第47話 慢心
(なんだよ、フリード。人が悪いじゃないか。勝つならそう言ってくれよな)
戦う前から”自分が勝つ”と言える人間はいない。
それに、勝手に負けると思い込んでいたのは俊夫だったのだ。
にも関わらず、心の中で文句を言ってしまう。
負けるかもしれないと、心配していたのが嘘のようだ。
テンションが上がってしまい、ついつい他の兵士達よりも前へ前へと進んでしまう。
俊夫は力だけではなく、足の速さも強化されている。
すぐに先頭を進むゲルハルトを追い越した。
「おい、隊列に戻れ。指揮官より前に出るな」
「いいじゃないか。俺は最前列なんだろ。だったら、誰よりも前に出ないとな」
そう言い残して、俊夫は走る速度を上げていく。
「一人で行くと死ぬぞ! クソッ、だから傭兵一人とはいえ混じるのは嫌だったんだ」
俊夫は軍として、集団行動の重要性など理解していない。
ゲルハルトの制止する声を無視して、俊夫はドンドン一人で進んでいく。
そしてついに大隊だけではなく、部隊全体の先頭を突っ走るようになった。
目立つ丸太を持ったままで。
「舐めやがって! あの黒い奴を狙え。丸太を持った奴なんぞに、一騎駆けなんてさせてたまるか!」
大砲に弓。
オストブルク軍は俊夫に届きそうな位置にいる部隊が攻撃を加える。
しかし、その攻撃のほとんどが俊夫の後方に着弾する。
今の俊夫は馬が駆ける程度の速度が出ている。
高速で動く物体に、遠距離射撃を当てるのは至難の業。
偏差射撃は、よく訓練された者でも難しいのだ。
それでも集中砲火を加えれば、中には命中する弾もある。
一発の砲弾が俊夫の腹に直撃した。
「ザマァ見ろ!」
オストブルク軍から歓声が上がる。
丸太を持って走るなんていう頭のおかしい真似を、戦場でいつまでも許すほどオストブルク軍は甘くない。
だが、それはも一瞬の事だった。
鉄の塊が腹に直撃し、一瞬よろめいたかと思いきや、また走り出した。
先ほどよりも、力強い足取りにすら思える。
そして、丸太を持った男はオストブルク軍の精鋭部隊である、獣人重装歩兵隊の前まで来ていた。
獣人は人間よりも力が強い。
だから、この世界の兵士の中では装甲が分厚く、ちょっとした魔法の直撃すら耐えうる高い耐久力を持っていた。
オストブルクがエーロピアン一の大国になれたのも、獣人が半数以上の国マシャールを傘下に加える事ができたからだ。
彼らは鎧だけではなく、分厚い盾を持っていた。
盾を並べ、槍を突き出して丸太を持った狂人を待ち構えていた。
その獣人重装歩兵隊に、俊夫の怒りがぶつけられる。
「痛ぇんだよ、このボケ!」
獣人重装歩兵隊の持つ槍の長さは5メートルほど。
それに対して、俊夫の持つ丸太は10メートルほどの長さだった。
俊夫は相手の槍が届くギリギリまで接近し、全力で横に振り切った。
――そう、振り切った。
範囲内にいる重装歩兵は潰れ、吹き飛び、歩兵だった物の残骸を周囲に飛び散らせる。
兜、鎧、槍、盾、そして肉片や骨。
そういった物が周囲に二次被害を与えた。
高速で飛来する破片は、下手な攻撃よりも脅威的だった。
破片の質量が矢じりなどよりも重かったのが、その原因だ。
重く、速い飛来物は鎧を貫き、人体に激しい損傷を与える。
俊夫から正面120度ほどの範囲内で、丸太よりも遠い位置にいた兵士達が苦しみ、うめいていた。
まるで散弾銃でも喰らったかのように無数の穴が開き、重装甲の歩兵だとは思えないありさまだった。
もちろん、丸太の範囲内の兵士で生きている者はいない。
鎧の下は生身の体だ。
五体満足に見える者も、鎧の中は衝撃でぐちゃぐちゃになっていた。
(うひょー、爽快だな)
まるで戦場で無双するゲームのような爽快感。
しかも、超リアルな感触。
たった一撃で、俊夫は戦場の虜になってしまった。
アラン達、神教騎士団の食い荒らされた死体を見て、嘔吐していた青年の姿はそこには無かった。
今、ここにいるのは獲物を狩る快感を覚えた獣だけだ。
「おっしゃー、まだまだ!」
俊夫はさらに敵陣に踏み込み、丸太を振り回していく。
後方の味方が突撃しやすいように、まずは敵の最前列から叩き潰していった。
戦争ゲームをしていた時のクセが、自然と勝利に導くために体を動かしていた。
一方、オストブルク軍は俊夫のいる場所を中心に、少しずつ陣が乱れ始めた。
それもそのはず、密集隊形を取っていれば一振りで死ぬ兵士の数も増える。
指揮官の命令が無いのに、自然とバラけてしまった。
誰しも命は惜しいのだ。
そして、それだけではない。
俊夫は命だけではなく、オストブルク最強の獣人重装歩兵としての誇りまで奪い取っていたのだ。
「今だ、突撃ーーー」
オストブルク軍の陣形が乱れたところに、タイミング良くプローイン軍が到着した。
密集隊形を取っていれば、軽い砲弾くらいは弾く鉄の壁となる獣人重装歩兵も、陣形が乱れたところに襲い掛かられたらどうしようもない。
プローイン軍に対応しようと密集すれば丸太が襲い、散開すればプローイン軍が襲い掛かる。
オルトブルク軍、第一陣は混乱の極みにあった。
これも全て俊夫が原因だ。
丸太を振り回すだけなら、まだ距離を取るなどの手段が使えた。
だが、速い。
重装歩兵はその装備の重さから、移動速度が遅い。
丸太を抱えながら、騎兵よりも速く走る俊夫は非常に厄介だった。
兵の集まっているところを見つけては、丸太を振り回す。
たったそれだけで多くの兵が死んでいく。
砲弾の直撃を受けてもよろめいただけ。
しかも、オストブルク軍内部に入り込んでいるので、魔法による攻撃は同士討ちになってしまう。
オストブルク軍の前線部隊は、たった一人のために部隊としての機能が崩壊させられてしまった。
「ゾルド、次へ向かえ!」
重装歩兵の顎の隙間から剣を突き刺しているゲルハルトから指示が飛ぶ。
彼は第一陣は突破したものと判断、第二陣の突破を俊夫に命じる。
「おう!」
行き掛けの駄賃とばかりに、10人ほどの集団を丸太で吹き飛ばしながら次の陣へと進んでいった。
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オストブルク軍司令官、カール・フォン・ロートリンゲン。
彼は悩んでいた。
左翼から奏でられた戦場音楽を、小競り合い程度だと思い込み、迎え撃つ準備が遅れていた。
それでも、なんとか迎撃態勢を整えたところ、あの丸太を振り回す男が台無しにしてしまったのだ。
「閣下、あの男は異常です。それに左翼を打ち破ったプローイン軍が側背に回り込もうしております。撤退を進言致します」
参謀として、撤退を進言するのは非常に情けない事だ。
自分達が勝てる作戦を提案できなかったという事を意味するからだ。
それでも、彼は進言した。
今は負けようとも、次に勝つためには被害を最小限に抑えねばならない。
オストブルクの勝利のために、自分は不名誉を被る覚悟があった。
「まだだ、まだ早い。各部隊が奮戦している中、本陣が真っ先に逃げ出すような真似はできない。それにあれを見よ」
カールが指差す場所。
中央部隊の第二陣と本陣との間に、とある部隊が第三陣として展開し始めた。
崩壊しつつある第二陣を突破してくるであろう敵を迎え撃つためだ。
「スヴェトザルがすでに対応している。あやつの部隊ならば、あの丸太男を食い止められるであろう。我らは左翼部隊を回収し、敵軍に一撃を加える。撤退を考えるのはそれからだ」
「はっ」
たった一人で中央を突破して来る男。
だが、奴の前にはカールが信頼する男が立ち塞がる。
スヴェトザルは、敗北を勝利に逆転させるような働きをする指揮官ではない。
辛勝を勝利に、敗北を惜敗へと変えるという指揮官で、非常に粘り強い戦い方をする。
よく戦況を見極め、戦いの大詰めでミスをしない堅実な指揮ぶりが評価されているのだ。
戦場に英雄願望を持つ指揮官は必要ない。
勝つために必要な行動を取れる者こそ必要だ。
カールはそう考えている。
彼を信頼しているからこそ、カールはスヴェトザルに必要なだけ動けるように自由裁量権を与えていた。
スヴェトザルの部隊が俊夫に立ち塞がる。
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「ちっ、丸太が折れたか」
丸太はかなりの太さがあったが、さすがに重装甲の歩兵を殴り続けたせいで脆くなっていたようだ。
第二陣の歩兵は軽装の剣兵だったが、振り回していたら敵軍の真っただ中で丸太が折れてしまった。
折れて飛んだ丸太に当たった兵士は不幸だ。
しかし、それ以外の兵士にとっては幸運だった。
「今だ、かかれ!」
俊夫に全方位から幾本もの剣が突き立てられる。
――はずだった。
剣は体に刺さる事なく、全てローブの表面で止まっている。
「馬鹿な……」
「馬鹿はお前だよ」
俊夫は兵士の腕を掴むと、力一杯に振り回そうとする。
「ギャァァァァァ」
しかし、力が強すぎた。
兵士の腕を引き抜いてしまったのだ。
「脆い体だなぁ。飯ちゃんと食ってる?」
俊夫は引き抜いた腕を手放すと、兵士を掴み上げて別の兵士に投げつけた。
ぶつかった強烈な衝撃で肉片が飛び散り、そのさまが周囲の兵士の士気を下げる。
その様子を見た俊夫は、次々に兵士の懐に飛び込み、掴んで投げつけ始めた。
時には落ちている武器や死体も投げつけながら、第二陣も混乱のどん底へと陥れた。
丸太が無くとも、周囲には投擲武器となる物が無数に転がっている。
第二陣の兵士は3つの選択肢が残されていた。
――何かを投げつけられて死ぬか。
――武器として投げられて死ぬか。
――逃亡するか。
いつの間にか指揮官も死んでいたのだろう。
散り散りになる兵士達を止める声は聞こえなかった。
「よし、次だ。次っ」
第二陣も崩壊した。
ならば、さらに前方にいる部隊に突入するだけだ。
俊夫は第三陣に向かい、走り始めた。
しかし、第三陣は様子がおかしかった。
最前列の兵士が跪き、二列目の兵士は立ったまま。
そして何か棒のような物を構えていた。
(あれは鉄砲――)
轟音が鳴り響き、無数の鉛玉が俊夫に襲い掛かる。
その内の一発が俊夫の眼孔から頭部に入り込み、脳をかき混ぜて俊夫の意識を刈り取った。
肉体強化は意識した部位が強化される。
様々なゲームをプレイしてきたお陰で、体が固くなるように思い込むのはできるようになっていた。
レベルが上がれば、雑魚の攻撃を皮膚で受け止められるような感覚だ。
だが、それは眼球にまでは及ばなかった。
目で弾丸を防ぐなど、まったく俊夫の意識になかったのだ。
俊夫は悲鳴を上げる事無く、糸の切れた操り人形のように地面に倒れ伏してしまった。
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