第八話 出撃
敵襲より少し前。
武宮達が退出した後、ギルガーは葉巻を咥えながら、今後の事について考えていた。
(さて……彼等にああ言ったからには、なるべく要望を満たさなければならんな。先ずすべきは……)
武宮達が契約を受けてくれたときの為に色々と手を回そうと思考を巡らせていた。
その時、ギルガーのテーブルの上にある鉱石が埋め込まれた道具から何やら電子音のような音が鳴り出した。
「通信?中央からか」
どうやら通信用の道具だったようで、ギルガーは葉巻を灰皿に置いてから道具を掴むと、顔の前に翳しながら鉱石に指を触れた。
「はい、ギルガーです」
『ギルガー君!大変なことになった……』
通話先からは何やら慌てた様子の男性の声が聞こえてきた。
「オーヴィル師団長?どうされたのですか」
『先程ガルマデルから宣戦布告があった』
「ガルマデルから?何故ですか」
隣国から突然の宣戦布告。その状況には流石のギルガーも疑問を感じ得ない。
『分からん。奴らは亜人排泄を謳っているが、だとしても何故今行動を起こしたのは不明だ』
「もしかして、アズリアが関係しているのでは?」
異世界から神の遣いを召喚したという、神聖国家アズリア。急速に力をつけたアズリアが、今回のガルマデルの行動に関わっているのでは、とギルガーは予想した。
『その可能性はある。現在諜報部が調査しているが、奴らがいつ攻め込んで来るか分からん。十分に警戒してくれ!』
「了解しました」
そして通話が終了し、ギルガーは椅子に腰掛けて黙考した。
(不味いことになったな。この駐屯地はガルマデルとの国境に最も近い。奴らが攻めてくるとすれば、まずここに来るだろう)
置いていた葉巻を咥え、一吸いすると再び灰皿へ置いた。
(ガルマデルがいつ攻めてくるか分からない以上、今のうちに出来る事をやっておかなくてはな)
そしてギルガーは、通信用の道具を再び取り出し、何処かへと繋いだ。
『はい』
「クラックスマン整備長か。ギルガーだ」
『司令でしたか。どうなさったんで?』
「実はな」
ギルガーは先程の事を、通話先の人物に話した。
『成程、ガルマデルが』
「ああ。ガルマデル出身の君から見て、奴らはいつ仕掛けてくると思う?」
『あの国の連中は狡猾ですからね。宣戦布告した段階で既に準備は十二分に終えているでしょう。攻めてくるとしたら今夜か、もしくは……』
通話先の人物は、少し考えるように一呼吸おいてから続けた。
『もう近くまで来ているか』
「何?」
ギルガーが返した次の瞬間、爆発音が鳴り響き、それにより窓が割れ部屋が大きく揺れた。
「な、何だ!?」
咄嗟に窓の外に目をやると、駐屯地の上空に、複数の影が確認できた。
「まさか、本当に今攻めてきたのか!?」
驚きに目を見開くギルガーだったが、そこからは早かった。
『司令!大丈夫ですか!?』
「クラックスマン、メイルの出撃準備を急げ!私も
『分かりやした。40秒で仕上げますっ!』
「頼んだ!」
すぐに通信先の人物に指示を出すと、道具を操作して通信先を切り替える。
『司令っ!さっきの爆発はっ!?』
「敵襲だ!駐屯地全体に緊急配備の通達を頼む!」
『りょ、了解っ!』
一先ずの指示を出し終えたギルガーは、すぐに部屋を飛び出し、自身も出撃するため、格納庫へと向かう。
しかし、彼にも予想できないことが、このあと起ころうとしていた。
◇
「やべえ……行くぞリリア!」
「は、はい!」
非常事態を告げる警報が鳴り、状況を理解したカイルとリリアは席を立った。
「どこへ行くつもりだ?!」
「決まっているだろ!迎撃するんだよ!」
「その震えた状態でか?」
武宮の指摘通り、カイルの手は震えていた。カイルは咄嗟に片手で抑えて震えを止めようとする。
「そんな状態で出撃しても死ぬだけだぞ!」
「だからって、黙っていられるかよ!ここは俺達の家なんだっ!!」
そうして、カイルはそのまま食堂を出て、戦場へと向かった。
リリアも向かおうとするが、それを桐山が引き止めた。
「おい待て!……お前、実戦経験はあるのか?」
桐山の指摘に、リリアは黙って首を横に振る。
「だったら」
「でも!私だって、エルドシアの軍人なんです……」
そう答えたリリアの体は震え、目の端には薄っすらと涙が浮かんでいた。
「……お二人のメイルは、第二格納庫に保管してあります。隙を見て逃げてください。それくらいの時間は稼いでみせます」
「リリアちゃん……」
「私は行きます。それでは、お元気で」
一礼して、リリアは走り去っていった。
恐怖を押し殺し、戦場へ向かう彼女に、二人は何も言えず、ただ彼女の背中を見送っていた。
◇
怒号と悲鳴がひしめく格納庫の中で、メイルへと乗り込み、出撃の準備を整えていた。
「遅えぞリリア、早く準備しろ!」
「はいっ!」
先に来ていたカイルに促され、リリアも自身のメイルへと乗り込む。
西洋の鎧を思わせる意匠のメイルは片膝をついた姿勢で鎮座しているが、それでも高さはゆうに4Mは超えている。搭乗口は胸部にあるが、当然それの高さもそれなりにあり、リリアは梯子を伝って乗り込んだ。
「魔力伝達、開始!」
座席に座り、半球状の装置に手を触れると自身の魔力を注ぎ込む。炉心により増幅された魔力に反応し、開いていた胸部装甲が閉まり、操縦席内に光が灯る。
「リリア、着装完了しました!」
『終わったか。外じゃ隊長と警備班の連中が応戦している、俺達も行くぞ!』
「はいっ!……タケミヤさん、キリヤマさん。無事逃げ切ってください」
通信を終えてからリリアは小さく呟いた。出会ってから日は短いものの、彼らの人となりは分かっているつもりだった。
彼らの無事を祈り、リリアは自身のメイルを立ち上がらせ、格納庫の外へと進ませた。
◇
『中央への救援要請は出している、今暫し持ち堪えるんだっ!!』
部下達を鼓舞しながら、ギルガーは襲撃してきた敵部隊のメイルを斬り捨てる。
だが、如何せん数が多く、捌ききれず結果として戦局は劣勢となっている。
魔導推進機によりメイルは空中機動が可能であるが、ギルガーの機体は重装型であり、機動戦は得意ではない。
逆に敵部隊は軽量型で固め、機動力の高さを十二分に活かして制空権を取っているのも、苦戦の理由の一つであった。
それでも重装型ゆえの圧倒的なパワーで敵メイルを屠っていく。
(くっ、先遣隊にしては数が多い。援軍到着まで耐えられるか……)
思考を巡らせている間も、敵メイルの攻撃を盾をかざして防ぎ、体勢が崩れた隙を逃さずに斬り伏せる。
『ほう、エルドシアにも腕の立つのがいるな』
『っ!?』
声の聞こえた方向には、敵の指揮官と思われるメイルが上空に浮かんでおり、ギルガーの方に視線を向けていた。
『貴様がこの部隊の指揮官か』
『投降しろ。無駄に命を散らす必要もあるまい』
『黙れっ!!貴様らの言う事を聞くつもりなど無いっ!』
毅然とした態度で敵指揮官に、装備した剣の鋒を向ける。そのまま魔導推進機の出力を上げ、敵指揮官へと斬り掛かるが、ヒラリと躱されてしまう。
『ふっ、大口を叩くものでは無いぞ。貴様は平気でも、貴様の部下達はどうかな?』
『くっ……!』
敵指揮官の言う通り、周囲で戦闘中のギルガーの部下達は、敵部隊の猛攻を凌ぐので精一杯であり、このままではジリ貧なのは目に見えている。
『ならば!貴様を倒して敵部隊の士気を削ぎ落とす!!』
『ふん!威勢が良いのは結構。だが』
そう言って敵指揮官が剣を掲げると、周囲に複数の敵メイルが集結し始めた。
『この領数を相手に、どこまで戦えるかな?』
『くっ!?舐めるなよっ!!』
襲い掛かってくる敵メイルに向け、ギルガーは剣を振り翳す。
◇
駐屯地内の全員が戦闘に向かった中、残された武宮と桐山は自分達の機体が保管してあると聞いた格納庫へと向かっていた。
「おい!格納庫の場所知ってんのかよ?!」
「外に出りゃわかるだろ!」
施設内を駆けるが、その間にも外の戦闘は激しさを増しているらしく、爆音が響き施設が揺れる。
「出口だ、外に出るぞ!」
漸く外に出た二人の視界に入ったのは、中世の鎧の様な機体が大地を鳴らしながら剣戟を繰り広げている光景と、空中戦を行っている光景だった。
「マジ、かよ……航空力学どうなってんだ!?」
「魔法があるんだからおかしくないんだろうが、頭痛くなってきたぜ」
暫し呆けていた二人だったが、直ぐに周囲を見渡し格納庫を探す。
『きゃあああっ!?』
「「なあっ!?」」
しかしその時、格納庫を探す二人の近くに機体が一機突っ込んできた。二人に直撃はしなかったものの、代わりに後ろの施設の一部が倒壊した。
「あっぶねぇ!」
『う、ぐうう……えっ!?タケミヤさんにキリヤマさん!?』
「その声、リリアか?!大丈夫なのか!?」
機体から聞こえてきたのは間違いなくリリアの声であった。
彼女の機体は所々が損傷しており、見るからに酷い状況だ。
『こ、ここは危険です……早く格納庫へ……』
「お前も早く脱出しろ!その状態じゃ、長く持たないぞ!」
武宮はリリアへ脱出を促すが、リリアは倒れた機体を立ち上がらせると、再び戦闘に向かおうとする。
「お、おい!」
『私なら、大丈夫です。メイルもまだ動きます……格納庫はあちらです。お二人は、早く逃げて下さい』
「だ、だが……」
『私だって、国を守る軍人なんです!皆が戦っているのに、一人だけ逃げれません……!』
弱々しくも、強いリリアの言葉に、武宮達はそれ以上何も言えなかった。
緩慢な動きで進むボロボロの機体を、武宮達は言葉もなく、ただ見つめていた。
「……行くぞ」
「……ああ」
二人はリリアに教えられた格納庫へと向け、再び走り出した。
そうして格納庫に到着したのだが、中は敵襲により一部損壊しており、整備員達は避難したのか一人も人員はいなかった。
「俺らの機体は……」
「お?奥にあるのがそうじゃないか」
桐山の言う通り、格納庫の奥には二人の機体、グライツァーがここに来た時と同じ、片膝をついた姿勢で佇んでいた。連行される時に取り上げられた武器も近くに立て掛けてあり、二人にとっては都合がいい。
「やることは分かっているな」
「当然だ」
「ならいい。行くぞ」
二人はそれぞれの機体の前に行くと、コックピットの上部ハッチから下がっているウインチを使ってコックピットに乗り込む。
スターターを作動させてエンジンに火を点けると、コックピットのハッチが閉まり、ディスプレイに光が灯る。
そしてHMDを装着しシステムとリンクさせると、機体のカメラ越しの映像が映し出された。
「メインシステム起動確認。桐山、そっちはどうだ?」
『こっちも起動した。エンジンも好調だ』
「よし。武装を忘れるなよ」
武宮は機体を片膝をついた姿勢から立ち上がらせると、コントロールグリップを操作して傍らに立て掛けてあった己の武装を機体の右手に握らせた。
「武装接続……確認」
『こっちもオーケーだ。いつでも行けるぜ』
「よし……行くぞ!」
足元のペダルを踏み込み、機体を前進させる。
瞬間、ライドホイールが起動し、甲高いスキール音が響き渡った。
華やかさも、
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