第9話

「お昼ご飯を食べてから、メイベル用の弓を注文しに行こうか」

「本当! ありがとう、パパ!」


 ぱっと表情を明るくさせてお父さんに抱き着く。お父さんは私の頭を撫でてくれた。


 弓の練習をして、めきめき上達させて、旅立っても大丈夫なくらいになる! そう目標立てて意気込んでいると、「お昼にしようか」と声を掛けられた。


 お父さんの作った料理を食べてから、武器防具屋に向かう。一応村にもあるのだ、武器防具屋が。武器防具屋と言っても、畑を耕すくわや、包丁なども扱っている。なんでも屋みたいな……ああ、いや、それを言うなら万事よろず屋か。


 いろいろ考えていたらあっという間についた。家からも近いしね。


 お父さんが扉を開けると、「いらっしゃ……ああ、ザールさん。今日はどうしたんだい?」と声を掛けられた。お父さんと親し気に話している人は、村唯一の武具商人のホレスさんだ。ホレスさんは王都まで武具を仕入れに行ったり、修理も出来るというベテランらしい。


「今日はね、メイベルでも使えるような弓が欲しくて来たんだ」

「メイベルちゃんの?」


 驚いたように目を大きく見開くホレスさん。そしてマジマジと私を見た。


「うーん、三日ほどくれないか、女の子の力でも大丈夫な弓を作ってみる」

「作れるんですか!?」

「多分? まぁ、あんまり期待しないで待っていてよ」


 三日で作っちゃうのすごいなぁ……。期待しないでって言っていたけど、楽しみにしてようっと!


「……メイベルちゃん、狩人かりゅうどにでもなるの?」


 こそりとお父さんにそう尋ねるホレスさん。お父さんは「どうだろうねぇ」と笑っていた。その後は、午前中お休みしていたから午後からお店を開けた。


☆☆☆


 待望の三日が経過し、ホレスさんがザール工房にやって来た。小さな弓を手にしている。あれが、私の弓かな?


「やぁ、ホレス。出来たのかい?」

「ああ、がんばって作ってみたよ。メイベルちゃんでも使えると思うが……どうかな?」


 そう言って私に弓を手渡してくれた。その弓は小さいからか、私にも持てるようにと気遣ってくれたのかとても軽かった。


「あと、練習用の矢も作ってみたよ。これで練習してね」

「ありがとうございます、ホレスさん!」


 弓と矢を受け取って頭を下げると、「どういたしまして」と微笑ましそうに柔らかい口調で返事をくれた。


「パパ!」

「うん、じゃあ今日は早めに店を閉めて、明日に備えようね」


 そう言っててきぱきと開店準備を始めた。三日間、ザール工房は普通に営業していた。村の人たちは薬を買ったり、お父さんと雑談したりしていた。……いや、ほぼ雑談と言っても良いような……。みんな楽しそうだからいいか、うん。


 その間、私は錬金術の初級の本を眺めたり(文字はまだ習っていない)、鑑定したり(そういえば鑑定の文字は日本語だった。もしかしたら、私がこの世界の文字を覚えたら変わるかもしれない)、錬金釜をぐるぐるかき混ぜたりしていた。


 お父さんが一緒にいないと出来ないから、錬金釜をかき混ぜるのは三日前と合わせて三回くらい。あとは、お父さんと一緒に接客してみたり、ロベールと遊んだり……まぁ、中々子どもらしいことをしながら過ごしていた。


 ホレスさんに再度お礼を伝えて頭を下げると、「メイベルちゃん、がんばってね」とぽんぽん頭を撫でてから、ホレスさんはザール工房を後にした。


 私は受け取った弓を見て、うっとりと息を吐く。子ども用の弓を作れちゃうなんて、すごいなぁ。矢はどんな感じなのだろう、見たいけれど、今は営業中……! お仕事中、他のことに気を取られていちゃダメだよね……! そわそわしている私を見て、お父さんが「今日はもう閉めようかなぁ」と呟いた。ぐりんっと勢いよく振り向くと、お父さんがくすくすと肩を震わせて笑った。


「本当に楽しみだったんだね」

「うん、すっごく!」


 にこにこと笑って返事をすると、お父さんは「メイベルが弓使いかぁ」と感慨深そうに呟いた。そして、閉店の看板を持って店から出て行く。そして、お店の戸締りをしてから裏庭に。


「ちょっと待ってね」


 お父さんはそう言って、自分の弓を取り出した。裏庭にはいつでも弓の練習が出来るように的が置いてあった。


「……パパが弓を持っているのって、なんだか不思議な気がするね……」


 見慣れない姿を見たからか、そんなことを思ってしまった。お父さんは気にせずに「そう?」とばかりに首を傾げていた。


「娘に見られていると思うと、なんだか緊張するなぁ」


 そんなことを言い、深呼吸を繰り返してから弓を構えた。そして、的に向かって射る。ヒュッと鋭い音を残して、弓矢は的の真ん中に命中した。


「す、すっごーい! 真ん中!」

「ああ、当たって良かった……」


 安堵したようなお父さんに、私は何度も拍手を送った。


「メイベルは……そうだな、まず的を作らないとね」

「……そうだね」


 私の身長では高すぎる的を見て、そこからだよね、と納得した。


「大丈夫、すぐに作れるから」

「うん!」

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