第153話 魔族との合流
「この一年ほどで、かなり大きくなったな」
そう言って、ゾルドはジャックを抱きしめる。
ここはベルリンの王宮内。
奇しくもフリードと再会した場所で、ゾルドはジャックと再会した。
心の中では、可愛い系の美少年に育っているジャックに嫉妬を覚えていたが、それを表に出さず、優しい父親の顔をしている。
これから戦闘になった時は、真っ先に戦ってもらうからだ。
「うん。パパがソシアに行ってから、10cmくらい伸びたよ」
「そりゃ凄いな」
(イケメンで将来は高身長とか……。もう死ねよ、こいつ)
笑顔の裏で、ゾルドは辛辣な事を考える。
ジャックは幼少期こそ不幸だったが、魔神の息子とわかって一気に環境が変わった。
魔族の王として迎えられたのは、ゾルドの子供だからというだけではない。
才能もあるし、ひたむきな努力もできる。
知識は無いが、教えればちゃんと覚えられる程度には頭も良い。
女に溺れてしまい、努力を放棄したゾルドはいらないと思われる程度には優秀だった。
挙句の果てには顔まで負けてしまう。
ゾルドは妬ましくて仕方が無かった。
ジャックや魔族に利用価値がなければ、このまま抱き締めて体を潰して殺していただろう。
「……パパ?」
ソシアの将軍が呟いた。
魔族と会う事自体が不思議であったが、そこにアダムス・ヒルターが魔族の王にパパと呼ばれる姿を見て、彼の――いや、彼らの――頭は混乱していた。
「あぁ、そうだ。お前達には今日教えようと思っていたんだ」
ホスエが魔神のローブを広げて着やすく持ってくれているので、ゾルドはローブに腕を通す。
そして、ゾルドは腕のブレスレットに触れ、変装を解いた。
「俺が魔神ゾルドだ。まぁ、そういう事でよろしく」
「ま、魔神……」
「そんな!」
ゾルドの軽い言葉に比べ、正体を告白された側は非常に重苦しい雰囲気になっていた。
それもそうだろう。
今まで一緒に行動していた相手が、世界共通の敵だったのだから。
ソシア側の将軍達が騒ぎ出す。
主にこれからの自分達の立ち回りについて話し合っている。
パーヴェルに責任を押し付けて、神教庁に押し付けようという意見まで出ているようだ。
このままではマズイと思ったゲルハルトが、あらかじめ話し合っていた事をゾルドに説明するように催促する。
「お前達、今更天神側に寝返られると思っているのか?」
その言葉を聞き、話をしていた者達の視線がゾルドに集まる。
「今までお前達は誰の立てた計画で戦っていた? 誰が集めた物資で戦争を続けていた? もう遅いんだよ。今更、神教庁がお前らを受け入れるわけねぇだろ。それにだ」
ゾルドは右から左へと視線を動かす。
「俺が今までお前達に何もしていないと思うか?」
将軍達が息を呑む。
何が起きているのかわかっていないが、自分の体を見たりしている。
そこでゾルドは不敵な笑みを浮かべた。
「呪いで縛り付けているに決まってるだろう。裏切ろうと考える程度なら大丈夫だが、本当に裏切った場合は一族が呪いで根絶やしになるぞ」
「ひぃっ」
「裏切ろうって言ったのはお前だろう」
「お前も言っていただろう」
裏切ろうと考えているだけなら大丈夫だと言ったにも関わらず、責任を擦り付け合い始める。
予想よりも、嘘の効果が強すぎたようだ。
「落ち着け。おい、落ち着けって。裏切ったらって言っただろ! 本当に裏切らなきゃ大丈夫だって」
(なんで俺がなだめなきゃいけないんだよ)
脅した本人が落ち着かせるという状況に、ゾルドは心の中で溜息を吐く。
それでも落ち着く気配がないので、さらに憂鬱な気分になる。
「あー、ビスマルク。お前なんとかできる?」
威厳、貫禄、容姿。
全ての面でゾルドを上回るビスマルクが一喝すれば静まりそうだ。
なんとかしてくれと思い、ゾルドはビスマルクに話を振った。
「黙らせるなら、適任の方がそこにおられる」
ビスマルクは、ジャックの付き添いとして一緒に来ていたニーズヘッグに視線を送る。
「私かね? まぁ、このままでは目障りなのは確か。やってみよう」
ニーズヘッグは顔だけ竜の形に戻すという器用な真似をする。
そして、咆哮。
その場にいる全ての者の臓腑を震わし、腰を抜かすほどの圧倒的な威圧感。
ゾルドですら、自分に向けられたものではないとわかっていても、ニーズヘッグに土下座しようと思うほどであった。
効果がありすぎたが、お陰でこの場は静まった。
一つ咳ばらいをしてから、ゾルドは話し始める。
「お前らさぁ、ピンチをチャンスに変えようって気はないのか? 世界のほとんどが天神側。俺の方は味方が少ない分、オッズが高いぞ。どうせ抜け出せないんだ。悩むよりも、リターンを求めて俺のために働こうと開き直った方が楽だぞ」
静まり返っている場に、すすり泣く声が聞こえて来た。
ゾルドは”さすが俺。泣かせるほど感動的な事を言った”と思っていたが、実際はニーズヘッグの咆哮の圧力から解放された安堵の涙だった。
腰が抜けていたものの、泣いてはいなかったミハイルが震えながら質問する。
「我々はソシアで活動する冒険者のような力を持つ者などおりません。魔族がいるのなら、我らは必要ないのでは?」
魔神のために戦いたくないという気持ちもあった。
だが、それ以上に軍人として、ソシア軍は戦力にならないという計算を弾き出していた。
魔法使いもいるが、神教騎士団相手に通用するとは思えない。
「いや、それは違うぞ。主に戦うのは魔族だが、ソシア軍にもいてもらいたい。神教騎士団は人間や獣人メイン。疲れたところを攻撃すれば殺せるはずだ。それに、数を揃えている事で見せかけの威圧にもなるしな」
”足手纏いにしかならない者達を使う理由がない”という逃げ口は塞がれた。
ミハイルだけではなく、他の将軍達も絶望に満ちた表情をしている。
――祖国防衛の戦争をしていたと思ったら、魔神の手下になっていた。
こんな現実を簡単に受け入れられる者はいない。
いい年をしたおっさん共がすすり泣く姿は見苦しいが、騒いでいるよりはマシだ。
落ち着くまでの間、ゾルドは魔族の状況を聞く事にした。
「今のところ、そっちはどんな様子だ?」
「順調だよ。みんな頑張ってくれてるみたい」
ジャックの言葉をニーズヘッグが補足する。
まずはガリア本国。
ガリア国内は侵攻当初混乱があったが、すぐに収まった。
魔族が人間を食わなかったからだ。
それに逃げようが無かったので、難民による混乱も起きていない。
パリに魔族が攻めて来たと知り、街の住民が南へ逃げ出そうとする。
すると、魔族はすでに逃げ出そうとした南の街に攻め込んでしまっている。
南の街を占領すれば、また次の街へと向かう。
魔族は占領地を増やす事を優先しているので、その進行速度には一般人では敵わない。
結局、下手に逃げ出そうとするよりは、自分の住んでいた町にいた方が安全だった。
ジョゼフの裏工作も順調だった。
主だった軍が全て出払っていたのもあるが、各都市の市長が抵抗する事なくあっさりと降伏を選んだ。
そのお陰で、戦闘が起きる事なくスムーズに侵攻は進んでいった。
ガリア国内で一時的には混乱が起きたが、各都市の統治者らが率先して魔族に協力したのですぐに落ち着いた。
次はヒスパン方面に向かったカーミラ。
空を飛べる魔族を中心に、ガリア南西部からヒスパンへと攻め込んでいる。
制圧のスピードを優先しての編制だ。
ヒスパンとポート・ガ・ルーは戦力が少ない。
だが、戦力が少ないからといって、油断しているところを横から殴りかかられるのはつまらない。
本格的に制圧するのではなく、首都を攻撃し”今回の戦争に参戦しない”と誓約させるのが目的だった。
ガリア南東部からミラノ方面に向かったのは、エリザベスとマシスンの二人。
この部隊の目的は占領地を増やす事ではなく、神教騎士団の足止めだ。
幻術が得意な者が多く配置され、時間を稼ぐ事だけを期待されている。
しかしながら、この二人には待ちの姿勢で時間を稼ぐ気は無かった。
淫魔も空を飛べるので、ローマの南の街を襲撃。
人を殺さない程度に生気を奪って行った。
神教騎士団に南方の防衛を意識させる事で、北方に出撃させる事を躊躇させていた。
これは、シューガがローマの防衛を優先するように命じた事も大きいらしい。
ゾルド達が到着するまで時間を稼ぐという目的は達成できそうだった。
そして、主力を率いるジャックとニーズヘッグ。
彼らはガリア領土となっていたプローイン方面に侵攻。
だが、それはついでの事で、本当の目的はゾルドとの合流だった。
ここからは南下して、オストブルクを通る予定だ。
交渉による穏便な通過でもいいのだが、力技による突破も可能だ。
ゾルドがソシアの将軍に正体を明かしたため、これからは魔族を隠さずに使える。
通行を拒否するようなら、強力な魔法で街ごと吹き飛ばせば良い。
戦力が増えた事により、選択肢も増えた。
防衛に意識が向いて身動きの取れない神教騎士団が動き出す前に、ローマまで一気に接近するチャンスだ。
「……あれ、ウィンストンはどうした?」
ゾルドはニーズヘッグの話に出てこなかった四天王の一人の名前を出した。
顔が三つもあるので、人化していても見た目のインパクトは抜群だ。
忘れようがない。
「奴はパリでジョゼフという者の手伝いをしています。根回しの手際は良かったものの、その後の手際がイマイチだったので、ウィンストンに手伝わせております」
「あー、なるほど」
ニーズヘッグの言葉に、ゾルドは納得していた。
ジョゼフは裏方としては優秀だ。
能力を生かして、ずっと裏方として生きてきた。
それが寝返りによって、いきなりガリアの代表として表舞台に立ってしまった。
なので、戸惑っているのだろう。
「適材適所って事を考えると、王とか代表には向いてないのかもな」
「かもしれません。能力があるのなら、その分野で使ってやる方が本人のためでしょう」
ジョゼフをどう扱うにせよ、今すぐにはどうもしようがない。
とりあえず戦争が終わるまでは、ウィンストンと協力して現状を維持してもらうしかない。
「ゾルド様。ミラノ公国の領土までは、おそらく無事に到着できるでしょう。ですが、その後……。天神の子供達をどうなさるおつもりですか? 千人を越える数がいるのは、非常に脅威です」
ニーズヘッグが、おそらく最大の難関となる相手の事を聞いた。
彼はゾルドを知っている。
噂を聞いている限り、シューガは後宮でハーレムに入り浸っているゾルドと同じ。
能力も同じ程度ならば、シューガを恐れる必要はない。
それよりも、天神の子供達だ。
ジャックと同程度の能力を持っていると仮定するのならば、ニーズヘッグとて命が危うい。
そんな相手を、ゾルドがどのようにさばくのか気になっている。
「あぁ、多分俺なりの方法でなんとかなると思う。成功率は七割程度はあると思うんだが……。天神の子供はなんとかなっても、おそらく一緒にいるであろう、神教騎士団や魔道兵団の動きがどうなるかだな」
シューガの子供を、口先だけで戦いを避ける自信は少しだけある。
だが、周囲で戦闘が始まった時、参戦させずに最後まで見守らせる自信まではない。
戦場に何百人来るのかわからないが、必ず何人かは騎士団員を助けようと動く者がいるはず。
そして、兄弟を助けようと、他の子供達も戦い始めるだろう。
子供達だけではなく、神教騎士団もまとめて説得しなければならない。
さすがに双方を同時に説得する自信をゾルドは持ち合わせていなかった。
「僕がこのナタでみんなやっつけるよ!」
ジャックが以前ゾルドに貰ったナタを手に取って見せる。
”頼んだぞ”と言いたいところだが、ジャック一人では数の多いシューガの子供達には勝てないはずだ。
(まぁ、逃げる時に時間稼ぎくらいにはなるだろう)
ゾルドはそんな事を考えていたが、見捨てて逃げないといけなくなる時点で先が無いという事までには考えが及ばなかった。
シューガよりも遥かに恐ろしいその子供達。
どのようにして、あしらうのか。
全てはゾルドの腕次第だった。
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