第六話 契約

「おはよう。昨夜はよく眠れたかな?」

「お陰様でね」


 翌日。昼前頃に漸く起床した武宮達だったが、見計らったかのようなタイミングでギルガーの使いの兵士が呼びに来た為、朝食も取らず簡単な身支度のみ済ませて兵士の後を着いていった。

 そして昨日と同じ部屋に連れて行かれたのだが、昨日と違い部屋の中にはギルガーのみが待機しており、雰囲気も昨日とは違う。


「ところで、俺達はこれからどうなるんだ?」

「うむ、それなのだがな……昨夜上層部へと報告したところ、正式な処遇を決めるまで留めておけと言われたよ」

「随分と悠長だな」

「何分前例がないからな。今頃上の連中は頭を悩ませていることだろうよ」


 ギルガーは苦笑いを浮かべながらそう言った。

 そして一つ咳払いをすると、再び二人へと向き直る。


「そこで、私から君達に提案がある」

「提案?」


 疑問符を浮かべる二人に対し、ギルガーは手を組み直して続けて言い放つ。


「君達を私の部隊に雇い入れたい」

「「はあ?」」


 何を言っているんだと二人は驚いたが、ギルガーの目は至って真剣だ。


「正気か?俺達が言う事じゃないが、素性の知れない奴を雇おうとするなんて」

「確かに君の言う通りだ。だが君達を遊ばせるより雇い入れたほうが有益だと考えたまでだ」


 二人はここで、昨日の話を思い出した。

 彼等にとって、自分達の存在はかなり異質なものであり、その事を考えればギルガーの言うことも一理あると考えられる。


「まあ、生憎正規兵ではなく、傭兵扱いだがな。それに、君達にとっても都合が良いと思うが?」

「それはそうだが……」


 ギルガーの提案は、二人にとっては願ってもないものだった。だがだからこそ、二つ返事で簡単に受ける事はできない。


「……他の国に行く前に、首輪を付けとこうってことか」

「まあ、それもある。だが一番は、君達と良好な関係を築いておきたいからだ」


 疑いと若干の驚きが混じった視線を向ける二人に答えるように、ギルガーはさらに続ける。


「君達の存在は特異だ。あのメイルに使われている技術などその最たるものだ」

「だろうな」

「我々が欲しいのはそれだ。その為、君達に非協力的になられては困る」


 それを聞いて、武宮は得心したようにニヤリと笑みを浮かべた。


「成程。俺達はあんたらに技術を提供する、代わりにあんたらは俺達の生活を保証する。そういう事か?」

「その通りだ。最低限の衣食住、それに君達の身分の保証もするつもりでいる」

「それはありがたいな。だがやはり、すぐに返事は出せない」


 ギルガーの言葉が本当なら、二人が抱えている不安要素を一気に解消できる。何が裏があるにしても、取り敢えず彼の言葉には嘘はないように感じられる。

 だからこそ、迂闊に返答するわけにはいかない。何を要求するか、どこまで提供するか。返事をするのはそれを決めてからだ。


「分かった。ならもう一日、じっくりと話し合って決めるといい。俺からの話は以上だ」

「分かった。じゃあ俺達は下がらせてもらうぜ」

「ああそうだ。よかったら食堂を利用してくれ。何も食べてないだろ?」


 言われて二人は、自分達が目覚めてから、何も口にしていないことを思い出し、その途端に腹の虫が鳴き出した。


「すまない、助かる」

「簡易食料も無かったからな……」

「案内を呼ぶ、少し待っててくれ」


 そして少し待つと、部屋にギルガーが呼んだ兵士が入ってきた。二人は席を立ち、その兵士に付いていく。


「良い返事を期待してるよ」


 その言葉に、二人は軽く手を振り、そのまま部屋を退室した。

 そして兵士に連れられて食堂に向かうのだが、特に警戒されている訳ではないだろうが、会話が無いため二人はやや気まずさを感じていた。

 堪らず桐山が話し掛けるが……。


「なあ、食堂へはあとどれくらいだ?」

「もう少しだ」

「おう……」


 と、すぐに終わってしまった。

 再び沈黙のまま歩を進めていると、見覚えのある人影が遠目に見えた。


「お?」

「あの娘は確か……」


 彼等の視線の先にいたのは、この世界での第一遭遇者である少女であった。恐らく同僚か先輩と思われる男性と並んで歩いているが、彼等に気付くと二人共足を止め、近くへと歩み寄ってきた。

 武宮達は彼女の名前を思い出せなかったが、先に彼等を先導していた兵士が二人へと話しかけた。


「よおカイル。リリアと一緒ってことは、始末書は書き終えたのか?」

「うっせギヴソン。んのものとっくに終わってる」

「昨日一日部屋に籠もりっきりでしたもんね」


 三人が話しているのを聞いて、漸く武宮達が彼女の名前を思い出したところで、二人の視線が彼等へと向いた。


「ところでなんでこいつらと?」

「ギルガー隊長の命令でな。これからこいつらを食堂に連れて行くところなんだ」

「ほーそうか。なら俺達が代わってやるよ」


 何を思ったか、カイルは彼の役目を引き継ぐと言い出した。


「いいのか?」

「いいっていいって。お前は自室でのんびりしてろよ」

「そこまで言うなら……じゃあ頼んだぞ」


 結果。彼はカイルの提案を受けてこの場を去っていった。

 カイルとリリアは彼を見送ると、再び武宮達へと振り返る。


「さて……あんたらと直接顔を合わせるのは初めてだな」

「……お前」

「誰だ?」


 しかし、武宮達は首を傾げながらそう言い放った。それを聞いたカイルは調子を狂わされたのか、ガクッと肩を落とした。


「お、覚えてねえのかよ!?」

「そっちの娘は覚えてるんだがな」

「リリアちゃん、で合ってたかい?」

「は、はい!先日はありがとうございました!」


 そう言いながらリリアは武宮と桐山に向けてペコリと頭を下げる。


「気にすんな。それより、俺らのせいで迷惑をかけたな」

「あの後、何か処罰とかなかったか?」

「一応、一日の自室謹慎を命じられましたが、それ以外には何も」

「そうか。ま、それだけで済んでよかったな」


 なんとも和気藹々な雰囲気ではあるが、約1名、それを黙って見てられない者がいた。


「……っておい!俺を置いて話を進めるな!!」


 怒声を発したのは、武宮達から忘れられたままのカイルであった。


「ああすまん。ところで誰だっけ?」

「とぼけてんのか?カイル・マキリク!あの遺跡の前で交戦したろうが!」

「……ああ、あの時のか!」


 そこまで聞いて、漸く二人はカイルの事を思い出した。


「普通忘れるかよ」

「仕方ないだろ。名前は聞いてても、生身の姿を見てないんだからな」

「おまけにここに連れてこられた後、すぐに牢屋にぶち込まれたんだからよ。色々あり過ぎて、すっかり忘れちまってたぜ」


 武宮達の言い分にカイルは納得のいってない様子だったが、リリアが何やら耳打ちすると、何やら言葉をつまらせながら、再び武宮達へと向き直った。


「あー、その……悪かったな。いきなり斬りかかったりして……」


 唐突な謝罪に、武宮と桐山は一瞬目を白黒させた。

 そして、一つ息を吐き出すと、彼の謝罪に対して返答する。


「気にするな。あの状況じゃ仕方ない事だ」

「だ、だが!俺が余計な報告をしたせいで、あんたらは牢に入れられたんだぜ」

「それももう終わった話だろ?こうして解放されてるしよ」


 あっけらかんとした武宮達の態度に、カイルは頭をガシガシと掻き、溜息を吐いた。


「……分かったよ。あんたらがそう言うなら……いつか礼はするぜ」


 そう言うと、カイルは右手を差し出す。


「ああ」

「期待はしねえで待ってるよ」


 二人はその手をがっしりと握り返す。3人の間には、先程のような不穏な空気はもはやなかった。

 その様子に笑みを浮かべていたリリアが、三人へと一つ、提案を切り出した。


「あの、タケミヤさん達は食堂へ行かれるんですよね?よろしければ、ご一緒してもよろしいですか?」

「別に構わないが」

「ありがとうございます。それで、よろしければ色々とお話をお聞かせ願えればと思うのですが……」

「おういいぜ」

「こちらも、色々聞きたいことがあるしな」


 なんでもないような提案だった為、武宮達は二つ返事で了承した。それに上手く行けば、この世界についての情報を手に入れられるかもしれない。


「おしっ!じゃあさっさと行こうぜ。しっかりついてこいよ」

「あっ!?カイルさん、待ってくださいよ〜!」


 早歩きで先導するカイルに続いて、リリアがパタパタとその後に続く。


「騒がしい奴だな」

「だが、悪い気はしねえよな」

「だな」


 軽口を叩きながら、武宮と桐山は二人に続いて、食堂へ徒歩を進めるのであった。

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