第30話

 敬語を使うか使わないかは後から考えることにして、セレストとダーシーに化粧品を渡すことが出来て満足した私は、もうひとつ……鞄から日焼け止め取り出して、それを渡してから解散した。明日、スキンケアの最後に使ってくださいって伝えると、ふたりは不思議そうな表情を浮かべていたけれど、こくりとうなずいてくれた。

 ちなみに日焼け止めは石鹸で落ちるタイプだ。調合に調合を重ねて出来た自慢の試作品だ。シミそばかすは年齢を重ねると出て来るって前世のお母さんが言っていた。そして、『若い頃からしっかり予防するのが大事よ!』と熱く語っていた。


「……思い出し笑い?」

「うん、ちょっと前世のお母さんのことを思い出してね。明日も魔物退治かな?」


 火の精霊が話し掛けてきた。私は小人のような火の精霊の頬を撫でると、火の精霊はきゅっと私の指に抱き着いて来た。可愛い。


「……精霊たちって他の人たちには視えないのかな……」


 本当、こんなに可愛いのに私しか視られないなんてもったいない。


「精霊を信じる人たちには、視えるかもね」


 他の精霊たちも集まって来た。水の精霊、風の精霊、地の精霊。四大属性の精霊(小人)だ。本来の姿は全然違うとのことなので、みんな私のために可愛い姿で来てくれているのだろう。


「魔物退治なら、弱点属性の時は絶対に使ってね!」

「ぼくらは使ってもらいたいもんね~」

「そうそう、だってせっかくの精霊使いなんだし~、ちゃんと使ってね」

「ふふ、わかってる。ありがとうね。それじゃあ、今日は休もうかな……」

「おやすみー!」

「おやすみ!」


 ベッドに潜り込んで目を閉じるとすぐに睡魔が送って来た。

 そして次に目を開けた時、すでに陽は昇っていた。精霊たちに「朝だよー」って起こされた。目覚まし要らず、ありがたい。ベッドから起き上がり腕を上にぐーんと伸ばしてみる。


「おはよう~、起こしてくれてありがとうね~……」


 寝ぼけたままそう言うと、精霊たちがくるくると踊るように私の周りを回っていた。ベッドから降りて軽くストレッチをしてから身支度を整えた。

 食堂まで向かい、扉を開けるとみんなすでに起きていたようで昨日と同じ椅子に座っていた。早い。


「ごめんなさい、遅れま……」

「メイちゃん!」


 私が待たせたことに対する謝罪の言葉を口にしようとすると、その前にセレストがガタンと音を立てて椅子から立ち上がり私の元まで駆け寄って来た。


「せ、セレスト……?」


 怒っている……? と思ったけれど、セレストは私の手をぎゅっと握って来た。驚いていると、セレストは目をキラキラと輝かせて昨日の化粧品のことを、マシンガントークで語ってくれた。とても長かったから要約すると、朝起きた時から肌の様子がとても良かったこと、朝も化粧水や乳液を昨日渡したものに変えたら肌のハリが違うことを教えてくれた。ええと、つまり、気に入ってくれたみたい。


「そ、それは良かったわ……?」


 疑問系になってしまって変な返事に……。セレストは一気に喋ったことで満足したのか、席に戻った。ルイとナタンからの視線が刺さって痛い。


「朝食の時間ですので、席にお座りください」

「あ、はい」


 ダーシーが朝食を運んできたので、私は慌てて席についた。トースト、ハムエッグ、サラダ、スープ。うん、めっちゃ朝食って感じ! みんなで朝食を食べて、食後のお茶を飲んでいる途中で、ダーシーが話し掛けてきた。


「メイさん、昨日いただいた化粧品なのですが、私の肌にも合いました」

「本当? 良かった!」


 ほっと安堵したように息を吐くと、ルイとナタンが同時に「化粧品?」と首を傾げた。


「メイ、良かったらナタンたちにも見せてくれないかしら?」

「あ、は、はい! ちょっと待っていてください!」


 私は立ち上がって、慌てて自分の部屋へと向かい、鞄を持って食堂へ戻る。全力疾走したけれど、九年間身体を鍛えていたから、息を切らすことなく戻ることが出来た。


「は、早かったな……」


 驚いたようにルイが呟いた。ナタンはこほんと咳払いをしてから、「化粧品とは?」と聞いて来たので、私は席に戻って化粧品を並べた。すると、ナタンが興味深そうにじっと見つめている。


「封を開けても?」

「あ、はい。構いません!」


 一体どれだけの化粧品を持って来ているんだ、とツッコミが入りそうだけど、実はこれ親しくなった人にテスターしてもらおうと考えて結構多めに持って来ていたのよね。私が作ったものを試してもらって、肌に合うようなら口コミで広めてもらおうと思っていたの。二週間くらいで使い切らなきゃいけないけど、空間収納がある世界だ。賞味期限も消費期限もないに等しい。……もちろん、空間収納に入れている場合だけ、だけどね?


「ふむ……」


 ナタンが封を切って手のひらに化粧水を出して、手に馴染ませるように塗る。その姿は昨日のセレストとそっくりだった。


「……刺激が少ない化粧水だな。万民受けしそうだ」

「えっ、塗っただけでわかるんですか……?」

「ああ。セレストはあまり肌が強くないから……刺激が少ないものを探しているうちに……」


 ふっと遠い目をするナタンに、彼女とどのくらいの付き合いかわからないけれど、そんな目をするってことは、かなりの化粧品を試していたんだろうなぁ……。

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