第2話

 ……お父さん、お母さんを助けられなかったこと……私が思っている以上に悔やんでいるんだな、って思った。


 水の入っていないコップはお父さんがさらっと持っていってしまったし……。辺りをキョロキョロと見渡して、小さく肩をすくめた。


 私はじっと自分の小さな手を見つめた。メイベルとしての記憶もちゃんとあるし、憑依ではなく転生だと思う。二年前に亡くなったお母さんのことはあまり覚えていないけれど……、流行り病で亡くなったのよね。


 この小さな村で、錬金術師としてお父さんは『ザール工房』を開いている。薬草を扱ったりもしているから、流行り病の時、お父さんとお母さん二人で頑張っていたのよね。ただ、無理が祟ってしまったのか、お母さんは流行り病に……。お母さんが亡くなった後のお父さんは憔悴しょうすいしきっていて、自分が悪いんだと責め続けていた。……きっと、今でもそうなのだろう。


 錬金術師にだって、出来ないことはあるもの……。それこそ、最高級の霊薬、エリクサーでも作らないと、お母さんは治せなかっただろうし……。気付いた時には手遅れだったみたい。


「メイベル、野菜のスープなら食べられるかな?」

「うん!」

「じゃあ、もう少し待っていて」

「はーい」


 うん、さっきよりは声が出せるわ。よーし、ご飯を食べたらいろいろ考えなきゃ。お父さんに親孝行する方法とか、この村を救うためにはどうしたら良いのかを!


 本当に少し待って、お父さんが野菜スープと水をお盆に乗せて持って来てくれた。私が食べやすいように、くたくたに柔らかくなった野菜スープ。両手を合わせて「いただきます」と口にしてからスプーンを取り、スープに息を吹きかけて冷ましてから口に運ぶ。じんわりと感じる野菜の甘さに塩コショウの優しい味。『メイベル』が食べなれた味だ。


「美味しいよ、お父さん」

「そうかい? 良かった」


 心底嬉しそうなお父さんの表情を見て、私は小さく微笑んだ。うん、やっぱりお父さんを死なせたくないな……。そのために私に出来ること……まずは……。


「ねえ、お父さん。……お願いがあるの……」


 スプーンを置いて、両手を組み、お父さんを見上げる。お父さんは私に弱いから、きっと許可してくれるはず!


「お願い?」

「うん。私、お父さんのお店を手伝いたいの! そして、お手伝いした分だけ、おこづかいが欲しいなぁ!」


 目をキラキラと輝かせながら、お父さんにそう言って『お願い』をすると、お父さんは目を丸くして、「メイベル、が……お店の手伝い……?」と困惑したように私を見た。


 私はこくこくと何度もうなずいて、お父さんをじっと見つめる。お父さんはどうするべきか悩むように私から目を逸らして、「メイベルはまだ五歳……遊び盛り……」なんて口にしたのを聞いて、私は――……。


「パパ! 私、パパみたいにみんなの役に立てる錬金術師になりたいの!」


 ……ダメ? とばかりにお父さんを見つめる。お父さんは私の言葉にゆっくりと息を吐いて、それから眉を下げて微笑んだ。


「そ、そこまで言われると……認めないわけにはいかないなぁ……」

「ありがとう、パパ! 大好き!」

「パパもメイベルが大好きだよ!」


 よっし! なにをするにも先立つものは必要だもの。そして、働くからにはきちんと体力をつけないと! 私は残りのスープをすべて平らげて、水をごくごくと一気飲みした。


「明日から手伝うね!」

「……いや、大事を取ってもう少し休んでからにしようね」

「えー……」

「パパはメイベルが一番大切だから……ダメかな?」


 う、そう言われると……。私は首を横に振って、「じゃあ明日は休んでるね」と口にした。お父さんはホッとしたような表情を浮かべて、ぽんぽんと私の頭を撫でる。


「今日はもう休みなさい。おやすみ、メイベル」

「おやすみなさい、パパ」

「うん、やっぱりまだ『パパ』って呼ばれる方が良いなぁ」


 デレデレとした表情を浮かべるお父さんに、それじゃあもう少しの間だけ、口にする時はパパって呼ぼうかな? なんて考えた。


 明日は一日ゆっくり休んで、明後日から手伝おう。


 お父さんはお盆を持って部屋から出て行った。私は横になって目を閉じる。これからのことを考えると不安がよぎったけれど……、それでもきっと、なにもしないよりはマシだろうと自分に言い聞かせた。

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