第六章 決戦の準備
第104話 ゾルドを騙る者
ゾルドは出掛ける前に、一応アルベールに半年ほど留守にする事を伝えた。
留守中に金の無心をされたりしたら、留守番役のレジーナ達も対応に困るだろうと思ったからだ。
留守にする理由としては”ソシアの鉱物資源を何か商材に使えないか調べに行く”というもの。
ソシアは資源が豊富だ。
その資源を活用しようという、もっともらしい理由を考えた。
その時に、ビスマルクの事を話題に出したら、是非とも会ってみたいと言われた。
プローインが小国の頃から宰相を務めており、急速に拡大する国土を見事に統治してみせた凄腕だ。
そんな大物が身近にいるのなら、一目会いたいと思ったのだろう。
お陰でゾルドは気付く事ができた。
”ビスマルクは大物過ぎて、動くと目立つ。……いや、何もしなくても目立つ”と。
ソシアに送る際に”ソシア政府と鉱物資源の購入を交渉するために、アダムス・ヒルターに雇われた”というバックストーリーを作る事にした。
ビスマルクのような大物が、理由も無しにアダムス・ヒルターに従うと怪しまれると思ったからだ。
後者の目立つ理由は言うまでもない。
見た目だ。
それにビスマルクだけではない。
ゲルハルト達軍人組も、その分野では知る人ぞ知る有望な将校として知られていたようだ。
優秀な人材は、自然と名を上げている。
目立たぬように動きたいゾルドには、有難迷惑な事実を知ってしまう。
そしてゾルドは対処方法を考えるのが面倒臭くなり、ゲルハルト達に任せ、逃げるようにワルシャワへと出発していった。
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とある日の昼下がり。
ワルシャワの冒険者ギルドに、三人の獣人を連れた怪しい風体の男が現れた。
このご時世に珍しい飾り気のない黒一色のローブ。
背中の怪しげな剣が異様な気配を放っている。
フードを目深に被っているので、口元しか見えない。
まるで、魔神信奉者だ。
護衛らしき獣人たちの装備は、なかなかの逸品だった。
何かの鱗で作られたらしい鎧は頼もしく、見ているだけでもかなりの防御力を発揮してくれそうだ。
腰に下げた剣も、飾り気はないが何かの属性が付与されている気配がする。
そして、その後ろに普通の男一人現れた。
他の四人に比べて普通なだけに、返って浮いて見えてしまう。
ただものでは無さそうな一行に、ギルド内にいた者達の視線が集まるのは当然の事だった。
視線が集まる中、ローブの男が受付カウンターにまで進む。
「俺達が乗っていた旅馬車を襲ってきた盗賊を倒したんだが、旅馬車の御者が”最近この辺りを荒らしている賞金首じゃないか”というんだ。確認してもらえるか?」
「えぇ、もちろんです。何か証拠はございますか?」
受付嬢は笑顔で対応した。
怪しい風体の割りには、盗賊退治という治安維持活動をしている。
ならば、普段通りの対応をするだけだ。
見た目だけで判断するような事は、プロとしてできない。
「これだ」
「キャアッ!」
ローブの男はどうやったのか、内ポケットから五人分の生首を取り出した。
潰れて脳がこぼれている物もあり、思わず受付嬢は悲鳴をあげてしまう。
(前言撤回。なんて非常識な奴なの)
見た目の怪しい奴は、考えている事もおかしいと、彼女は考え直した。
プロとしてどうとかは関係ない。
それ以前の、人間としての問題だ。
いくらなんでも潰れた頭まで持ってくるなんて、こいつの頭がおかしい。
しかし、いつまでも引き攣った営業スマイルを向けているわけにはいかない。
ギルド職員としての職務を果たそうと、手配中されている盗賊の似顔絵と生首を見比べる。
賞金が付くという事は、被害者を生かして返す馬鹿か、獲物に逃げられたマヌケのどちらかだ。
大抵の場合、そんな者は似顔絵を作られている。
「あっ、ありますね。この頬傷は手配中のポールですね」
”どのポールだよ!”という声が聞こえて来そうだが、この国出身の者は皆がポールなのだから仕方がない。
目の前の男もわかっているのか、何も言わなかった。
「ギルド証はお持ちですか? 乗合馬車組合からも討伐依頼が出ていますので、冒険者なら賞金だけではなく、ギルドからの依頼料も貰えますよ。今なら無料でお作りしていますよ」
「
男は苦笑しながらギルド証を取り出し、カウンターに置く。
冒険者の登録は無料だ。
その代わり日雇い派遣の如く、ギルドに依頼料を天引きされる。
「こう言うように決まってますので」
受付嬢は愛想笑いを返しながら、出されたギルド証に目を落とす。
そして、そこに書かれている名前と発行都市を見て絶句した。
「ゾルド……、さん」
言わずと知れた魔神と同じ名だ。
受付嬢はフードの中の顔を覗き見る。
黒髪黒目、そして魔神の手配書に似ている顔。
そして、最初に魔神が発見されたポルトで発行されている。
それを見て、受付嬢は――
「それでは、賞金を持ってきますねー」
――スルーした。
「待て待て。もっとあるべき反応ってものがあるんじゃないのか?」
ローブの男は受付嬢を引き留めた。
あまりにも受付嬢の反応が無さすぎる。
予想していた以上に薄い反応に、思わず焦ってしまったのだろう。
「そうですねぇ、何と言えばいいのか……。別のゾルドさんも年に二回は来られますので」
ワルシャワは冒険者にとって、登竜門のようなものだ。
ワルシャワの東側から、魔物などの数が急増する。
ソシアから流入してきている魔物や、強力な魔物を優先して倒すために弱い魔物が増殖したりしているからだ。
そんなワルシャワは、名を上げようとする者が最初に来る街。
良くも悪くも、目立とうとする者もいた。
目の前の男も、そんな一人だと思われる。
「私も職員のたしなみとして、一応魔法をかじってますので、なんとなくわかるんですよ。その顔、幻術で少しイジってますよね? いるんですよねー、顔も似せて有名人本人のように見せる人。やめた方がいいですよ。ワルシャワ以東には、幻術を感じ取れるくらい強い人や、魔法に精通した人が急増しますので」
「なにっ!?」
ローブの男は驚きの表情を見せる。
その程度の事も知らなかったのだろうか。
受付嬢は、もう一つ世間知らずの男に教えてやる。
「それに、ポルトの冒険者ギルドで作った”ゾルド”名義の冒険者証も一杯ありますよ。仕事や観光で行った人が、記念に作って来るらしく、珍しくないくらいです」
「そうか……」
少し声のトーンが落ちた。
落ち込んでいるのだろうか?
受付嬢は、少し言い過ぎてしまったかと思った。
せっかく良い装備を揃え、護衛も雇って魔神のフリをしようとしていたのに、出鼻をくじかれた形になってしまったのだ。
少なくとも魔神のフリをする以上は、それなりに腕に自信があるはず。
おだてて魔物退治に励んでもらった方が、ギルドのためになったはずだと受付嬢は後悔した。
「でも、俺がゾルドだ」
「はい、ゾルドさん。賞金持ってきますね」
本人がそう言うのなら、これ以上否定して恥ずかしい思いをさせる必要はない。
それに偶然本名が”ゾルド”の人が、魔神の恰好を真似しているだけかもしれない。
真っ向から否定するのも可哀想だ。
そう思った受付嬢は”ゾルドさん”としては扱ってやろうと思っていた。
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(元々痛い奴扱いだったが、ここまでになっているとは……)
魔神を騙る者や、ゾルドの名すら騙る者が時々いるという事を、ゾルドはラインハルトから聞いていた。
『魔神の恰好をして、ゾルドという名を名乗っても問題ありません。むしろ、堂々と名乗る方が良いでしょう。誰も今の状況で魔神が堂々と名乗るなんて思っていませんから』
というラインハルトの進言を受け、ゾルドは堂々と名乗る事にした。
そのために幻術を解いて元の顔に戻し、そこからわざわざ目をタレ目気味にしたり、鼻を高くしたりして幻術を少しだけ使っていた。
ワルシャワから東には冒険者にも強い者や、見破る能力を持つ者がいる。
変装をする事により”わざわざ魔神そっくりに化けてる馬鹿がいる”と思わせるためだ。
いつの時代も、魔神やその力を受け継いだと騙る者は一定数居る。
ゾルドは、その馬鹿な奴の一人として演じる事にした。
なぜこんな面倒な事をしているかと言えば、魔神の装備を堂々と使うためだ。
ホスエ達のような良い装備があればよかったのだが、レジーナはゾルドの分を貰って来なかった。
魔神装備の高性能さを知っていたからだ。
痛い目に遭うのが嫌なゾルドは、魔神装備を使うために、この話に乗る事にしたのだ。
「お待たせしました。こちらが依頼料の35万エーロと、賞金の7万エーロです。報酬が天引きされるのはご存じですよね?」
依頼料が三割ほど天引きされるのは、ゾルドがポルトで港湾労働者として働いた時に経験済みだ。
腹が立つが、嫌がって報酬無しなどにされたりしてもたまらない。
「もちろん知っている。だが、賞金が7万っていうのは少なくないか? 五人居たんだぞ」
「旅馬車を三度襲撃して、三度とも撃退されている小規模な盗賊集団ですから。ですが、逃げ足が速く、安全上の問題もあるので賞金と討伐依頼が出ていたんです」
「小物中の小物じゃねぇか……」
あまりの下らなさに、ゾルドはめまいを起こしそうだった。
そんなゾルドに、付いて来ていた旅馬車の御者が肩を叩く。
「まぁまぁ、お客さんらのお陰でうっとうしい奴等が消えて助かりましたよ。これからも頑張ってください。ありがとうございました」
そう言い残して、御者は帰っていった。
彼は盗賊に襲われたという証言のために付いて来ただけで、証言の必要が無いのなら、ここにいる必要は無かったからだ。
これで用事も終わった。
次にどうするかを、ゾルドは皆に聞いた。
「どうする? 半端な時間だから、ここで軽く食って行くか? 夕食はもっといい店でガッツリ食うつもりだけどな」
「ここでガッツリ食べて、夕食もガッツリ食べましょう!」
まだまだ育ち盛りのラウルが、その食欲をアピールした。
それをホスエとテオドールが微笑ましいものを見る目で見ている。
だが、ラウルだけではなく、ゾルドも食事は楽しみにしている。
なぜなら、それが最後の楽しみになるからだ。
旅の方針で”ワルシャワからは魔物を倒した金で生活しながら旅をする”という事に決まっていた。
これはレジーナの意見を聞いて、ホスエとゲルハルトが決めた事だ。
”あの人はお金を自由に使わせたら、高級ホテルに泊まって、観光メインの快適な旅を楽しむようになる。しっかりと手綱を締めておかないとダメ”と、レジーナに見抜かれていた。
そのせいで、現地調達でできる範囲の生活を強制される事となった。
テオドール達にはいい迷惑である。
さきほど42万エーロを稼いだが、四人で良いホテルに泊まればすぐに無くなってしまう。
昔のように、ゾルド一人の旅ではないのだ。
金の消費も四倍になる。
だから、ワルシャワに着いた今日だけが、最後の贅沢をできる日だった。
明日からは魔物と戦い、素材を集めて稼がなくてはならない。
余分な金は持っているが、それは非常用でホスエの許可が無ければ使えない事になっている。
ギルド内の酒場で、それぞれ自分の腹具合に合わせた注文をする。
そこで、ゾルドが話を切り出した。
「そうだ、最後の贅沢として今日は旅の垢を落としに行くか」
「ダメだよ。レジーナ姉さんが妊娠中でしょ」
娼館へ行こうと言うゾルドをホスエが止める。
旅先でレジーナが居ないからと、娼婦を買いに行くなど認められない。
それは”レジーナへの裏切りだ”とホスエは思っていた。
なお、今はゾルド本人扱いという事で、偽名を使わずに本名を使っている。
「でも、今回は俺が女を買っても教えてくれとは言われてないんだろ?」
「言われてないけど、本人が居ないところで裏切るのは良くないよ……」
”そんな事、言わなくてもわかるんじゃないの?”
そう言いたそうなホスエに、ゾルドは言ってやった。
「いやいや、溜め込む方が問題だ。いきなり女を押し倒したりしたら大変だろう?」
(主に俺がな)
”性欲が溜まっていたから、ハーピーを襲った。そうしたら息子ができていて、息子に魔族の王の座を奪われた”
そんな経験をしたゾルドは、適度にそういうお店で発散しておいた方が安全だと思っていた。
「それにだ。ロッテルダムに帰った時、我慢できずに妊娠中のレジーナを抱いて流産でもさせたらどうする? そんな事になったら、レジーナが悲しむぞ」
「そうかもしれないけど……」
まだ納得していないホスエだったが、ゾルドはもう一押しで行けると思った。
「なぁ、テレサが今まで何をしていたか覚えてるよな」
言うまでもなく、娼婦だ。
ホスエは何を言い出すのかと、しかめっ面でゾルドを見る。
これはホスエとしても触れてほしくない部分だ。
”好きだった幼馴染が、大人になって再会した時に子持ちの娼婦になっていた”
なんていう事は、できれば触れて欲しくない。
ホスエのテレサへの想いは変わらない。
だが、忘れたい事だというのも確かだ。
「それでさ、お前の経験人数はどれくらいいる?」
「えっ。それはまぁ、その……。テレサだけだよ」
ホスエの経験人数を聞き、テオドールとラウルはゾルドが何を言いたいのかを理解した。
わからないのは、ホスエだけだ。
「なら、お前だって娼館に行った方が良い。色々な経験をして上手くならないとな。夜の生活が上手くいかないから離婚したって話も結構あるんだぞ」
「えぇっ、嘘っ!」
ホスエもテレサの事を愛してはいるが、夜の営みに関しては自信が無かった。
確かにテレサの事を”経験豊富”だと思って、どこか引け目を感じている部分がある。
だが、それが原因で夫婦生活が破綻するというのは大問題だ。
即急に対応しなければならない。
「だから、な。金を自由に使える内に、今晩みんなでどこかに行こうぜ。そんでもって、明日から頑張ろう」
この問題に関して、テオドール達はノータッチだ。
何と言っても、身軽なひとり者。
妻帯者の気苦労など、知った事ではない。
下手に口出しなどせず、事態を見守る方を選んだ。
「そういう事なら……。でも、明日からはしっかりと手綱を締めていくからね」
「あぁ、そこは任せる。けど、厳し過ぎずにほどほどに頼むな」
ホスエが納得した事で、ゾルドも一安心だ。
獣人の女を一度くらいは抱いて見たかった。
その願いを、ここで叶える事ができる。
レジーナの事も、テレサの事も、全て自分が娼館に行きたいがための理由付けだ。
人間、下半身の欲望に耐える事は難しい。
ゾルドは、その本能に従っただけだった。
「飯食ったら行くか? それとも夕食を食べてからにするか? いやぁ、楽しみだな」
これからの事を考えると、ゾルドは楽しくなってくる。
レジーナの事は嫌いではないが、やはり自由も良いものだ。
しっかり稼いで、遊ぶ金も捻出しようと決心していた。
”ゾルドは金があると、旅を楽しむようになる”
レジーナは付き合いが長いだけあって、ゾルドの本質を見抜いていた。
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