第五話 最初の夜
尋問を終えた二人は、最初に収容された牢屋へと戻されていた。
尋問のおかげか、二人は捕虜扱いから解放され、部屋を用意してもらえることとなった。それまでは牢屋にいなければならないが。
しかし、対応が変わったというのに、二人の間には重苦しい空気が流れていた。
「……なあ」
「なんだよ」
「お前、さっきの話信じるか?」
そう語り掛ける桐山の表情は重い。
「信じるしかねえだろうよ。あんなん見せられちゃあ」
「だよなぁ。クソッ……」
悪態をつき、頭を掻きむしる。武宮も平静を装ってはいるが、今自分達が置かれている状況には、溜息をつかざるを得ない。
「まさか、異世界に来ちまうなんてな」
「大昔のラノベじゃあねぇんだぞ」
そう。異世界に転移するという、まるで漫画のような事態が、二人の空気を重くさせていた。
時は少し前に遡る……。
◇
「異世界って、マジで言ってんのかよ」
「ああ」
ギルガーにより、自分達がいるこの世界が、異世界だと聞かされた武宮は、やはりと言うべきか、そのことを受け止められずにいた。
「って、んなこと信じられるか!」
「信じられないだろうが、事実だ」
「なら証拠を見せてみろ!」
桐山も同じようで、ギルガーに対して語気を強めて証拠を求める。
しかし当のギルガーは表情を崩さず、自身の手首に手を添えると、何やら唱えだした。
「何、やってんだ?」
「さあ……?」
二人は怪訝そうな表情で見ているが、次の瞬間、その顔は驚愕の表情へと変化した。
「―――灯す光を……
ギルガーが言い終えると同時、彼の手の平から小さな魔法陣が浮かび上がり、野球ボール程の火が突如発生した。
「な……あっ……」
二人は声も出ず、ただただその光景に、目を釘付けにされていた。
「これは基本的な点火魔法だが、証拠としては十分だろう」
しばし呆然としていた武宮と桐山だったが、話しかけられたことでなんとか気を戻す。
「あ、ああ……よく分かったよ」
「ならよかった。君達の詳しい処遇については、また明日話し合おう。部屋を用意するから、ゆっくり休んでくれ」
ギルガーから告げられたのは、先程まで捕虜扱いしていたとは思えない、まるで破格とも言えるような内容だった。
「いいのかよ。世界が違うとはいえ、俺達はあんたらからしたら得体のしれない人間だぞ?」
「確かに君の言うとおりだ。だがだからこそ信頼できるというものだ」
「成程な……」
ギルガーの言いたい事を理解した武宮は、それ以上何も言う事はなかった。
この世界に彼らの帰る場所は無い。ならば生きていく為には、どこかに身を寄せなくてはならない。その為、二人にはここで抵抗する意味も理由も無い、そのことをギルガーも分かっていたからこその提案なのだ。
「それに、部下の恩人をいつまでも牢屋に入れておくのは忍びない」
「フッ、そうかよ」
「さて、私はこの事に関して上に報告しなければならん。すぐに部屋を用意させるが、すまないがそれまでは牢で待っててくれ」
それだけを言い終えると、ギルガーは部屋を退出し、代わりに見張りの兵士が入ってきて、二人を牢屋へと連れて行く。
そして、時は戻り……。
◇
「死んだかと思ったら異世界に転移してましたー、ってか。ラノベのテンプレもいいとこだ」
桐山がボヤきながらベッドへと横たわる。信じがたい現象に遭遇して精神的に参っているかと思われたが、少しは落ち着いてきたように見える。
「大体こういうのはトラックに轢かれて、女神に出会うってのがお約束だろ」
「知るかよ」
「放射能の光に飲み込まれ、気づけば同僚と二人……華がねえな」
そんなやり取りをしているうちに、誰かの足音が二人がいる牢屋に近づいて来るのが聞こえた。
足音の主である兵士は牢屋の前で立ち止まると、牢の鍵を開け、二人に出るように促す。
「出ろ。部屋の準備ができたぞ」
「分かった。ほら、行くぞ」
「へいへーい」
二人は牢屋から出ると、兵士に連れられて施設の中を進んでいく。ちなみに手は縛られていない。連行しているのが一人なのを見ても、どうやら本当に捕虜扱いではなくなったらしい。
暫く歩き、二人はある部屋に案内された。
「ここがお前達の部屋だ」
「ありがとよ」
二人は部屋に入る前に、中の内装を確認する。ベッドが二床、窓際には机が配置されており、簡素な作りであったが牢屋に比べれば十二分に過ごしやすいものであった。
「命令だからな。もう遅いから、さっさと寝ろよ」
「ああ待ってくれ。一つだけいいか」
去ろうとする兵士を武宮が引き止める。
兵士は面倒くさそうな表情をしたものの、武宮は構わず尋ねる。
「トイレは何処だ?ここに来るまでには見かけなかったが」
「玄関から出てすぐだ、見ればすぐ分かる。じゃあな」
そう言って、兵士は来た道を戻っていった。
「監視も無しとはな」
「ここまでくると、逆に怪しさを感じるぜ」
桐山は対応が変わったことに訝しみつつも、部屋の中へと入りベットへと腰掛ける。
「ふぁ〜あ。何か一気に疲れが出てきたな」
「もうすっかり日も落ちているしな」
チラと窓に目を向ける。窓からは月明かりが差し込んでおり、部屋の中を照らしている。
光源はあるにはあるが、電灯ではなくランプのため、余計に月明かりが明るく感じる。
武宮はふと、窓へと近づき夜空を見上げた。
「全く。異世界でも星空は綺麗だな。……あ?」
しかし武宮は言葉を詰まらせ、その場に固まってしまった。
一体どうしたのか。桐山が様子を見ていると、武宮はこちらに来るように手招きした。
「一体どうしたんだ」
「空を、見てみろ……」
「空が一体どうし―――は?」
促されて夜空を見上げた桐山も、武宮と同じくその光景を見て絶句した。
人工的な光源が無いからか、夜空は満天の星空で、感動すら覚えてしまう程だ。
―――唯一つ、月が緑がかった青色に輝いているというのを除けば。
「はは、ここまで来るとなんの感想も出てこねえな」
「ああ。まるで僅かに残っていた希望を打ち砕かれた気分だよ」
乾いた笑いを浮かべながら、二人は窓から離れてベッドへ腰掛けた。
「
「そうだな。……なあ、これからどうする」
この世界の住人ではない二人は、これからの身の振り方を考えていかなくてはならない。衣食住だけでなく、機体の整備、補給の目処も立ってないのが現状だ。
「一番いいのは何処かに所属することだが、素性のしれない俺達を雇うとこなんかあるか?」
「普通はないだろうな。正規じゃなくても、傭兵として雇ってくれればいいんだが……」
「最悪処刑されて、機体を奪われることもありうるな……」
考えれば考える程、どうしょうもないということだけが分かっていく。
そのうち桐山は大きくため息を吐き、ベッドへと横たわった。
「疲れた状態じゃ頭が回らない、もう寝ようぜ」
「そうだな。明日あのギルガーって人に相談しよう」
「そうしようぜ。じゃあな」
「ああ。おやすみ」
そうして二人は床につくことにした。
疲れがピークに達したからか、ランプを消すのを忘れていたものの、ストンと眠りについた。
静かになった部屋の中では、ランプの火だけがゆらゆらと動いていた。
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