第九話 鉄騎
突然の襲撃により、混迷極まる駐屯地であったが、部隊が出撃したことでなんとか凌いではいる。しかし、状況未だに劣勢のまま、まさにジリ貧であった。
「やああっ!」
そんな状態でも、リリアは果敢に自身のメイルを操作し、敵メイルへと切り込んでいく。
しかし、損傷した状態では動きも悪く、簡単にあしらわれてしまう。
「きゃああっ!?」
《リリアっ!?クソっ!邪魔だっ!》
カイルも助けに入ろうとするが、敵部隊に邪魔されてしまい、思うように動けずにいる。
体勢を崩したリリアのメイルに止めを刺そうと、敵メイルは装備している両手剣を振り下ろす。
「きゃああっ!?」
咄嗟に腕で防ぎ、そのおかげでリリア本人は無事だったが、代わりにメイルの腕はひしゃげてしまい、次は防げそうにない。
「あ、ああ……」
恐怖で固まり、もはや震えることしかできないリリアであったが、敵メイルはそんなことお構い無しに、今度こそ止めを刺さんと再び両手剣を振りかぶる。
「―――っ!?」
反射的に目を閉じる。瞼の裏には、これから彼女の身に起こるであろう事が鮮明に浮かび上がった。
もうすぐ敵の剣が装甲を突き破ってくる。そうなれば彼女の命も終わる……筈だった。
ガガガガガッ!!
しかし聞こえてきたのは、まるで空気を切り裂く雷のような音だった。
そして、獣の叫び声のような音が近づいてきたと思った次の瞬間。
ガシュンッ!
何処か聞き覚えのある音が彼女の耳を劈いた。
自分の身に何も起こらず、更にその音を不思議に思ったリリアは、恐る恐る目を開けた。
「……ふぇ?」
彼女の目に映っていたのは、今まさに自分に向けて両手剣を振り下ろそうとしていた敵メイルの胸部から、何か杭のようなものが生えている光景だった。
動きを止めた敵メイルはそのまま崩れ落ち、その背後から見覚えのある機体が姿を表した。
「あ、え?」
『大丈夫か?』
そして、その機体から聞こえてた声も、彼女にとって聞き覚えのある声であった。
「タ、タケミヤさん!?」
『助けに来た。と言っても、二機だけだがな』
そう言った武宮の機体の後ろから、もう一機違う装備の機体が現れた。
その機体もリリアは見覚えがあり、武宮だけでなく桐山も避難せずに戻って来たのだと理解した。
「キリヤマさんも……何で逃げなかったんですか?!」
『逃げたところで、行く宛もないしな』
『それに、お前達を見捨てたら夢見が悪いしよ』
リリアの問いかけに二人はそう返した。その間も警戒は怠っていない。
『おい武宮、そろそろ敵さんがこっちに注目し始めたみたいだぜ』
『分かった。リリアちゃん、お前はソイツから脱出して何処かに隠れていろ』
「な、何をするつもりなんですか?」
リリアが搭乗しているメイルの胸部装甲を剥がしながら、武宮達は答えた。
『残っている部隊を支援する。どこまでやれるかは分からんがな』
『そういうこった。また会おうぜ、リリアちゃん』
「ま、待ってください―――!」
リリアの静止も届かず、武宮と桐山はこちらへ注視している敵部隊へ向け、機体を進ませる。
「……タケミヤさん、キリヤマさん……」
残されたリリアは、二人の背中をただ見ていることしかできなかった。
◇
『さて、どうするか』
『そうだな。世界観に合わせて名乗りでも上げてみるか?』
『奇襲してきた奴らにか?というかこの世界に戦場での名乗りとかあんのか?』
周囲を見渡しながら、武宮と桐山はややおどけたようなやり取りをする。
周りの部隊は、突如現れた不明機体の動向を観察するように、遠巻きに彼らを見ている。
『取り敢えず、近場の奴から仕留めるか』
『だな。IFF(敵味方識別装置)が使えないから、手動でのターゲッティングになる。リンクシステムは起動しているか?』
『ああ。バッチリ繋がってるぜ』
リンクシステム。武宮達の世界において、部隊間の連携を円滑に行うために開発された簡易戦術データ通信システム、それがリンクシステムである。
これにより、部隊間で互いの状況の把握やFCSのターゲット情報等を迅速に共有できるようになり、グライツァー等の機動兵器による戦闘はより全体の連携を重視されるようになった。
『ところで、どいつが敵なんだ?』
『リリアの機体に部隊章だか国章だかみたいなのがついていた。画像データを共有するから、それで判別してくれ』
『違うマークの奴が敵部隊って訳か』
桐山は武宮から送られてきた画像を確認すると、そのデータを機体のFCSに取り込む。
するとメインディスプレイにリリアと異なるマーカーの機体がピックアップされ、HMDにも情報が表示される。
『登録完了だ。こっち向いてる奴は大体敵だな』
『共有確認した。じゃあ手筈通り……』
『近場の敵から、だな』
二人はピックアップされた敵機体の中から、一番距離の近い機体をマーキングする。
『先手で仕掛ける。俺に合わせろ』
『りょーかい。止めは任せるぜ』
そう言葉を交わし、二人はフットペダルを踏み込む。
直後、けたたましい駆動音を鳴らしながら、脚部のライドホイールが起動、二機の鉄騎が敵機体目掛けて加速する。
敵部隊は困惑しているのか、未だ様子を見ており、彼らにとっては格好の的であった。
『牽制射いくぞっ!』
射程圏内まで接近した時、桐山がコントロールスティックのトリガーを引いた。
するとマーキングした敵機体に向けて、桐山の機体が装備しているマシンガンから弾丸が射出された。
『止めは任せた!』
『了解っ!背中は頼むぞっ!!』
目標の敵機体が体勢を崩している隙に、武宮はペダルを深く踏み込んで機体をさらに加速させ、敵機体に肉薄する。
『ロックオンっ!喰らえっ!!』
武宮がコントロールスティックを操作すると、武宮の機体が左腕を振りかぶり、装備したパイルバンカーの先端を突き刺す。
そして、そのタイミングで武宮はスティックのトリガーを引いた。
『射出っ!』
ガシュンッ!!
電磁レールにより加速された特殊合金製の杭が射出され、敵機体を貫く。
敵機体は一瞬痙攣した後、両手脚が脱力した様に垂れ下がり武宮がパイルバンカーを引き抜くと同時に崩れ落ちた。
《き、貴様―――っ!?》
ズドンッ!!
我に返った他の敵機体が武宮に襲い掛かろうとしたが、それより早く武宮が今度は右腕に装備したショットガンの引金を引いた。
射出された散弾が敵機体を蜂の巣に変え、そのまま機体を翻し、残った敵部隊へと向かう。
《や、奴を止めろっ!?》
《りょ、了か―――があっ!?》
付近の部隊が応戦しようとしたが、予期せぬ方向から飛来した銃弾により妨害され、そのまま動きを止めた。
『ターゲットダウンッ!次はどいつだ!?』
武宮からやや離れた場所で、射撃武器による援護を行う桐山により、敵部隊は思うように動けず、数を減らしていった。
◇
《な、何だあのメイルは?!》
《記録にはない、新型か?》
《なんて動きをしているんだ!?》
武宮達の参戦により、ガルマデル軍の部隊は混乱し、部隊全体の動きが鈍っていた。
空中戦を繰り広げていた部隊も同じであり、見たことのないメイルの出現に戸惑いを隠せない。
《落ち着けっ!敵はたかがメイル二領だ、囲んで捻り潰せっ!》
《し、しかし隊長っ!あのメイルは未知の武装を装備して》
《うるさいっ!!さっさと奴等を始末しろっ!!》
《りょ、了解っ!》
ガルマデル軍の指揮官も動揺を隠せず、地上で戦う部下達への命令も感情に任せたものになっていた。
(あのメイルは……!そうか、彼等が……)
そして、敵指揮官の率いる部隊に大立ち回りを演じていたギルガーの目にも、武宮達の活躍は写っていた。
つい今朝二人に傭兵としての契約を持ちかけたが、その返事は保留になっており、まだ契約成立してはいない。
にも関わらず、武宮達はエルドシア軍の部隊を支援するように参戦し、縦横無尽の活躍でガルマデル軍の部隊を翻弄している。おかげでエルドシア軍の被害は抑えられており、損傷したメイルも無事に退避できていた。
契約を結ぶ前の為、今戦闘を行っても補給や修理などを行える保証は無い。それでも彼らは前線に立ち、戦っている。
《クソっ!?何なんだ奴らは……!》
《形勢逆転だな》
《貴様っ!》
ガルマデル軍の指揮官はギルガーをメイル越しに睨むが、ギルガーは意に返さず己のメイルに装備している剣を敵指揮官へ向ける。
《どうする?貴様が連れて来た部隊は混迷を極めている。戦力が逆転するのも時間の問題だろう。今投降するなら、聞き入れてやらんでもない》
《ほざくな田舎兵士がっ!領土と歴史だけの弱小国家に投降したとあれば、末代までの恥よっ!!》
《その弱小国家の田舎兵士すら討ち取れんくせにか?》
《お、おのれ……!その減らず口を叩き潰してくれるっ!!》
そう叫び敵指揮官が剣を振り下ろすと、動きを止めていた周囲の敵部隊が再びギルガーへと襲いかかる。
《フンっ!!》
しかしギルガーは、振り下ろされた剣を盾で受け止めると、空中でメイルを滑らせる。
力を受け流された敵メイルは体勢を崩し、そのまま他のメイルへと突っ込んでいった。
《おっと》
そして斬り掛かってきた他のメイルの攻撃を躱すと、そのメイルの胴体に盾の先端を突き刺すように叩きつける。
《おぉらっ!》
そのまま敵メイルを地上へと向かい投げ捨てる。
投げ捨てられたメイルはまっすぐ地上へと落ちていき、地面へと叩きつけられる。
《ぬおっ!?》
しかし今度は両手剣を持ったメイルがギルガーへと襲いかかり、流石のギルガーも盾を両腕で支えて防ぐ。
ジリジリと押されていたが、ギルガーのメイルは重量型であり、相手は軽量型。すぐに体勢を立て直すと、そのまま両手剣を弾いて逆に体勢を崩させる。
《セヤァっ!!》
そのまま剣一閃。横薙ぎに振るわれた剣は、敵メイルの胴体を両断し、もはや鉄屑と化した敵メイルは地上へと落ちていった。
《お、おのれぇ……っ!!》
獅子奮迅の戦いを見せるギルガーに、敵指揮官は怒りのあまり頭に血が上っているのか、搭乗しているメイルの手が震えていた。
《奴を囲めっ!なんとしても仕留めるんだっ!!》
号令に更に敵メイルが殺到するが、当のギルガーはまるで剣についた血を振り払うように剣を振ると、敵部隊をを見渡す。
(流石に多いか……だが、ここが正念場だ。そして何より……)
ギルガーは視線を一瞬、地上で戦う武宮達に向けてから、再び敵部隊を見据える。
《エルドシア軍騎甲兵の誇りにかけて、
自らを鼓舞し、ギルガーは魔導推進機の出力を上げ、敵部隊へと斬り掛かって行った。
混迷極める迎撃戦。その終焉は、もう近い……。
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