第46話 最強の武器
「貴様っ、陛下の口添えがあったとはいえ、怠ける事は許さんぞ! 陣地構築の手伝いをせんか!」
そういって、その男は俊夫に鉄拳制裁を加える。
もっとも、俊夫は殴られる前に戦闘モードに移行しているので、顔を殴った側である彼が拳を痛める事になってしまった。
「へいへい、イエッサー」
やる気のない声で、やる気のない敬礼を返す俊夫を忌々しい顔で睨み付ける。
彼は大隊長のゲルハルト。
俊夫は彼の直接の部下として配属されていた。
基本的にエルフ種は人間の争いに協力しないらしいので、怪しまれないようにレジーナはベルリンで自宅待機している。
戦場には、俊夫が来ているだけだ。
フリードの推薦で配属されたが、国王直々の推薦となれば、当然やっかみを受ける。
その上で、やる気の無さをアピールしていれば尚更だ。
だが、やる気が出ないのには理由があった。
(去年ボロ負けしてて、攻め込まれてるとか聞いてないぞ。誰だよ、フリードが戦争に強いとか言ってた奴は!)
そう、プローインは去年の戦争でオストブルクに負けていたのだ。
シュレジエンを勝ち取った後、ベーメン地方に侵攻を開始。
プラハまで占領したはいいが、その後は食料不足などで軍がボロボロになり、無様な敗戦をしたらしい。
そのせいで、オストブルクはシュレジエンを取り戻そうと勢いづいているとの事。
兵士は双方6万前後らしいが、数が同じなら勝てるかどうかわからない。
負けているのなら、数だけでも多くしておいて欲しいと、俊夫は思っていた。
(オストブルクでの対応を間違ったか。クソッ、調子に乗るんじゃなかった。なんで負け組に付かなきゃいけないんだ)
俊夫は自分から積極的に勝利に導こうとするタイプではない。
勝ち馬に乗るのが好きなタイプだ。
その当てが外れてしまった事で、やる気を無くしてしまっていたのだ。
フリードに恩義を多少は感じているが、自分の人生を賭けるほどではない。
そもそもゲームキャラ相手に、そこまで本気で恩を感じているわけではなかった。
なんとなく、知っている相手の方に味方しようという程度の気持ちだ。
これが戦争ゲームなどであれば、不利な状況から戦況を覆すのは楽しい。
だが、これはそんなお遊びで楽しんでいるゲームではない。
さっさと終わらせて現実に戻りたいと思うくらい、苦痛の方が多いゲームだ。
そんなゲームで敗戦を覆して、楽しもうという余裕はない。
戦闘が始まって、負けるようならばさっさと逃げだそうとすら思っていた。
「おーい、そこの兄ちゃん。手が空いてるなら貸してくれ」
木を切り倒していた兵士が俊夫に声をかける。
今は川を挟んでオストブルク軍と対陣している。
陣地に作る柵に使うために、木を伐り出しているのだ。
その木の運搬に俊夫が呼ばれた。
「めんどくせぇな……」
「こうやって共同作業する事で連帯感が高まるんだよ。特に兄ちゃんみたいな怪しい恰好をしてる奴はやっておいた方がいい。さぁ、来いよ」
「本当にめんどくせぇな」
後者の愚痴は兵士に対してだ。
俊夫は、このように自分の行動を親切だと信じて疑わないタイプが苦手なのだ。
こういうタイプの行動理念が、まったく理解できないからだ。
俊夫には悪意のある行動の方が理解しやすい。
運んで欲しいと言われた木は枝を切り払われ、大体2,3人いれば運べる程度の細長い丸太となっていた。
俊夫はそれを数本まとめて担ぎ上げて運んでいく。
「あいつ、マジかよ……」
「オーガの混血か?」
「配属先、巨人連隊の方が合ってるんじゃねぇのか」
これがフリードのような体格ならば、誰も驚いたりはしなかっただろう。
だが兵士達は自分達と同じ、もしくは新兵のような体格をした男が軽々と丸太を運ぶ姿に驚愕した。
しかも、疲れる様子も無く、何往復もしている。
「お兄さん、親戚にトロールとかいる?」
先ほど俊夫の事を”兄ちゃん”と呼んでいた兵士が”お兄さん”という呼び方に変わった。
彼なりに言葉を選んだのだろう。
「いや、魔法だ。魔法で力を強くしているんだ」
適当に考えた俊夫の言葉に、周囲の兵士達は納得する。
「あー、魔法か」
「確かに魔法を使いそうな恰好だ」
「陛下よりは魔法使いっぽいな」
これには俊夫も周囲の兵士達と共に笑い声を上げる。
フリードはどう見ても魔法使いだなんて思えない。
誰が見てもだ。
そして笑っている内に、俊夫は一つ思いついた。
「あっちの大きい木も切っておいてくれないか」
「あんな太い木をどうするんだ?」
「そりゃ、当然使うのさ」
不敵に笑う俊夫に、兵士は首を傾げるばかりだった。
----------
その日の夜、プローイン軍は気付かれぬように川を渡った。
”目立たぬように川を渡る”
それが最重要であったにも関わらず、渡河する部隊の中に寺院の柱にでも使われるような、長く太い丸太を担いだ男の姿があった。
周囲の兵士は注意しようとするが、言葉は口から出る事はなく、そのまま飲み込まれた。
下手に丸太を捨てろと言って、”じゃあ、捨てるわ”と自分に投げつけられたりしようものなら、確実な死が訪れる。
”触らぬ神に祟りなし”
皆がそう思っていた。
一人を除いて。
「おい、貴様! 進軍をなんだと思っている。力を誇示したいのかもしれんが、そんな丸太を担いで見つかったらどうする。さっさと捨てろ」
器用な事に、殴りかからんばかりの怒気を声に含めながらも、周囲に聞こえないように声を潜めている。
彼は責任感が強いようだ。
俊夫を預かった者として、しっかりと注意をした。
「旗を掲げて進軍してるんだから、変わらないだろう? それに今捨てると下流の人間に当たるかもしれないぞ」
「減らず口を……。いいだろう、貴様は最前列だ。目立ちたいなら、派手に楽しめ」
「オッケー、そうするよ」
ゲルハルトは俊夫の事を諦めた。
彼はプローインの出身ではない。
手柄を立てて、軍内部での地位の獲得を目指しているのだ。
俊夫に構って、本業である部隊指揮をおろそかにするわけにはいかない。
吐き捨てるように最前列を申し付けると、指揮へと集中し始めた。
元々、前線に配属される部隊。
その最前列というのは、もっとも危険な場所であった。
仲間内で賭け事に負けたか、それとも懲罰か。
そんな理由でもないと、最前列に行きたいという者はいない。
だが、今の俊夫には大歓迎だった。
自分から申し出ようと思っていたくらいに。
(なんでイラついているのか知らないが、ちょうど良かった。味方を巻き込まなくて済む。こんなクソゲーでも味方殺しはポイント減とかになりそうだしな)
積極的に戦いたいとは思ってはいないが、一度だけ試したい事があった。
”密集隊形の敵に、丸太を力任せに振り回しながら突撃したらどうなるのか?”
それを確かめるために、先頭で突っ込みたかった。
失敗するようなら、さっさと逃げれば良い。
俊夫にとっては、この戦争もお遊び感覚だ。
「なんで、あいつ最前列で喜んでいるんだ?」
「頭がおかしいんじゃないか」
「あんな力持ちなんだから自信があるんだろ」
「じゃあ、あいつの後ろなら安全かな?」
「丸太を振り回すんなら、逆に危険じゃねぇのか?」
俊夫からすれば、あくまでもゲームに過ぎないのだ。
それに、いざとなれば逃げる足もある。
命の危険は感じていない。
戦闘状態ならば神教騎士団の持っているような特殊な武器でもない限り、ダメージは受けないと思っている。
それだけ、ローブに対しての信頼が厚い。
怪しげなローブを着て、フードを目深に被り、巨大な丸太を担いでいる。
その姿は、兵士達から見れば心強かった。
異常なまでの落ち着きが、頼もしく感じさせた。
プローインは2つに軍を分けた。
オストブルク軍の左翼、俊夫達から見て右側の敵を攻撃する部隊と、オストブルクの中央や右翼に対する部隊だ。
俊夫達のいる大隊は後者の部隊に編成された。
「あっちは楽しそうだなー、あれ大砲の音か?」
「そうみたいだ。夜が明ける前に夜襲を仕掛けたみたいだな」
大雑把に言えば、オストブルクの左翼は2万。
それに対してフリードはプローインの兵士3万超を割り当てた。
総兵力が同数ならば、局地的に数的優位を保てばいいという考えだ。
数に勝る部隊に夜襲を仕掛けられたオストブルク軍の左翼は、無様に蹴散らされている。
小競り合い程度だと思い、他の部隊の援護が遅れた事もその要因となった。
フリードは賭けに勝利したのだ。
しばらくして夜が明ける。
すると、軍楽隊が演奏するラッパやドラムの音が周囲に鳴り響く。
「味方に合わせて我らも攻撃を開始する。行くぞ!」
オストブルクの左翼を攻撃した部隊が、中央に攻撃を仕掛ける。
それに合わせて、俊夫達の部隊もオストブルク軍の中央へと攻撃を仕掛けた。
ちょっとした包囲のようなものだ。
予想に反して勝利しそうなプローイン軍の様子に、俊夫はテンションが上がっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます