第111話 本物の威厳

「やっぱ無理、無理ィ!」


 ゾルドが本日何度目かの泣き言を口にしている。

 理由は目の前のゾンビだ。


 沼地のドロの下に沈んでいたからか、ガスで膨れ上がっている。

”こっちに来るな”とゾルドが腹を蹴り上げたら、腹が破裂して夏場の三角コーナーよりも酷い臭いが周囲に立ち込めた。

 しかもゾンビが剣を振り回すと、破れた腹から腐汁が飛び散る。

 後で綺麗にできるとはいえ、気持ちいいものではない。


「大丈夫、これは良い戦闘訓練になるよ!」

「何が大丈夫なんだ!」


 ゾルド達が戦っているゾンビは、冒険者の慣れの果てだった。

 魔物が蔓延る場所で死んだ者達は、死後、生きる屍として蘇る。

 今回はそんなアンデッド達との闘いだ。


 通常のゾンビとは違い、ソシアのゾンビは武器を使う。

 生前の戦い方を覚えているので、並みのゾンビよりも手強い。

 だから、ホスエはここのゾンビと戦う事を選んだ。

 ゾンビを倒す事は、周辺住民にとって安全をもたらす。

 そして、ゾンビ達の技術は、戦う者達の糧となる。

 生きた冒険者と殺し合うわけにはいかないので、ホスエは死者から学ばせようとしていた。


「ヤベェ、こいつ強ぇ」


 剣で鍔迫り合いをしながら、テオドールが弱音を吐く。


「テオ、今のお前ならそいつは倒せる。どんな相手でもクセという者がある。落ち着いて動きをよく見るんだ」

「オス!」


 今回の旅で、それぞれの戦闘スタイルが固まった。

 テオドールは相手の動きを見てから、反撃をする後の先とも言うべき戦い方だ。

 獣人として恵まれた筋力を活かし、素早く強烈な一撃を相手に加える。

 一歩間違えれば相手に圧倒されて手が出なくなる危険な戦い方だが、命のやり取りに関してテオドールは肝が据わっている。

 この戦い方がしっくりくるようだ。


「ホスエの兄貴っ! 助けてください」


 ラウルの救援要請。

 しかし、ホスエは動かない。


「ダメだ! ラウル、そのゾンビはお前なら倒せる。アンデッドはスタミナを気にせずに戦うという事を忘れるな」

「はいぃ」


 大丈夫そうではないが、とりあえずは頑張ろうという姿勢を見せた。

 ラウルはスタミナが増えた事で、足を使った戦い方をする。

 素早く動く事で、相手の隙を誘発させる戦い方だ。

 そのため、アンデッドのように動揺もせず、スタミナの尽きない相手は非常に難しい。

 先に自分のスタミナが尽きてしまうからだ。


 ホスエも相手をさせるゾンビを、適当に選んでいるわけではない。

 大体強さが同じ程度の相手を選んでいる。

 先にホスエが剣を交え、強すぎたり、人数分以上の余分なゾンビは先に処理していた。

 今残っているゾンビは、それぞれが落ち着いて対応すれば八割方無傷で倒せる相手だ。


 ――そう、落ち着いて対応すれば……。


「この野郎! ゾンビのくせに生意気な!」


 ゾルドが戦っているのは、剣と盾を装備したゾンビだ。

 斬りかかると、上手く盾で受け流される。

 どうやら、生前は防御の上手い冒険者だったらしい。

 ゾルドの腕力で振り回される邪聖剣という大層な物を、ちょっと良い素材で作られただけの盾で受け流している。

 しかも、受け流した後でキッチリ反撃を食らわせてくるのだ。

 かなりの力を籠めて剣を振っているのに、造作もなく受け流されてゾルドは非常にイラついていた。


「ゾルド兄さん、落ち着いて。盾を持っている相手に剣を振り回してもダメです。盾持ちには別の使い方もあるって思い出してください!」


 ホスエがゾルドにアドバイスを送る。

 基本的な戦い方として、盾を持った相手との闘い方も教えていた。

 最近は魔物相手に戦っていたから、忘れているのだろうと声をかける。


「別の……、そうか!」


 理解してくれた。

 そう思い、ホスエは胸を撫で下ろす。

 しかし、それはわずかな時間だった。


「おりゃぁぁぁ!」


 ゾルドは剣の刃ではなく、剣の腹でぶん殴る。

 刃の部分では設置面積が狭くて軽く受け流されていたが、腹の部分は盾との設置面積が広い分、殴った際の衝撃がダイレクトに伝わる。

 剣を刃物ではなく、鈍器として使用したのだ。

 お陰でゾルドはゾンビの盾を腕ごと吹き飛ばす事に成功した。


「いえ、そうでは無いんですが……」


 結果オーライ。

 そういうには、あまりに力押し過ぎる。

 ゾルドの剣は頑丈なようだが、普通の剣なら折れていてもおかしくない。

 あんな戦い方は教えていないのに、なんで思いつくのだろうか?


 思わずホスエが眉間をつまむ。

 ゾルドと旅に出て以来、どうやらクセになってしまったようだ。

 想定外の行動をするので、めまいをするような思いをさせられている。


「よっしゃー!」


 ホスエが眉間をつまんでいる間に仕留めたようだ。

 ゾルドの足元には、頭を砕かれたゾンビが横たわっている。

 どうやら頭を切ったりせずに、剣の腹で叩いて砕いたようだ


「おっ、倒せた」

「勝った、勝ちましたよ!」


 テオドールとホスエも時を同じくしてゾンビを倒した。

 やはり彼等も、アンデッドとの慣れぬ戦いでかなり疲労している。

 トドメに頭を砕いた後、地面に膝を着いていた。


「皆さん、お疲れ様でした。少し休憩したら、次のアンデッドを探しに行きましょう」


 皆に休憩を勧めたホスエは、冒険者の死体を漁っていく。


「何をやってるんだ?」

「冒険者の登録証を探しているんですよ。ソシアで活動する冒険者は、遺書などを書き残している事が多いんです。一定期間連絡が無ければ家族などに連絡が行くそうですが、やはり証拠が会った方がいいですから」


 そう言って、ホスエが死体のブーツを脱がすと、ドロリと腐った皮ごと肉が剥がれる。

 ブーツの編み上げの部分に冒険者証があるからとはいえ、見ていて気持ちいいものではない。


「うっ……。ブーツを脱がすんじゃなくて、靴紐を切れば良いんじゃないか?」

「確かにそうですね。……手伝ってくださっても良いんですよ?」


 ホスエも本心では、やはり嫌なようだ。

 こんな作業を喜んでやる者などいないだろう。


「死体漁りなら……。いや、やっぱり無しだな。後で綺麗にしてやるから我慢してくれ」


 ゾルドだって腐った死体の持ち物を漁るのは嫌だ。

 金目の物もあるかもしれないが、触れるのも遠慮したい。

 特に他の者とは違って、ゾルドの手袋は指貫きグローブだ。

 手袋越しに触るのではなく、直接指で触れてしまう。

 絶対に腐った死体など、触れたくは無かった。


 それに、見知らぬ冒険者の事などどうでも良いと思っていた。

 冒険者の作法かなんだか知らないが”ホスエも良くやるよ”と他人事として見ているだけだった。



 ----------



 ゾルドは参加しなかったが、休憩を終えたテオドールとラウルの二人はホスエを手伝った。

 そしてゾルドが三人を洗浄の魔法で綺麗にし、水を飲んで一服している時に怪しい五人組が訪れる。


「くっくっくっ。ゾンビと戦い、冒険者の証を回収してやるとはお優しい事だな」


 ゾルド達に声をかけてきたのは、おそらくリーダー格であろう漆黒のローブを着た男。

 フードを目深に被っているが、口元付近が見えている。

 深いシワがあるので、どうやら老人のようだ。


 その背後には四人の剣士。

 部下は剣や槍などバラバラだったが、全員黒い鎧で統一されていた。

 兜のバイザーを降ろしているので、彼らの顔もうかがい知れない。


「できれば汚れるからやりたくない……。まぁ、俺はやってないがな。あんた達は誰だ?」


 ゾルドの問いかけに、怪しい老人は含み笑いをする。


「我はゾルド。魔神ゾルドなり!」

「ブハァ」


 テオドールが水を噴き出す。

 その水をモロに被ったラウルが、恨みがましい目でテオドールを見る。

 水をぶっかけた事に気付いたテオドールが謝った。

 しかし、その声が少し笑い混じりなので謝罪になっていない。


「くっくっくっ、驚くのも無理はない。だが――」


 ゾルドを名乗る老人がゾルドの方を見る。


「――そなたもゾルドなのだろう?」


 ゾルドは深い笑みを浮かべた。

 それがどういう笑みなのかはわからない。


「俺もっていうか、俺がゾルドだ」


 返事をしたゾルドに、老人は”全てわかっている”と言わんばかりに頷いた。


「他の魔神を名乗る者も、最初は皆がそう言ったものだ。そして、どちらが本物のゾルドか証明しよう襲い掛かって来た」


 老人が杖を構える。

 すると、何か魔法を使っているのか、それとも杖の効果なのか急激に周囲の空気が重くなる。

 得体の知れないプレッシャーをゾルドは感じていた。


「お主もその一人か?」


 別に老人は怒鳴り声でも、ドスを利かせた声でもない。

 静かな声だったが、迫力満点だった。


「いや、そのつもりはない」


 ゾルドは自分が本物の魔神だという事がわかっている。

 争ってまで自分を証明しようとは思わなかった。

 だが、それを老人は逃げたと受け取った。

 杖を収め、威圧も止める。


「結構、結構。分をわきまえるのは良い事だ。君は私に憧れて魔神を名乗る者だ。困った事があれば言いたまえ。本物の魔神として、相談くらいには乗ってやろう」


 そう言い残すと、ゾルドを名乗る老人は立ち去って行った。

 どうやら、ゾルドの恰好を見て一言言いたかっただけのようだ。


「なんだ、あいつ……」


 ゾルドから見れば、中二病に罹った老人でしかない。

 そんな奴に話しかけられても戸惑うだけだ。


「なんか雰囲気ありましたよね」


 ラウルの言葉に、ゾルドは”えっ”と心の中で思う。


「杖を抜いた時”こいつはヤバイ”って焦りやしたよ。まるで本物の魔神みたいだ」

「……遠回しに、俺を馬鹿にしてんのか?」


 確かにゾルドは生活魔法くらいしか使えないし、大物という雰囲気はない。

 テオドール達の言葉に他意はないのだが、ゾルドは魔神というほどの力が無いと自覚しているだけに、自分への当てつけとして言っていると受け取った。


「ちょ、ちょっと。違いますよ、おやっさん」

「そうっすよ。おやっさんは……。ほら、そう。親しみやすいんです」

「んなわきゃねぇだろ」


 大物の雰囲気が無い事を親しみやすいと誤魔化したが、ゾルドには通じなかった。

 どう考えてもゾルドを気遣ってのセリフだと理解できたからだ。


「てめぇら、覚えとけよ! ヒュドラ退治の時、見返してやるからな!」

「もちろん、期待してやす」

「頼りにしてますよ」


 そんなセリフですら嘘臭く感じる。


(最近、ヌルイ関係だったからな。ここら辺りでガツンと俺の力を見せて、上下関係を思い知らせてやらねぇと)


 一緒に旅をして親しくなった。

 だからと言って、ゾルドの方が立場が上だという事を忘れて貰っては困る。

 そして、そのためには圧倒的な強さを見せなければいけない。

 ここで一発どデカイ手柄を立ててやろうと決意した。


 ゾルドだって、強くなる必要がある事はわかっている。

 仲間の応援もあった。

 だが、ゾルドの発奮を一番促したのは、偽物の魔神ゾルドという存在だった。

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