第57話 歓迎の宴 1

「打ち合わせとはなんだ?」


 まずは俊夫が切り出した。

 部下に話しやすい状況と作ってやるのも、上位者としての役目だ。


「まずはそのダークエルフの扱いを聞かせて頂きたい」


 ニーズヘッグはレジーナを見て言った。

 魔族内カーストにおいて下位に属するダークエルフの女をどう扱うか。

 これを聞いておかねば、魔神の不興を買いかねない。


「レジーナの事か。……とある事情で奴隷として購入したのだが、レジーナのお陰でブリタニアの事を知る事ができた。それに、こいつの顔と体は気に入っている。とりあえずは俺の女としてそばに置いておいてくれ」


”顔と体は気に入っている”の部分で、レジーナは少し照れるような仕草を見せた。

 間接的に他の部分はイマイチだと言われている事に気付いていない。


「かしこまりました。それでは、謁見や食事会の際にそばに居させるようにします」

「あぁ、頼む」


 俊夫がレジーナをそばに置いておくのには理由がある。

 ニーズヘッグは”お気に入りの女をそばに置いておきたいのだろう”と考えたが、それは違う。


 ――怖いのだ。


 俊夫には魔族に関する知識がない。

 それに正直なところ、見知らぬ場所で一人になるのが怖かった。

 ここが異世界ならば、死んだりすればどうなるのかわからない。


”死んで終わりなのか”

”それとも蘇ったりできるのか”


 強者ばかりのこの場所で、誰かの逆鱗に触れて殺されるような真似はしたくなかった。

 俊夫は、すぐそばでサポートしてくれる相手を求めた。

 それがレジーナだというだけだ。


 ダークエルフを重用していると思われるかもしれないが、それでも初対面の相手を信用して、そいつの言う事を鵜呑みにするよりはマシだ。

 レジーナは首輪を付けている限り、俊夫を裏切れない。


 それに俊夫の知る限り、レジーナは腹芸ができない。

 裏切ろうとすれば、すぐにわかるはず。

 信用できるかどうかではなく、裏切るかどうかわかりやすいからそばに置くだけ。

 今はまだ、誰を信じて誰を遠ざけるかの判断ができない。

 消去法でレジーナが選ばれただけなのだ。


「レジーナ殿をドレッシングルームにお連れしろ」

「はっ、それではこちらへどうぞ」


 元々は竜だったのだろうか。

 人型ではあるが、鱗の生えた者がレジーナを連れて行く。


 今のレジーナは旅装のままだ。

 歓迎会とやらに出席するのにふさわしいように、ドレスにでも着替えさせるのだろう。


「ゾルド様はいかがなさいますか? 人間共の代表者と話をしたりもしますので、服装は各種揃えております。お好みの物も中にはあると思われますが」


 しかし、ニーズヘッグの申し出を俊夫は断った。


「いや、俺はこのままでいいだろう。魔神のローブに剣もある。下手に着飾るよりも、このまま皆の前に出るほうがわかってもらえるんじゃないか?」

「ふーむ」


 ニーズヘッグは悩む。

 そこで、他者の意見を聞く事にした


「カーミラ、お前はどう思う?」


 今、ニーズヘッグが意見を聞いたのは、ヴァンパイアのカーミラ。

 魔神四天王の一人だと、先ほど紹介されていた。

 夜会巻きにした金髪の美女。

 胸元が大きく開いたドレスを着ている。

 そこから青白くも艶めかしい肌が見えている。

 レジーナに比べれば少し胸元が寂しいが、チラリと視線が行ってしまう程度には魅力的な体をしていた。


「私はそのままで良いと思います。今のままの方が”綺麗に着飾るだけのお飾りではない”と、皆に知らしめることができるでしょう」

「そうか、ならばそうする方が良さそうだな」


 カーミラはニーズヘッグ同様に千年前から生きている。

 ニーズヘッグにとって、信頼して相談できる相手だった。


「そうだ、カーミラ。宴でゾルド様に出す肉を選んでおいてくれ。家畜に絞める前のがあっただろう」

「一番美味しそうなのを絶対に選ぶわ」


 カーミラは、俊夫に捧げる肉を選ぶという栄誉に震えた。


(牛とか豚を選ぶのか。……そういえば、そういうのはやった事ないな)


 普通の人間はスーパーでパックに入った肉を買うだけ。

 実際に見て、食べる家畜を選ぶなんてやった事のある者なんてまずいないだろう。。

 どうせここにいても、式典だなんだのつまらない打ち合わせだ。

 俊夫はそちらの方に興味を引かれた。


「俺も見に行っていいか。自分で食べる物の品定めとかやったことないんだ」


 その言葉に、カーミラは少し困ったような顔をする。


「ゾルド様が足を運ぶような場所ではございません。お召し物が汚れてしまいます」

「洗浄の魔法があるから大丈夫だ」

「かしこまりました。そういう事でしたらご案内させて頂きます」


 魔神が見てみたいというのだ

 その事についてわざわざ強く否定する必要はない。

 カーミラは、肉選びに俊夫を連れて行くことになった。



 ----------



(そうだよな、魔族だからこうなるよな……)


 俊夫が連れて来られた場所。

 そこには多くの人間や獣人が、個別に檻に入れられていた。

 彼らは魔族の食事となるため、大陸から購入された者達だ。

 人間の肉を好む者が一定数いるので、その者達のために用意されている。

 魔族が人間と交易しているのは、ブリタニア島では手に入らない物のため。

 人間もその一つなのだ。


「ゾルド様。お好みのタイプを教えていただければ、こちらでも探させて頂きます」


(性的にって意味じゃないよな……)


 泣いている者。

 泣き疲れて眠っている者。

 全てを受け入れて、心ここにあらずといった者。


 この場にいる人間は皆一様に、屠殺場に送られる前のような顔をしている。

 ここにいるのは食用の人間だということが、俊夫にもわかった。


「あー、そうだな。……俺は人間を食用にはしない」

「では夜の相手に?」

「いや、それは無い」


 カーミラの疑問に即答した。

 少なくとも、パッと見た感じでは好みの女はいない。

 それどころか、ただのブサイクばかりだ。

 性的にも、食用としても食べたいとはまったく思わなかった。


「助けてください。ここから出して!」

「子供だけでも見逃してください。お願いします」

「俺なんて食っても美味くねぇぞ!」


 俊夫が”食用にしない”と言ったのを聞いて、生きる事を諦めていた者達が希望を持った。

 誰だかは知らないが、偉そうにしている。

 なにか決定権を持つ者なら、このチャンスを逃す手はない。


”上位に属する者なら、助けるように命じてくれるかもしれない”


 そう思った者達が騒ぎだした。

 これが最後のチャンスだと思い、皆が必死だ。


「ゾルド様。いかがなさいますか?」


 カーミラは俊夫の出方を窺った。

 黙らせる事は簡単だ。

 しかし、勝手な行動を取って俊夫の機嫌を損ねるのはマズイ。

 カーミラは、そう考えたのだ。

 ようやく訪れた魔族の希望。

 嫌われるような事はしたくはなかった。


「俺は食わないが、他の者が好むのなら解放する必要はない。お前達の好きにしろ」

「待って、見捨てないで!」


 ここで見捨てられれば、もう後がない。

 必死になった奴隷の女が、ローブの裾を掴む。


「気安く触るな。奴隷になった負け犬風情がっ!」


 俊夫は救いを求める手を振り払った。

 これが美女であったりするならば、まだ別だっただろう。

 好みでもなく、金を持っているわけでもない。

 そんな女を無理に助けて、魔族の反感を買うわけにはいかないのだ。


 今まで普通に食べていたのに、正当な理由もなく食べる事を制限されれば不満が溜まる。

 魔族の忠誠と人間の命。

 天秤にかければ魔族の忠誠の方がずっと重かった。

 現にカーミラは笑顔を受けべている。

 俊夫の対応に満足しているのだ。


 俊夫とカーミラ。

 両者共に、相手に嫌われまいと気を使っていた。

 出会ったばかりなのだから、それも当然かもしれない。


「俺の食事は牛や豚、鳥。それに魚と野菜といった人間用の食事でいい」

「かしこまりました。手に入る最高級の物を用意させましょう」


 カーミラは両手でスカートの裾をつまみ、軽くスカートを持ち上げて礼をした。

 レジーナに比べて、動作の一つ一つに気品を感じる。


(こういう女も悪くないな)


 ずっとそばにいると息が詰まるだろうが、たまになら同じ時間を過ごすのも悪くなさそうだ。


(そうか、俺は魔神だもんな。女なんてとっかえひっかえだ)


 これから訪れるであろうバラ色の生活に夢を見る。

 地面を這うような生活は終わりを告げた。

 戦争の事も考えなくてはならないが、少しくらいは息抜きをしてもいいだろう。

 荒れ果てた生活では、心が枯れてしまう。

 俊夫は、生活に潤いが必要だと思った。


「それじゃ、レジーナを連れて会場の方に行くとするか」

「ゾルド様をお待たせするわけにはいきません。最後に来場してくださいますよう、お願い申し上げます」


 申し訳なさそうな顔をするカーミラの肩に、俊夫は優しく手を置いた。


「いいんだ。俺もみんなと会いたかったんだ。少しくらい待つのは苦にならん」

「ゾルド様……」


 カーミラは潤んだ瞳で俊夫を見つめる。


(美女がこういう視線を投げかけるのはズルいよな)


 自分の容姿をどう見られているのか。

 それを知っていて、武器にできる女は強い。


 少なくとも、俊夫には非常に有効だった。

 美女に潤んだ瞳で見つめられたら、どうしても頬が緩んでしまう。

 しかし、それもすぐに冷めてしまった。


(この視線は魔神に向けられたものだ。俺個人にじゃない)


 自分の力を示した後ならば、この視線を喜んで受け取れた。

 だが、魔神だというだけで最大限の好意を向けられても嬉しくない。


 ここがゲームの世界なら、そういうものだと素直に喜んでいた。

 しかし、異世界だと知ってしまった今では違う。

 魔神だからと無条件に受け入れるのではなく、佐藤俊夫という一人の人間の事を見て欲しいと思ってしまうのだ。

 それが受け入れられないとわかっていても。


 人の心という物は本当にままならないものだと、俊夫は自嘲気味に軽く笑った。

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