第3話 攻めと守りと成長と

 俺は新米ダンジョン・マスターとして、マールからダンジョンを維持管理する上での基本的なルールを教わった。


①ダンジョンの“等級クラス”はダンジョンコアの魔力量が基準となり、攻略難易度と同義。

②ダンジョンコアの魔力は、環境依存の“外在魔素マナ”と、捕食吸収した生物の“体内魔素オド”の総和。

③ダンジョンコアに蓄積された魔力量によって、ダンジョン内に配置できるものが変わる。


 ――と、ここまでは、この世界での常識らしい。


 しかしコアの機能制御端末コンソールを操作してみた俺は、あまり理解されていない事実に気付く。

 ダンジョンの“実際の難易度”は、“等級クラス”とイコールではない。配置される地形と構造、魔物の種類と量で、つまりはダンジョン爵の施策によって大きく変動する。

 そらそうだ。同じゲームエンジンでも、アホが組めば遊びの場ステージは簡単に破綻する。


「なあ、マール。地形や罠はわかるけど、魔物もコアの魔力を消費して発生させるのか?」

「はい。【既成種生成ジェネレート】と言います。他に、【召喚サモン】や【使役契約テイム】で配置する方法もありますが、あまり一般的ではありません」

「なぜ?」

「サモンはリスクと魔力消費が膨大過ぎて、上位クラスのダンジョン以外は不可能だからです」

「なるほど。そんじゃ、テイムした方は?」

「使いにくいからですね。天然の魔物は、行動が不規則すぎて制御しにくいんです。想定可能なのは、“魔素の濃い方に移動する”、“魔力を奪えそうな獲物を襲う”という原則だけです。それも絶対ではありません」


 それで十分じゃないのかと思うんだが。ダンジョンで生み出される魔物は違うのか?

 俺の疑問に、マールは頷きを返してくる。


「では、実際に見ていただきましょう」


 俺はマールと一緒にダンジョンの外に向かった。コア本体はダンジョン最深部から動かせないが、そのアバターであるマールはダンジョン・マスターと一緒なら移動も可能だ。

 移動してみて気付いたんだけど、現時点ではコアから外までは二階層、なんと直線距離で七、八十メートルしかない。まだ戦闘開始前という話だったが、もし外部から襲ってこられたら瞬殺である。


「これ、あまりにも無防備じゃないか?」

「いまダンジョンは【魔導防壁】と【隠蔽魔法】で守られています。野生の獣や魔物も、入り込めるのはコアの魔力を超えるものだけです」

「……入れることは入れるのか」

「弱小とはいえダンジョン・コアですから、単体の魔力で上回るのは龍種くらいです」


 安心していいのかどうかわからんながらも、いま優先すべきは魔物の確認だ。天然と養殖の差がそれほど大きいなら、今後のプランにも関わってくる。


「その光っているゲートから先が外ですね。足元、気を付けてください」

「なんでこんな不自然な段差が?」

「先代マスターが設置した仕掛け罠トラップの跡です。後ほど配置し直しましょう」


 外に出ると、明るい日差しの差し込む山のなかだった。小鳥のさえずりが聞こえて、さらさらと風が木の葉を揺らしている。植生は、そう密でもない。砂利敷きの小道が通っていて、そこそこ人の手が入っているようだ。

 少し歩くと小高い丘の上に出る。眼下には、鬱蒼とした森が広がっていた。


「風景としては、良さそうな場所なんだけどな」

「そうですね。ちなみに、あれが王都です」


 マールが指差す先には、かなり大きな城塞都市のシルエットが見える。この国で最大の都市なんだろうし、おそらく人口も最大なんだろう。城壁に守られたそれは頼もしげに見えなくもない。

 だが、ダンジョンこちらの脅威として考えれば、その距離はあまりにも近い。


「ここからの王都までは、どのくらい?」

「直線で七キロメートルクロニム。街道を来ると、その倍ほどです」


 なんか自動翻訳っぽく、耳で聞いた言葉の意味合いだけが理解できた。単位はキロメートルとほぼ同じか。


「後で一度、王都まで偵察に行ってみましょうか」

「そうだな。敵となる冒険者やら兵士やらがどんな連中か知らないと、対処の方法も浮かんでこないもんな」


 異世界人でダンジョン爵なんだが、不審には思われないのか?

 マールによれば、多人種・多国籍の者たちが出入りしている王都で、俺の見た目はそう珍しいわけでもないらしい。

 ダンジョン爵という立場も、お飾りステ身分なので特権もなければ納税以外の義務もない。出歩くことに制限はなく、王都に行ったとしても問題にはならないようだ。


「俺については、わかった。でもマールは大丈夫なのか? 移動はできると聞いたけど、コアを守ってなきゃダメとかさ」

「問題ありません。正確に言うと、現時点では動いても動かなくても脅威に大差がないです」


 うん。そうかも知れんけど、リアクションしにくい。


◇ ◇


「では、実験を開始しましょう」


 ダンジョン内部に戻った俺たちは、床に丸まっている二体のスライムを観察していた。


「ダンジョン・コアから【既成種生成ジェネレート】したスライムはこちら、外で【使役契約テイム】したスライムがこちらです」

「へえ。やっぱり、育ち方で見た目にも差が出るんだな」


 湿気の多い森で捕まえてきたのが、青緑色のスライム。いまダンジョンコアから生成したのが、透明に近い青色のスライムだ。

 どちらもプニプニして丸っこく、半透明の体内に飴玉ほどの核がある。知能というほどのものは感じられないが、音や光には反応しているようだ。


「天然の方は水と木の複合属性を持った<グリーン・スライム>。ダンジョンコアから生成したものは、無属性の<ピュア・スライム>ですね。ダンジョン爵の権能に【鑑定】が含まれていますので確認していただけますか?」


 呪文でも唱える必要があるのかと思えば、少し意識しただけでステータスが見えるようになった。便利。


名前:<グリーン・スライム>

属性:水/木

レベル:2

HP:202

MP:191

攻撃力:22

守備力:18

素早さ:38

経験値:22

行動パターン:隠れる、逃げる、襲う

ドロップアイテム:薬草

ドロップ率:F


「これ、強さはふつう?」

「はい。都市近郊で見られる野良の魔物は、<フォレスト・ベア>などの大物でもレベル15くらいでしょうか。レベル2のスライムは、単体なら冒険者ではない村人でもなんとか倒せるくらいです」

「なるほど。ダンジョン生まれのスライムは……と」


名前:<ピュア・スライム>

属性:無

レベル:1

HP:100

MP:100

攻撃力:05

守備力:05

素早さ:10

経験値:00

行動パターン:逃げる

ドロップ率:――

ドロップアイテム:水


「野生のより弱いけど、これは鍛えたら強くなるんだよね?」

「パラメータは上がります。問題は行動パターンですね」


 マールは何体かの同種スライムを【魔物合成】させて強化する。低レベルのスライムに関しては、勝てる敵がいないので成長方法として【魔物合成】が一般的なのだそうな。

 さて、それでどうなったかというと……


名前:<グリーン・スライム>

属性:水/木

レベル:7

HP:716

MP:854

攻撃力:92

守備力:88

素早さ:120

経験値:54

行動パターン:隠れる、逃げる、毒霧、麻痺、幻視、溶解、襲う

ドロップアイテム:薬草、毒の袋

ドロップ率:C


「……なにこれ、数値が爆上げしてる上に恐ろしげな技が加わってるんだけど」

「これでしたら冒険者でもソロならCランク、それ以下でしたらパーティでなんとか対処する強さですね」

「スライムすげえ……のか?」

「いえ、実験のために効率的な【魔物合成】を繰り返しましたから。ここまでのスライムは自然環境ではなかなか見かけないです」


 見てると知能も上がった感じがする。俺が指を近付けると、擦り寄る動きで接触してくるのだ。

 ツンツンすると身体を震わせて笑うような動きまで見せる。ちょっと可愛い。


「なるほど。それじゃ、ダンジョン産の方は……あれ?」


名前:<ピュア・スライム>

属性:無

レベル:10

HP:1000

MP:1000

攻撃力:100

守備力:100

素早さ:100

経験値:100

行動パターン:逃げる

ドロップ率:C

ドロップアイテム:水


「えらいアッサリしてる。そして……野生のより成長率が高い?」

「そうですね。数値の上昇率は高く安定していますが、性質や行動に変化はありません。その代わり、ダンジョン・マスターの命令には確実に従います」


 パラメータは<グリーン・スライム>より上のはずなんだけど、つついてみても反応はない。


「ダンジョンで敵を待ち構えるなら、天然物の方が良くない?」


 俺の疑問を当然のこととして、マールは頷いた。


「ダンジョン内に配置してみると、問題がよくわかるかと思います」

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