第10話
お父さんが一度工房に戻り、本当に数分で的を作って持って来た。
大き目の的だ。私が狙いやすいようにしてくれたんだろう。それを裏庭のさっきお父さんが使った的の近くに置いた。
「じゃあ、まずは弓の持ち方からね」
そこからお父さんのレッスンが始まった。丁寧に教えてくれたおかげで、なんとか構えは様になった気がする。……ただ、問題は……、弓矢(子ども用にアレンジしてくれていた)が当たらない! 狙った場所には中々……。明後日の方向に飛んでいく弓矢を見てしょんぼりと肩を落とすと、お父さんが「これからこれから」とフォローを入れてくれた。
「今日が初めてなんだから、焦っちゃダメだよ。急がば回れってね」
「そうだね、日々に成長していくよね!」
「そうそう、その意気!」
それから二時間後、私は体力不足で動けなくなってしまった。……うう、なんか悔しい。筋トレとか走り込みとかするしかないかな? よっし、がんばって体力と筋力をつけよう。冒険者の資本は身体よ!
「お父さん、私、体力と筋力をつけたい!」
「お、おお……? メイベルはまだ五歳なんだから、ゆっくりでいいんだよ?」
「でも……」
「大丈夫、焦らない焦らない」
私を落ち着かせるように、お父さんがぽんぽんと肩を叩く。……あと九年で、本当に私は冒険者になれるんだろうかとちょっと不安に思いつつ、ぎゅっと弓を握ってうなずいた。
「まずは弓に慣れるところから、ね?」
「うん……」
「ホレスに頼んで、メイベルの成長に合わせた弓を作ってもらおうね」
「……うん!」
お父さんが私を励まそうとしてくれているのがわかるから、精一杯の笑みを浮かべてうなずいた。その日から、私は頭の中で考えたトレーニングメニューをお父さんに相談するという日々が続き、お父さんが眉を下げて「メイベルにはまだちょっと……」と難を示したメニューは練り直したりしていた。そこで最終的に思いついたのが授業のようにやるべきことを区別するやり方だった。
入院するまでは学校に通っていたからね、知識はフル活用しよう! 入院中もそうやっていたことがあったし、多分出来るハズ!
お父さんと予定を照らし合わせて、満足のいく一日のスケジュールを作った。日本に習って休みは一週間に二日。とはいえ、予定を詰め込んだのはほぼ午前中だったから、午後からはフリーだ。フリーな時間は遊んだり、文字の読み書きに費やそうと思う。
お父さんは採取に行ったり、お店を開けたり、私にいろいろ教えたりと忙しい人だから、お父さんも週に二日は休んで欲しいとお願いした。びっくりしていたけど、「メイベルの頼みじゃなぁ……」と了解してくれた。良かった。きっちり遊ぶ時間も入れたから、お父さんもこのスケジュールにはなにも言わなかった。
村の子どもたちって私とロベール以外いないしね。幼馴染として、ロベールの成長を見守ろうと思う。
「それじゃあ、来週からこのスケジュールで動こうっと!」
紙とペンを持ち、自分の部屋でスケジュールを書いた。五歳の子どもの手では羽ペンは持ちにくかったけど、なんとか書けた。このスケジュール表は日本語で書いたから、こっちの世界の文字を覚え次第、書き換えるつもりだ。そして、日本語で書いた紙は後で燃やす! 私がこの世界とは違う文字を知っていることを追及されないためにも。
お父さんにはスケジュール表を見せていない。覚えた中身を口で説明したのだ。
お父さんがさらさらと書いてくれて、家の目立つところに貼ってくれた。これで忘れないね、って。本当、良いお父さんだよ。絶対に助けるからね!
改めてそう決意した。……あ、明日は教会のミサの日だから、参加しないと。
ミサの日だけは、村人全員で教会でお祈りするんだよね。
――そういえば、この世界の神さまってどんな存在だったっけ……?
魔王のことは書かれていたけれど、神さまのことは書かれていなかった気がする。
「メイベル、開店準備するよー」
「はーい!」
とりあえず、それを思い出すのは後にして、今は開店準備しないとね!
お父さんは昨日作った薬を並べて、私はお店の外で木の葉を箒で集めていた。お店の前が綺麗だと、来た時に気持ちいいものだと思うし。それが終わったら、手が届く範囲で窓を綺麗にする。お父さんくらいの身長だと、下のほうはやりづらいそうだ。確かにしゃがんで窓を綺麗にするのも大変だよね。お手伝いできることがあって良かった!
開店五分前に掃除も補給も完了して、お父さんが看板を取り出す。ザール工房のこの看板も、お父さんが錬金釜で作ったんだろうか。そして、よくよく聞けば、あの大きな的も錬金術で作ったらしく、私はこの世界の錬金術ってなんでもありだなぁとひしひし感じたのだった。
開店時間ピッタリに、お客さんが来た。いつものおばあちゃんだ。
「おはよう、ザールさん、メイベルちゃん」
「おはようございます!」
「いらっしゃいませ。薬、出来ていますよ」
おばあちゃんはいつも、腰痛の痛み止めを買っていく。「この歳になるといろいろとねぇ」が口癖のようだ。
「助かるよ、この薬があるからこうして歩けるんだ」
「それなら良かった。でも、あんまり痛いようでしたら、お医者さんに相談しないといけませんよ」
「ははは、そのうちねぇ」
……医者嫌いなおばあちゃんなのかもしれない。この村には病院ないからなぁ……。往診に来てくれるお医者さんはいるけど、それよりも見知った人の薬が良いってことなのかもしれないね。
そしてその日は割と忙しく、村の人たちが来店していた――ほぼ、お喋りしに、だったけど。
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