第3話 しゅみ
またいつものように図書館の仕事で書庫の排架と整架をしていた。
両側を背の高い書架に挟まれた細い通路でごそごそ作業をしていると…、
やっぱりなんだか楽しくなってきてしまう。
古の図書館を管理する魔法使いにでもなった気分だ。やっぱり十代の頃は中二病の罹患者だったからかなあ。こんな歳になってもなかなか体質改善できなくて…。それでもあの時代は心に思うだけで、今のマンガやアニメで表現されているように、現実に芝居めいたことをしたことなんてない…。いやはや時代は変わった。
913・6の辺り…。
やっぱり、図書館に勤めている人あるあるですぐにジャンルを請求記号で言って頭が良いように誇示するんだよなあ。ご多分に漏れずボクもその病にかかっているのを…、今自覚した。ヤバい。頭の中で想像しているだけなのに本のジャンルを請求記号で言っているなんて、これはもう末期なのかもしれない。
まあ、いいか、やっぱり、しょうがない。これで仕事ができてるんだから、文句を言ってはいけないというものだ…。
…あ、そうだ。そうだった。
重大なことに気づいたのだった。
それは913・6、いや日本の現代小説の棚で作業をしている時だった。
手に取った一冊の本に引っかかるものがあって、でもその正体がわからなくて、しばらくたった今になって謎が解けた。
いつだったか忘れてしまったのだが、自分ではつい最近のことだと思っていたのに…。
手に取った本は一時期話題になったベストセラーで、読みたいと思っていたものだった。
それが書庫に排架されているなんて…。いやなんかやっぱり、びっくりした。というよりも自分の身の上に起きた残酷な現実に打ちひしがれてしまった。
最近の本、それもベストセラーとくれば、貸し出し予約でいっぱいで館内に留まっている期間なんて短い。ブームが過ぎて貸し出し予約がなくなっても、最近の本ならば図書館の表側、開架書架に置かれるはずだ。ステータスが変わって書庫に排架されていると言うことは…。
やっぱり、と言えばやっぱりだ。
読みたいと思ったのは最近のことなんかじゃなくて、けっこう前の時間軸でのことだった、ということだ。
もうなんというかね、それはやっぱり未来行き専用のタイムマシンに乗り込んでいるように思えた。
それにもっともっと重大事にも気づいてしまった。あまりと言えばあまりな仕打ちに愕然としてしまう。
ここのところ、本を一冊も読んでいないことに気がついた。それは小説だけのことではなくて本当にただの一冊も本を読んではいない。
いつから読んでいないのか、それさえもはっきりしなかった。
これはマズいなぁ。思い出してそれが年単位だったら震える。
あれだけ履歴書の趣味の欄に読書と書いてきたのに。自己紹介でも趣味は読書です。なんて頭をかいて主張してきたのに…。こんな状態はもはや趣味とは言えないし、胸だって張ることなんて到底できない。
確かに、無口無表情宇宙人製アンドロイドよりも、出席番号二十七番の内気な図書館探検部員よりも、読んではいなかったけども…。
なんかやっぱり、こうなると趣味一つない、楽しみも一つもない生活を送っているのかとしみじみ現実を突きつけられてしまっているように感じる。
まあ、ね、確かにね、ここのところね、なんというかね、ダメだと感じるところがあるよ。
こう気力がないというか、…いや違うな…、体力がないんだな。
仕事して帰ってもただご飯食べて寝るだけの毎日で何もできてない。日記一つ書くこともできてない。
なんかついこの間まであった弾むような体力が、若い頃にあったなんでもやってみたいという体力が、シューと音を立てて蒸発してしまったように感じる。
何をやるにしても、やっぱり、体力があってこそだと思う。あれがしたい、これがしたい、と思ってもそれを実現させるには体力がないと進めることができない。キャンプだって、バイクでツーリングだってできない。読書でさえできないようでは、やっぱり、どこにも辿り着けることなんて出来やしない。
今のボクにできることなんて、それこそ図書館に来て仕事をするだけだ…。
それしか、それだけしかできない。
…、…、…ああ、そうか…。
そうか、そうだね。
やっぱり、そういうこともあるかもね。
これだよ、これ。
体力が仕事をするだけのキャパしかないんだったら、これを趣味にしたらいいんだ。
排架を趣味にしたらいいんだ。
やっぱり、そうか、そういうことか。
履歴書の趣味欄にそう書けばいいし、自己紹介で胸を張ればいい。
そうすればいいんだ、よしよし。
…、…、…、…、…。
排架が趣味か…。
やっぱり、なんか自暴自棄になってるね。
やっぱり、それはないかぁ…。
でもね、それでも、やっぱり、排架は楽しいんだけどね。
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