第7話

 そう決意した翌日、朝早くにロベールがうちに来ていた。あまりにも早い時間に来ていたからびっくりした。


「どうしたの、ロベール。こんなに早い時間に」

「あ、えっと……。昨日は、ありがとう。あの後、みんなで話して……ちゃんと家族だって言ってもらえた」


 とても嬉しかったのだろう、頬を染めてそう報告するロベールに、私は「そっかぁ」と安堵の息を吐いた。


「……本当に、ありがとう、メイベル」

「どういたしまして。入って、朝は寒いでしょ?」

「お邪魔します」


 村長の家で育てられているからか、ロベールは礼儀正しい。子どものようなやんちゃさもあるけれど、『良い子』と言って間違いないくらいには礼儀正しい。普通の子どもでもあるんだけど、村長たちはロベールが勇者だって知っているようだった。……どうして知っていたんだろう?


 考えてみれば不思議よね。こんな小さな村で勇者を育てているなんて……。


「ロベールじゃないか、随分早起きだね?」

「おはようございます、ザールさん」


 ぺこりと頭を下げて挨拶をするロベールに、お父さんはしゃがんでくしゃりとロベールの頭を撫でる。


「おはよう。家の人には言ってあるんだな?」


 小さくうなずくのを見て、「それじゃあ一緒にご飯を食べようか」と朝食に誘う。


 ロベールは「わーい」と素直に喜んだ。一緒に食べて、その後、私は錬金術の勉強をすると言ったら、自分もやってみたいと言い出した。私とお父さんは顔を見合わせる。


 ……小説でロベールが錬金術を使っていた時あったっけ……? と首を傾げつつ、やる気に満ちた顔をしているロベールを見ると、折れるしかなさそうだ。


「それじゃあ、今日は昨日採取した薬草をどう処理するか、から始めようか」

「はーい!」

「薬草? 採って来たの?」

「うん、昨日ね」


 すごーい、とロベールは目をキラキラと輝かせた。……ごめん、鑑定があったからとても楽に採取出来た……。


 勇者にもこういう鑑定能力あるのかな……。小説ではどうだったかな……。


「どうしたの、メイベル。変な顔して」

「あ、ううん。なんでもない!」


 両手をひらひら振ってなんでもないことをアピールしつつ、お父さんについて行く。なんだか本当に読んでいた小説とは別の方向へ向かっている気がするけれど……、いいよね、きっと。うん。


 無理矢理自分を納得させて、お父さんから薬草のことを習う――って言っても、錬金釜に入れて混ぜ混ぜして終わり。……どういうことなの……っ。もっとこう、複雑な工程があるものじゃないのか……!


「この薬をひと口飲んでみて」


 そう言って渡された。……なんで薬草を入れて瓶に入った薬が出て来るんだ。ツッコんだら負けってやつなのか。私とロベールは顔を見合わせて、それぞれ人差し指にちょん、と薬を一滴。ぺろりと舐めて悶絶した。にっがーいっ!


「お、お父さんっ、これ本当に薬草!?」

「にが、にが……い、です……」


 ロベールがものすっごい表情になっているんだけど! お父さんは小さく笑って、今度は違う植物を持って来て、「食べて」と渡して来た。葉っぱを食べると今度は甘い! あ、これ甘味草? はちみつ以上の甘さを感じる……。甘いもので口直し。はぁ、苦かったぁ……。


「大丈夫?」

「全然大丈夫じゃない……、すっごく苦かった。この薬、飲めないよ……」

「はは。では、なにを一緒に入れたらよいと思う?」


 私たちは目を瞬かせて、さっき食べたものを見つめる。


「そう、正解。ふたりとも賢いね」


 いい子いい子、とばかりにお父さんに頭を撫でてもらう、私とロベール。えへへ、と子どもらしい笑みを浮かべるロベールに、お父さんの目元が優しく細くなる。


「……さて、それではこの薬草一枚に、甘味草は何枚必要かな?」

「え、えーっと……。じゃあ、一枚!」

「……えっと、……半分?」


 意見が割れた。お父さんは少し驚いたようにロベールを見た。


「どうして半分だと思ったんだ?」

「ほんのちょっと食べただけでも、すごく甘かったから……」

「あ、そっか……」


 確かに甘かった。なるほど、確かにそれなら半分でもいいかもしれない。


「ふたりとも正解だよ」

「ええっ?」


 ロベールと声が重なった。お父さんは「ちょっと待っててね」とごそごそなにかを取り出した。青い瓶に入った薬と、赤い瓶に入った薬。


「青いほうが大人用、赤いほうが子ども用」

「……もしかして、味が違うの?」

「子ども用は一枚、大人用が半分……?」

「そういうこと!」


 そう言うとお父さんはぽいぽいと薬草と甘味草を錬金釜に入れて、ぐるぐるとかき混ぜた。甘味草は一枚丸ごと入れていたから、出来上がるのはきっと子ども用。……ねぇ、だからなんで錬金釜に入れて赤い瓶に入った薬が出来上がるの……?


 ……いちいちツッコミ入れていたらキリがない気がしてきた。


「なにが出来上がると思う?」


 私とロベールは声を揃えてこう言った。


「子ども用の甘い薬!」

「正解!」


 予想が当たった私たちは「やっぱり」と肩をすくめた。


「薬草をこんな風な薬にするのには、結構あっという間に出来るんだけど、他のだとちょっと時間が掛かるのもあるよ」


 ……ちょっとってどのくらいの時間を指しているんだろう……?

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