第11話 きせきのけつりょう

 親から子へ、子から孫へ続いていく。

 競走馬、サラブレッドは脈々と血を受け継いで今に至る。今いる競走馬の血統をずっとたどっていくと、三頭の始祖まで遡ることができる、という。

 血統表を見るのが好きだ。

 血糖のほうではない。いや、血糖の方も嫌いではない。下がっていれば好きだ。ヘモグロビンA1cの値が6・0まで下がっていたりなんかしたら好きになると思う。まあ、今のところはそうなってないから嫌々ながら見ているんだけど……。

 血統表の方は、昔から割と真剣に見ている。

 大学時代に競馬になんとなくはまった。サークルの時の友人に連れていってもらってからだ。今でも毎週スポーツ紙の競馬欄を見ては予想している。最近はネットで買うのが多いけど、昔は場外に競馬場に足繁く通っていた。少額の投資だったけど、贔屓の馬を応援したりして楽しんでいた。それがかれこれ二十年以上続いている。どうもビギナーズラックの期間が過ぎてからはほとんど当たらなくなってしまったみたいではあるけれど。

 まあ、ボクの場合、賭事が楽しいというよりは、血統表を見て予想するのが面白いと言った方がいいかもしれない。

 まあまあ、負け惜しみって言われそうだけどね。

 当たったらそれはそれで当然嬉しい。だけど、賭けという範囲のことだけでない部分が競馬に、ましてやこの血統表にはあるような気がしてならない。

 普段のほとんどがスポーツ新聞の競馬欄に書かれている馬柱で、父と母と母の父の馬名から推測するだけになってしまっているけど、G1ともなるとネットを駆使して父と母、母父だけでない三代前、四代前のずらずらと馬名の並ぶ表を眺めては、ああでもないとかこうでもないとか思ってしまう。

 特に三代前と四代前に同一の祖先を持つ配合を奇跡の血量という。普通に頭の中では3×4とか思っているけど。その馬には同一祖先の血が18、75%入っていて走る馬が多いという。定説なのだ。

 こう、なんというんだろう、馬名という記号の組み合わせ、そこから導き出される答えがあるんじゃないかと思ってしまう。いや、もう少しそこに付加価値が付いて、この記号はこの役割みたいな、そういうものの無限の組み合わせの中から法則性を見つけだせるような気がしてしまう。

 自分でも何を言っているのかわからないけれど、神のみぞ知る何かを知り得たような気がして、なんとなくわくわくする感じを味わう。

 血統の魅力はそこだろう。

 そう、脈々と続く名馬の血が複雑に組み合わされることによって更なる名馬を爆誕させる。そこにロマンがある……。

 そう、競馬をやり始めた頃は、そんなところに頭をくらくらさせていた。

 でも、そんなことは幻想なのだ。わかっている。

 そんなことわかっている。

 頭が少し柔らかくなったのだ。競走馬が可愛いアイドルの女の子になったって目くじらをたてるようなことがないくらい柔軟性を持ったのだ。

 血統が優秀じゃない馬が強かったりするのが競馬の世界だ。忘れ去られたような古い血を持った馬が強かったりする。

 方程式が通用しない。

 当たり前のことなのだ。

 神様の振るさいころの目を人間が予測できるわけがない、と思うよ。

 それによーく血統表を見ていると、どの馬にだって名馬の血が入っている。速く走れる遺伝子はどの馬だって最初から持っている。

 それなのに、勝った負けたの結果が出てしまう。

 優勝劣敗という言葉が似合う世界。レースに勝てばどんな血統でも優っていて、優秀な血統であっても負ければ劣っていると見られる。厳しい世界。現実のレースの結果がすべてなんだ。いくらデータを集めた理論でも、歴史ある法則の結実であっても、レースに勝たなければ無意味であるのだ。

 人間の培ってきた知力をあざ笑うかのような叡智がそこに介在しているのだと、そうかいま見れる瞬間があるのが競馬なのではないかと思うのである。

 それでも血統表を見るのは楽しいのである。そこに自分なら何かしらの法則を、神様を出し抜ける法則を見いだせるかもしれないから。いや、最近は仕事で行けないけれどパドックで馬の動きを見て、それを見つけるというのも有りだな。しかし日曜にシフトに入っていることが多いし、やはり血統表か……。

「また? そんなに見つめてないでいいかげん早く薬を飲みなよ。いつもなんだから」

 生意気盛りの姪っ子ちゃんはボクが薬をちゃんと飲むかどうかを監視している。いつもの朝だ。

「わかってるよ、飲みますよ」

 そう、いつも薬を飲む前には、こんなことを思っている。

 うーん、やっぱり血統表を見るのが好きだ。

 こんなボクでさえ無限ともいえる血統が繋がってここにいるんだから。

「な、そうだよね?」

「なにが?」

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