第48話 現物支給

「スヴェトザルめ、やったな!」

「奴に銃兵を与えて正解でしたな」


 カールがスヴェトザルに与えていた部隊は銃兵部隊だった。

 この世界において銃は人間に有効ではあるが、普及はしていない。

 なぜなら、人間以外を相手にするなら弓や大砲の方が有効だったからだ。


 この世界は人間よりも強い種族が多い。

 近づく危険を冒さず、それらの敵を倒せるように大砲は普及していた。

 しかし、個人が携行できるサイズの銃は役立たずとして、火縄銃から発展せず普及もしなかった。


 ゴブリンを倒すにも頭や心臓を打ち抜かなくてはならず、弾の装填に時間もかかる。

 強い魔物を相手にするのならば、威力が心許ない。

 それならば強い相手には大砲を、小さな相手には弓矢を使った方がずっと良い。

 銃の性能向上や生産に予算を使うのならば、大砲を作って火薬もそちらに回す。

 それがこの世界の常識であった。


 にも関わらず、オストブルクが銃兵を運用しているのは見栄だ。

 国家間の戦争ならば、銃を魔物ではなく人間や獣人を相手に使う事になる。

 使い方次第では有効活用できるという事もあるが、銃を大量に運用できるだけの余力があるという事を周辺諸国に誇示する意味合いが強い。


 スヴェトザルは運用の難しい銃兵を任され、見事使いこなしていた。


 銃兵の装備はレザーアーマーの動きやすい物で統一。

 機動力の高さを生かして、味方を攻撃している敵の側面から銃撃を加えるという戦法を好んで使っていた。

 人間相手なら十分な威力はあるし、側面から轟音が聞こえれば戦闘中の者も気を取られる。

 相手を倒し、音で振り向かせる事で味方の支援をするのだ。

 そして軽快さを生かして安全圏へ離脱し、弾を装填する。 


 戦況を見極め、敵軍の脇が甘い場所を探し、痛烈な一撃を加える。

 それができるスヴェトザルだからこそ、自由裁量権を与えられている。


 瞬間的な火力だけを考えるなら銃も決して悪くない。

 単独で中央突破なんていう、ふざけた真似をしている丸太男を止める事も出来るだろう。

 そう思い、スヴェトザルは俊夫の前に立ち塞がった。


 その判断は正解だった。

 無人の野の如く駆け回り、友軍を蹂躙していた男は一斉射撃を受けて倒れた。

 どんな男が暴れ回っていたのかは気になるところだが、今は他にやるべき事がある。


「次弾装填急げ。味方が再編成する時間を稼ぐぞ!」


 左翼も右翼も、自軍に攻撃を仕掛けているプローイン軍を迎撃するので精一杯だ。

 崩壊しつつある中央軍の獣人重装歩兵や剣兵達に時間を作ってやらねばならない。

 今それができるのは、スヴェトザルの銃兵部隊だけなのだから。



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「いてててて」


 俊夫は、鈍い頭痛で目を覚ました。

 時間としては数秒ほど意識が飛んでいただけだが、なぜ自分が倒れているのかがわからない。

 起き上がろうとした時に、手に何かが当たる。


(なんだこれ? パチンコ玉よりも大きいけど……)


 15mmほどの玉を手に取り、俊夫は立ちあがった。


「放てぇー」


 轟音と共に、俊夫は胴体に無数の衝撃を感じる。

 起き上がった俊夫に、再度銃撃が加えられたのだ。

 そこでようやく、銃に撃たれて倒れたのだと気付いた。


 頭部を打ち抜かれたとは気づいていないが、倒れていた以上は何かがあったのだろう。

 良い気分になっていたところに水を差されたのだ。

 俊夫は激昂した。


「ふざけやがって! そんな豆鉄砲で何ができるってんだ!」


 弱点を打ち抜けば、俊夫の気を失わせるくらいはできる。


 だが、打ち抜かれた覚えのない俊夫にしてみれば、ローブも貫通できない弾でしかない。

 節分の豆でも投げつけられているような感覚なのだ。


 俊夫は一気に接近し、兵士から銃を奪い取る。

 それは歴史の教科書で見た火縄銃にそっくりだった。


「へー、良いもん持ってんじゃねぇか。ほら、返してやるよ!」


 銃身を持つと、兵士の頭に銃床を叩きつける。

 文明の利器も、俊夫にとっては鈍器でしかなかった。

 兵士の頭蓋骨がヘコんだ代わりに、銃が折れ曲がる。


「なんだよ、一人殺しただけで使えなくなるのか」


 鈍器として作られた物ではないので当然だ。

 だが、代わりの物はいくらでもある。

 銃でも、人間でも。

 俊夫が近くの兵士を掴み、投げ始めると第一陣、第二陣と同じ事が起き始めた。


 ――混乱だ。


 俊夫から離れようと逃げ惑い、散り散りになっていった。

 その過程で、倒れた兵士が踏み殺されたりしている。

 一度こうなってしまっては、混乱を鎮める事は至難の業だ。

 鎮めるには俊夫を止めるしかない。


 それを実行する勇気のある者は居なかった。

 スヴェトザルを除いて。


「ここから先は行かせん! 私が相手だ」


 彼は剣を抜き、俊夫の前に立ち塞がる。

 これ以上は進ませられない。

 この先には本陣しかないのだから。


 悲壮な決意を胸に挑もうとするスヴェトザルを、俊夫は冷めた目で見ていた。


(馬鹿かこいつは。お前が行かせるか行かせないかを決めるんじゃない。俺なんだよ)


 手に持っていた兵士の腹を引き裂き、立ち塞がる男に放り投げる。

 臓物や血液が飛び散り、スヴェトザルの視界を覆いつくそうとした。

 とっさに左手で目を庇うが、その一瞬の隙で十分だった。


 俊夫は前蹴り――俗に言うヤクザキック――でスヴェトザルを蹴り飛ばす。

 スヴェトザルは強烈な一撃で内臓を破壊され、口から血を噴き出しながら転がっていった。


 俊夫は騎士の矜持だとか、決闘の作法だというものを持ち合わせていなかった。

 戦場にいる以上はどんな手段でも使うし、自分が生き残れば良いという考えだ。

 綺麗に戦おうが、死んでしまえば意味がない。


(こうやって必死に守ろうとするっていう事は、この先に総大将がいるって事だよな)


 少し離れた先にある多くの旗が立っている場所を見る。

 その内の1本が立派な旗だ。

 軍旗の知識などない俊夫でも、そこに偉い奴がいる事くらいはわかる。

 俊夫は、そこに向かって駆けだした。



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(なんでこうなってしまったんだ……)


 カールは目の前で起きた事を見ていたはずなのに、理解できなかった。

 スヴェトザルの部隊の一斉射撃、それで倒れたはずの丸太男が起き上がり、また蹂躙をし始めたのだ。

 それを止めようとしたスヴェトザルは、遠目から見てもわかるほどの量の血を噴きながら倒れた。

 食い止めると思っていたのに、被害がさらに拡大してしまった。


「閣下、もうダメです。お逃げください」

「逃げる? どこへ逃げろというのだ」


 丸太男がこちらへ向かっている。

 その丸太男が開けた穴を、プローインの歩兵が押し広げ、その広がった穴から竜騎兵が本陣に向かって突撃してきている。


 プローインの竜騎兵は、2足歩行の地竜を使う。

 地竜は噛みつきや前足のひっかきだけではなく、突進されるだけでも強い。

 それでいて馬よりも早く、軽快な機動性は追撃戦にもうってつけだ。

 今から逃げ出しても、すぐに補足されてしまうだろう。

 逃げ出す時期は逸していた。


 全て丸太男のせいだ。

 あの男がいなければ、まだ戦えていたのだ。

 オーガやトロールといった魔物を集めた、プローインの巨人連隊が投入される前に、まさか負けてしまうとは思いもしなかった。


 そして、その丸太男が本陣の目前にまで迫っていた。



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「どけーーー」


 俊夫は、本陣周辺の兵士を掻き分けながら大将首を探して突き進む。

 掻き分けると言っても、その腕で弾き飛ばされた兵士達は良くて腕、悪くて首の骨折というありさまだった。

 それでも、正面から俊夫を防ごうとする者は途切れなかった。


(雑魚ですら必死になるって事は、よっぽど大物みたいだな)


 必死に守れば守るほど、そこに大事な物があると教えているようなものだ。

 そして兵士の壁を突破した先に、オストブルクの兵士達が守っていたであろう物を見つけた。


 それは一目でわかった。

 今まで見てきた指揮官よりも、煌びやかな鎧を着た一団がいたのだ。

 そして、その中に誰よりも立派な装備一式を着ている者を見つけた。

 彼がきっと総大将なのだろうと、俊夫は狙いを定める。


 俊夫が襲い掛かろうとした時、カールは俊夫を制止した。


「やめよ。この期に及んで歯向かおうとはせん。負けを認めるゆえ、これ以上の無益な殺生は止めて欲しい」

「えぇ……」


”さぁ、大将首だ”と飛び掛かる前に降伏されてしまった。

 あっさりと負けを認められてしまっては、殺す事も出来ない。


 大人しく捕虜になるという事は、解放されるために身代金を支払うという事だ。

 殺しの楽しみよりも現金の方が重い。

 俊夫の動きを止めるには、非常に友好的な言葉であった。


「わかった、わかった。兵士を降伏させる逃がすなり好きにしろよ」

「良いのか?」

「どうせ雑魚は金にならんだろ。楽しめるだけ楽しんだし、後は好きにしろよ」

「恩に着る」


 カールは部下に命じて、撤退を全軍に命じた。

 撤退できれば良し、撤退できずに捕虜になるのも良し。

 何も命じず、その場にとどまって戦って死なれるよりは、撤退して再起を期すために兵を助けたかったのだ。


 俊夫は、それを見逃した。

 一度冷めた熱を取り戻すのは難しい。

 それに勝利に導いた事で、自分の仕事は十分に果たした。

 後は手柄を立てられなかった奴等に任せればいい。


「とりあえず、ここらへんにいる奴は俺の捕虜って事で大人しくしとけよ」


 敵の司令部要員をまとめて捕らえた。

 こんな手柄はそうそうないだろう。


(ポール・ランドでの事は忘れてねぇからな。フリードにどれだけ吹っかけてやろうか)


 意気消沈したオストブルク軍司令部の面々に対し、皮算用をしている俊夫の顔は明るかった。



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「困ったな……、そんな金は無いぞ」

「マジかよ」


 フリードは、俊夫に今のプローインの内情をぶっちゃけた。


「昨年の敗戦以来、軍の立て直しを急いだからだ。軍の訓練には金がかかるんだ。しかも、それを短期間でやるには通常の予算よりも多く使ってしまう。それに今回は防衛戦だから、占領した街から徴収する事もできん。自分の国の街から略奪する奴なんていないからな」

「それじゃ、貰えるとしたらどの程度になるんだ?」

「他の者達への褒賞金を考えると……、5億エーロってところだ」


 その金額に俊夫は不満を隠せない。


「それじゃ、将軍5人分じゃないか。さすがにそれじゃ物足りないな」


 俊夫の不満がわからないでもないが、出せない物は出せない。

 予算には限りがあるのだ。


「なら、捕虜の身代金に高値が付く事を祈るんだな。オストブルク皇帝フランツ1世の弟であるカールを捕虜にしたんだ」

「あぁ、あいつか」


 俊夫が捕虜にした司令官は王族だった。

 それも皇后マリアの妹と結婚しているという、非常に深い関係だ。

 高値は付くだろうが、あくまでも高値。

 どうせなら、思いっきり吹っかけたかった。


(なにか、ガッツリ稼げるような方法ないかな……)


 こうして話している間も、フリードは戦後処理でせわしなく決裁をしている。


(フリードも、こう見えてちゃんと国王してるんだな……。そうか、こんな見た目でも国王なんだよな)


「なぁ、フリード。オストブルクとは一時的には和平を結んでも、まだまだ戦うつもりか?」

「戦うつもりだ。オストブルクも簡単には諦めんだろうしな。それがどうした?」

「それじゃあさ――」


 俊夫は自分の考えをフリードに耳打ちする。

 すると、フリードは驚きを隠す事ができずに表情に出てしまった。


「お前、本気か?」

「成功報酬で良い。分捕った金の2割でどうだ」

「良いのか? オストブルクに恨まれるぞ」

「大丈夫だ。この後はブリタニアに行くつもりだからな」

「観光で行くには危険だぞ。いや、お前なら大丈夫か……。わかった、やってくれ」


 フリードは一度深呼吸すると、俊夫の提案の受け入れた。


「成功させるためにいくつか聞いておきたい」

「もちろんだ。こんな面白そうな事に役立つなら、なんでも聞いてくれ」


 決裁の手が止まり、フリードは俊夫と話をする。

 フリードは、オストブルクのマリアとそりが合わなかった。

 その女をハメる話に、ついつい身を乗り出してしまうくらいだ。


 ゲームの世界と思っているとはいえ、現実の世界ではできなかった大規模な詐欺を実行するのだ。

 俊夫としても、やや興奮気味になっていた。


「わかった。お前は傭兵で、その働きとしてカール・フォン・ロートリンゲンの身柄を褒美として与える。契約は果たし、報酬も支払った。これで俺達には何の関係もない。と、建前の上ではそうなるんだな」

「あぁ、それでいい。では、カールは貰っていく。失敗しても恨みっこ無しだぞ」


 プローインの国庫に余裕がないなら、余裕のありそうなオストブルクから金を貰えば良い。

 カールという、プローインにとっても非常に重要な人物の身柄を引き取り、俊夫はウィーンへと向かう。


 駄目で元々だとは思っている。

 しかし、今まで業務でやった事のない体験に、胸を躍らせていた。

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