第59話 歓迎の宴 3
魔神四天王の挨拶が終わると、ニーズヘッグはまた俊夫の横へ上ってきた。
この後も司会を続けるためだ。
その他の面子は、玉座の段差の下で左右に分かれていた。
四天王として、魔神の警護。
そして、魔神の近くに侍る事ができる、数少ない者としてのアピールをしている。
今までは名前だけの肩書だった。
彼らも俊夫が現れて嬉しいのだ。
「それでは、再開する!」
ニーズヘッグの宣言と共に、各種族の代表が呼ばれ、順番に挨拶をしていった。
この場には海に住む魔物は居ないが、それ以外はほぼ全て揃っている。
(面倒臭いな。イチイチ覚えてられねぇよ)
種族と名前を名乗られるが、数が多すぎて覚えていられない。
周囲には数えきれないほど多くの種族がいる。
絶え間なくに名乗られても、覚えるのは無理だ。
覚えるにはそれなりの日数と努力が必要だろうと思った。
先の事を考えると、俊夫はうんざりする。
やがて俊夫は、笑顔でうなずくだけの挨拶に飽きてくる。
適当に相づちを打つだけというのも、回数が多いと疲れるのだ。
そんな時、今まで黙って立っていたレジーナが呟いた。
「ケビン、メアリー……」
次に出て来たのはダークエルフの男女だった。
レジーナの目線は、その男の方に釘付けになっていた。
「ダークエルフの次期族長、ケビンでございます。こちらは妻のメアリーです。以後、お見知りおきを」
ケビンと名乗った男は、レジーナ同様に銀色の髪と褐色の肌をしている美男子だ。
こんな男と比べられたりしたら負け確定だろう。
もしも、この男がレジーナの婚約者だったら、コンプレックスを感じていただろう。
「そういえば、レジーナ。お前は婚約者がいるとか言っていなかったか?」
俊夫はレジーナに残酷な質問をする。
まさか目の前の男が、その婚約者だとは思いもしなかった。
「ケビン……。なんで、なんで……」
それ以上、言葉は出てこなかった。
レジーナは拳を握りしめ、大粒の涙を流すだけだった。
ケビンは気まずそうな顔をする。
「レジーナ、すまない。お前が出て行って10年、僕は本当の愛に気付いたんだ」
「そんな、なんでよりにもよってメアリーと……」
(おぉ、なんか昼ドラっぽい)
出張の最中に婚約者が結婚していた。
しかも、レジーナは俊夫の奴隷になっている。
ドロドロの人間関係だ。
一応は当事者なのだが、俊夫は傍観を決め込むことにした。
口を挟むよりは、見ている方が面白そうだったからだ。
「元々、お前との婚約は俺が次期族長になるために、前族長の娘を娶るようにと決められた事。だったら、メアリーと結婚しても問題無いと思ったんだ。メアリーはお前の妹だしな」
「嘘よ、そんなの……。嘘よ……」
レジーナは頭を抱え、首を左右に振る。
”ケビンの言っている事を信じたくない”
その思いが、体の行動に自然と出ていた。
しかし、それはギリギリのところで抑えられている。
ここが謁見の間でなければ、もっと激しく泣き叫び、暴れていただろう。
「お前が居ない間に決めた事はすまないと思っている。だが、メアリーは可愛いし、なによりも料理が上手いんだ」
(あー、それ大事だよな)
レジーナの作った料理を思い出して、俊夫は納得する。
恋人がたまに作る料理なら、愛で食べられるだろう。
だが、妻の作る料理として考えるなら別だ。
結婚後に毎日食べるのなら、まともな料理が食べたいと思うのは人として当然の事だ。
料理人を雇えるならば気にしなくても良いのだが、ダークエルフは魔族内で下位に属するらしい。
ならば人を雇うような余裕は無いのだろうと、俊夫は推測した。
それならば、料理の上手さは嫁選びに大きく影響する。
俊夫も納得の理由だった。
(それに可愛いのも確かだ)
レジーナは”国家公務員Ⅰ種に合格しました”とでもいうような、見た目だけはクールで仕事のできる女という雰囲気がある。
それに対しメアリーは、ややタレ目気味のパッチリとした目が特徴的で”こんな可愛い子が甘えて来てくれたら最高だろうな”という印象を感じさせる。
姉妹とはいえ、容姿から受ける印象はまったく違う。
性格がわからないので何とも言えないが、料理面も含めて考えるとメアリーに軍配が上がるのも仕方なく思えた。
「それに、お前はゾルド様の物になったんだろ」
「――ッッッ!?」
ケビンの言葉に、レジーナが一瞬泣き止む。
そして俊夫の方を見ると、また泣き始めた。
(……えっ、もしかして俺が悪いの? 責任取れとかそんな流れなのか?)
今まではゲーム内だと思っていたから、そんな事は考えもしなかった。
しかし、ここが異世界だとわかった以上は、少しくらいは考えてやる必要があるのではないかとも思う。
(自分でやっといてなんだけど、面倒臭ぇなぁ……)
こんな昼ドラに巻き込まれるは思わなかった。
しかし、ここに集まった全員が、俊夫がどう動くのか注視している。
下手な真似はできない。
女のヤリ捨ては、決して風聞の良い物ではない。
ここでの行動が、今後に影響を与えるかもしれないからだ。
俊夫がレジーナの方をチラリと見ると、泣いたままのレジーナと目が合ってしまった。
(あぁ、もう。どうにでもなれ)
俊夫はレジーナの手を取ると引っ張り、レジーナを膝の上へと座らせた。
ちょうど膝の上で横抱きになる形だ。
驚くレジーナを尻目に、俊夫はケビンを見据えた。
「ケビンといったな。大した奴だ」
「はっ?」
ケビンは返事をしたものの、疑問を抱いたような言葉だった。
褒められる理由がわからなかった。
頭を垂れて、言葉の続きを待つ。
「美しいレジーナを俺に譲り、自分はその程度の女で我慢する。良い心がけだな。ありがたく、レジーナは受け取っておこう。良い女は嫌いじゃない」
「なっ!?」
今度はケビンが驚く番だ。
確かにレジーナは美しいが、メアリーも十分に美しい。
その他の点も含めて総合的に考えれば、メアリーの方がずっと良い女だ。
にも関わらず”その程度の女”と言われるとは思わなかったのだ。
それも魔神である俊夫に。
いくら魔神に言われても、ケビン自身はメアリーの方が良い女だと思っている。
だが、他の者達は別だ。
魔神がレジーナの方が美しいといえば、他の者達もレジーナの方が良い女だと思うだろう。
それだけ、魔神の言う事は絶対なのだ。
俊夫が適当な事を言ったせいで、新たな美の基準が今生まれてしまった。
俊夫は”とりあえず、レジーナの方が美人だって言えば、泣き止んでくれるのではないか”程度の気持ちで言っただけだ。
美の基準なんて知ったものではない。
ただ、俊夫は薄情ではあるが、幾度か肌を重ねた相手を絶望の淵から蹴落とすほどではない。
”庇うような発言をすれば、少しは落ち着いてくれるかな”と思う程度には情があった。
”自分に余裕があるうちは”という限定的なものではあったが。
それに、レジーナは俊夫がそれなりに気に入っている女だ。
レジーナを下げるような発言を容認すれば、彼女を気に入っている自分まで馬鹿にされているようで、どこか気に入らないという気持ちもある。
自分のためにも、レジーナを擁護する必要があった。
しかし、俊夫の思惑とは違い、レジーナが泣き止む様子がない。
俊夫に抱き着き、胸元で声を殺して泣いているが、勢いはむしろ激しくなっているように思える。
そんなレジーナの背中を優しく撫でてやるくらいしか、今の俊夫に出来る事は無かった。
その様子を見ていた魔族の女達の目つきが変わる。
ほぼ全ての女がレジーナを羨ましそうな目で見ていたが、俊夫はそれに気付かなかった。
今のレジーナは、魔神の寵愛を一身に受けているように見られているという事を。
そして”自分もあのような立場になりたい”と競争心を煽っているという事を……。
(あー、もうどうすりゃいいんだよ。女のなだめ方なんて知らねぇよ)
俊夫の今までの女性関係は、エロゲーであったり、上司に連れて行ってもらった風俗で楽しむくらいだった。
女とは楽しむもので、苦労をするものではない。
それが俊夫の認識だ。
時間の制約が嫌で、女性と恋人という関係で付き合った事が無かった。
まさか異世界でこんな事になるとは、俊夫は予想すらしていなかった。
こんな事なら”命の心配のない世界で練習しておけばよかった”と後悔してしまう。
(まぁ、後は流れでどうとでもなるだろ)
結局、俊夫は問題を先送りにした。
いつもはそれで後悔することになるのだが、今回は仕方がなかった。
どう対応すれば良いのかわからないのだ。
困った俊夫は、とりあえず話を終わらせる事にした。
「ご苦労だった。下がって良いぞ」
「はっ」
全ての挨拶を終わらせれば、レジーナと離れる機会もできる。
そうすれば、どこかの部屋で休ませる事もできるだろう。
自分が積極的に慰めるのではなく、時間が経ったら落ち着いてくれないかなと思っていた。
原因は自分にあるのに、どこか他人事のように考えていた。
それからは各種族の退屈な挨拶は、まだマシだと思えた。
泣く女を慰めるなんて行為は、どうも俊夫の性には合わない。
早くこの状況を変えてくれと願うしかなかった。
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