第四話 尋問
謎の部隊により、彼らの拠点と思われる場所まで連れてこられた武宮と桐山。情報が欲しかった二人は、多勢に無勢ということもあり、大人しく指示に従ったのだが……。
「なあ」
「……なんだよ」
桐山が隣のベッドに腰掛けている武宮へと話しかける。
「誤解は解けた筈だよな」
「その筈だな」
「じゃあ何で牢屋に入れられているんだよ」
そう。拠点へと連れて来られた彼らは、武装を解除されるとそのまま捕虜を収容すると思われる牢屋へと入れられたのだ。
「知るかバカ。連中からしたら、俺達は他国の軍人だからな。対応としては当然だろう」
「だとしてもだ、この扱いは無いだろ!?」
二人が入れられた部屋は、簡易的なベッドが2つと奥にトイレがあるだけで、他には何もない。警察の牢屋でも、もう少しマシな内装しているだろう。
「確かにな。だが俺はそれよりも気になることがある」
「あん?」
「今は何年だ?」
突拍子もない質問に、桐山は怪訝な顔をしつつも答える。
「んだよ急に……今は2085年だろ、それがどうした?」
「おかしいと思わないのか。この施設について」
「それってどういう……っ」
その言葉に桐山はどんな意味か分からないようだったが、何かに気づいたのかすぐに言葉を詰まらせた。
「そう、今は21世紀後半。なのにここの設備はどうだ?照明は蝋燭、壁や床は石造り。簡易的だとか、資金がないってレベルじゃないぞ」
「ああ。これが捕虜収容だけが目的ならともかく、ちらっと見た限り、普通に駐屯、生活しているようだし……マジでどうなっているんだ?」
考え込む二人だが、こちらに近づいてくる足音が聞こえたことで、一旦思考を止めて意識をそちらに向ける。
すると数人の兵士が二人が入れられている牢屋の前で止まり、牢屋の鍵を開けた。
「出ろ、尋問だ」
その言葉に身構えるが、この状況では抵抗しても無駄だと思い、大人しく指示に従う。
牢屋から出ると、二人は手首を縛られ、その状態で兵士たちに連れられて拠点の中を歩く。
そして、尋問部屋の前に到着すると、兵士から入室を促され、部屋に入り用意されていた椅子に座らされる。
部屋の中には簡素なテーブルと椅子のみがあり、部屋の四隅の出入り口には兵士が立っており、逃走は難しい。
そして、テーブルを挟んで正面には、ここの指揮官と思われる男性が椅子に座ってこちらを見据えている。
「さて……顔を合わせるのは初めてだな」
「その声、さっきの……」
二人は男性の声に聞き覚えがあった。自分達をここまで連れてきた部隊の隊長機、その搭乗者の声そのものだった。
「私はギルガー・フランケル。この駐屯地の司令官を務めている」
「司令官?あの部隊の隊長じゃないのか?」
桐山の質問に、その男―――ギルガーは自嘲するように苦笑しながら答える。
「この駐屯地は王国郊外、というより辺境に位置している。その為配備される人員は少なく、私が部隊の指揮官を兼任している」
「成程……」
「さて、本題に入らせてもらおう。これより君達への尋問を始める」
その言葉に、一瞬で室内に緊張が走り、武宮達は警戒心を強め、部屋は静寂に包まれる。ギルガーの二人を見据える視線は鋭く、武宮は生唾を呑み込む音がイヤに大きく聞こえた気がした。
「そんな警戒しなくてもいい。建前上尋問としているが、部下の恩人にそんな事はせんよ」
その言葉に二人は呆気にとられた。構わずギルガーは、組んでいた腕を崩しながら更に続ける。
「この場を設けたのは、君達を迎え入れるにあたり、君達のことを知っておきたかったからだ」
「そう言う割には、捕虜に対する扱いだったが?」
「辺境とはいえ、一応王国軍としての体面もある。客人を招くようにはいかんよ」
確かに。武宮達はギルガーの説明に内心納得したが、だからといってそう簡単に警戒を解くわけにもいかない。
「さて、まずは君達の名前と所属を教えてくれないか」
「「……」」
答えるかどうか少し悩んだが、このままでは話は進まず、自分達が求めている情報も手に入らない。
武宮達はアイコンタクトを交わし、武宮から問い掛けに答え始める。
「E.E.U.日本陸軍戦車師団特車中隊第37機動小隊、武宮龍巳。階級は准尉だ」
「同じく第37機動小隊所属、桐山篤志准尉だ」
二人が自身の所属と階級を述べると、ギルガーは考え込むように顎に手を当てる。
「むぅ、聞いたことがないな。イーイーユーとかいうのは国名か?」
「正確には日本が国名で、E.E.U.は加盟している経済連合の略称だ」
「ふむ……失礼な事を言うようだが、虚偽の発言では無いだろうな?」
その発言に武宮と桐山は眉根を潜めるものの、それは怒りではなく疑問からであった。
そして今度は桐山がギルガーに向けて言葉を返す。
「当たり前だ。むしろこっちの台詞だぞ」
「どういう意味だ?」
「E.E.U.はオーストラリアとアジアの大半で構成された、三大勢力に数えられる程の規模だ。それを知らないなんて、常識的に考えられん。独立国家も多少はあるが、エルドシアなんて国聞いたことがねえ」
現在、世界の大半の国はE.E.U.、U.S.P.、S.I.O.のどれかに加盟しており、三大勢力はいまや小学生でも知っている存在だ。リリアやカイルもそうだが、それを知らないとなると、ある種の不信感を持たざるを得ない。
「成程……ならこちらからも言わせてもらおう。先程君達のメイルを調べさせてもらったが、あれは何だ」
「何だ、ってどういう意味だ?」
「そのままの意味だ。技術体系、設計思想、何もかもが既存のメイルとは違う。他国の試作型かとも思ったが、それにしては抵抗する素振りも見せない。一体何を考えている」
鋭く、まるで見極めるような視線に射抜かれながらも、武宮は臆せずに返す。
「試作だと?俺達のグライツァーはとっくの昔にロールアウトされた機体だ。少なくとも2085年の今じゃ型落ちもいいとこの機体だぞ」
グライツァー技術は、月単位で進歩している。ロールアウトから半年もすれば型落ち扱いされるのが現状だ。
二人の機体も例に漏れず、今現在は改良型が開発されている為、十二分に旧型と呼ばれる物だった。
しかし、武宮の発言に疑問を感じたギルガーの次の発言は、二人をさらに混乱させた
「2085年?何を言っている、今は光神歴485年だろう」
「「……は?」」
西暦ではなく、全く聞いたこともない暦を聞かされ、武宮と桐山は一瞬頭がフリーズした。
その様子を見たギルガーは、少し思案するように目を瞑った。
「……待てよ。君達の国は、ニホンと言ったか?」
「あ、ああ。そうだが」
「ふむ。少し待っててくれ」
そう言ってギルガーは席を立つと、部屋を後にする。部屋の中には武宮と桐山、監視の兵士飲みが残ったが、もちろん会話などあるはずもなく、重苦しい空気のみが流れる。
暫くするとギルガーは戻ってきたが、手には何かの本と書類を持ち、神妙な面持ちで席につくと、何を思ったのか他の兵士達を退出させた。
「何を考えていると思っているだろうが、これから話す内容は軍の機密でも特に深い所に関するものだ。あまり多くの兵に聞かれていいものじゃない」
「俺らはいいのかよ?」
「ああ。何故なら君達にも関係がある事だからな」
そう言ってギルガーは持ってきた本をテーブルの上に置き、あるページを開く。
「何だ、これは?」
「お伽噺さ。遠い昔、迫りくる魔の軍勢により、人類は絶滅の危機に瀕していた。人々が神殿で祈りを捧げると、祭壇は眩い光に包まれ、神が遣わした軍勢が現れた。巨大な鎧を駆る彼らは、瞬く間に魔の軍勢を退け、平和をもたらした。要約するとそんな内容だ」
突然お伽噺を聞かされ、二人は怪訝そうな顔をする。一体これが機密に何の関係があるのか。
「まあそんな顔をするな、本題に入る前置きみたいなものだ。続けるぞ。争いが終わると、神の軍勢は何処かへと去っていった。人々はいずれまた来るであろう争いに備え、彼らの武具を模した兵器を作り出した。それがメイル、駆動鎧の始まりだと言われている」
「荒唐無稽な話だな」
「お伽噺だからな。だがそうとも言えない事態が起こった」
ギルガーは本を除けると、今度は書類をテーブルの上に置く。
「先月のことだ。東にある神聖国家アズリアが、急速に軍事力を強化しているとの情報が入った。歴史と伝統を重んじるアズリアが、だ。実態を調査すべく諜報部隊が向かったが、驚くべき事が分かった」
書類の一文を指差しながら、ギルガーは更に続ける。
「どうやらアズリアは、神の遣いの召喚に成功したらしい」
「お伽噺じゃなかったのか?」
「その筈だったんだがな。急成長した軍事力の背景には、その神の遣いが関係しているらしい。そのせいで、国家間に緊張が走っている。下手をすれば戦争が起きる程度にはな」
ギルガーが嘘を言っているようには見えないものの、まるでマンガのような話の内容に、ある種呆れたような感情を抱いていた。
「お前達の気持ちは分かる。俺もついさっきまで同じ気持ちだった。だがこれを聞いたら、驚くだけじゃすまない」
「そうかよ。なら続きをさっさと聞かせてくれ」
まるで信用していないといった桐山の態度も意に返さず、ギルガーは書類を捲って更に続ける。
「その前に、お前達は転移魔法というものを知っているか?」
「転移魔法?ファンタジーものの小説で見るが、魔法自体ただの創作だろ」
あっさりと切って捨てる武宮だが、その返答にギルガーは何か得心したかのように頷いた。
「成程。では続きを話そう。精力的な調査の末、ついに諜報員がその神の遣いに接触した。報告によると、神の遣いは年若い少年のような見た目だったそうだ。そいつは警戒心がまるでないようで、諜報員からの質問に素直に答えたらしい」
重要人物の割には、随分と間抜けなやつだ。神の遣いに対し、武宮達はそんな感想を抱いた。
「その際に訊き出した情報によれば、神の遣いは魔法の無い異世界のとある国の人間で、アズリアの連中に召喚されたとのことだ。それでその国の名前だが……」
ギルガーは一呼吸をおき、書類から視線を上げて二人を見据える。その視線に、何か嫌な予感を感じながらも、二人はギルガーの次の言葉を待つ。
しかし、次の彼の言葉に、二人はまるで思考が抜け落ちるような感覚を感じた。
「チキュウという星の、ニホンという国なんだそうだ」
「「……は?」」
二人は少しばかり思考が抜け落ちたように呆けたが、すぐに気を取り戻すとギルガーへと喰いかかる。
「ちょ、ちょっと待て、お伽噺の神の遣いが現実にいて、それが日本人?どういう訳だよ」
「言った通りだ。アズリアの連中は召喚魔法を使い、異世界から神の遣いを召喚した。そいつはお前達と同じ、ニホンの出身とある」
「おいおい。あんたの話じゃ、まるでこの世界に魔法があるような話し方だな」
武宮がそう尋ねると、ギルガーは頷いてから答える。
「ああ。この世界には魔法がある。君達からすれば、この世界は異世界という事になるだろうな」
言い放たれたギルガーの言葉に、二人は頭に衝撃が走ったような錯覚を覚えた。
「……という事は、俺達は……」
「ああ。君達は、この世界へと転移してきた、という事だ」
「は、はは。まるで使い古されたラノベの設定みたいだ、な……」
衝撃の事実に、部屋の中には桐山の乾いた笑いだけが響いていた。
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