負けヒロインは自由を求める!
秋月一花
1章:五歳
第1話
「――あれ、ここは……?」
「良かった! 目覚めたんだね、メイベル! 頼むから、パパを置いて行かないでくれよ……」
目が覚めた時に最初に感じたのは違和感。私を心配そうに見ている男性――ああ、そうだ、私のお父さん。お母さんが二年前に亡くなって、男手一つで私を育ててくれている、大好きなザールパパ。……パパ? 私、そんな呼び方していたっけ?
「私……?」
「覚えていないのかい? ロベールと遊びに行って、なぜか気を失って戻って来たんだよ。ロベールが背負ってね。本当に生きた心地がしなかったよ……」
ロベール、メイベル、ザール……。
……あ、ぁぁあああっ! お、思い出した! そうだ、私はメイベル。【勇者の幼馴染の負けヒロイン】!
……どうやら私は、小説の中に生まれ変わってしまったらしい……!
「お、お父さん……、私、どれくらい気を失っていたの……?」
「丸二日……、ど、どうしたんだい、メイベル。『お父さん』なんて……。いつもは『パパ』って呼んでいるのに……」
困惑したようなお父さんの声に、私はくらりと眩暈がした。二日……二日も寝込んでいたの、私。けほこほと咳をすると、お父さんが慌てたように「水を持ってくるね!」と部屋から出て行った。
その間にちょっと、記憶を整理しよう。
☆☆☆
――事の発端は二日前のお昼頃。
とても暑い日で、あまりの暑さに幼馴染のロベールと一緒に川遊びをしていた。冷たい水の感触はとても心地良く、気が付いたら二人ともびしょびしょに濡れていた。
服を乾かすために脱いで、ロベールの肩に痣があることに気付いた私は、ロベールに『それなぁに?』と尋ねた。
ロベールは首を傾げたから、私は『ほら、これ!』と痣にちょんと触れたのだ。
触れた瞬間、雷に打たれたような衝撃が走った。いや、実際雷に打たれたことなんてないけれど、そのぐらいの衝撃だったのだ。そこで私は気を失い……とある、夢を見た。
真っ白なベッドに座り、本を読んでいる少女。病気になってから、本を読むことだけが楽しみだった。少女の読んでいる本のタイトルは『ロベール・サーガ』。
勇者が魔王を倒すというありふれたストーリーながら、勇者ロベールが様々な人たちと出会い、仲間と共に困難に立ち向かっていくその姿は、とても格好良くて……。全三巻という短さだったけれど、とても良く纏まっていて心がスッキリするような……大好きな物語を読み返している時に、運悪く発作が起きてしまい少女はそのまま……。
そしてその少女はというと、なんと『ロベール・サーガ』の世界に転生して、勇者の幼馴染であるメイベルに生まれ変わったようだ!
「……負けヒロインに生まれ変わるとは……」
とほほ、とばかりに息を吐く。
負けヒロイン……勇者ロベールが十六歳で旅立つ日、ロベールは「帰ってきたら結婚しよう」とメイベルに告げる。
だが、『勇者を育てた村』と言うことで魔王に目をつけられて、村は魔物に襲われてしまう。長い旅になるからと一度村に戻ったロベールは、変わり果てた村の姿を見て膝をつき雄たけびのように泣き叫び、魔王への復讐を誓った……。
村人のほとんどは亡くなってしまったが、メイベルはひとりだけ生き延びていた。村の人たちが逃がしてくれたのだ。
しかし、ロベールはメイベルが生き延びていることを知らずに、最終巻では仲間のひとりである聖女と結婚して幕を閉じる。まぁ、ホント……負けヒロインですわ……。思わず遠い目。
って、ちょっと待って。このままだとこの村、滅んじゃう!
……いやだ、そんなの。私、序盤のこの村すごく好きなのよ! みんなに生きていて欲しいよ!
私――この村を救いたい!
「お待たせメイベル。お水だよ。ゆっくり飲んで」
「ありがとう、お父さん」
ベッドから起き上がり、お父さんから水の入ったコップを受け取る。一口飲むと、水分が身体に行き渡る感じがして……喉乾いていたんだなぁ、と思った。ゆっくりとコップの水を飲み干すと、今度はぐぅ、とお腹が鳴った。二日も食べていなかったから当たり前かもしれないけど、恥ずかしい……っ!
じわり、とお父さんの目から涙がにじみ出した。びっくりして目を丸くすると、
「ああ、ごめんよ」と涙を袖で拭う。
「メイベルが生きていてくれて良かった……」
その言葉に、私の心はぎゅっと締め付けられるように痛くなった。二年前に最愛のお母さんを亡くしたお父さん。……そうよね、きっと生きた心地がしなかったよね。
……私、前世では十六歳という若さで命を落としてしまった。きっと、前世のお父さんとお母さん、悲しんだよね……。家族仲は結構良かったと思うし……。ごめんね、親不孝者で。だからせめて――この世界のお父さんに、親孝行をさせてね。
「お父さん、しゃがんで?」
「メイベル?」
不思議そうにしゃがむお父さん。しゃがんでくれたことで、お父さんの頭に手が届く。そっとお父さんの頭を撫でると、お父さんはぶわっと涙を流し始めた。
「不安にさせてごめんなさい。でもね、私は大丈夫だよ。お腹が鳴っちゃうくらい、元気だから!」
安心させるようににこりと微笑む。お父さんは目からポロポロと涙をこぼして、ぎゅっと私を抱きしめた。少しの間そうしていて、私のお腹がもう一度ぐぅ、と鳴ったのを聞いて慌てて「食事を用意するね!」と離れて行った。
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