第58話 歓迎の宴 2

 歓迎の宴の前に、俊夫のお披露目をする。

 その事は聞いていたが、直前になると緊張してしまう。


(現実って思うと、あの化け物集団が怖く思えるな。ゲームなら部下が中ボスだらけだ! と喜べていたはずなのに)


 俊夫は玉座の裏、その幕の影から気付かれないように集まっている魔族達を見ていた。

 魔神はまだかと、多くの魔族が謁見の間に集まっている。


 この謁見の間は大きい。

 無駄に20メートルを超えるであろう高さ。

 左右や奥行きは目測では測りきれない。

 竜になったニーズヘッグでは高さが足りないだろうが、他の魔族には十分な広さのようだ。


 その中でも、前列にいる体が大きく、頭が3つのブルドッグにどうしても目が行ってしまう。

 他にも巨人や竜、アンデッドなど、遠めでもわかりやすい種族が目に付いた。

 彼らは近くにいる者と話をしているようで、ここまでざわついて聞こえる。


(ここにいる奴等だけでも、いきなり攻め込ませれば勝てそうだけどな。けど、千年前は負けてるんだから、無理はできないか)


 それなりに強いはずの自分が、彼らに恐怖を感じる。

 見た目の怖さもあるが、本能的に強さを感じ取っているのだ。

 それだけに、彼らを頼もしく感じてもいる。


 しかし、人間は弱そうだったが、魔族に勝利を収めたという歴史がある。

 対魔族用の魔道具などがあるのかもしれない。

 勝てると思い込んで戦争を仕掛けるのには、まだ早過ぎる。


(行動するには、時期を見極めないと……)


 俊夫は、自分で気付かぬうちに逃げ腰になっていた。


”時期を見極める”


 つまり、何もしないという事だ。


 魔族がどれだけいるのかわからないが、千年間は人間に支配されたりしていなかった。

 島を守る分には十分な戦力があるのだろう。


 だが、守る力があるからといって、攻める力があるとは思ってはいなかった。

 広大な大陸を支配するには、戦力を分散させねばならないのだ。

 そうなれば、きっと各個撃破されてしまう。

 そして数が減れば、島を守る戦力も無くなってしまう。

 心が落ち着くまでは、現状維持という守りの選択をするのも仕方ない事なのだ。


 俊夫が幕の影から覗いていると、背後からニーズヘッグが声をかけてきた。


「ゾルド様。私とレジーナが先に出ます。申し訳ございませんが、お呼びするまでこちらでお待ちください」

「呼ばれたら玉座に座ればいいんだな」

「その通りでございます。その後は各種族代表が挨拶していきますので、うなずいて頂ければ結構です。細かい事は全て私にお任せを」


 俊夫はまず、ニーズヘッグにうなずいた。

 ニーズヘッグは、それを見て幕の向こうへレジーナと共に向かう。

 すると、謁見の間にいた者達が一斉に静まった。


 幕の隙間から見ている限りでは、視線がレジーナに集まっている。

 ニーズヘッグはともかくとして、ダークエルフのレジーナがなぜいるのか不思議なのだろう。

 レジーナもどこか居心地が悪そうだ。


 玉座の左側にレジーナが立った。

 そして、玉座の右側にニーズヘッグが立ち、声高らかに開会の辞を述べる。


「皆の衆、長らく待たせた。だが、千年の時を耐え忍んだ事に比べれば些細な事だ。この度、魔神ゾルド様を発見した」


 一度王から驚きや喜びの声があがる。

 それをニーズヘッグは、静まるようにと手の仕草で抑えた。


「発見したのは、こちらにいるダークエルフのレジーナ。危険な任務を見事成し遂げた彼女に惜しみない称賛を!」


 その言葉に、会場は爆発する。


 手のある者は拍手を。

 ない者は雄叫びを。

 拍手も声も上げられない者は床を踏み鳴らして。


 皆がそれぞれのやり方で、惜しみない称賛をレジーナに送った。

 それだけ魔神を待ちわびていたのだ。

 ニーズヘッグは満足そうな顔を浮かべると、また手で静まるようにと合図した。


「ゾルド様は千年前の魔神、ガーデム様とは違う。しかし、確実に魔神であらせられるお方だ。魔神の部屋に入れる事も確認した。邪聖剣も持たれている」


 そこで一度言葉を切り、一同を見回す。

 皆が次に紡がれる言葉を待っている。


「雪辱の時は来た! 我らの救世主としてご降臨なされたゾルド様と共に、大陸への帰還を果たすのだ! さぁ、我らの王、我らの神。ゾルド様を盛大なる拍手で迎えようではないか!」


 先ほどのレジーナの時とは比べ物にならない拍手が響き渡った。

 雄叫びもより、気合の入った物が叫ばれている。


 これを”そろそろ、入ってこい”という合図として受け取り、俊夫は姿を現した。

 幕の裏側から見ていると気付かなかったが、玉座を中心に段差があり、3メートルほどの高さの上に玉座が置かれていた。

 おそらくは、遠くから見えるようにという配慮なのだろう。


 段差の上は十分な広さがあった。

 もしかすると、千年前の魔神が大きかったのかもしれない。

 千年前の魔神の椅子を退けて、俊夫サイズの玉座を設置しているようだ。


 俊夫が姿を現しても、歓喜の声は静まらなかった。


(良かった。俺が姿を見せて静まり返ったら、気まずくなって裏に帰るとこだったよ)


 俊夫はひとまず安心した。

 自分の姿を見て”人間じゃないか”と失望されたりはしていない。

 ここは雑多な姿が集まる魔族の国だ。

 少々見た目が頼りないくらいで反応を変えたりはしない。

 見た目と強さは比例するものではないと、皆が知っているからだ。


 俊夫は玉座の前に座ると、微笑みながら軽く手を振る。

 するとまた、皆が大騒ぎだ。


(なんであいつ、ヘッドバンキングしてるんだ? ライブ会場じゃねぇぞ)


 興奮絶頂。

 魔族は思い思いに歓喜の行動を取っていた。

 それだけ、魔神の降臨を待ちわびていたという事だ。

 頃合い良しと判断したニーズヘッグが止めるまでの間、その場にいた全ての者達が快哉を叫び続けていた。


 騒ぎが収まったのを確認すると、ニーズヘッグは段差の下へと降りて行った。

 そして玉座に向き直ると、片膝をつく。


「ゾルド様、改めましてご挨拶をさせて頂きます。魔神四天王筆頭、邪竜のニーズヘッグでございます」


 ニーズヘッグの名乗り終わると、その斜め後ろにカーミラが進み出る。

 そして人に化けているニーズヘッグ同様、片膝をついた。


「魔神四天王、ヴァンパイアのカーミラでございます」


 カーミラの次は、一匹の年老いた大きな犬が進み出る。

 先ほど俊夫が見ていた、ブルドッグの頭が3つ付いているケルベロスだ。


「魔神四天王が一人、ケルベロスのウィンストン。ここに」


 無駄に渋い声だが、おすわりの姿勢をしているので、どこか愛嬌さえ感じられる。

 そして、次に前に出て来た男に、思わず俊夫は顔をしかめてしまう。


「ハァハァ、魔神四天王。ハァハァ、インキュバスのマシスンでございます」


 見た目は背中に黒い翼を生やした、なかなかの美中年。

 しかし、何故か股間をおっ立て、荒い息遣いをしながら粘ついた目つきで俊夫を見ている。

 魔神四天王というからには、それなりに重要な人材なのかもしれない。

 だが、それ以上に”そばに近寄らせたくない”という生理的嫌悪感を撒き散らす人物でもあった。


 げんなりとしている俊夫であったが、さらにもう一人。

 ガッカリさせる者が前に出て来た。


「魔神四天王、サキュバスのエリザベスですー。ゾルド様、私の寝床にいつでもカモ~ン」


 出て来たのはサキュバス……?

 オカメ面に寸胴な体型。

 背中の黒い翼がギリギリサキュバスっぽいかなと思わせる。

 彼女はどこか間の抜けた声で、挨拶だけではなく誘惑までしてきた。


「我ら、五人揃って魔神四天王!」

「待て待て待て待て。五人いる時点で四天王じゃないだろ?」


 俊夫の当然の疑問。

 それにニーズヘッグは顔を歪ませる。


「気付いてしまわれましたか……」

「いや、気付くだろ」


 ニーズヘッグだけではなく、他の四天王の面々も顔に悔恨の色が表れる。


「申し訳ございません。騙そうだとか、誤魔化そうとしたわけではないのです。これには事情がございまして……」

「話してみろ」

「はっ」


 申し訳なさそうな顔をして、ニーズヘッグは語りだした。


「元々はインキュバスは入っておりませんでした。ですが、300年ほど前の事です。サキュバスが生んだインキュバスが非常に魔力に優れておりました。その時、四天王の座をサキュバスが継ぐか、優れたインキュバスが継ぐかで揉めたのです」


 ニーズヘッグは、マシスンとエリザベスの方を向く。


「私はガーデム様が決められた、四天王の種族を変えたくはありませんでした。しかし、サキュバスとインキュバスの間で争いに発展しそうになり、暫定的にインキュバスも四天王でいいのではないかと、勝手に決めてしまいました。全て私の責任です。処罰は全て私が受けますので、他の者には寛大な裁きを……」


 聞いて見れば、大した事ではない。

 だが、それは俊夫にすればだ。

 ニーズヘッグにしてみれば、争いを避けるためとはいえ、魔神が決めていない種族を四天王に加えてしまった。

 これは、今思えば万死に値する軽率な行動であったと後悔していた。

 魔神が再臨するなんて、誰も思いもしなかった。

 魔神がいない時代に生きている者としては、争いを防ぐために四天王を増やすのは仕方のない処置だったのだ。


「そうか。……しかし、四天王が五人というのは問題だな。この中で代表者として政治を取り仕切ってきたのはお前か?」

「左様でございます」

「ならば、ニーズヘッグ。お前を四天王から解任する」

「えっ」


 俊夫の言葉に驚いたのはニーズヘッグだけではない。

 他の四天王どころか、この場にいる全ての者がざわついた。

 この千年間、魔族をまとめ、守ってきたのはニーズヘッグなのだ。

 魔神とはいえ、いきなり彼の役職を解任するということに、疑問を抱くのは当然だった。

 それは次に放たれる俊夫の言葉によって、より大きなざわつきへと変わった。


「今までご苦労だった。お前を宰相として正式に任命する。魔神宰相なり、魔宰相なり、なにか言葉を付け足したいのならば、自由にしていい」


 今度は感嘆のどよめき。

 長年の働きを認められ、四天王からステップアップしたのだ。

 しかし、それに待ったをかけたのは、宰相の座を与えられたニーズヘッグ自身だ。


「お待ちください。宰相となれば、その裁量は大きくなり過ぎます。政策を打ち出した際、ゾルド様のお考えを気付かぬ内に妨げてしまうかもしれません。ゾルド様の補佐ならば、四天王のままでもできます」


 ニーズヘッグが恐れた事。

 それは俊夫の打ち出した政策と相反する行動を取ってしまわないかという事だ。


 今までならば、ニーズヘッグが考えた政策を実行するのは問題無かった。

 政策の全てを、ほぼ一人で決定していたからだ。

 だが、魔神が現れた以上は、魔神の意思を最優先するのが当然だと思っている。

”俊夫の政策を実行できる形に整える事に専念したい”と思っているのだ。


 できるだけ威厳のある声を意識して、俊夫はニーズヘッグを宰相に任命した理由を説明する。


「法を変えるにしても、俺はこの国にどのような法があるのかわからん。それに千年もの間、多くの種族の寄せ集めにも関わらず見事に統治されてきた。今後も統治はお前に任せる方が皆のためになろう」


 そこで俊夫は、ニーズヘッグの目をしっかりと見つめ返す。


「お前の忠義は受け取った。これからも頼んだぞ」

「ははーーーっ。宰相の任、謹んでお受けいたします。我が身命を賭けましても、見事成し遂げて見せましょう」


 涙を流して感動しているニーズヘッグに、俊夫は柔らかい笑みを浮かべた。


(よっしゃー! 政治の押し付け成功!)


 そう。

 実は一番面倒だと思われる、国家の統治を押し付けただけだった。

 仕事を任せるには、押し付けられたと思わせてはならない。

 自分から喜んで仕事をしたいと思わせなければいけないのだ。

 そうしないと能率が落ちるし、自分が恨まれる。


 俊夫は政治ができない。

 ニーズヘッグに自然な形で任せる事が出来たのは大収穫だ。

 厄介な仕事を上手く押し付けられたと、俊夫は満足していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る