第103話 熱血宰相

 食堂で待っているビスマルクに、ゾルドは一言言ってやるつもりだった。

 マリーが”マリー・アントワネット”と同じような存在だったとしても、ビスマルクも同じとは限らない。

 宰相だったらしいから、能力はあるのだろう。


 だが、有名人本人か別人かは関係ない。

 どんな相手でも、ゾルドがビビル必要なんてない。

 何故なら、ゾルドは魔神。

 天神と並んで世界の頂点に立つ存在なのだから。


 何事も最初の顔合わせが大事だ。

”こいつはヘボい”と思われたら、後々の関係にまでひきずってしまう。

 インパクト勝負!

 ゾルドは食堂の扉を勢いよく開けた。


「おい、……うぉっ!?」


 インパクト勝負はゾルドの負けだ。


 食堂にいたのは気難しそうな顔をした白髪の老人。  

 だが、その体格は既視感のあるものだった。

 そう、まるでフリードのようだ……。

 肉厚でボディビルダーのような体をしているにも関わらず、年相応のお爺さん風の顔がその上に付いている。

 フリード以上にアンバランスで、見ていて不安な気持ちにさせられる。


 扉を開け放ったゾルドに気付いたビスマルクは、椅子から立ち上がりゾルドに歩み寄る。


「あなたがゾ……、ヒルター殿か。話は聞かせてもらった。協力させてもらおう」


 喜びを表すためか、ゾルドの肩を強く叩く。


「グアッ」


 あまりの痛みに思わず悲鳴を上げてしまう。

 見た目通りの力強さで、肩の骨が砕けそうだ。


「おぉ、申し訳ない。この身にたぎる血潮を抑えきれんのだ。男児たる者、大きな話を前に燃えぬわけにはいかんのだ!」

「あ、あぁ……。そうか。それは良かった」


 ゾルドはビスマルクに呑まれていた。

 見た目が気難しいお爺さんだけなら、まだなんとかなった。

 しかし、身長二メートル近い筋肉の塊に迫られると、その圧迫感の前に何も言えなくなっていた。

 魔神だなんだと言っても、根っこの部分は普通の社会人だ。

 戦う決意を決めている時でもないと、見た目のヤバイ相手には強気になりにくい。

 身体に刻み込まれた悲しい習性だ。


「荷物を運び終わったら、軽く話をしておきたいと思っている」


 ゾルドの言葉に、ビスマルクは目を輝かせる。


「それは結構! ふむ、座していては何も進まぬ。老骨と言えど休んではいられんな。自分の荷物だけでも運び入れて来る事にしよう。失礼する!」


 ビスマルクはゾルドの返事を待たず、老骨とは思えない力強い足取りで玄関へと向かって行った。

 まるで歩く石像のような重量感。

 呼び止める気など起こらなかった。


「なんだか凄い人ね……」

「そうだな。……人間のはずなのに、ニーズヘッグのような圧力があったな」


 ゾルドの言葉にレジーナは同意した。

 人の身でありながら、下手な魔族よりも迫力がある。

 その事は認めざるを得ない。


(そうか、思い出した! 熱血宰相ビスマルクだ。……でも、そんなので教科書に載るのか? いや、あれは載るか)


 ゾルドはあまりのインパクトに頭が混乱してしまい、そんな事を考えてしまう。

 並みのマッチョを越えたマッチョな時点で実在の人物とは違うのだが、それに気づかないくらいの動揺ぶりだ。

 だが、ゲルハルトに聞いておかねばならない事がある。


「プローインでは、出世するほど体を鍛えないといけないのか? それとも、体を鍛えているから出世できるのか?」


 そんなはずがないのだが、ここは異世界だ。

 意味不明な習慣もあるのかもしれない。

 そう思うと、聞かずにいられなかった。

 

「まさか。ビスマルク閣――、ビスマルク殿は元々よく食べ、よく運動するらしく昔からああいう方だったそうだ。それを見たフリードリヒ二世陛下が真似をして、体を鍛え始めたらしい」

「あいつが元凶か」


 ゾルドはゲルハルトの体を、つま先から頭のてっぺんまで視線を移動させる。


(軍人より強そうだよなぁ……)


「何を言いたいのかよくわかるが、さすがに戦闘経験のないビスマルク殿には負けはしないぞ」

「本当に?」

「……あぁ」


 答えはしたが、ゲルハルトの視線は逸らされている。

 剣術などの技なら負けはしないが、あの筋力でまぐれ当たりの一撃をもらえば、ただでは済まない。

 しかも、ビスマルクは狩りが好きで、弓などまだるっこしいと言って素手でクマを殴り殺した事は、プローインでは有名な話だった。

 好き好んでビスマルクと戦おうとする者などいない。


「まぁ、俺も威圧されてたからお前の事をとやかく言うつもりはない。あれが政治という陰謀渦巻く世界で生きて来た男の纏う雰囲気か」

「あれは肉体の圧迫感じゃないの」


 良い事を言った気分になっているゾルドを、レジーナが真っ向から否定する。

 レジーナに何か言い返したいが、残念ながらゾルドには返す言葉が見つからなかった。



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 荷物を運び終わり、昼食も終わったところで、テレサ母子と使用人を除いた全員が音楽室に集合していた。

 軽くメンバーの商会が終わったところで、ゾルドが口を開いた。


「では、新しい仲間も入ったところで、第二回天神対策会議の開催を宣言する」


 ゾルドが拍手をすると、今回は全員が同じように拍手をした。

 ゲルハルトも、かつての仲間の前では合わせてくれるようだ。


「まずはゲルハルトが居なかった間にあった事から。ガリアの治安大臣であるジョゼフが味方になっており、有力な将軍のリストを渡されたので、金を渡して支援させている。ナポレオンという将軍だ」


 どうやらビスマルク以外のプローイン組はナポレオンを知っているようだ。

 名前を聞いた時点で、反応があった。


「一見、作戦とは言えないような無茶苦茶な行動も、後から考えれば敵軍を殲滅するために必要な行動だったと納得させられる、やり手の将校ですね」

「だが、補給を現地調達に頼り過ぎている。目の前の戦果を見過ぎて、背後がおろそかになりがちだな。そこを補う人材がいればかなり化けるぞ」

「無茶な作戦、無補給の進撃。イチかバチかで危険な作戦もしているが、彼の思い描く戦場を実現できる部下を揃えているのはかなりの強みだと思う」


 軍人組の評価は上々だ。

 名前を知っているというだけで選んだだけが、高評価を受けると選んだゾルドは鼻が高い。


「ジョゼフという者を橋渡しとして、ナポレオンが全軍を預かるような立場になれるよう支援するという事でよろしいですか?」


 仲間だけではなく、ビスマルクもいる。

 ついつい横柄な言葉になりそうなゲルハルトは、なんとか絞り出した丁寧な言葉で質問した。 


「そうだ。金もある程度置いていくから、俺達が居ない間はみんなで必要な支援をしてやってくれ」

「かしこまりました」


 ガリアは革命騒ぎで、いまだに混乱している。

 別に国民は王制が嫌で革命を起こしたわけではない。

 上手く統治できなかった国王への不満が高まって革命が起こったのだ。

 いつまでも混乱の続く状況を、望んでいる者などいない。

 ここで王制を復活するような事があっても、優れた統治者であれば歓迎されるはずだ。


 ゾルドは、その優れた統治者にナポレオンを選んでいた。

 元々皇帝になるくらいなら、任せても大丈夫だろうという大雑把な考えから来ている。

 金を渡して、ジョゼフと一緒に多数派工作をしてもらう。

 やがては、議会でナポレオンを皇帝にする法案を通させる。

 今はその下ごしらえの時期だ。

 ソシアに行っている間にも、支援はしておいてもらわないと困る。


 ゾルドはその辺りの事も説明した。

 一番怖いのは曲解だ。

 下手に深読みされて、予想もしない行動をさせるのが困る。

 自分が何を考えているのか、何を目指しているのかをしっかりと話した。


「では、次にソシアだ。ブリタニアのニーズヘッグに、ソシアから”魔神を迎え入れたい”という申し出があった。ニーズヘッグが言うには”魔物被害が大きいので魔神に抑えて欲しいようだ”だとさ。どこまで本気か一度接触しておきたい」


 ソシアは魔物を繁殖させないよう退治する拠点として活用されている。

 だが、それは祖先達が行った事。

 今現在ソシアに住んでいる者にとって、人類の最前線にいるという意識の高さなど関係ない。

 暮らしやすい生活を求めているはずだ。

 そのためならば、手を組む相手が天神か魔神かなど関係無いのだろう。


「それならば、ワシが行こう。ソシアの小童には一言言ってやりたいからな!」


 ビスマルクは何かソシアに含むところがあるようだ。

 ゾルドはその事に不安を覚える。

 個人的な事で交渉がご破算になっては困るからだ。


「ソシアと何があった? 内容次第では他の者に行ってもらう」


 せっかくの人材だから、活用しないともったいないとは思っている。

 だが、活用する場面は他にもあるはず。

 無理に今すぐに使う必要などないのだ。


 宰相なんてやっていたのだから、様々な関係もあったのだろう。

 それを考えると、ビスマルクは能力があろうが無かろうが扱い辛いのかもしれない。


「最近の事を思い出すだけでも不愉快だ」


 ビスマルクはソシアについて話し出した。

 もう国家機密も何も関係ない。

 プローインは滅んでしまったのだから。


 ビスマルクが言うには、ソシアとは同盟を結ぼうとしていたらしい。

 それはある程度本気だった。


 西のガリア、南のオストブルク、東のポール・ランド。

 プローインの周辺国家は敵対関係にあった。

 そこでビスマルクが考えたのは”遠交近攻”という基本戦略。


 西はヒスパン。

 南はミラノ。

 東はソシア。


 敵性国家を挟んで反対側にある国に同盟を持ち掛けた。

 プローインだけに集中されては持ちこたえられない。

 だから、プローインに目が行っている内に背後から襲ってもらうためだ。

 本当に同盟を組んでくれればよかったが、そういう素振りを見せる事だけでも効果があった。

 万が一の事を考えて、警戒をおろそかにはできないからだ。


 そんな中、ソシアは露骨にプローインを利用していた。

 大変な国内事情があるので仕方ない部分もあるのだろうとは思う。

 しかし、プローインから同盟の話が来ている事を利用し、ポール・ランドなどにも平和の対価を求めたりしていた。

 同盟を脅迫の材料にしていたのだ。


 だが、実際に軍を起こす事は一度も無かった。

 プローインに関係する事で軍を動かしたのは、プローイン討伐の時くらいだ。

 散々利用しておいて、両国の関係がそのような終わり方をしたのは最低の思い出だ。


 プローインはオストブルクに敗れ、ソシアと戦う前に降伏した。

 それでも……。

 天神に命じられたとしても、軍を動かした事がビスマルクには許せなかったのだ。


「国家間のやり取りに仁義は必要ない。だが、越えてはならない一線というものもある。奴等はそれを越えた!」


 ドン! と机を叩く。

 かなり頑丈そうな机なのに、軋む音が聞こえた。


「まぁ、落ち着け。それじゃ、あれだ。えーっと……。ほら、今度はソシアを利用するんだ。国家間の問題じゃない。魔神の肩書きを最大限利用して、自分達の都合に良いように振り回してやれ。面子なんて気にせず、手段を選ばないで好きにやれるんだからさ」


 ゾルド達はビスマルクの迫力に押されていた。

 ゲルハルト達、プローインの軍人組もだ。

 それが長年政治家として生きて来た男の迫力なのか、その肉体的な迫力のせいかはゾルドにはわからなかった。


「それは良い。今度は上手く言いくるめて、使い古した巻き藁のようにズタボロにしてくれるわ!」


 そう言って豪快に笑うビスマルクを見て、ゾルドは頼もしさと不安を同時に覚えた。

 頼りになりそうではあるが、ゲルハルト達軍人組よりも軍人らしい。

 元帥や将軍だとか言われた方が納得できる。

 交渉を任せても大丈夫なのか、どうしても不安になってしまうのだ。


「とりあえず、表向きは穏便にな。西のガリアと東のソシア。どちらも大国だ。味方に付けた国がベルリン辺りで握手する姿を想像してみろ。面白そうだろ?」


 だが、ゾルドの言葉にプローイン組の反応はイマイチだった。

 そんな中、アウグストが口を開く。


「天魔戦争が終わった時、プローインはどう扱われるのでしょうか?」


 自分達の栄達や仕事のやりがいなどを求めている。

 それだけではなく、彼等は祖国の扱いが気になっていた。

 大陸全土の統一国家を建国するのか、それとも大体は今の国家の枠を維持するのか。

 ゾルドにはどうでも良い事でも、彼等には重要な事だった。


「王族は殺されたと聞いているが、生きているのか?」

「嫡流の者は全員殺されましたが、傍流には生きている方がおられます」

「ふむ」


 ゾルドは頬杖を突き、軍人組を何度か見回した。


「別に王族の血を引いている者がいるからといって、そいつを国王にしなくてもいいだろう。初代国王だって、元々は国王じゃなかったんだからな。プローインをどうするかは、一番良い働きをした者に決めさせる。もちろん、他の者にも褒美は約束するし、プローイン以外の国を望んでも良い」

「かしこまりました。最善を尽くします」


 アウグストの言葉に、他の者もうなずいた。


 ゾルドは野心のある者に未来を拓いてやった。

 無理に国王を担ぐ必要などないと。

 望むのならば、自分が王にしてやるつもりだ。

 野心の無い忠義者も、国王を担ぎ上げるために頑張るだろう。


 今は何も確約できない。

 空手形でも、目の前にご褒美をぶら下げてやるだけだ。

 それくらいはしてやれる。


「俺達は鍛えるためにソシアに行く。その間に、ガリアの支援とソシアとの接触をやっておいて欲しい。イブを置いていくので、その伝手を使って、誰かがブリタニアにも接触をしておいてくれ。魔族はローマに攻め込む時の切り札として使うつもりだからな。何か質問は?」


 ゾルドが質問を求めた事で、今回初参加のプローイン組から口々に質問が飛ぶ。

 ゾルド達がソシアに滞在する期間から、屋敷を出て自宅を借りた場合の住宅手当まで幅広くだ。

 その質問一つ一つにちゃんと答えてやる。


 留守を任せるのはレジーナで、その補佐をゲルハルトがする。

 だが、権限を渡したからといっても、やはりゾルドが直接口にして約束したのとは意味合いが変わる。

 今の内に必要な情報と待遇に関する話をしておきたかったのだ。


「出発は三日後。それまでに提案や必要な物があったら言ってくれ。では、解散」


 ゾルドは第二回天神対策会議の終了を告げる。


 これからの旅を考えると、ゾルドは憂鬱な気分になった。

 今の快適な暮らしからは当分おさらばだ。

 泥に塗れ、魔物を追う日々が始まる。

 必要な事だとわかってはいるが、誰かに丸投げしたい気分だった。


(天神の奴が羨ましい)


 世界の大半が味方だ。

 ゾルドが天神だったら、きっと同じように動かない。

 子供を産ませて戦わせる。


 ハーピーとの子であるジャックですら、かなりの力量なのだ。

 厳選したエルフとの子だったりしたら、どれだけ強力な魔法を使うのだろうか。

 快適な暮らしをしていると気にしないが、いざ旅に出るとなると、どうしてもそんな事を考えてしまう。

 

 ゾルドはチラリとレジーナの方を見る。

 レジーナはその視線に気づき、ゾルドに笑顔を返した。


(ハーレムの女達も笑顔を向けてくれていたが、媚びるための笑顔だ。こういう笑顔を手に入れられただけでも、まだマシだったかな)


 今までの事が無ければ、レジーナやホスエと出会う事も無かった。

 苦労をしても、得る物はあるのだ。

 きっと、今回のソシア行きも得る物があるはずだ

 ゾルドは前向きに考えると、レジーナに軽くキスをした。


「荷物の最終チェックをして来る」


 そう言い残して、ゾルドは立ち上がった。

 先の事を考えるのも良いが、今やれる事をやらねば後悔するとわかっている。

 二手先、三手先を考えて、一手目で躓くわけにはいかないのだから。

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