第32話 来訪者4
金曜日に実験結果を纏めて、手書きの資料を佐藤係長に渡した時だった。
「パソコンは使えないのかな? 今時、手書きの資料は珍しいのだけど……。支給品のノートパソコンは、開いてもいないね」
「授業で、タブレットは習いました。スマホも持っています。ですが、パソコンは、あまり詳しくないです」
「……そうか。覚えて貰う必要があるね。来週以降は、デスクワークも検討しよう」
う~ん。実務を熟している方が、僕には合って良そうなんだけどな。
まあ、色々な部署を見て回るのも良いか。
「……実験結果だが、面白いね。
傾向が見えている。設計部と技術部に問い合わせてみるよ」
頭良さそうな部署だな。僕よりもその人達に任せた方が良いんじゃないかな?
僕の作った資料など、役に立つんだろうか?
とりあえず、十二時になったので、帰路に着く。
「考える仕事は向いてない気がするな。手を動かしている方が僕には合っている気がする」
『分かってないですね。かなり高評価を受けていますよ』
高評価? あんな資料が?
ただ思いついたことを書いて、実験しただけなんだけどな。
『知力30%を、もう少し自覚した方が良いですね~』
知力30%……。結構優秀なのかな?
『お金を稼いで、大学に通うのも良いんじゃないですか? 一年遅れですが、問題ないでしょう。
麗華さんとキャンパスライフを楽しんでみては?』
正直、学生には戻りたくない。安い賃金で良いので自立していたいのが本音だ。
◇
土曜日だ。今日は城塞都市ダルクに行って、新領主を見ないとな。
モニカさんの人物評価も聞きたい。
『サクラさん。新領主は、ダルクに着いていますか?』
『まだですね。今日の夕方くらいです』
時間があるな。今日は買い物でもするか?
それと、夕方には、麗華さんが来る。
不在の連絡を入れたいけど、電話番号もアカウントも聞いていなかった。
連絡手段がない……。
『迂闊ですね。というか、度胸がなかった?』
う~ん。どうしようか……。
少し悩んで、麗華さんと夕食を食べてから、ダルクに向かうことにした。
連絡先は……、何でも良いので聞いておこう。
実は、僕は何のアカウントも作っていない。
晒されるのが落ちだと思ったし、誰とも連絡する必要がなかったからだ。
それこそ、親兄弟にもだ。
「アカウントの作り方を聞いても良いよな……」
『……そこからですか』
少し迷ったけど、今日は庭の掃除をすることにした。
枯れた草が一面に生えている。今のうちに取り除いて、除草剤を撒いておきたい。
いや、畑にしてジャガイモでも作ろうかな? こちらの世界で万農薬の効果を試してもみたい。
とにかく、庭を使えるようにしてから考えよう。
ストアで鎌を購入する。魔法の鎌だ。
・上級庭師の鎌……どんな植物の根でも切ることが出来る。切れ味の自動修復機能付き。
先日雨が降ったからなのか、土が柔らかかった。
一時間程度で草取りは終わってしまった。鎌もそうだけど、体力が凄く上がっているのを感じる。
そんな時だった。
「こんにちは。二階堂君」
顔を上げる。
「……社長さんと、古物商さん」
古物商さんの表情が、なんともいえない。
「君はこないだ、金の鎖を売りに来た青年だったよね? なんと言うか、痩せたね……。背も伸びていないか?」
あ……。ステータス補正前に会っていたんだった。
苦笑いで誤魔化す。
誤魔化せられているのかな? 骨格も変わっているんだけど……。
「とりあえず、上がってください。お茶を入れますね」
古物商さんの質問はスルーして、三人で家に入った。
◇
手を洗って、お茶を入れる。
三人でテーブルを囲んだ。
「君が、壱岐優未さんのお孫さんだったとはね。私達は、優未さんにお世話になったことがあってね」
「そうなんですか。祖母とは数回会った程度で、朧気ながら覚えている程度なんです」
二人が何かをテーブルに置いた。ブレスレットかな?
『優未さん作のブレスレットですね。この世界では、かなり有用ですよ。効果を教えますね』
・社長のブレスレット……人物鑑定+10%、未来予測+10%
・古物商のブレスレット… 金運+10%、審美眼+10%
30%で優秀な世界なんだ。+10%の魔導具など、聖遺物に認定されても不思議じゃない。
それだけで、祖母とこの二人の関係性が分かった気がした。
でも、ここはとぼけておこう。
「え~と。このブレスレットは、何ですか?」
二人が顔を合わせる。
「優莉君は、優未さんから何も受け取っていないのかな? こないだ、金のネックレスを持って来ただろう?」
腹の探り合いになりそうだな。
「先ほども言いましたが、僕と祖母は幼少期に会っただけです。
何か残したのであれば、父親か親戚が持っているかもしれません。
僕が来た時は、この家も空っぽでした。金のネックレスは、掃除した時に出て来たので、親戚が見つけ損ねた物なのでしょう。
もしかしてなのですけど、祖母は装飾品のデザイナーだったのですか?」
二人は残念そうな顔をして、ブレスレットを腕にはめた。
「そうか。優未さんの遺品はないのか。いや、失礼した。
他意はないのだよ。だた、昔話をしていたら、ふとこの家に来たくなってね。そして、優莉君を見かけただけなんだ」
まあ、そうだろうな。祖母の遺品など、何年も前に整理されているだろう。
大事な物は、ログハウスに保管されているだろうし……。
「写真でも出てきたら、お見せしますね」
「ありがとう」
でも、一応聞いておくか。
「ちなみにですけど、祖母の遺品でどの様な物を期待していたのですか?」
二人の表情が曇る。
「……優未さんは、薬師でもあったのだ。漢方薬を処方してこの街の人達を癒してくれた。
今の時代であれば、違法となりそうだが、もしレシピなど出てきたら教えて欲しい。
サイオン製作で、成分を分析して量産、治験まで行いたいと言うのが本音なんだ……」
佑真さんの治療薬かな?
ストアの『万能薬』や『薬丹』あたりだろうか?
いや、装飾品でも良い可能性もあるか。
その後、少し雑談して帰って貰った。
祖母の遺品は、ログハウスに大量にある。多分桁違いの物が……。
後で確認しておこう。
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