第100話 現状の把握
「その発想は無かったですね」
「えぇ。やはり実際に使う者に聞いた方が良いですから」
ゾルドは、王宮に何度目かのご機嫌伺いに来ていた。
アルベールと話している内容は、プローインの軍人を雇う事に関してだ。
軍は武器、防具、食料といった物資の大量消費者。
ガリアやオストブルクの軍に物資を売るために、プローインの元軍人を集めて売り込む商品を考えていると話していた。
”元軍人をなぜ集めているのか”と聞かれた時の言い訳の伏線だ。
「しかし、プローインの元軍人というのは盲点でした。よく気付きましたね」
「知り合いが仕事を求めて来たのがきっかけです。オストブルクなどに仕えるのを良しとせず、軍を去っていった者。彼等を雇って新しい商売に役立てようと思いつきました」
アルベールだけではない。
同席していたマウリッツ将軍も関心している。
「経理担当者など事務仕事が得意な者以外は、コネがなければ実家の家業を継ぐか、冒険者として日雇いの仕事をするしかない。再就職の口を用意するのは素晴らしい事だ」
「ありがとうございます」
どうやら、彼らは良い印象で受け取ってくれたようだ。
商人としての色が強いアダムス・ヒルターの正体が魔神。
しかも、今後の戦争に備えているなどとは考えていないのだから当然かもしれない。
「ところで、連れていた少年が気になっているのですがどなたですか? 護衛にしてはまだ若いようですが」
アルベールはゾルドが王宮に連れて来ていたお付きが気になるようだ。
ゾルドは”ようやく話題に出してくれたか”とホッとした。
「あの子の名はラインハルト。先日孤児院から引き取ったばかりです。私の下で働くのならこういう場の経験を積んでいた方が良いと思い、従者として連れてきました」
「なるほど。……ですが、王宮に連れて来るのは可哀想でしょう」
アルベールの言葉には微かに笑いが含まれている。
”王族の前に元浮浪児を連れて来るなんて非常識な”といった嘲笑ではない。
”あなたも意地悪な人だ”という、からかいの声だ。
物事に動じない人材に育てるにしても、いきなり王城に連れて来るのは酷い。
普通の人間であれば、トラウマになってもおかしくないレベルだ。
「おっしゃる通りです。私も最初はそう思ったのですが、本人の強い希望があったんですよ。戦争で実家が焼かれるまでは本屋の息子だったらしく、礼儀作法なんかの知識もあります。本を読んで勉強していたようですね。殿下の前に連れてこなければ大丈夫だろうと思いましたので、王城へ連れて参りました」
「そうですか。まずはご自身で孤児院の活用をされたのですね」
”孤児院の設立を提案した者が、率先して浮浪児を採用する”
これにより、ただ浮浪児を収容するだけの施設ではないと知らしめる。
養子が欲しい者などにも活用して欲しい。
そのために引き取った子供を連れ回している。
そのように、アルベールは勘違いをしていた。
神教庁関係者だという勘違いはまだ有効のようだ。
(まぁ、そんなはずがない)
ゾルドがラインハルトを連れて来たのは今後のためだ。
王宮にも協力者がいるようだが、まだまだ下っ端。
より高位にいる役人の弱みを握り、情報源とする。
そのためには、本人の顔を知っている方が何かと都合が良いだろうと思ったからだ。
アルベールも、まさか自分の足元をすくうためだとは考えもしないだろう。
「……実はアダムスさんのお知恵をお借りしたいんです」
アルベールは少し悩んでから口を開いた。
身分が判明して以来、ゾルドがアルベールと会う時にマウリッツはいなかった。
今回同席しているのは、アルベールの悩みのためだ。
アルベールはラインハルトの件で、ゾルドに相談しても良いだろうと思ったのだ。
「王太子になってから、色々と変わりました。そして、今。また変えさせられようとしている事があります」
アルベールは悲しそうな顔をしている。
立場が変われば、良くも悪くも様々な事が変わる。
そして、この件は変えられたくない事なのだろう。
マウリッツも難しい顔をして、腕を組みながら様子を見守っている。
それを見て、マウリッツでも口出しができない事なのかもしれないと、ゾルドは身構えてしまう
「婚約者のクラウディアの事なんです。お互い愛し合っています。けど、王太子に嫁入りするには家格が不足していると、一部の者から言われてまして……」
「クラウディアはワシの妻の姪だ。本人同士が愛し合っているのなら応援してやりたいのだが、ワシが口を出せば外戚として専横を振るうと糾弾される。なんとかならんか」
(なんだ、女関係か)
王太子になったから出費が増えた。
だから、ゾルドは金をせびってくるのかと思ったが違うようだ。
「あー……。第二王子の婚約者ならいいけれど、王太子の婚約者には不適格。もしくは、自分の娘や孫を婚約者に押したいから、因縁をつけているってところですかね」
「そういうことですね」
そんな事を相談されても、ゾルドは困るだけだ。
ゾルドは人生相談室のお兄さんではない。
ホスエもそうだったが、なぜ自分に聞いてくるのかがわからない。
”馬鹿じゃないのか?”とすら思った。
だが、アルベールがゾルドに意見を聞いてしまうのも仕方ない事だった。
マウリッツは利害に関わる立場なので、婚約者に関する発言をし辛い。
そして、アルベールには他に助言を聞ける相手が居ない。
数少ない昔からのアルベール派には、マウリッツよりも家格が高い者もいる。
アルベール派の中からも、今の婚約を破棄すべきではないかという意見が出てきている。
そんなアルベールが考えたのは、最近顔を見せ始めたアダムス・ヒルターというやり手の商人。
天神に秘密の任務を任されるほどの男だ。
何か良い考えを思い浮かばないか聞いてみたかった。
「既成事実を作り上げれば良いのではないですか」
ゾルトはチラリとマウリッツを見る。
”お前がセッティングしてやれ”という意味を込めていた。
しかし、マウリッツは首を振る。
「王族の婚前契約は厳しく禁止されておる。種を撒き散らしては、後々困る事になるしの」
その言葉で婚約者との夜を想像してしまったのだろう。
アルベールが顔を赤くしている。
(いい年して、しかも王子なのに経験無しか)
見た感じでは二十歳前後。
性欲を持て余している年齢だ。
可哀想には思うが、どうしようもない。
(……いや、そうでもないか)
ゾルドはゲルハルトが言っていたことを思い出す。
”人と繋がりを持つ事で人脈を作れる”
人脈作りに会っておいた方が良い相手と会う機会が作れて、アルベールにも恩を着せる事ができる。
ただ、それが有効かは聞いてみないとわからない。
「この前、顔を合わせる機会があったんですから、ダミアン司教と会ってみてはいかがでしょう」
「司教に? なぜだ」
「何かのパーティーを開いて、ゲストとして呼びましょう。そして婚約者を紹介する。その時に”お二人の仲を祝福する”とでも他の人の前で言ってもらえばいい。神の前で愛を誓う前に、司教に認めさせるんです」
だが、アルベールとマウリッツの表情は芳しくない。
この方法には穴があるとわかっているからだ。
「既成事実とするには少し弱い気もしますが、使えそうな気はします。でも、教会関係者は王家の問題に口出しをしないという建前がありますので……」
”お前が一番わかっているんじゃないか?”
そう言いたそうな視線をゾルドに向ける。
フィリップ王子の問題の時に、ゾルドも言っていた事だ。
「その点は問題ありません。だって、そちらから結婚しますと言うんですから。教会関係者が今の婚約者と結婚しろと言うわけではありません。ただ、婚約者を紹介されて”おめでとうございます。お二人の末長い幸せをお祈りいたします”と言うだけです」
「ダミアン司教からすれば、ただお祝いの言葉を言っただけ。それをこちらでは”司教に認められた”と既成事実の根拠にしてしまうわけですね」
”ダミアン司教に一度認められた以上、この婚約を破棄するのはよろしくない”
今の婚約を押し通すには理由が必要だ。
理由としては少し弱いと言ったが、無いよりはずっといい。
アルベールはゾルドの案に光明を見出した。
「しかし、その案を使うには司教に話を通しておかねばならぬな。いきなり利用しては相手も不愉快だろう」
「それに関しては、私が話しておきましょう。前もって殿下や閣下が接触しては結託していると怪しまれますから」
「アダムス殿にはなんとお礼を言えば良いか……。本当にありがとうございます」
「いえいえ、こちらもお役に立てて光栄です」
ゾルドは心にもない事を言う。
どうせダミアンとも、近い内に接触するつもりだったから都合がいい。
こうした接触は全て自分のためだ。
いつか自分のためになると思っているから、我慢して人のために行動もできる。
(ロビイストとかよくやるよな。マジで面倒臭ぇ)
ゾルドは契約を取るまではターゲットの家に足繁く通うが、契約を取ってしまえば後はほったらかしだった。
契約を取った後、こんな風に接触し続けるなんて初めてだ。
まだ利用価値が残っているから良いが、女関係の相談なんてされるとは思わなかった。
もちろん、相談される程度には信頼されていると思えば、そこまで悪い気もしない。
それから、軽くダミアンの話をした後で解散した。
元々軽い世間話だけの予定だったのに、アルベールのせいでよけいな手間が増えてしまった。
だが、これは望むところだ。
アルベールにダミアンとの話を報告をするという事で、また会う理由ができた。
ゾルドは”アダムス・ヒルター”という名前だけで王太子に会う事ができる。
だが、それを利用し続ければ相手に負担を感じさせてしまう。
正当な理由を得る事ができれば、楽に接触を続けられる。
恩を売れて、会う理由ができる。
まさに良いこと尽くめだ。
ゾルドが面倒だと思うだけで、結果自体はそれなりに良い物を得られた。
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「始めての城はどうだった?」
屋敷の自室に戻ったゾルドは、ラインハルトに城の話を振る。
「そうですね……。さすがに引き取られた翌日に王城への供にされた。その事に恨み言を言いたいですね」
約束の一ヵ月で引き取られる覚悟はできていた。
しかし、いくらなんでも王城に行くとなると別だ。
ラインハルトも年相応に緊張くらいする。
浮浪児上がりのラインハルトにとって、城は住む世界が違い過ぎる。
しかも国王の住む城だ。
喜ぶよりも”なんてところに連れていったんだ”と思う気持ちの方が強い。
「なんだ、ビビってたのか?」
「だって王城ですよ。心の準備もなく連れて行かれたら驚きます!」
ラインハルトの言葉に、ゾルドは苦笑いを浮かべる。
「お前の目の前には神がいるんだぞ。いまさら何をビビッてる」
ゾルドの正体を思い出し、ラインハルトはハッとした表情を見せた。
「そういえばそうでした。でも、もうちょっとこう……。神みたいな威厳というか、威光というか。そういったものを普段から見せてくれないと困るんです」
「……そんなに威厳が無いか?」
少し寂し気なゾルドに気付き、ラインハルトはフォローに回る。
「そうではなくてですね……。そうだ! 親しみやすいんです。気楽に声をかけられるから……、ね」
「やっぱり、威厳がないって事じゃねぇか!」
どこかの偉そうな社長や、やくざの組長に気楽に声をかける奴なんていない。
気楽に声をかけられるというのは、人の好さそうな人物か人に舐められる人物だ。
ゾルドは人の良い人物ではないので、きっと後者だと思ってしまった。
「あー、やめやめ。話を戻すぞ。城はどうだった?」
この話を続ければ、自分が精神的ダメージを受ける。
その事がわかっているので、話を逸らした。
ラインハルトもゾルドが話を逸らしたがっている事がわかっているので、それに乗ってやる。
十二歳の子供に気を使われるという事実。
それはそれで、ゾルドは精神的ダメージを受けた。
「直接話したわけではありませんけど、人が話しているのを盗み聞きしているだけでも大丈夫だと思いました。良い服を着て、育ちの良さそうな雰囲気があっても中身は人間です。今の状態でも貴族達を情報網に引き込むことはできそうでした」
人である以上は、何かしらの弱みがある。
貴族、官僚、兵士。
立場に関係なく、付け込める隙があったと、ラインハルトは感じていた。
「そうか、なら良かった」
ゾルドは机から一通の手紙を取り出す。
ジョゼフからの手紙だ。
彼はちゃんと見込みのある人物の名前と、簡単な人物評を書いて送ってくれていた。
「この手紙を送って来たジョゼフという男は、ガリアで情報屋をやっていた男だ。テオドールと一緒に返事を持って、パリまで行ってくれ。きっと、ジョゼフとの話はお前にとってプラスになる」
「わかりました。……孤児院の件、ありがとうございました。頑張ります」
「それくらい気にするな。お前の働きには期待している」
これで話は終わりだと、手振りで示す。
ラインハルトは一礼をして部屋を出て行った。
おそらく、食堂で一服でもするのだろう。
誰も居なくなった部屋で、ゾルドは手紙に目を落とす。
(どうやったのか知らないが、ジョゼフが治安大臣だと? 大丈夫か、ガリアの政府は?)
粛清される直前から一転。
反対勢力を裏で結託させ、ロペスピエールを引きずり下ろした。
その功績で大臣になれたのだろうが、さすがに治安を任せるのはありえないと思っていた。
裏社会の情報屋が治安大臣など馬鹿げている。
(それにしても、やっぱりいたな。ナポレオン)
見込みのある人物の中にナポレオンの名が書かれていた。
”自分が上に立とうとする傾向あり”とも書いてあったので、上昇志向が強いのだろう。
だが、欲望が強いという事は、そこを刺激してやれば味方にも付けやすい。
難点はゲルハルトが居ないという事だ。
どう対応するか相談する事ができない。
仕方がないので、ゾルドなりの方法――金を送る――を使って、ジョゼフ経由で接触する予定だ。
他にも何名か書かれていたが、他に有名人がいるかわからなかった。
ゾルドは皇帝になったナポレオンくらいしか知らない。
それも、どうやってなったのかわからない。
パリの空港みたいな名前の奴もいたが、小・中学校の歴史の授業で聞いた覚えがなかったので大したことは無いだろうと見切った。
空港の名前になるくらいだから大物かもと思ったが、名前が地名に似ているだけかもしれない。
そんなイチかバチかで金を使いたくない。
(大成してくれよ)
ヒトラーのように、別の人生を歩んで役立たずになる可能性だってある。
ナポレオンのためには、多少の出費は覚悟している。
その出費に見合った働きはして欲しい。
ゾルドはいまだに”人の恨みが魔神の力になる”という可能性を捨てていなかった。
可能性がある以上は、戦争してくれそうな奴には国家指導者になってもらいたい。
そのために必要な援助は惜しまないつもりだ。
援助をすれば、いつか頼りになる仲間になってくれるかもしれない。
そういった事の詳しい話をしたいのだが、その相手がいない。
今までなら自分でなんとかしようとしていたが、一度相談役のゲルハルトという存在を知ると、自分の考えが浅く思えてしまう。
ゲルハルトが言っていた”参謀役を複数用意する”事の重要性を実感している。
(情報を集めてそれを活かす計画立案。修行に顔繋ぎ。忙し過ぎる。さっさと必要な人材を集めて帰ってこい)
ゲルハルトがプローインの人材を連れてくれば、前の二つは任せておけばいい。
しかし、人が集まって行動するという事は、マイペースでは動けなくなるという事だ。
やらねばならない事をマイペースでのんびりやれば、いつかはニーズヘッグのように愛想を尽かされる。
下からの突き上げに答えなければならない。
(ゲルハルトよりも穏便な奴が集まりますように。この際天神でも良い。なんとかしてくれ)
ゾルドは神に願う。
彼は無神論者だったが、この世界に来て考えが変わったようだ。
異世界に転移するなど、神の悪戯だとしか思えない。
そんな嫌がらせをする相手でも、今は祈らずにはいられなかった。
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