第七話 始まり

「飯を取ってくるから、適当に座って待っててくれ」


 食堂に着いた後、カイルはそう言ってリリアと共に食事の配給コーナーへと向かう。

 案内された武宮と桐山は、近くにあったテーブルへと腰掛け、二人を待ちながら、辺りを観察する。昼時を過ぎたからか人は疎らで、二人への注目はあまり感じられない。


「辺境と言ってた割には立派な食堂だな」

「そうだな……なあ武宮、俺達が異世界から来たってのは伏せといた方がいいよな?」

「……そうした方がいいだろうな。ギルガーの話じゃ俺達みたいなのはあまり知られていないみたいだし、下手に混乱させることもないだろう」


 二人はこの後行われるであろう、カイルとリリアとの会話において、自分達の事をどう説明するかを話し合った。

 そして、話も纏まった頃カイル達が戻ってきた。その手には簡単な食事が乗ったプレートを持っており、そのうち二つを武宮達の前へと置いた。


「わりいな、こんなもんしか残ってなかったよ」

「お、おう……」

「ま、部外者の身で贅沢は言えないさ」


 二人の前に置かれたプレートには、パンが3個とシンプルなスープのみであり、それを見た桐山はあからさまに肩を落としていた。

 とはいえ空腹には勝てず、二人は食事に手を伸ばす。


「いただきます。……むぐ」

「ガツ……モグ……」


 手に取ったパンを頬張る。食べてすぐ二人が抱いた感想は……。


((固い……味がない……))


 二人が食べたパンは一昔前の保存食のような味で、菓子パンはおろか何もつけてない食パンにすら劣るような味だった。

 流し込もうとスープを口に含むが、これも微妙な味わいだった。


(薄っす……)

(味付けは塩だけかよ……)


 それでも何とか咀嚼して飲み込む。残りのパンも一気に腹へと放り込み、最後にスープを飲み干す。多少は腹が膨れたが、正直気休め程度だ。


「ご馳走さん」

「まぁまぁ美味かったぜ」


 社交辞令の礼をリリア達へと言うが、二人はなんとも言えない驚いた顔をしていた。


「何だ?」

「お前ら凄いな。そのパン保存用のやつだぜ?」

「余程お腹が空いてたんですね」


 どうやら二人が感じていたことは当たっていらしい。食事を持ってきたときにカイルが言っていたのは、謙遜でもなくそのまんまの意味だったらしい。


「まあいいや。そういえば、聞きたいことがあるって言ってたな?」

「ああ。だがその前に、改めて自己紹介をしておこう」


 カイルは自分を親指で指しながら言った。


「俺はカイル・マキリク。この第7郊外駐屯地所属の操鎧士で、階級は一等騎甲兵だ」

「私はリリア・カートライト。カイルさんと同じ操鎧士で、階級は二等騎甲兵です」


 カイルに続いて、リリアも二人へ向かい自己紹介をする。


(操鎧士……この世界じゃ、あの機体のパイロットをそういうのか?)


 二人の言葉に武宮が考えを巡らせていると、桐山が何やら気になる点があったようで、二人へと質問した。


「一ついいか?カイルはともかく、リリアちゃんは随分若く見えるが、いくつなんだ?」

「私ですか?16才ですけど……」


 そのリリアの答えを聞いて、武宮と桐山はつい吹き出してしまった。


「じゅ、16っ!?まだ子供じゃねえか!?」

「し、失礼ですね!私はもう立派な大人ですっ!」

「16つったら、まだ未成年だろうが!」


 しかし、武宮のその発言を聞いた二人は、何やら不思議そうな顔をしていた。


「お前ら、何言ってんだ?確かにリリアは子供っぽいが、16は十分成人だぞ?」

「はあ?そんな訳―――」

「おい桐山」


 武宮は、つい席から腰を上げかけた桐山の襟を掴み、自身の方へ引き寄せると、後ろを向いて耳元で二人に聞こえないように話しかける。


(何だよ?)

(よくよく考えたら、ここは別世界だ。年齢の捉え方も違うのかもしれん)

(た、確かにそうだな)


 そう、ここは彼らがいた世界とは違う。考え方や常識が違う可能性は十二分にある。


(ここは話を合わせておこう)

(おう……)


 話を終えた二人は、再びカイル達へと振り返った。


「いや、すまんかったな。つい考え違いをしてしまった。子供扱いしたのは謝るぜ」

「は、はあ……分かっていただけたならいいのですが……」


 急に変わった態度に困惑している様子だが、とりあえず謝罪は受け入れてもらえたようだ。


「じゃあ次はあんたらの番だ」

「ん……ああ、そうだな」


 口の端を軽く拭い、武宮から二人に話し始めた。


「改めて。俺は武宮龍巳。E.E.U.日本軍のグライツァーパイロットだ。ちなみに階級は准尉」

「同じくE.E.U.日本軍の桐山篤志。武宮とは同期で同じ部隊だ」


 カイルらが話したのと同じ、武宮達は自分の名前と所属、そして階級を二人へと伝える。


「最初に聞いた時から気になってたんだが、お前らの国ってどの辺にあるんだ?」

「そうだな……遠い東の島国だよ」


 カイルの質問に、武宮は大まかに答える。


「名前も聞いたことのないような島国から、何であの遺跡に?この辺の事は知らなかったみたいだしよ」

「それ、私も気になってました。初めてお会いした時は、まるで自分達が死んだかのような言い方でしたし」


 その質問には、武宮も桐山も頭を唸らせた。正直に話す訳にもいかず、かと言って上手い言い訳も思い浮かばない。


「何て言ったらいいのかな。気付いたら、あそこにいたんだよな」

「なんだそりゃ?もうちょっと詳しい状況は分からないのか?」


 カイルからの再度の問いかけに、今度は武宮が答える。


「そうだな……俺達はあの時、ある任務についていたんだ。その途中で、何か白い光に包まれて……まあ、手短に言うとこんな感じだ」


 ざっくりとした説明だったが、武宮は上手く自分達の元の世界の事を隠しつつ、この世界にくる前の状況を話した。

 武宮の話を聞いたカイルとリリアは、何やら心当たりがあったようで、顔を見合わせた。


「もしかして、転移魔法に巻き込まれたのでは?」

「その可能性はあるな。だとしたら、名前も知らない国の所属だというのも納得できる」


 どうやら彼らは武宮の説明に思うところがあったのか、特にこれ以上武宮達の事情について突っ込まれる事はなかった。

 そして再び武宮達へと視線を向けたカイル達の視線は、どこか同情を含んだような感じであった。


「その、お前らも大変だな」

「何か困ったことがあったら、遠慮せず言ってくださいね」


 二人の言葉に何とも奇妙な感覚を感じたが、取り敢えず難を乗り越えたことに安堵のため息をつい漏らした。


「まあ、これから色々世話になると思うから、そん時は頼むぜ」


 桐山がそう返した後、四人が着いているテーブルに、一人の男性が近づいてきた。


「おや。誰かと思えば、カイル一等騎甲兵とリリア二等騎甲兵でしたか」

「んげっ!」


 突如現れた男にカイルがまるで苦虫を噛み潰したような反応をしたが、武宮達の目の前に立っている彼は、かけた眼鏡をくいっと上げてから続けた。


「随分な反応ですね」

「んなこたねえよ。んで、何の用だ?」

「たまたま目に入りましたので。ところで、こちらの二人は?見ない顔ですが」


 と言って、彼は武宮達へと視線を向ける。


「お前はあん時いなかったな。話くらいは聞いてるだろ、あの不明メイルの操鎧士だよ」

「ああ、貴方方が噂の……」


 彼のジロジロと品定めでもするかのような視線を、武宮達は不快に思ったが、それを顔に出すのはなんとか堪えた。


「ふむ、どのような人達かと思いましたが、存外普通ですね」

「悪かったな、面白みがなくて。てか、お前は誰なんだよ」


 桐山の物言いも意に返さず、彼は姿勢を正してから話した。


「これは失礼しました。僕はレイ・エネイブル。階級は上等騎甲兵です。以後、お見知りおきを」

「相変わらず気取った言い方だな。用がないんだったらさっさと行けよ」

「つれないですね。まあ、気になっていたのも見れましたし、ここらで失礼させていただきます」


 そう言って踵を返したレイだったが、何かを思い出したように立ち止まると、視線だけをカイル達へ向けた。


「そういえば、最近隣国のガルマデルが不穏な動きをしているそうです。噂では戦争を起こす気だとか」

「何だと?」

「まあ、ただの噂です。それでは」


 レイは言い終えると、そのまま食堂を出ていった。

 残された四人だが、険しい表情になるカイル達に比べ、武宮達は状況が飲み込めずにいた。


「なあ、さっきの奴が言っていた、ガルマデルって?」


 武宮からの問いかけに、カイルは険しい表情のまま答えた。


「ガルマデルは、エルドシアの隣に位置する帝政国家だ。高い工業力と軍事力を誇る国だが、今代の皇帝が徹底した純血主義で有名だ」

「純血主義?」


 カイルの話に疑問を持った桐山が問い掛けると、今度はリリアが答えた。


「簡単に言えば、亜人への扱いが酷い国なんです。聞いた話では、亜人の身分は奴隷よりも低いとか」

「亜人?エルフとかドワーフみたいな奴か?」

「ドワーフでしたら、鍛冶職に就けるだけまだマシだそうです。エルフは高山や樹海などの僻地に住み着いているので、そもそも見た事がないです。主に聞くのは、キャットピープルやコボルトといった獣人族、アラクネやグラスホッパーといった複肢族ですね」


 リリアの説明を聞きながら、武宮達は今の情報を頭の中で纏めていた。


「話は分かったが、何でその国がこの国に攻めてくるんだ?」

「ガルマデルと違い、エルドシアは亜人共存を掲げているんだ。街に出れば、そこらで亜人の姿を見れる」

「そこが彼の国の癇に障ったのか」

「だろうな。だが一つ解せんことがある」


 カイルは一呼吸を置いて、続きを話した。


「確かにうちとガルマデルの主義主張は正反対だ。だがあの国の今代皇帝が戴冠したのは十年近く前だ。それまで静かだったのが、いきなり戦争を仕掛けてくるなんて、考えられん」

「ふむ……」


 確かにカイルの言うとおり。気に食わないなら戴冠してすぐに攻めればいい。高い軍事力を持っているなら尚更だ。

 四人が頭を悩ませているまさにその時だった。


 ドゴーンッ!!


「「「うおっ!?」」」

「きゃあっ!?」


 突如爆発音が響き、食堂が大きく揺れた。


「な、なんだ!?」

「まさか……早すぎるだろっ!?」


 彼らが困惑している中、食堂だけでなく施設全体に何処からか緊急事態を告げる声が鳴り響いた。


 《非常事態発生、非常事態発生!現在駐屯地上空から攻撃を受けている!出撃可能な者は直ちに迎撃せよ!繰り返す―――》


 先程の話からの急な敵襲。二人はこの状況に、どういう答えを見出すのか。

 ここからこの国の、そして武宮と桐山の運命の歯車が動き出そうとしていた。

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