第10話 有らぬ疑い

「よう、今日もセーロの葉を取りに行くのか」

「……おはよう。今日もそれくらいしかやる事ないしな」


 急に生活サイクルを変えると怪しまれると思い、いつも通りの時間に森へ向かうつもりだった。

 そんな俊夫に、普段話しかけてこない門番が声を掛けてきた。


(昨夜の事がバレたか? それにしては特定が早いんじゃ……)


「昨日、森の近くでハーピーが確認されたみたいでな。森に入るくらいだから、狼の群れを倒せるくらいは強いんだろう? それでも空を飛ぶ魔物は厄介だから気を付けろよ」

「そうなの!? 怖いなー、気を付けるよ。ありがとう」

「おう、気を付けて行ってこい」


 俊夫は軽く会釈して森へと向かう。

 数少ない、まともな対応をしてくれる相手だからだ。


(驚かせるなよ。それにしてもハーピーの情報をわざわざ言うって事は、ハーピーはそれなりに危険なんだな。……あぁそういえば確かに危険だったわ。力は大した事が無くても、高い所から落とされるのって結構効くし)


 効くどころか、魔神としての体力の高さや、自然治癒能力が無ければ死んでいてもおかしくない。

 かなり危険な状態であったのだが、今では”凄く痛かった”くらいにしか思っていなかった。



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 俊夫の気分は良かった。

 予期せぬ臨時収入により、ずっと欲しかったアイテムを購入できたのだ。


(森を歩くのにずっと欲しかったんだよな。鉈)


 丈夫さを重視しドワーフ製の物を選んだ。

 刃渡りが40cmほどで肉厚もかなり分厚い。

 それがまた頼もしく感じられる。

 人間の頭を叩き割っても刃こぼれしないという逸品だ。

 お値段は39,800と高かったが、その値付けが懐かしくもあり買ってしまった。


 この長い鉈を腰に下げると、まるで剣士にでもなった気分だ。

 剣は背中に下げているのが一本あるのだが、やはり腰に鞘付きで下げている方がそれっぽい感じがして、すぐに気に入った。


(衝動買いしちゃったよ。金が入ったからって使っちゃいけない、残しとかないといけないのにさ。やっぱりストレス溜まってるのかな)


 散財を嘆きながらも、俊夫は歩みは止めずに冒険者ギルドに入る。


「あっ、あの人です!」


 冒険者ギルドに入るなり、受付の女性職員に指を刺された。


(ち、違う。俺は痴漢なんてしていない! 性欲は溜まってなんかいない、ストレスだ)


 もちろん、冗談である。


 ギルドでこのような状況になる事は予想していた。

 昨日の職員殺人事件に関して、警察のような組織が来ているのだろう。

 問答無用で連れて行かれるような事が無ければ何とかなるだろうと、軽く考えていたからこその余裕だ。

 受付の前に腰に剣を下げた兵士達がいる。


「君、ちょっと来なさい」


 手にクリップボードを持った、代表らしき壮年の男性が俊夫に声をかける。

 その声に反応して、俊夫は周囲を見回す。

 自分が声をかけられる覚えはない。

 そういうささやかな演技だ。


「えっと、俺?」

「そうだよ、早く来なさい」


 別に逆らって心証を悪くする理由もない。

 大人しく兵士の前まで歩くと、周囲を囲まれる。


「何か用でも?」

「昨日、ギルド職員が殺されてね。君が彼と揉めていたっていうそうじゃないか。君から事情を聞きたいんだ」

「へー、そう。それで? 何?」


 目の前の男から質問でなく、拳が叩きつけられる。


「冒険者だから多くを期待するつもりはないが、言葉に気を付けようとする素振りくらい見せろ」

「くっ、申し訳ありません」


 相手は警察官のようなものだろう。

 権力には従う方が良いと身に染みているので、大人しく従う。

 冒険者は丁寧な話し方をしない方がいいとはなんだったのか……。


 もっとも、フリードは誰にでも粗雑な態度を取れと言ったわけではない。

 冒険者同士の会話を想定して教えてくれただけだ。


「反省したならまぁ良いだろう。君の名前は」

「ゾルドです。恐れ入りますが、あなたのお名前をお聞かせいただけますか?」

「ポルト憲兵団、捜査班に所属する捜査官のエンリケだ」


 エンリケは名乗ると質問を続ける。


「昨夜は何をしていた」

「何時くらいの事ですか?」

「時間は捜査に関わるので容疑者には言えない。ギルドを出てからの事を話せ」

「ギルドを出てから、また森に行ってセーロの葉を捨てて来ました」

「セーロの葉を捨てる? 何故だ」


 その言葉に職員の女の顔が引き攣る。

 ギルドの嫌がらせが明るみになるからだ。

 冒険者間なら公然の秘密として扱われるだろうが、憲兵団は部外者だ。

 領主にも報告が行くかもしれない。

 ギルドの印象は多少悪くなるだろう。


「セーロの葉を最低買取価格の500エーロで買い取ると言われましたので。一昨日までは1,000エーロだったのに、昨日半額に下げられたんですよ。そこまでコケにされて売ろうとは思いませんでしたから」

「ふむ、それはおかしいな。セーロの葉は薬として街に住む者だけでは無く、船酔いにも効くから船乗り達にも売れる。需要はあるはずなのに、どういった理由で最低買取価格になったのかわかるか?」

「いえ、私にはサッパリです」

「それじゃ理由も無く、嫌がらせを受けていたのか?」

「そうです」

「それでは、それが理由で殺したのか?」

「まさか、とんでもない! 人を殺した場合のデメリットを考えれば、それくらいで殺しませんよ」

「ふむ。それではその後はどうしていた?」


 取り調べというよりも、捜査のために必要な最低限の質問といった軽いやり取りに俊夫はホッとしていた。

 しょせんはゲーム。

 大学生時代のアルバイトが原因で、警察に受けた取り調べに比べればカスようなものだ。

 身体に跡が残らないようにと、まぶたを閉じても眩しいくらいの光量があるライトを眼前に置かれ、頭を固定された時は辛かった。

 それに比べれば顔を殴られたくらい軽いものだ。


「森に捨てにいった後は、ホテルに戻って今後どうするか考えていました。セーロの葉を売るのを止めるか、それとも別の仕事をするかを。それで今日はセーロの葉の採取をして、価格交渉をしようと思いここに来ました」

「なるほどな。だが、そうじゃない。ホテルに戻ってから朝までの事だ」


 お前の言っている事は的外れだ。

 そういう思いが声色に混じっている。


 だが、これは俊夫がわざとやっている事。

 理路整然とした話をすると”尋問された時の事を想定していたんだろう”と逆に怪しまれる事を経験上知っていたからだ。

 

「昨日は18時くらいに夕食を取って、19時くらいには部屋に戻って、剣を磨いて寝ました」


 剣を磨いていたのは嘘だが、そんな早い時間に”やる事も無いので部屋に戻って寝てました”というのも癪だったので、ささやかな見栄を張る。

 エンリケはクリップボードをチラりと見ると、俊夫に問いかける。


「その後は外には出ていないのかね」

「うーん……、トイレに行ったくらいですね」

「何時くらいに?」

「すいません、時間は見てません。ただホテルの酒場が閉まってなかったので、そこまで遅い時間ではないと思います」


 もう一度、エンリケはクリップボードを見る。

 すでにホテルからは事情聴取をしていたのだろう。

 俊夫の話に矛盾が無い事を確認する。


「今のところ、言っている事に矛盾はないようだな」

「大体、人を殺したのなら他の街にでも行ってますよ。こうしてギルドに葉を売りになんて来ません」

「それもそうだが、そう思わせる事で罪から逃げようとしているのかもしれんしな」

「そう言われましても、ホテルで寝てただけなので」

「ふむ、ところで君はこの街の市民権を持っているのかね」

「いえ持っていませんが……」

「まぁ、市民権を持ってる者が冒険者になんかならないだろうしな」


 この時、俊夫に戦慄が走る。


(そういえば”市民権を持ってない奴が怪しいから、とりあえず牢獄へ”とか言われたらどうしよう……。決定的な証拠が無いんだから、いきなり逮捕は無いよな)


 今までのゲームなら問題は無かった。

 衛兵や市民の目の前で殺害したり、決定的な証拠を残さなければ無罪放免といったゲームばかりだった。


 だがこのゲームは他のゲームとは違う。

 腐敗した警察が検挙率の為に、とりあえず逮捕して犯人としてでっち上げるくらいのリアルさがあったもおかしくない。


(甘く考えすぎたか)


 いざとなったら暴れて一人でも多く殺してやろう。

 俊夫は戦闘になる覚悟をする。


「市民権が無いからといっても流石になぁ。けどあからさまに怪しい恰好をしているし……」


 エンリケは不穏な言葉をぶつぶつと呟いている。

 そこで、ふと何かを思いついたように何度も頷く。


「ちょっと待ってなさい。君、アルヴェスさんはギルド長室だね」


 近くにいた職員に声をかけると、エンリケは奥へと去って行った。

 兵士達を残して。


「えっと、とりあえずセーロの葉の売却とか……、ダメですよね。はい」


 ただ立っているだけではなんなので。

 そうアピールをするが兵士達は囲みを崩そうとしない。

 結局エンリケが戻るまでは、むさ苦しい男たちに囲まれたままだった。

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