第45話 結果報告
あの晩から、レジーナは大人しくなった。
いや、大人しくなるというよりは、心ここにあらずといった感じだ。
ベルリンへの馬車での移動中は虚空を見つめたりして静かだった。
それは良かったのだが、ベッドに連れ込んだ時が問題だった。
ベッドに押し倒すと、さめざめと泣き始めるのだ。
これには、さすがの俊夫も興が醒めてしまう。
もしかしたら自分が魔神だと伝えれば、反応はマシになるかもしれない。
だがその前に、フリードに暗殺成功の報告をしてからだ。
まず俊夫は報告のために、レジーナを連れてフリードを訪ねていた。
「まさか、本当にやり遂げるとは思わなかったぞ……」
俊夫の報告を聞き、フリードはドン引きしていた。
――国家の要人暗殺。
そんな馬鹿げた事を本当にやってきた。
しかも、血痕や死体を消して誘拐されたように見せかける手口を聞いた時には、フリードの顔色は真っ青だった。
そこまでやるとは思わなかったのだ。
せいぜい、暗殺未遂騒動を起こしてくれれば良いくらいにしか思っていなかった。
俊夫を”時間稼ぎとして使えるかもしれない”程度にしか考えていなかったのだ。
だが、その考えは間違いだった。
それはテーブルの上に置かれた生首のお陰で、嫌でも確認させられた。
額に大きな傷があり、首だけになってもなお精悍さを感じさせられるような猿の獣人。
フリード自身が諸国を放浪していた時に見た、タルノフスキ将軍その人だ。
「殺してくれって頼まれたからやったのに、その反応は酷いんじゃないか?」
「すまんな。まさか、この短期間の内にやり遂げるなんて思わなかったんだ。報酬はちゃんと用意しているから安心してくれ。ところで、そっちにいるのが落札したダークエルフか? 普通のエルフのようだが……」
自分の反応がマズイと思ったのだろう。
フリードは、新しい話題を振る。
それにダークエルフを見るのは初めてだ。
興味がある事には違いない。
「今は変装させているんだ。レジーナ、変装を解け」
「……はい」
虚ろな目をしたままのレジーナは、俊夫に言われた通りに変装を解いた。
そのレジーナを見て、フリードはあまり驚かなかった。
「なんだ、よく日焼けしたエルフみたいなものか。あとは体型がエルフよりもグラマラスなくらいか」
「やらないよ」
「いらん、女には興味がないからな」
「えぇ……」
フリードの言葉に、俊夫は少しのけ反る。
ゲームだからといって、男とそういう関係になる気は全く無い。
俊夫のそんな反応を見て、フリードは力こぶを作る。
「お前が考えているような意味じゃないぞ。俺は途中なんだ。まだまだ、理想の体には程遠い」
化け物染みたその体型でまだ満足していないというのだ。
理想の体型というのは、一体どこまで行ってしまうのか。
俊夫には、まったく理解できなかった。
いや、理解したくもなかった。
「国王としての仕事もあるせいで、鍛える時間が以前より減ってしまっている。お前と違って、女を抱いている時間なんてないさ」
「なんでこいつを抱いてるってわかるんだ?」
「一目でわかるさ、そのダークエルフを抱いたんだろ? それも無理矢理にだ。エルフ種は誇り高い分、心が折れたらわかりやすいんだ」
「なるほど」
(確かに抱いてからおかしくなったもんな。魔神だと伝えてからもおかしいままなら、飽きたところで捨てればいいか)
俊夫にとって、レジーナはかけがえのない存在ではなかった。
美人だとは思うが、ブリタニアに行けば好みの女が他にいるかもしれない。
情報さえ手に入れられれば、代わりのある存在でしかないのだ。
辛気臭い女をいつまでもはべらせるつもりはない。
「それで、報酬はどの程度貰えるんだ?」
「今、どうしようか考えている。攪乱が成功した場合と失敗した場合で考えていたが、さすがに暗殺に成功するなんて思いもしなかったんだ。ちょっと待ってくれ」
フリードはコーヒーを飲みながら思案を巡らせる。
ただの冒険者なら、依頼した仕事に合わせた金を支払うだけで済む。
だが、俊夫をただの冒険者扱いするには、その功績が大きすぎた。
今のプローインには居ないタイプの人材だ。
できる事なら取り込んでおきたい。
積極的に味方になってくれずとも、敵に回すよりはまだマシだ。
ならば、この国にいる理由を作ってやるのが良い。
だが、自由を好んでいそうなので、役職には魅力を感じないだろうとフリードは考える。
「ふむ、家なんかどうだ? 貴族街は無理だが、平民向けの中で一等地の物を提供する。使用人もこちらで用意しよう」
「それだけか?」
思っていたよりもショボイ報酬に、俊夫は思わずクレームをつけてしまう。
当然ながら、フリードはそれだけで味方に付けようとは思っていない。
「それと金だな。貸し付けた1億エーロは前金としてそのまま、さらに追加で1億エーロを支払おう」
フリードの言葉に、俊夫は考える。
(金は……、払ってる方なんだろうな。要人とはいえ、一人殺しただけだし。それよりも家だ。ホテル暮らしだと、いまいちくつろげないし、自分の家というのは魅力的だ。とはいえ、問題も多いか)
「家を貰うのはいいが、税金とかはどうなる? 家を貰ったから、所得税だとか住民税だとかが一気に来るなら断りたい」
俊夫が心配するのも当然だ。
家を貰ったら、その国の住民として登録され、各種税金が請求されるなんていうのは面白くない。
それでもホテル暮らしよりは節約できるのかもしれない。
だが、一等地というのなら広さにもよるが、かなりの税金が来るかもしれない。
そんな俊夫の心配を、フリードは逆手に取った。
「それなら、もう一度仕事をしてくれないか? その働き次第で免税措置も検討しよう。もちろん、市民権もだ。他にも報酬は用意するぞ」
「仕事の内容は? また暗殺か?」
「いや、オストブルクとの戦争だ。剣か魔法かは知らないが、腕に自信があるなら参陣してくれないか。正直なところ、腕の立つ傭兵が一人でも多く欲しいんだ」
フリードは、俊夫にもう一仕事してもらおうとしていた。
冒険者一人分くらい、免税しても税収に影響はない。
それよりも、免税をエサに戦争に参加してもらう方がいい。
参陣したという事実があれば、少なくともオストブルクに寝返るような真似はしないだろうと考えたからだ。
一方、俊夫も似たような事を考えていた。
(オストブルクとの戦争か……。フリードを味方にするにしても、俺が旗色を明らかにしておく必要はある。どうせ、オストブルクとは友好的な関係を築けそうにない。なら、ここで戦争に参加しておいた方が良いかもかもな)
俊夫は報酬よりも、フリードの信頼を勝ち取れるきっかけとして興味を持った。
極端な話、金に困れば富豪の家にでも押し込み強盗すればいい。
それよりもフリードの信頼を勝ち取って、いずれ起こるであろう天神との闘いに味方してもらった方がいい。
それに、俊夫を味方として戦わせたという事実を作っておくことも重要だ。
俊夫が魔神だと発覚した後、天神側に寝返り難くなる。
魔神の力を借りたという事実が存在する事で、フリードは俊夫のために頑張って戦わないといけなくなる。
天神が勝てば、自分の身が危なくなるからだ。
きっと、必死になって俊夫のために戦ってくれるだろう。
そして、それだけではない。
「俺も一度戦争に参加してみたかったんだ。喜んで手を貸すよ」
多人数バトルで、自分がどれだけ戦えるかという事にも興味があったのだ。
「ありがとう、ゾルド。俺の率いる本隊は明日には出る。今日のところはゆっくり休んでくれ」
利害が一致した二人は、ガッチリと固い握手を交わした。
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フリードの部下に案内してもらった家は、庭付きの一軒家だった。
閑静な住宅街で、治安も良さそうだ。
市場が少し遠いのが唯一の難点といえるが、人のざわめきでうるさいよりは良い。
案内人が帰ってから、俊夫達は家の近くの店で食事を済ませ、リビングでくつろいでいた。
「レジーナ、寝室の用意をしておけ」
「……はい」
レジーナに雑用を任せ、俊夫はリビングのソファーでくつろぐ。
家財道具は最初から一式揃っていたのだ。
こういった心遣いはありがたい。
現実の世界ならば、盗聴器やカメラを仕込まれているのではないかと心配するところだが、この世界ではその心配は無用だ。
自宅という事で、ホテル暮らしよりも安らげるような気分になる。
(部屋の数はあるから、レジーナにも一部屋くれてやるか。自分のプライペートスペースというのは心の安定に必要だしな。……そういえば、そろそろ魔神だって教えてやってもいいか)
自宅でくつろげるのは良いが、陰気臭い女とずっと一緒というのは嫌だ。
さっさと魔神だと伝えて少しでも明るくなってくれるか、ブリタニアの情報を得たいと思っていた。
――手元に置いておくか、見捨てるか。
その判断をするにしても、自分が魔神だと打ち明けないといけない。
俊夫は立ち上がると、寝室へと向かう。
戦争から帰る前に伝えておいても良いだろうと思ったのだ。
泣いているレジーナと、ベッドで寝るのが嫌だった。
明るい女と暗い女なら、前者を望むのは当然だろう。
「レジーナ、話しておく事がある」
ベッドメイキングしていたレジーナの手が止まり、俊夫に向き直る。
真剣な声で声をかけてきた俊夫が何を話すのか。
「俺は魔神だ。お前が探していた魔神なんだよ」
「……えっ、そうなんですか?」
「あぁ、そうだ」
その言葉を聞き、レジーナの体がワナワナと震える。
「それじゃあ、なんで。……なんで10年も私達の前に現れてくれなかったんですか!」
「いろいろあってな。今のところ詳しくは話す事ができない」
(強制イベントで、気が付いたら10年過ぎてたって言っても信じないだろうな)
「私を……、私達を導いてくださいますか?」
「もちろんだ。みんなと共に天神と戦い、奴を倒すつもりだ。その点は安心してくれ」
俊夫の言葉に、レジーナは静かに涙を流した。
「良かった、本当に良かった……。ところで、何か証拠をお見せ頂けますか?」
「えっ……」
(証拠ってなんだ!)
魔法が使えるわけでもないし”これぞ魔神!”というような変身ができるわけでもない。
何か証拠になりそうな物が無いか。
迷った俊夫は、剣を見せる。
「証拠と言われても、俺が魔神だ。自分が自分であるという証明をしろと、急に言われてもな。この剣じゃダメか?」
「確かに、伝承に残っている剣の形に似ていますが……。ロンドンには魔神にしか入れない部屋があるそうなので、そこに入れるかどうか試して頂く事になると思います」
魔神にしか入れない部屋。
そんなものがあるのならば、そこに行くだけで魔神だと証明できるだろう。
それに、魔族を味方に引き入れるなら、どっちみち魔族の代表者と話す必要がある。
戦争が終われば、すぐにロンドンへ向かうべきだろうなと、俊夫は思った。
「それでもいい。どちらにせよ、皆と話もしたいからな。戦争が終わればロンドンに向かおう」
俊夫の言葉に、レジーナは疑問を抱いた。
「人間の戦争など、放っておいてもいいのではありませんか? 御自ら手を貸さずとも……」
「人間の味方を作るのは、今後の布石だ。個人的な恩義もある。それに、自分がどの程度やれるのかを試したい」
――味方を作って戦争に利用する。
――愚者の実を食べて苦しんでいるところを助けられた。
――集団戦を、肉体能力だけでどれだけ戦えるのか。
どれも本当の事だ。
「かしこまりました。でも、なんで今打ち明けようと思われたのですか?」
「ホテルと違って、一軒家なら会話を聞かれる可能性は低いからだ。戦争から戻ればブリタニアに向かう。その道中、いろいろ聞かせてくれ」
「はい!」
泣きながらも、魔神に会えたと安堵の笑みを浮かべるレジーナに、俊夫はイラつきを覚えた。
(なんだ、こいつ。俺が魔神だからって反応変わり過ぎだろう。魔神か人間かの違いは大きいだろうけど、俺は俺だぞ。魔神だからって何が違うんだよ。これだからゲームは……)
レジーナの変わりようを、ゲームのフラグ管理だと思ってしまっていた。
自分の事を魔神だと知ったというフラグで、こうして感情を見せるようになったのだと。
実際のところは”自分は人間に手籠めにされたのではない。魔神に身を捧げたのだ”と思い込みたかっただけ。
心の痛みから逃げようとする、レジーナの防衛本能だったのだ。
俊夫のイラつきは、オストブルク軍に八つ当たり気味に叩きつけられる事になる。
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