第3話 桜の樹
朝目が覚めると、外は雨だった。
雨音で起きたみたいだ。別に昼まで寝ていてもいいんだけどね。
とりあえず、雨戸を開けて換気を行う。雨は……、風向きを考えて開ける場所を決めた。そして家中を見て回る。雨漏りの心配があったからだ。
だけど、予想に反して、雨漏りはしなかった。そういえば、壁にカビすら生えていなかったんだ。
昭和の建物なんだろうけど、本当に良い作りをしている。
とりあえず、風呂場でシャワーを浴びて汚れと汗を落とす。
お尻は擦りむいており、殴られた顔が染みた。蹴られた腹は……、とりあえず大丈夫そうだ。骨に異常はないと思う。
体を拭いて、数少ない替えの服に着替える。洗濯をどうするかな。
それと、朝食を食べる気力はなかった……。
「今日は、一日家にいよう……」
雨だし、良いと思う。誰にも文句は言われない。
預金額が減って行くだけだ。
部屋の窓を開けて、柱に寄りかかり庭の桜を見た。
雨で、花びらが散ってしまっていた。
「明日は、庭掃除だな……」
本当であれば、お金を稼がなければならない。すぐにでもバイトの面接を受けるべきだ。
だけど、家から出たくなかった。
言い訳ばかりを探して、自分を慰めている。
このまま行くと、生活保護を受けることになると思う。市役所の判断次第だけど。
分かっている。……惨めだ。
自分の惨めさは、この十八年間味わって来た。だけど、もう心が麻痺している。
奮起しなければならない時なのだろうけど、気力がわかなかった。
「いっそのこと……」
悪い思考が、一瞬過った。
『……!』
ハッとする。周囲を見渡す。
……誰もいない。だけど声を掛けられた。間違いなく僕に声を掛けて来た人物がいる。
ありえない状況のありえない思考と結論。幻聴? 昨日もあったな。
祖母の家は、事故物件だったのか? 幽霊でも出るのかな?
だから放置されていた?
冷汗が出る。
「はは、まさかな……」
体勢を元に戻して、再度桜を見た時だった。ここで異変に気が付く。
庭の桜が、光を放っている。
理由はなかった。裸足で庭に降り、吸い寄せられるように桜に近づく。まるで、『飛んで火にいるなんとか』だった。
そして、桜の幹にそっと右手を当てた。
桜の光が僕を優しく包む。そして足元の地面が光り出した。
複雑な模様が桜の樹を中心に広がって行く……。
「なんだこれ? 魔法? 魔法陣?」
自分でも、わけの分からない事を言っている自覚はある。僕は思考が麻痺していたみたいだ。
ある意味、超常現象だ。
だけど、何故か不思議と安心感があった。
地面の光が強くなって行き、眼も開けていられないほどの光量となる。
これはいったい何なのだろうか?
祖母が何かしらの装置を残していて、僕が起動させてしまった?
だけど、見たことも聞いた事もない光だ。
もう逃げられないと言うか、動けない。怪我に繋がらない事を祈るしかなかった。
◇
気が付くと、桜の樹の横に立っていた。眼は大丈夫そうだ。
桜は、祖母の家の桜で間違いがない。だけど、建物が違っていた。そして、家の外の風景も……。
まず、建物だけど、ログハウスだった。北米かヨーロッパだっただろうか? 外国の建築様式を思わせる。
丸太を壁代わりにして、組み上げられた建物だ。
そして敷地の外は……、森だ。樹高は、10メートルはあると思う。
どうやら、森の中に建物があるみたいだ。
「え? どうなってるの?」
夢遊病? 気が付いたら知らない土地まで歩いて来たのか?
昨日殴られたけど、そこまで頭がおかしくなっている?
『クスクス。落ち着いて。優莉さん』
後ろを振り返るけど、誰もいない。そう誰もいない……。
「桜がしゃべっている?」
『正解! 理解が早くて助かります』
本格的に頭が壊れたんだろうか? 病院行かないといけないかもしれない……。
『頭は正常ですよ、優莉さん。私は、この家の管理者です。祖母の優未さんから家を守るように言われて十年以上待っていました』
恐る恐る、答える。
「たしかに、祖母は、
祖母は、僕が幼少の頃に亡くなっている。数度会った程度だ。朧気な記憶しかない。
『異世界です。パラレルワールドは分かりますか? 優未さんには、この家の元の持ち主に手伝って貰うために、異世界から応援に来て頂いていたのです』
意味が分かりません。
「とりあえず、帰れますか?」
『私こと桜の樹に触れれば、帰れますよ。でも、勿体ないので、この家と契約しませんか?』
「契約?」
『優未さんの希望は、〈心根の優しい人〉がこのログハウスに来た時に、異世界を案内することでした。遺産を渡して欲しいと。
優莉さんは、その条件を満たしたので案内したのです』
まったく意味が分からない。僕は……、優しい人なのかな?
『う~ん、ログハウスの中には、売れば大金が手に入るお宝が飾られています。
それらを全て優莉さんに差し上げますと言えば伝わりますか?』
こういう時、どうしても疑ってしまう。僕の悪い癖なんだろうな。
「デメリットがあるのでしょう? その説明もなしに、いきなりの契約を持ち掛けられても……」
『そうですね。希望としては、出来るだけ元の世界の家に住み続けて欲しいと言ったところでしょうか……』
少し悲しげな声を出した、桜の樹さん。
悪意はなさそうな気がする。
「……契約の方法を教えてください」
『あら? 受けてくれるのですか? では、そのログハウスに入ってください』
僕は、言われるがまま、ドアを開けた。実は結構期待していたりする。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます