第29話
さほど待たずして扉がノックされた。私が「どうぞ!」と返事をすると、ゆっくり扉が開いて、パジャマ姿のセレストとダーシーが中に入って来た。
「三人で居るには少し狭くないかしら?」
「そこが良いでしょう?」
まずはセレストを椅子に座らせる。鞄から、私が作った化粧品を取り出した。そう、目的はこれだったのだ! 私の作った基礎化粧品を使ってもらう……テスターになってもらうの。
「本当にこれを貰ってよろしいの?」
「はい、封を切っていないものなので……二週間くらいで使い切ってくださいね」
「使い方は?」
「普段使っているものと同じようにお使いください」
「わかったわ……ねぇ、メイちゃん。敬語、やめない?」
「え?」
セレストは化粧水の封を切って、手のひらに取り出してみた。まず、自分の手に塗ってみて、「へぇ」と呟いてからもう一度手のひらに化粧水を出して顔に塗った。ドキドキしながらその姿を見ていた。
「メイさんはこの化粧品を、どうしたいのですか?」
「どうって?」
「……売りたいわけではないのですか?」
「……んー……、えっとね、化粧品って人それぞれ合う合わないがあるから、合う人には使ってみて欲しいなぁと思うけど……」
肌が弱い人だと余計にそうよね。私の肌は結構強いから自分で作った化粧品も使えるんだけど……、他の人に合うとは限らないってところが、化粧品の奥深さだ。万人に合うものなんて、ないのかもしれないね。
そんな話をしている間に、セレストは乳液まで塗り終わったらしい。
「あら、すごくもちもちしている気がするわ……」
「気に入りました?」
「敬語」
「あ、うん……」
「パーティメンバーに上下はないでしょう? 仲間なんですもの」
「……セレストは敬語……というか、お嬢様言葉なのに?」
「わたくしはこれで身を守っているところもありますもの」
敬語で身を守る? 私が首を傾げるとセレストは目元を細めて微笑んだ。
「わたくし、貴族でしょう? 貴族で冒険者になるのは珍しいことですの。ですから、いろいろな方に絡まれましたわ。……でも、最近覚えたことがあるのです」
「覚えたこと?」
「ええ、氷の微笑みと敬語は、相手を委縮することが出来る、と」
「こ、氷の微笑みと敬語……?」
「ええ、例えば……、こう、肩に手を置かれて絡まれたとしましょう」
セレストは椅子から立ち上がって、私の元に来ると肩に手を置いてみる。……わぁ、至近距離で美女の微笑みは眩しいっ。
「大体男性の冒険者が多いですわ、こうやって絡んでくるの。ですから、わたくしはこうやって微笑んで――」
その表情が確かに氷の微笑みだった。
「で、こういうの。『触らないでくださいます?』ってね」
――美人の氷の微笑みと氷点下の声、恐ろしい……! これは絶対、絡んできた人フリーズしちゃう。なんという恐ろしさ……。……っていうかすっぴんなのに本当に美人だな!
「では、次は私が使わせていただきますね」
「あ、う、うん」
ダーシーが椅子に座ったのを見て、私はまた化粧品を取り出した。ダーシーは手で試すことなく最初から顔に使った。そして「!」と一瞬目を大きく見開いて、それから化粧水を馴染ませるように両頬を包み込むように手を動かす。
「……この化粧水、すごいねですね……」
「すごい?」
「はい。なんだか肌にぐんぐん入っていくような気がします」
「わぁ、本当ですか?」
「はい。充分売れると思います」
……売ることはあまり考えていなかったのだけど……。
「私の親戚に化粧品を扱う人がいるので、紹介してもよろしいですか?」
「えっ」
この化粧品を紹介してもらえる!? 目を大きく見開いてダーシーを見ると、彼女も乳液まで塗り終えていた。
「……錬金術で、こんなものも作れるんですね……」
感心したようなダーシーの声に、私は「お父さんに習ったんです!」と嬉々として話した。
お父さんはお母さんの化粧品を調合したことあるらしく、私にも教えてくれた。きっとお父さんにとってそれは、特別に大事な思い出だったんだと思う。お母さんはずっと同じ化粧品を使っていたらしいし、私に教えてくれた化粧品の最初の調合もそれだったらしい。
私はその後、自分の肌に合うように、いろいろ配合を変えたりしていたけれど……。こういう時にも鑑定は頼りになる。
肌の状態って日によって違ったりするからね……!
「それで、メイちゃん。敬語はやめてもらえそうかしら?」
「……努力します……!」
「私に対しても敬語じゃなくて良いですよ。私は敬語を使いますが」
「ええっ? で、でもあの、多分私が一番年下ですよね……?」
「わたくしたちはパーティメンバーだし……」
「私はメイドなので……」
……つまり、敬語は使わないでねってことですね……。
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