第152話 反攻開始

 ポール・ランド軍が自国に戻り、ソシア軍が開戦前の領土まで取り戻した。

 その時、ワルシャワでポール・ランド軍の一部が蜂起した。

 ワルシャワに逃げ込んだガリア軍の一部と、ポール・ランドの見張りとして置かれていたガリアの監督官を追い出すためだ。

 ガリア本国に魔族が攻め込んでいる事は、すでに知れ渡っている。

 ポール・ランド国内のガリア軍に援軍が来ない以上、属国状態から逃れようとするのは当然だった。


 ポール・ランド国王のポール七世は、先に魔族への対応が必要だとガリア軍を追い出す事に消極的だった。

 これはガリア軍兵士も魔族との戦いに狩り出すためだ。

 だが、軍内部の一部が”ガリア軍と共に戦えるか!”と暴走。

 ワルシャワで戦闘が始まった。


 この事態をどう対応するか。

 ソシア軍は国境付近で停止して事態を見守っていた。



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「事態を注視しつつ、適切な措置を取るべきだろうな」


 まず最初に意見を求められたゾルドが答える。

 その措置をどうするのかと聞かれているのだが、わからないのでごまかすしかない。


(そういう事を考えるのは、お前らの仕事だろうが!)


「まずはみんなが自由に話し合ってくれ。俺が最初に意見を口にすると、意見の方向性が固定されるかもしれないからな」


 ゾルドは考えが無い事を誤魔化すため、それっぽい事を言ってごまかした。


「確かにその通りですね」


 ゲルハルトはゾルドの真意を見抜いていたが、一理あると思い同意する。

 そして皆の意見を聞き始めた。




 一番威勢のいい意見は”騒乱に介入する”だった。

 国境でいつまでも足止めを食らっているわけにはいかない。

 ポール・ランドだけではなく、オストブルクも通らねばならないのだ。

”ガリア軍を追撃している”と称してワルシャワに突入する方が手っ取り早い。


 その場合、ポール・ランドはソシア軍に抗議できない。

 元々、ポール・ランド軍もガリア軍と共にソシアに攻めてきたのだから”戦争中の国の都市を攻めて何が悪い”と開き直れば良いだけだ。

 ただ、この場合は”ポール・ランドを通行するために、各都市を攻め落とす”というよけいな時間が掛かってしまう。


 魔族を使えば街壁を破壊するのも楽だろうが、魔族の介入を知られれば、冒険者の介入を許してしまう事になる。

 国家間の戦争には不介入が原則の冒険者も、魔族が関係していれば別である。

 ポール・ランドには、ソシア帰りの優れた冒険者が立ち寄っている事が多い。

 冒険者を巻き込む危険性があるのが、介入するという意見の難点だった。




 そして、一番多かった意見は”使者を送って穏便に済ませる”だった。

 しかし、賛同者は多いがイケイケの強硬派よりは声が小さい。

 軍人なので弱腰だと思われるのが嫌だったのだろう。

 その点、ビスマルクのような文官出の者は、軍人の目を気にせずにこちらの意見を押した。


 ポール・ランドはガリアに敗北し、名ばかりの同盟国として強引に軍を出させられただけだ。

 シャルルの死体を見せるとすぐに撤退した事から、何がなんでも戦い続ける気は無いと思われる。

 戦力の温存を考えれば、使者を出して領内の通過を認めさせる方が良い。

 威勢の良い意見に流される必要は無い。


 それに、強い冒険者を敵に回さなくても済む。

 ウィーン周辺まで進めれば、冒険者の力量は日雇い労働者レベルまで下がる。

 それからなら、冒険者を敵に回すような事をしても大丈夫だ。




「これって、使者を送る以外の選択は無いんじゃないか」

「アダムスもそう思うか」


 パーヴェルもゾルドの意見に同意する。

 それだけ明白な答えだった。

 だが、パーヴェルに同意されると、それはそれで間違いなんじゃないかなという気にもなってしまう。

 

「ですが、我らに刃を向けた以上、ただで済ませるわけにはいかないでしょう。一度思い知らせるべきです!」


 一番威勢の良いソシアの将軍が反論する。

 ゾルドはその将軍に見覚えがあった。


「確か、本陣に居たよな?」

「はい」

「戦闘に参加できなかったから、手柄を求めて戦いたいってわけじゃないんだよな?」

「っ……」


 図星を指されたのか、言葉が詰まる。


(そこで”そういう意味で言ったわけではございません”とか、しらばっくれないと出世できないぞ)


 前線一筋で生きて来たのかもしれないが、将軍という肩書きを持つ者としては少し頼りない。

 だが、腹芸のできないような人物だからこそ、兵士の信頼を得られるのかもしれない。


「別にお前を責めるつもりはないんだ。今すぐじゃなくても、後で戦う機会はいくらでもある。その時に戦闘に参加してない奴らを優先してやるから、今は我慢してくれよ。なぁ」

「うむ。それに、本陣の護衛も重要な役割だ。何も本陣に起きなかったというのは、それはそれで立派な手柄だぞ」


 ゾルドがパーヴェルに話を振り、パーヴェルがそれに答えた。

 ソシア側の人物を説得したりする時には、パーヴェルをクッションとするようにしていた。

 仮にも皇帝である。

 ゾルドが言えば反感を買うような事も、パーヴェルが同意すればやむなく受け入れられる。

 もっとも、そのやり方は”皇帝陛下を傀儡とする不届き者”というように思われたりするので、匙加減が難しいところだ。


「それでは、使者を送る方向で調整しましょう。あとはどの程度を要求するかですね」


 ゲルハルトの言葉により、ポール・ランドへの要求の討論が始まる。

 内容は主に食料の供出など、物的な要求だった。

 ソシア側からは領土の要求しようという意見もあったが、ゾルド側からその意見は否定される。

 確かに戦争をしているので、勝者として領土の要求をしたい気持ちはわかる。


 だが、そうなると交渉が長引いてしまう。

 ポール・ランド側も領土を奪われたくないので、妥協点を探ろうとするからだ。

 交渉が長引けば、領内の通過を認めさせるのも遅れる。

 通過が遅れるのならば、穏便に話し合いで済ませる理由が無くなる。

 力尽くで押しとおった方が早くなってしまう。


 しかし、ソシア側の人間からは多くの要求を望む声が止む事は無い。

 これはゾルドの正体を全員に明かしていないせいだ。

 侵攻を急ぐ理由が”魔族と歩調を合わせてローマを攻めるため”という事も、まだ教えていない。

 なので、まずはポール・ランドから戦争の賠償をさせ、次にオストブルクからも賠償を取ろうという考えが主流だった。


「ゲルハルト。ポール・ランドでこれなら、オストブルク相手だともっと揉めるんじゃないか?」

「かもしれませんね」


 ゾルド達は小声で話し合う。

 大国のオストブルク相手なら、領土や賠償金もポール・ランドよりも多く取れる。

 神の戦いに巻き込まれているとは知らないので、通常通りの戦後処理を行なおうとするだろう。

 ポール・ランドとオストブルクで、賠償問題を取り扱えば時間が浪費される。

 そうなると、ガリアに攻め込んだ魔族が集中攻撃されてしまう。

 簡単にはやられないだろうが、被害は大きいはずだ。


「俺の正体をそろそろ明かす時じゃないのか?」


 ゾルドは一歩踏み出すつもりだった。

 当初は、国境まで押し返した頃に正体を明かす予定だった。

 ならば、今ここで正体を明かし、時間の大切さを教えてやった方が良いのではないかと考えた。

 だが、ゲルハルトは賛同しなかった。


「いえ、今はまだその時ではありません。せっかくですので、プローインで魔族と合流した時に打ち明けた方がインパクトは強いでしょう」

「その方が真実を知った時に裏切りにくいか」

「はい」


 魔族はガリア侵攻で三つの侵攻路を取っている。

 一つめはヒスパン帝国方面。

 二つ目はミラノ王国方面。

 そして、三つ目が旧プローイン王国方面だ。


 ゾルド達がワルシャワからウィーンに一直線で向かうと、途中で山岳地帯を越えなければならない。

 そのため、ベルリン経由でウィーンに進軍する予定だった。

 なので、ベルリンからウィーンに向かう途中で魔族と合流し、それから”アダムス・ヒルターは魔神ゾルドだ”と打ち明けようというのが、ゲルハルトの意見だった。

 本物の魔族を目の前にした方が裏切りにくい。


”魔神に協力などできるか!”


 などと魔族が居るところで言ってしまえば、その場で殺されると思うからだ。

 脅迫まがいの行為だが、今更その程度を気にするつもりはない。

 それに、自分の知らない内に魔神に協力していたと知れば、毒を食らわば皿までの思いで、率先して協力しようと思う者も出て来るはずだ。

 中には意地でも協力したくないという者もいるだろうが、時勢を読めない者にはいなくなってもらうだけだ。

 何も問題は無い。


「よし、賠償金が必要なら俺が出してやる。ひとまずはポール・ランドを許して、先を急ごう」


 ゾルドは皆に向かって言った。

 金ならまだある。

 金が欲しいならくれてやるという態度を取った。

 だが、その態度が癪に障る。


「なぜ、そんなに急ぐ必要があるのですか?」


 ゾルドの態度に反感を持った者が問う。

 大人しく言う事に従うのが嫌だったのもあるが、純粋な疑問でもある。

 正当な理由があるならば、ちゃんと説明すれば良い。

 説明できないような後ろめたい事があるのではないかと思われたのだ。


「……旧プローイン領を少しでも多く切り取るためだ。プローインはオストブルクやポール・ランド、ガリアに分割統治された。そして、去年の戦いでガリアが全土を支配した。オストブルクやポール・ランドが取り戻そうと動き出す前に、ソシアで確保したい」


 とっさに出た嘘だったが、これならばポール・ランドの領土を多少奪うよりも、広い領土が手に入る。

 それに、ゲルハルトやビスマルクがいるので、プローインを取り戻したいのだろうと思ってくれる。

 もっともらしい事を言えたと、ゾルドは心の中で自画自賛していた。

 実際に、不満そうな顔をしていた者達の表情が変わる。

 ポール・ランド相手にゴネるのと、プローインを占領するのとを天秤に掛けているようだ。


「しかし……、魔族がガリアに攻め込んだと聞いております。プローインで戦闘になったら勝てませんよ?」


 プローインに攻めた場合、魔族と正面切って戦う事になるかもしれない。

 その心配のせいで、踏ん切りがつかなかった。


「それは問題無い。俺がベネルクスで稼いでいたのは知っているよな? その時の縁で、俺がいるところに攻撃してこない事になっている。だから、安心して進んで良いんだ」


 ゾルドの言葉で、皆が顔を見合わせる。


”アダムス・ヒルターなら、本当にそんな約束をしているのかもしれない”


 今までやって来た事が積み重なり、皆にそう思わせた。


 ――大金を稼ぎ、元プローインの政治家や軍人を部下に従えている。

 ――それだけでなく、ソシアの戦争を支えるだけの物資を援助し、大規模な作戦を実行可能にした。


 ただの商人にできる事ではない。

 そんな人物ならば、本当に魔族と渡りを付けていてもおかしくない。

 ならば、彼の言う事に従った方が良いのではないかと、皆が思い始めた。

 不満を持っていた者達が黙った。

 それを見て、ゾルドは続ける。


「オストブルクにも使者を出す必要があるな。ついでに会談のアポを取っておく必要があると思うがどうだろう?」


 オストブルクはロマリア教国に近い。

 背後から奇襲を仕掛けて来ないように、軽く脅しを掛けておいた方が良いだろうと考えた。


「よろしいと思います。味方にならずとも、敵にさえならなければ良いのです。話を通しておくのは悪くありません」


 ビスマルクもゾルドの意見に同意する。


「パーヴェル。力攻めするんじゃなく、使者を出して穏便に済ます方向で良いか?」


 ゾルドは最後にパーヴェルに同意を求める。

 一応ソシア皇帝で、表向きの最上位者だ。 

 ゾルドの正体を知らない者がいる場では、最後に決めてもらわなければならない。


「あぁ、そうしてくれ」


 パーヴェルがゾルドの言う事を受け入れた。。

 魔神だと知っていたし、自分の意見が特に無かったからだ。

 パーヴェルを無視して決められた事だが、ソシア側の人間も会議ではパーヴェルの意見を求める事はない。

 ロクな事にならないと、経験上知っているからだ。




 ゾルド達はポール・ランドに対し、使者を出す事で一時停戦と領内通過、物資の供出を申し込んだ。

 これはソシアの反撃を受けるはずだったポール・ランドにとって美味しい話だった。

 問答無用で攻められる事も覚悟していたくらいだ。

 和平交渉の余地があるとわかり、ポール・ランドはこの申し出を受け入れた。


 ポール・ランド国内の通行許可を得て、ソシア軍は西へと進んでいく。

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