第二話 邂逅

「う、ぐぅ……」


 暗く、静寂なコックピットの中で、武宮は呻き声を上げながら目を覚ました。


「俺は……生きてる、のか?うぐっ、頭が痛い……」


 頭を抑えながら、武宮は機体の状況を確認する。周りの計器類は全て機能停止の値を示し、ディスプレイも落ちている為、外の状況が確認できない。


「機体機能が完全にシャットダウンしてやがる……アイツは無事なのか?」


 機体の再起動の為コンソールを弄りながら、共に臨界に巻き込まれた仲間の身を案じる。通信を飛ばせばすぐに分かるが、機体を再起動しないことには通信機も使えない。

 外に出るのも手だが、放射能に汚染されている可能性を考えるとそれもできない。


「あとはこのプラグを……」


 手に持ったプラグを再接続すると、ディスプレイが点灯し、コックピット内に機体の起動音が響く。


「よし……!通信機は、生きてるな。ヘイロー6よりヘイロー4。聞こえるなら応答してくれ」


 復活した通信機を使い、仲間へと呼び掛ける。が、反応はない。


「おい桐山!返事をしろ!……駄目か」


 名前で呼び掛けても返事はない。最悪の事態が頭をよぎったが、まだ向こうが目を覚ましてないだけかもしれないと思い、一先ず機体のチェックに取り掛かる。


「エンジンは大丈夫。バランサーも生きている。あとはカメラが復活すれば……」


 と言っている間にディスプレイが再起動を終え、同時にカメラも回復したのか、ディスプレイに映像が浮かび上がる。


「外が暗いな、暗視モードに切り替え―――ん?灯り……誰かいるのか?」


 メインディスプレイには真っ暗な空間が広がっていたが、その中で小さな灯りが動いているのが映っていた。


「と言っても、あれだけじゃ流石に分からん。やはり暗視モードにしよう」


 ディスプレイを操作し、カメラを暗視モードに切り替える。途端に画面は緑色を基調とした、視認性を上げた映像に切り替わった。


「あれは、……女?子供みたいだが、何でこんな所に?」


 復活したセンサーをチェックするが、そこには何の表記もない。

 通常センサーには、グライツァーや歩兵等が発信している敵味方判別のための信号が映し出されるようになっている。民間人を含めた非戦闘員についてはその表記が出るが、今カメラに映っている少女には何の反応も出ていない。


「かと言って他に人影は見当たらない……マジで何者だ?というか、放射能は大丈夫なのか?」


 謎の人物について考えを巡らせていた時、その少女の近くに倒れていた機体が突如として起動した。

 驚きながら、武宮はディスプレイ上のレーダーを確認すると、識別信号は所属不明の表記が出ていたが、友軍の信号もないことから、襲撃してきた敵部隊の生き残りだと考えた。


「まさか、生きていたのか?けど奴らは俺達よりも直接放射能を浴びたはずだぞ!?」


 即死の放射能を浴びたはずの敵が生きている。その事実に驚愕するが、その敵機は目の前にいるあの少女に向けて手を伸ばしていた。


「まずい!?FCSは……問題ない。マーキングセット!」


 ディスプレイをタッチし、音声入力で敵機をターゲットに設定しロックオンする。

 ロックオンが完了したのを確認すると、腕部制御用のコントロールスティックを操作して右腕に装備しているショットガンを構えようとする。


「クソッ!?起動したばっかで動きが鈍い!」


 しかし、まだエンジンが本調子ではないのか、武宮の機体は酷く緩慢とした動きでショットガンを持ち上げる。

 構え終わった頃には、既に敵機の手は少女の眼前まで迫っていた。


「間に合えっ!!」


 反射的にトリガーを引く。


 ズダンッ


 射出された散弾は、敵機のボディに突き刺さりその動きを止める。


「今のうちに……フンッ!」


 重いコントロールスティックとペダルを操作し、機体を立ち上がらせる。

 立ち上がらせた機体を敵機の側まで移動させると、今度は左腕を操作して、パイルバンカーの穂先を向ける。


「くたばれ」


 ガシュンッ


 トリガーを引くと、射出音と共にパイルバンカーが敵機体のボディを貫く。

 敵機体は少し痙攣したあと、その動きを完全に停止させた。


「ふぅ……」


 とりあえずなんとかなったと、武宮は一息つく。カメラを再び少女に向けると、彼女はこちらを見上げたまま座り込んでいた。どうやら腰を抜かしていたようだ。

 武宮はパネルを操作し、外部スピーカーで少女に向けて話しかけた。


「あー、あー。君、無事か?」

『え、あ……は、はい』


 急に声を掛けたからか、少女は戸惑いながら返事を返す。


「ならよかった―――」

『おい武宮、大丈夫かっ!?』


 武宮は続けて少女に尋ねようとしたが、急に通信機から声が飛んできた。それは、共に臨界に巻き込まれた仲間のものだった。


「少し待っててくれ……こちらヘイロー6。桐山、無事だったか」


 少女に少し待つように言うと、武宮は通信機をオープンチャンネルから切り替えて、その仲間に通信を繋ぐ。


『ああ、お前も無事なようでよかった』

「機体は動くか?」

『出力は安定しないが、何とかな』


 その言葉の直後、少し離れたところからグライツァーの駆動音が聞こえてきた。

 武宮がレーダーを見ると、味方の識別信号を出している機体が、こちらに向かって近づいてくるのが確認できた。

 やがて一機のグライツァーが現れ、武宮達の近くで静止した。


「よお桐山。寝覚めの気分はどうだ」

『最悪だよ。二日酔いでもここまで酷くねえってのに……なあ、俺達リアクターの臨界に巻き込まれた筈だよな』

「……ああ」


 話しながら、二人は気を失う前の記憶を思い出す。暴走したリアクターが放つ臨界の光から逃れようとしたが、間に合わずに巻き込まれた時のことを。目の前を青白い光が包み込み、気が遠くなっていくあの感覚を。


『何で生きてるんだ?』

「……知るか」

『それに、俺達がいたのは通路だった筈。暗くてよく分からんが、ここはリアクタールームか。何で戻ってるんだ?』

「知るかっつの」


 本来であれば到底生きていられる筈がない。なのに何故自分達は生き残ることができたのか。それに、いつの間にリアクタールームまで戻ったのか。分からないことが多すぎる。


『……その娘は?』

「知らん。只の民間人ではなさそうだが……」


 彼らの目線は、座り込んでこちらを見上げたままでいる少女に向けられた。


『もしかしたら、何か知ってるんじゃないのか?』

「……訊いてみるか。なあ君、一ついいだろうか?」

『は、はいっ!?』


 声を掛けられると思ってなかったのか、少女は吃驚したような声を上げたが、武宮は構わず尋ねる。


「俺達は、何故生きているんだ?」

『……えぇ?』


 しかし返ってきたのは、まるで質問の意味がわからないといった困惑した声。


『あ、あの……質問の意味がわからないのですが……』

「そのままの意味だ。普通なら即死しててもおかしくはない放射能を浴びた筈なのに、死んでいるどころか、身体にも機体にも異常はない。一体どういう事なんだ?」

『ほ、ほうしゃ?』


 細かく説明して再度問い掛けるが、少女は訳が分からないといった表情で首を傾げるばかりだ。


『なあ武宮。彼女、何も知らないんじゃないのか?』

「かも、しれないな」

『というか、彼女は何者なんだ?』


 その言葉で、武宮はまだ彼女が何者なのか訊いていないことを思い出した。


『お前……そういうとこ抜けてるよな』

「うるせ」


 再度スピーカーに切り替えて、少女に呼び掛ける。


「そういえば、君は何者なんだ?ただの民間人とは思えないが」

『あ、えっと。わ、私は―――』


 しかしその時、機体のセンサーに反応があり、レーダーに複数のターゲットポイントが浮かび上がってきた。

 それと同時に、周囲から駆動音が鳴り響き、機能を停止したと思われた機体が動き始めていた。


『おい武宮っ。周りの奴らが目覚めたみたいだぞ』

「クソッ!死に損ないとはいえ、この状況でこれだけの数を相手にするのは危険だ……」


 カメラを暗視モードにしている為、ある程度の視界は確保できてるが、こちらは2機しかおらず、また周囲に瓦礫が存在するため動きも制限される。


「しかも生身の人間を守りながらなんて無理だ」


 チラリと視線を少女へと向ける。今現在の状況が飲み込めず、座り込んで困惑している様子が映り込んでいた。これでは彼女単独で逃げるのは難しいだろう。


『どうするよ?』

「一回外に出よう。俺が邪魔な敵機を排除する、お前は彼女を頼む」

『オーケー!おい君、しっかり捕まってろよ!』

『ふえぇっ!?』


 言うやいなや、彼は機体の左手で彼女を抱え、武宮は出口までのルートに存在する敵機にマーカーをセットする。


「完全に立ち上がる前に行くぞ。3…2…1っGO!!」


 合図と共に、ホイールのけたたましい駆動音を鳴り響かせながら、2機の機体は出口に向けて滑走する。

 しかしそのルート上に敵機が立ち塞がっていたが、武宮はその機体をロックオンすると疾走りながらショットガンを放つ。


 ズダンッ


 ショットガンを受けた敵機体は、その衝撃で体勢を崩し、武宮達はその隙に空いたルートを駆け抜けて行く。


「もう少しだ、瓦礫に引っかかるなよ」

『分かってい―――っ!?武宮横だっ!』


 気付いた時には遅く、瓦礫の影に潜んでいた敵機が飛び出し、武宮の機体へと組み付いた。その勢いで倒れてしまい、敵機に抑え込まれる形となる。


「ぐおっ!?こ、コイツ!!」


 振り払おうとするが、体勢が悪いのか上手く振り払えない。

 だが次の瞬間飛来した弾丸によって敵機が動きを止め、その隙に、左手で殴りつけて無理やりどかし、すぐに体勢を立て直す。


「助かった」

『一つ貸しだぞ』


 軽くやり取りをし、彼らは再び出口へと向け機体を疾走らせる。

 懸念した敵機からの妨害はそれほど激しくなく、銃撃などの攻撃をしてこなかった為、何とか通路へと抜け出した。

 通路には瓦礫こそあったものの、敵機の姿はなく、通路にはスキール音のみが響いていた。

 暫くして、通路の先から光が差し込んでいるのを確認できた。


「出口が近いぞ!」

『ああ!だが、外にも敵がいたらどうする!?』

「その時はその時だ!」


 二人はカメラの暗視モードを解除し、更にペダルを操作して機体のスピードを制御。脱出した時に備える。

 段々と光が強くなっていき、そして……2機の機体は外へと飛び出した。

 それと同時にペダルと操縦桿を操作して機体を減速させて、すぐに戦闘を行える体勢で停止させる。

 光に目が慣れて外の状況が把握できてきたが、カメラに映った光景を見て彼らは唖然とした。


「な、何だ……?」

『研究所が、埋もれている?』


 そこには、自分達の記憶とは違う光景が広がっていた。

 研究所が建ててあったと思しき場所は土砂に埋もれており、出入り口だけが確認できる状態だ。

 それに周囲の景色も違う。森林が広がっているのは同じだが、ここまで深く生い茂ってはいなかった。しかも物資輸送用の簡易道路は影も形もなくなっている。


「一体、何が起こっているんだ……」

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