第46話

「いつからあの状態に?」

「母が亡くなってからだから……、もう三年くらい前からかな……」


 目線を下げて落ち込むように肩を落とすグレアムさん。亡くなったお母さんのことを考えているのかな。……きっと夫婦でお店を切り盛りしていたのね……。


「ああ、確かにその頃から評判が徐々に落ちていったな」


 ルイがその噂を聞いていたのか、顔を上げて真剣な表情を浮かべた。


「どうやら母は鑑定を持っていたようで、仕入れはすべて母頼りだったんだ。……母が亡くなってから、父はあまり仕事に身が入らなくなってしまい……」


 私はそれを聞いて小さく首を傾げた。お母さんが鑑定持ちで、きっと良い素材を集めていたんだろうけど……。……そうよね、最愛の人を亡くしたんだもの……その傷が癒えるまで、仕事に身が入らなくもなるわよね……。……でも。


「グレアムさんは、お店を続けたいですか? それとも、閉めるべきだと思いますか?」

「……父があのままの状態なら、閉めるべきでしょうね。……ただ、母との思い出もある店なので、出来れば続けていきたい……とは思います」


 少し少し、考えを纏めるように言葉にするグレアムさん。私は彼の言葉を聞いて、少し安堵した。家族経営でやっているお店だもんね。


「……なら、私に少し、案があるのですが……」

「案?」

「はい」


 にこっと微笑む私に、ルイとグレアムさんが首を傾げた。

 そのタイミングでダーシーが夕食を持って来た。良い香りがふんわりと鼻腔をくすぐる。

 そう言えば今日はずぅーっとポーションを作っていたから、お腹が空いた!

 集中している時は良いけれど、こういう時にふっとお腹が空いていることに気付くのよね。


「わー、美味しそう!」

「ありがとうございます、お口に合えばよろしいのですが……」


 ダーシーが料理を次々に並べていく。ほうれん草とベーコンのキッシュ、ハンバーグ、サラダ、コンソメスープ、柔らかいパン! それがとても美味しそうで見入っちゃう。


「それでは、ごゆっくり」


 お茶を淹れてからダーシーは一礼して出て行った。


「……とりあえず、お腹空いたし、食べようか」

「そうね、お腹空いた」

「……本当に俺もいただいて良いのか?」

「もちろん」


 ルイと声が重なった。すると、グレアムさんは一瞬目を瞬かせて、それから小さく笑って「それじゃあ、ありがたく」と一緒に食べることになった。みんなで美味しく夕食をいただいて(特に肉汁が溢れるハンバーグが好みの味だった)、食後のお茶を飲みながら話を続けた。


「……今日作ったポーション、全部普通の品質になっているハズです。使った素材は痛んでいたりもしたので、それを使える状態にする秘訣を私は知っている、と考えていただいて構いません」


 私にしか使えない秘訣だけど……。精霊たちの力を借りるからね。


「君は一体……」

「私はパント村のザール工房の娘。父から錬金術を習いました。旅立つ前に小型の錬金釜も渡されていたので、今日作ったポーションは私が錬金術で作ったものです。……そこで、ですが、良ければ、私が作ったものを売っていただけませんか?」


 自分の胸元に手を当てて、私は明るい口調でそう提案した。

 ルイはやっぱり、と言うように肩をすくめ、グレアムさんは驚いたように目を大きく見開いた。言葉にならないようで、パクパクと口を動かしていた。


「……え、っと、良いの?」

「はい。ポーションの制作ではなく、お店の清潔さを維持していただければ……」

「……うん、それなら、俺も協力できると思う」

「埃っぽいお店と清潔なお店なら、清潔なお店のほうにお客さんは入ると思います。急激な売り上げアップは望めないとは思いますが、地道にコツコツ続けていればきっと……!」


 ぐっと拳を握って力説すると、グレアムさんはパチパチと数回目を瞬かせて、それからプッと吹き出した。徐々に肩を震わせて笑いだしてしまって、私は首を傾げた。そして、ルイに説明を求めるように視線を向けると、ルイが眉を下げて微笑んでいた。


「……こんなに親身になってお店のことを考えてくれるとは、思わなかったんじゃない?」


 ルイがポリポリと人差し指で頬を掻いて説明してくれた。


「ところで、ルイとグレアムさんは知り合いだったの?」

「ああ。俺、王都で暮らして長いから……。ウォルターが拠点にしているのがこの街だから、結構知り合いいるよ。まぁ、最初は忌み嫌われていたけど」


 この目で、と言うようにトントンと目元を軽く叩く。……いろいろ苦労して来たんだろうなぁ、私が思うよりもずっと。グレアムさんはバツが悪そうにルイから視線を逸らした。……どうやってふたりが仲良くなったのかちょっと気になるけど、そこを聞くのもなんだし、とりあえず話を戻して……あ、脱線させたの私か。


「えっと、結局あそこは何屋だったのでしょうか?」

「……一応、よろず屋。ただ、今日のように嫌がらせのような依頼が来るときがあるんだ。今日配達したポーション、あの薬草たちを押し売ったヤツラが依頼してきたやつなんだよな……」

「えっ、それじゃあ……」

「粗悪品だと捨てる可能性もあるな……」

「ちゃんと品質普通の、作ったのに!?」


 ガーンとショックを受けたように項垂れると同時に、ハッとした。


「それじゃあ、まさか、その人たちが口裏合わせて噂を流しているってこと……?」

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