と思う。直接、人間を殺す訳じゃないんだよね?」

「はい。ダンジョン・コアを破壊するだけです♪」


 頷いてはみたものの、それはそれでキツいな。

 他のダンジョンにも同じようにコアのお姉さんたちがいるなら、自分の手ではやりたくない。それによってダンジョン爵が死ぬという方は、お互いさまだが。


「大丈夫ですよ、念のため確認させていただいただけです。ダンジョン爵同士が直接、戦うことは……基本的には、ありません」


 そうなのね。なんか含みがあるような気が、しないでもないが。


「二週間後に、王都で叙爵式があります。それまでに、ダンジョンの備えを済ませましょう♪」

「……ん? もしかして、その叙爵式で何かあるの?」」

「はい。それが戦いの始まりです。顔合わせの後、王の合図で叙爵者のダンジョンが開放されるのですが……」


 王都……ってことは、離れた場所で開始の合図を聞くのか。

 できるだけの備えを済ませた後と言っても、どうしても不確定要素は残るし、イレギュラーなトラブルは起きるものだ。そのとき現場にいられないのは、管理責任者として不安が残る。

 リリースやシステムの更新タイミングで休暇を入れたくない、みたいな。どうせ呼び出されるからな。出先で。


「そこからは、ダンジョン同士の潰し合いが始まる?」

「はい♪ 新規叙爵者だけではなく、既存のダンジョンからも、冒険者ギルドからも。王国中の……周辺国からもですが、あらゆる腕自慢たちが一気に攻め込んできます♪」


 パチンコ屋の新装開店みたいなもんか。パチンコ、したことないけど。

 エルマール・ダンジョンは、アーレンダイン王国に数多あるダンジョンのなかでは比較的、王都から近い。最も攻略の容易い、初級者向けダンジョンとして有名なのだそうな。

 それはつまり、コアを破壊されやすいということだ。


「人里離れた場所ほど“外在魔素マナ”が濃く、棲息する魔物の“体内魔素オド”も高いため、ダンジョンコアに集まる魔力も高くなるのです。その点では、エルマール・ダンジョンが初心者向けというのは間違いではありません♪」


 笑顔で話すマールを見て、俺は初対面のときからあった違和感の正体を知る。


「そんなに無理すんなよ。怖いんだろ」

「いいえ♪」


 返答が、早すぎる。

 明るい笑顔を見せながらも、握り締めた手は微かに震えている。紅潮した頬も、潤んだ瞳も。弾んで裏返りかけた声も。蠱惑的に見えつつ何かおかしな印象だったのは、それが恐怖によるものだからだ。


「いっそのこと、一緒に逃げようか?」

「お気遣いは嬉しいですが、ダメです」

「その玉を持ち歩けば、マールも外に出られるんじゃないのか?」

「わたしはマスターと一緒なら出られますが、コア本体は動かせません」

「それじゃ、安全策を取って籠城するとか。戦わない方法を考えるとか……」

「ダメなんです!」


 笑顔が消えて、素の表情が覗く。彼女は、怯えている。でもそれは、自分の死じゃない。


「わたしがお仕えした歴代のダンジョン・マスターは、亡くなりました。……わたしが、無能なせいで、です」


 コアが破壊されると、ダンジョン・マスターであるダンジョン爵は死ぬ。その後、コアは周囲の“外在魔素マナ”を吸収しながら長い時間をかけて再生し、やがて新しいダンジョン爵を迎える。

 そうして、エルマール・ダンジョンは過去に十二回、破壊と再生を経験した。それは王国内のダンジョンのなかでも突出して多い。攻略が容易いと思われているだけでなく、実際に容易いのだ。

 本人が自覚しているように。


「とはいえ、有能無能を語るには、環境で決まる部分が大き過ぎないか?」

「マスターはどなたも優しく、立派な人格者でした。不利な状況を自覚しながらも、夢と希望を持って、この世界で生き抜くため努力を重ねてこられた。その方々の死は、わたしの責任です」

「かも知れんけどさ。そのひとたちだって、自分らへの義理のために君が危険に身を晒すことを望んだりしないだろ」

「それでも、ダメです」


 マールは、また笑顔の仮面をかぶる。

 それは、上手くいっていない。声も震えて、目も潤み切って。もう単なる泣きそうな顔でしかない。


「わたしは、約束しました。歴代のダンジョン・マスターに、その消えゆく魂に。自分の無能を、無力をお詫びしながら。許しを乞いながら。何度も誓ったんです。ここを王国最強の伝説的ダンジョンにしてみせると」


 無理なんじゃね? ……とは、言えん。

 俺には、まだ状況もわかってない。もちろん対策も、考えてない。

 けど、こんな顔で笑う女の子を前にしたらさ。


「絶対に、逃げるわけには、いきません♪」


 見捨てるわけには、いかんだろうなって。思ってしまうのだ。

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