第99話 ゾルドの修行

 ゲルハルトがかつての仲間のもとへと出発した後。

 ゾルドは約束通り、ホスエに剣を教わる事にした。


「まずはゾルド兄さんがどの程度剣を扱えるか見せてもらうよ。力に頼るんじゃなくて、技だけを見せてね」


 木刀を構えるホスエにそう言われたが、ゾルドに技などない。

 剣道の真似をして中段に構えるが、その先が動けなかった。


「いいから。さぁ、来て」

「ハァッ!」


 大きく振りかぶって斬りかかる。

 だが、ホスエが片手で軽く受け流す。

 次は横に大きく振るが、それも軽く受け流された。


 ホスエに何度斬りかかっても、木刀がぶつかる音すらまともにしない。

 木刀の表面を擦る音がするだけだ。

 木刀を傷付けたりしないよう、上手く打ち込みの力を流している。

 二人にはそれだけの実力差があった。


「兄さん……」


 ホスエは言い辛そうにしている。

 しかし、それでは何も前に進まない。


「良い、わかってる。言いたいことがあるならハッキリ言ってくれ」


 ゾルドがそう言っても、ホスエは口を開くまでに少し逡巡していた。


「……型から始めようか」

「あぁ、よろしく頼む」


 テオドールとラウルの最初の頃は、今のゾルドよりはある程度形になっていた。

 スラムでの小競り合いで、自然と身に付けるのだ。

 そして、二人が成長した今も教えているからこそ、その差が際立つ。


(ド素人だ……。それも喧嘩慣れしてない感じの)


 ホスエは今までゾルドと立ち会った事はない。

 それでも、ある程度はやれると思っていた。

 魔神だからではない。

 ゾルドはある程度、裏社会に詳しそうだった。

 そんな人間なら、暴力沙汰に慣れていると思っていたからだ。

 まさか、ここまで戦えないとは思っていなかった。


 それでも、ホスエはゾルドに失望して見捨てたりはしない。


(戦い方を知らないなら、僕が教えればいい。なんでもゾルド兄さんがなんでもできたら、僕がいる意味が無くなっちゃうからね)


 むしろ、やる気を出していた。

 最近はラインハルトのように情報の専門家だったり、ゲルハルトのように相談役が仲間になっている。

 ゾルドの最終目標を達成するには、彼らの方が役に立つだろうとわかっている。

 だが、内心では”ゾルドの役にいつ立てるのか”と焦っていた。


 そんな時に自分の出番が訪れた。

 やる気が出ないはずがない。


「もしかして、おやっさん。剣が向いてないんじゃないか?」

「そういえば、初めて会った時も素手で殺してましたもんね」


 そこへ水を差す者達がいた。

 だが、彼らも悪気はない。

 素手であったり、他の武器に適正があるかもしれない。

 それならば、無理に剣を教える必要はないでのはないか?

 そう思っただけだ。


「いや、兄さんの持っている武器は剣だ。絶対に剣を覚えた方がいいよ」


 ホスエは素手での格闘術も覚えている。

 しかし、一番得意なのは剣術だ。

 できる事なら、一番得意な武器を教えたい。

 それに魔神セットとして付いてきた剣だって持っている。

 装備を有効に活用するなら、剣を覚えるのが一番だという事は間違っていない。

 ゾルドはホスエの言う事に同意する。


「ジョシュアの言う通りだ。まずは剣を覚えよう。丸太を振り回したりするのは、難しい技術なんていらないからな」

「丸太を振り回す!?」

「おやっさん……。頭脳派に見せかけておいて、やっぱりオーガみたいなもんじゃないですか」


 テオドール達のツッコミが入る。

 剣や槍で戦うのならば、騎士や兵士らしい。

 だが、棍棒や丸太を使って戦うなんて、まるで魔物だ。

 茶化さずにはいられなかった。


「うるせぇ! すぐにお前らに追い付いてやるからな」


 茶化されたゾルドの言葉に棘はない。

 こうして体を動かすのは久しぶりだ。

 まるで部活中のような気持ちになっていた。


「じゃあ、少しずつ。けど、ソシア行きに備えて急いでやっていこう」

「よろしく頼む」


 遠目で見ていた分には厳しそうだったが、いきなり命懸けの特訓をさせられるわけではなさそうだ。

 最初は基礎からという常識的な指導に、ゾルドは安心しきっていた。

 それは間違いだったと、遠征してから気付く事になる。



 ----------



「次は私の番ね」


 レジーナは最近ミランダと一緒にテレサから刺繍を学んでいる。

 ミランダ用の花壇を用意してやったりもしていたが、花壇の世話だけでは時間を潰しきれないのだ。

 ゾルドに魔法を教えるのは、良い暇つぶしにもなる。

 それに、ゾルドと過ごす時間を夜以外に持ちたいとも思っていた。


「魔力の練習はちゃんとしてたわよね?」


 魔法の練習は発動しているかどうかでわかる。

 だが、魔力の練習は目に見えるわけではない。

 体内でどう動かしているかは本人にしかわからないのだ。

 練習を怠けていても、他人が注意できない。

 全て本人の努力次第だ。


「もちろんだとも。見てみろ」


 ゾルドは紙を一枚取り出して手に持つと、まるでマジシャンが紙を燃やすように、瞬時に燃やし尽くして見せた。

 紙には種も仕掛けも無い。

 

「どうだ」

「魔法関係でこう言うのもなんだけれど……、ただの力技よね」


 さすがにレジーナには気付かれた。

 これは純粋に大量の魔力を流す事で燃やしただけだ。


 他人の魔力を流す事で肌がヤケドような熱を帯びるのなら、より多くの魔力を流す事で燃やす事もできるのではないか?

 そう思って、コッソリと実験していた事だ。

 魔法を使わずに、一瞬で紙が燃え上れば少しは驚くかもしれないと思って。

 しかし、本物の魔法がある世界では驚きもされなかった。


「ある程度使えるようになったと思ったけど、まだまだダメか」


 正直なところ、魔力の流れがなんとなくわかり始めたところだ。

 ちょっと自信を持ち始めたが、ダークエルフのレジーナ相手では赤子がハイハイし始めたくらいの印象だろう。

 見せる相手が悪かったと、少し後悔していた。


「いいえ、そうでもないわ。魔法を使わずに魔力だけで燃やすなんて、よっぽど強い魔力じゃないとダメだもの。それだけの魔力を動かせるようになったって事は、適性の無さなんて関係なく魔法を使えるようになってるかもしれないわ」

「本当か!」


 ゾルドには希望を持てる言葉だった。

 剣は身に付くまでに時間がかかりそうだ。

 それまで、まともに戦う事ができる手段として魔法を使えるのなら、早めに覚えておきたい。

 身体が丈夫だからといって、戦う手段も無しに魔物の前に放り出されたくはなかった。


「でも、適正無しで魔法を使うのは難しいわ。あなたの場合は、周囲に影響の少ない魔法で試してみないと怖いわね」


 そこでレジーナが考え込む。

 火や風の魔法は論外だ。

 ゾルドの魔力で暴発した場合、屋敷が燃えたり吹き飛ぶ危険性がある。

 それに魔法適正がないのならば、どの魔法から初めても同じ。

 使うのが難しいのには変わりがない。

 安全な魔法がないかと、思案にふける。


「そうだわ! 回復魔法をまず覚えたらどうかしら? 私は苦手で傷口を塞ぐくらいしかできないけれど、あなたの魔力なら失った血液も取り戻せるかも」


 今後の遠征に備えて必要な魔法。

 それを考えた時、回復魔法が思い浮かんだ。

 テオドールとラウルもそうだが、ホスエだって不覚を取る可能性がある。

 それならば、豊富な魔力を使って回復魔法の効力を高めれば良い。

 旅の安全性を考えれば、悪い選択ではない。

 家にも優しいチョイスだった。


「それで、魔法はどうやって使えばいいんだ?」

「例えば【ヒーリング】なら、怪我が治る場面を思い浮かべながら使うの。適性があれば、魔法を使おうとした時に必要な呪文や結果を上手く思い浮かぶのだけれど、適性のない魔法に関しては完全に自分次第よ」


 レジーナは刺繍に使っている針を取り出す。


「これで傷つけて、傷口が治る事を想像して【ヒーリング】って唱えて見て」


 そう言って、ゾルドの指に狙いを定める。


「えっ、あっ、痛ってぇな、おい! いきなり何しやがる」


 いきなりレジーナに指先を刺されてしまったゾルドは抗議の声を上げる。

 しかも、表面だけではなく、数ミリ中に入ってしまっていた。

 さすがに、これには文句の一つも言いたくなる。


「だって、指を刺されるなんて嫌がるでしょ? だから逃げる前にこうしてあげたのよ。私だってこれで練習したんだから我慢して」

「そうじゃねぇよ」


 ゾルドは刺された指先の血をペロリと舐めとると、傷口があった場所をレジーナに見せる。

 すでに傷口は塞がり、刺された場所がわからなくなっていた。


「俺には自然治癒能力がある。小さな傷じゃすぐに治るんだ。それに、痛みだって人並みに感じるんだぞ。俺だって必要だとわかっているなら逃げたりしない。だから、いきなり刺すのはやめてくれ」


 レジーナはゾルドの指先を見て納得したのだろう。

 ただ傷付けただけだと知り、落ち込んでしまった。


「ごめんなさい、あなた。……代わりに私の指を使って」


 自分の指に針を突き刺そうとするレジーナの手を、ゾルドが優しく止める。


「そういう事は別の奴にやらせよう。お前がやる必要はない。それよりも、明かりの魔法とかの生活に使える魔法の練習はどうだ? 明かりの魔法なら怪我もしないだろ? まずは魔法を使うという事に慣れていこう」


 ゾルドの言葉で、レジーナも気づいた。

 確かに魔法を使えない者が”魔法を使う”という行為自体に慣れていくのは間違いではない。


 レジーナはダークエルフで、風などの魔法に適性がある。

 適正があるから、魔力を魔法にして発動する事に不自由はしなかった。

 だから、回復魔法も適正が無くても、使えるようになるまで長くはかからなかった。

 魔力を使って魔法を使うという行為自体に慣れていたからだ。


「そうね、それも良い考えだと思うわ。ゲルハルトにはあまり良い印象を持たなかったけれど”小さな事から始めよう”というのは正しいと思うわ」


”回復魔法を覚えたい。なら、怪我を治す練習をしよう”


 そんな険しい道を通ってゴールに一直線で目指すやり方ではなく、少し回り道してでも確実にゴールへ進める道を選ぶ。

 その事自体は間違いではない。

 ただ、少しばかり時間が余分にかかるだけだ。


(今まで長い回り道をしていたようなもんだ。今更、少しくらい焦っても仕方ない)


 少なくとも、今は前に歩み始めた。

 歩みが緩やかになろうとも、歩み続ければいつかは目標にたどり着く。

 足を止めない事が大切なのだ。


「それじゃ、何かコツみたいなものがあれば教えてもらおうかな」

「いいわよ」


 それから、レジーナは根気よく指導に付き合ってくれた。

 魔法の発動は難しかったが、この日の内に【ライト】の魔法を発動させる事に成功した。

 成功と言っても、しばらくの間二人の視界が真っ白になるほどの光量だった事を除けばだが。



 ----------



 この日より、ゾルドの戦闘能力が向上していく事になる。

 ゾルドは、自分の能力急激に伸びているように感じていた。

 魔神という種族自体が、かなりのポテンシャルを秘めている。

 今まで何もしなかった分、できる事が増えていくのが嬉しくて有頂天になっていた。


 だが、調子に乗るのは悪い事ではなかった。

 今は本人のやる気に対して良い影響を与えている。

 その事がわかっているから、他の者もあえて指摘しない。

 努力と言うのは目に見える結果がなければ、持続させるのは難しい。


 ゾルド本人の人間性は最悪だ。

 だが、奇跡的に仲間に恵まれていた。

 そのお陰で頑張り続けることができる。

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