第11話 開き直り
10分ほどしてから、ピンク色の兎の獣人を連れたエンリケが戻ってきた。
そしてその獣人が他の職員に耳打ちし、その職員は酒場で飲んでいる冒険者の方へ向かう。
「ゾルド君。今のところは明確な証拠もない事だし解放しようと思う」
「そうですか、それは良かった」
「この国の法律は市民権がを持たない者だからと罪をなすりつけたりしない」
(嘘つけ、さっきしようとしてたじゃないか)
「君の風体からいって明らかに怪しい。だが4階の部屋から出入りできるかといえば、そうはは思わない。君の足運びを見る限り、何か特殊な訓練を受けているように見えないからね」
そこでエンリケはニッと笑う。
「だからとりあえずは解放だ。ただしばらくはこの街にいるように。採取活動で街を出るのはいいが、他の街に行く事は許されない。他の街に行った場合は、犯人として手配される事を忘れないように」
「しばらくってどの程度でしょうか?」
「しばらくはしばらくだ。捜査に進展があるまでだ」
「そんな……」
捜査に進展があるといえば、当然証拠を見つけるまでだろう。
特に証拠を残した覚えはないので、ずっとこの街から出られないという事を意味する。
今のところは街を出るつもりのない俊夫も、これには不満を覚える。
自分で出ないのと他者に制限されるのとでは大違いだ。
エンリケの言う事は理解できるが、納得はできない。
だが俊夫が苦情を言う前に、エンリケが先に言葉を発した。
「そうそう、これは新米冒険者への忠告なんだがね」
オホン、とそこで咳払いをして間を空ける。
(忠告?)
俊夫は首を傾げて、エンリケの言葉の続きを待つ。
「市民権を持たない冒険者は法によって保護されない。市民権を持たない冒険者は冒険者ギルドの権威によって保護される立場だ。ここまではわかるな」
「えぇまぁ」
「結構。法によって保護されないという事はだ。ゾルド君を傷つけたり、物を盗んだりしても相手は裁かれないという事になる」
「えっ」
「言ってみれば、冒険者は冒険者ギルドの所有物のようなものだ。冒険者を不当に傷つけたりするものはギルドに対する敵対行為と取られる。ギルドを敵に回したくないなら、冒険者に不当な扱いをするな。そういう不文律の下で毎日安全に暮らしていられるんだ」
「はぁ」
エンリケが一体何を言いたいのか。
御託はいいから結論を言え。
思わず言葉が零れそうになったが、なんとか飲み込む。
「だが例外もある。例えば冒険者同士の喧嘩がそうだ。酔っ払いが喧嘩を吹っかけて片方が殴り殺されたとかだな。そういった場合は殺され損だ。犯人は法によって裁かれはしないし、ギルド側も残った方を処罰したりはしない。減った労働力がさらに減ってしまうからな」
「なるほど」
相槌を打つが、そんな奴を残しておく方が不利益が大きいんじゃないかと疑問に思う。
「そして死んだりしてしまった場合だが、冒険者はギルドが共同墓地に葬ってくれる。そういった時の為に依頼料を天引きしているからな。それらの事に我らは関わらない」
「そうですか。ところで、なんでそんな話を今されるのですか?」
「なんでこんな事を話したかというと――」
いつの間にか後ろにいた2人の男が、俊夫の肩を掴み引きずっていく。
「なっ、おい」
「――我々衛兵は君に関わらないという事をわかってもらう為だ。もちろん、ギルド職員殺害の証拠が出てきたら捕まえるがね」
元々、科学捜査のない世界において犯人の検挙率は低い。
冤罪上等で捕まえ、自白させるしかない。
ならばと、エンリケはアルヴェルに俊夫の処分を委ねた。
被害者の身辺に問題はなく、動機がありそうなのは俊夫だけだったのもある。
強盗の線でも捜査は継続するつもりだが、おそらく俊夫が殺害したのだろうという目星は付けられている。
――理由は殺害方法。
よほどの膂力が無ければ、首を180度捻じ曲げるような事はできない。
首の骨を折るだけなら、港湾労働で鍛えられている者でもできるだろう。
だが、筋肉で保護された首周りを、力任せに捻じ曲げる事のできる者はまずいない。
その点、俊夫は怪しい。
動機があるというだけでは無く、一人で森の深い所へ入り、傷一つ付けずに帰ってくるだけの実力を持っている。
そういった者は筋骨隆々とした体躯を持たずとも、常識を超えた力を持つ者が多い。
もしかしたら、4階という高さをものともしない降り方を知っているかもしれない。
だが、そのような能力があるとは決して言わないだろう。
裁判になり、自白も証拠も無ければ無罪放免で釈放される案件だ。
ならば、俊夫に含むところのあるアルヴェスに任せれば良い。
いびられて街を離れれば良し。
何らかの理由で死んでも良し。
そうなれば犯人に仕立て上げるのは簡単だ。
どうせ市民権を持たないよそ者、文句を言う者はいない。
真犯人が他にいて犯行を繰り返すとしても、今回の件とは別件として扱えばいいだけ。
むしろ検挙件数が増えて良いくらいだ。
例え問題になっても、アルヴェスが勝手にやった事とすれば良し。
上手く事が進めば恩を売れるから良し。
エンリケはあの短時間で良くここまで考えたと、心中で自画自賛していた。
もちろんアルヴェスの方もエンリケに話を持ち掛けられた時点で、エンリケの考えは察していた。
それを受けたのは俊夫への憎しみもあるが、エンリケの弱みを握る事ができるからだ。
国家に属する衛兵と、国家に属さないギルドとでは立場が違う。
この件が公になっても、ギルドは冒険者間の喧嘩で死者が出たというだけだ。
そこに少しギルド長の意向が加わろうが、問題視する者はいないだろう。
ギルド長と出自のわからない新米冒険者ならば、後者に味方する理由がない。
しかしエンリケの立場から考えれば、わざわざ容疑者を自由にして死なせてしまったというだけではない。
人前でわざわざ危険な目に遭っても助けないと宣言している。
これは問題が起きた場合、衛兵として致命的だ。
市民権が無い者同士の争いであろうと、街中で問題が起きればそれを収めるのが衛兵の仕事である。
アルヴェスに恩を売ったと思っているが、実際は職務を放棄したという弱みを握らせただけだ。
この話に乗らない理由はない。
なので、この真っ昼間から酒場で酒を飲んでいた冒険者に声を掛けさせた。
丁度彼らはこの街では珍しい、戦闘経験のある者達だ。
いびるなり、叩きのめすなり上手くやってくれるだろう。
ただセーロの葉を格安で持って来てくれる馬鹿が居なくなるのは、少しもったいないとは思っていたが。
今、俊夫は酒場のとある丸テーブルの席に座らされている。
テーブルには他に3人の男達が座っており、ジョッキを片手に俊夫に説教していた。
「悪いのはお前だろうが。なんでギルド職員まで殺してんだよ。バカ」
「いや、殺しては」
「うるせぇ、聞いてねぇんだよ!」
そういって、俊夫の頭を殴る。
「アルヴェスさんをバカにしておいて悪びれもしないって、お前何考えてんだよ」
「アルヴェスさんって誰ですか」
「知らずにバカにしてんのか? バカかお前は? あそこの兎の獣人だよ。ギルド長なんだよ」
そういって、俊夫の頭を殴る。
「獣人をバカにするって事はな、獣人全員をバカにしてんだよ。バカかお前は」
そういって、俊夫の太ももをつねる。
最後の男は獣人であったために、痛みも強い。
突如、日焼けしたいかつい男達にここまで連れて来られたのだが、そんな状況でも俊夫は冷静であった。
現実であれば”何かご機嫌を損なわせる事を致しましたでしょうか”と震えながら問うところだが、ここはゲーム内だと思っているので余裕である。
ドラゴンとかは無理だろうが、人間や獣人相手なら力任せでなんとかなるだろう、というのがその理由だ。
(まぁ問答無用で国家権力に捕まるよりは良いか。それにしても語彙少ねぇなこいつら)
「まぁまぁ、ちょっと落ち着いてくださいよ。お姉さん、ビール4つ」
落ち着けという俊夫の言葉でまたヒートアップしそうであったが、ビールを頼んだ事で少し収まる。
「なんだよ、ビールくらいで収まるもんじゃねぇぞ」
「そうだ、そうだ」
「とりあえず、ここの代金は払ってもらわねぇと」
「いいですよ」
「えっ、いいのか」
俊夫は立ち上がり、ビールを持ってきたウェイトレスからビール受け取り、皆に配った後トレイに10,000エーロを置く。
「先輩冒険者の皆さんに対する敬意として、ささやかではありますが奢らせて頂きます。では乾杯」
面を食らったような顔をしていた男達は、思わず俊夫に合わせてジョッキを合わせる。
そして俊夫がビールを一気飲みしている間、男たちは飲み代が浮いたと笑みを浮かべた。
「けど、これだけじゃ怒りは収まらねぇ。これからもよろしく頼むわ」
「そうだな、こんなもんじゃダメだ。奢って誤魔化してるだけで反省の色が見えないからな」
「これからはお前にツケとくから払えよ」
無茶な要求ではあるが、それが当然と言わんばかりの態度で要求する。
それもそのはず、彼らはギルド職員に徹底的にやってくれと言われているのだ。
何か切っ掛けがあれば、リンチにかけようとも思っていた。
当然ながら俊夫はそんな要求に応じるつもりなど毛頭無い。
「いや、今回だけだ」
「てめぇ、口のきき方――」
男は最後まで話す事が出来なかった。
俊夫がナタで右側に座っていた男の首を刎ね、返す刀で左側の男の首を刎ねる。
切れ味が悪いので、刎ねるというよりも千切れ飛ぶといった方が相応しいかもしれない。
飛んできた首が他のテーブルの料理に突っ込み、その席に着いていた客の悲鳴が上がる
「まっ、待て――」
そして最後に正面に座っていた男の頭を叩き割った。
硬い頭蓋骨を叩き割りながら、ナタが刃こぼれしていない事を確認できた。
俊夫は良い買い物をしたと満足する。
奇襲であったとはいえ、男達はまったく反応出来なかった。
自分たちが圧倒的上位者であると思っていた事もあるが、反応できないほど俊夫の動きが早かったからだ。
魔神としての力は単純な腕力だけではなく、動作1つ1つの素早さにも効果を発揮していた。
ビールを受け取る為に立ち上がって自分で配っていたのも、ナタを抜きやすいようにするため。
座っていてはナタを抜きにくいし、斬りつけにくいからだ。
それにすぐ殺す相手ならば、下手に出てご機嫌取りのフリをするのも愉快なものだった。
そして体の奥から力が湧いてくるような気がする。
レベルアップでもしたのかなと、その感覚を受け入れた。
(さて、後は……)
アルヴェスとエンリケの方を振り向く。
(最後の仕上げといくか)
足元に置いていたカバンを背負い、アルヴェス達の方へと歩き出す。
ナタを収めたとはいえ、近寄る俊夫に対しエンリケと部下の兵士達は剣を抜き警戒する。
だがそれを見ても、俊夫は焦る事無くしっかりとした足取りで近づいていく。
「おや、どうなされたんですか? 剣なんて抜いて」
「き、貴様衛兵の前で殺人など……」
エンリケの言葉に俊夫は高笑いを上げる。
「『衛兵は君に関わらないという』と言ったばかりではありませんか。それにほら、この通り」
俊夫は肩をすくめ、左手に持ったジョッキを見やすいように突き出す。
「ただの酔っ払い同士の喧嘩ですよ」
「そんな詭弁通じるものか」
エンリケは納得がいかないようだ。
それもそうだろう。
仮にも衛兵であるし、目の前で殺人を行われて黙っている事はできない。
だが、俊夫も当然そんな事を許すわけがない。
(傍観者気取りでいるなら、最後まで傍観者のままでいろ)
俊夫はエンリケが何かを言う前に、先んじて大声で動きを封じる。
「あっれー、おかしいぞー」
すっとぼけた声を出す。
当然、煽る意味も込めてだ。
「
「ち、違う、違うぞ。さすがにそれはどうかというだけで、捕えようとはしていない。危険人物が迫ってきたら武器くらい構えるだろう」
世の中、持たざる者の方が強い場合がある。
今回はそのパターンだ。
相手は衛兵という立場があり、部下を4人も連れている事から捜査官という役職は下っ端でないだろう。
そしてそういった肩書を持つ者は、自身の立場を揺るがすような揉め事を嫌う。
エンリケが中途半端に欲を出したために、俊夫に付け入る隙を与えてしまった。
今回の場合は、エンリケが火に油を注いだ形になる。
エンリケが言った事を盾にされ、人が死んだのだ。
ただの捜査ミスなどであれば、さほどの問題は無かった。
だがギルドと共謀し、冒険者同士の喧嘩で始末させようとしたのは不味かった。
これをエンリケを追い落としたい者が知れば、降格だけではなく罪人に落とすために暗躍する事だろう。
”たかが平職員の捜査のために、自分の人生を無駄にはしたくはないはずだ”
これは現実での経験から感じていた。
オーナーの依頼で、所轄の刑事に金を渡した事がある。
その時に証拠のビデオを録画し、次回以降は金と脅し両方で情報を得るのだ。
1度だけでも情報を流した事が公になれば、その時点で懲戒免職は免れない。
ズルズルと何度も情報提供を要求される。
これで強制捜査の情報を得て、助かった事もあった。
王侯貴族ように多少の事は握り潰せる権力を持たぬ限り、多くの者に通用するだろうやり口だろう。
誰もたかが一冒険者と心中などしたくないのだから。
エンリケが前言を撤回しない事を確認すると、アルヴェスの方に向く。
「それなら結構です。問題は――お前だよ」
「貴様……」
アルヴェスが怒りでピンク色の顔を真っ赤に染め上げる。
だが、俊夫にはそんな事は知ったことではない。
エンリケとカウンター越しに話していたアルヴェスの前にカバンを置く。
「もういいだろ。なにか気に障る事を言ったのなら謝るさ。けど、ギルドの代表ってんならケツの穴の小さい事やってないで許せよ」
「何を勝手な事を。それが謝る態度か!」
アルヴェスの言う事はもっともだ。
全ての切っ掛けは俊夫の無礼な言葉である。
しかし、ここは俊夫が無茶を押し通す。
「これ、いくらで買い取る?」
視線の先はカウンター上に置かれたカバンだ。
中にはセーロの葉が詰まっている。
「誰が買い取るか! 貴様の物は全て買取拒否だ。依頼の斡旋もせん!」
「ふーん、そっかー」
俊夫は困ったような顔をしてアゴをさする。
そして酒場の方へ顔を向け――
「それは困ったなー。そんな事になったら、現実を忘れるためにお酒に逃げちゃいそうだー」
――場にそぐわぬ晴れやかな笑顔で、酒場の客に視線を投げかける。
これには客ではなく、アルヴェスとエンリケが驚く。
俊夫はこう言っているのだ。
”嫌がらせを続けるなら、酔っ払って他の冒険者を殺していくぞ”と。
これがギルド内だけならいい。
職員が間に入って止めればいいのだから。
止めに入った職員に危害を加えれば、堂々と衛兵に引き渡す口実になる。
だが、街の内外を問わず、冒険者を殺していかれては防ぎようがない。
労働者の派遣業として成り立っているようなものだ。
この街付近は安全故に、戦闘が得意な冒険者はいない。
いや、正確には
つい先程、居なくなってしまった。
他の街からまともに戦える者を呼ぶまでの間に、一体どれだけ殺されるか……。
一捜査官とはいえ、エンリケが衛兵を代表するかのように、冒険者間の揉め事に口を出さないと言った事も不味かった。
衛兵の介入が難しくなる。
もちろん事態が酷くなれば、エンリケの上役が”そんな事知らない”と介入すれば良いだけだ。
だが、そうなるとエンリケの顔は丸潰れとなる。
それはエンリケとしては避けたいところだ。
衛兵の介入を出来る限り遅らせるだろう。
そうなると被害は拡大する一方だ。
アルヴェスもそうだ。
自分の私的感情が原因で、冒険者が次々に殺されていく騒動が起きたとなれば、さすがに免職は免れない。
せっかく大きな街のギルド長になったのだ。
それ相応の旨みもある。
できるだけ長く続けたいと思うのが人情であろう。
先程まで自分たちが優位だったはずが、何故追い詰められているのか。
問答無用で、なりふり構わず俊夫を叩き潰せば良い。
しかし面子にこだわり、それが出来ない時点で勝ち目はないのだ。
「それで、いくらで買い取る?」
俊夫はもう一度聞く。
本当に無差別で冒険者を襲う気など、まったく無い。
昨日の俊夫の事を考えれば、手打ちの機会は与える方が良い。
追い詰められれば、人は手段を選ばなくなる。
そうなると困るのは俊夫の方だ。
(折れてください、本当にお願いします)
表情には出していないが、心臓の鼓動が周りの奴等に聞こえるんじゃないかというくらいバクバク言っている。
その場のテンションで行動したは良いが、失敗した時の事を考えていなかったのだ。
”科学捜査が無さそうだし、名前と服装変えて他の国に行ったら問題ないよな”
くらいの気持ちでアルヴェス達と対峙している。
だが、できればそんな事にならない方がずっと良い。
指名手配されるという事は、例えゲームでも気持ちいいものではないからだ。
俊夫は基本的に弱い人間を食い物にするだけの人間だ。
対等以上の相手に交渉するだけの度胸は持ち合わせていなかった。
それでもここまでできたのは、やはりゲーム内だと思っているからだろう。
俊夫の問いかけに、アルヴェスは折れた。
「わかった、今ある分は1kg辺り20,000エーロで買い取ろう。これは今までの謝罪分を含む。そして次回からは相場で買い取る。これでどうだ」
(よっしゃぁぁぁ)
内心とは裏腹に、俊夫は渋い顔をして考え込む。
すぐに飛びついては軽く見られる。
それに少し渋るの事で、こちらも妥協したんだと相手に思わせる必要がある。
一方的に妥協したのでは、相手も何か損をした気分になるだろう。
これくらいの演技はしておいた方が良い。
ここで”お前の金じゃなく、ギルドの金で支払っているんだからもっと出せるだろう”と言うつもりはなかった。
ギルド長という立場にあるにもかかわらず、一冒険者に折れたのだ。
それにアルヴェスは馬鹿にされたと思っており、その感情を抑えるというのだ。
憎しみを持つ俊夫に対して折れるというのならば、ここで引くべきだろう。
求め過ぎてはいけない。
「わかった。それで受けよう」
渋々ではあるが納得した。
そんな表情で首を縦に振る。
俊夫が納得した事でアルヴェスとエンリケがホッとした表情を見せる。
だが、ここで俊夫はフォローを忘れない。
何度か深く深呼吸して、心を落ち着かせる。
「アルヴェスさん。私は常識が抜けているようなところがあるらしいので、何があなたをそこまで怒らせる事になったのか。その原因を教えて頂けますでしょうか」
俊夫の言葉にアルヴェスは驚く。
知っていて当然の事だ。
それをわざわざ聞く理由がわからなかった。
いや、知らなかったという事で一つの答えが導かれた。
「そうか、お前はグレース共和国の出か……」
その言葉に、俊夫は曖昧な笑顔で答える。
(どこの国だよ、それ)
だが、誤解してくれるならそれで良い。
それっぽい理由を勝手に想像してくれるなら、俊夫にとっては好都合だ。
「ヒューマン至上主義の国はこれだから……」
どうやらグレースは何か差別的な事で有名な国らしい。
アルヴェスは俊夫に、獣人としての特徴に触れるような発言はタブーである事を説明した。
それを知り俊夫も自分が言った”なんだ、おっさんか”の一言がそれだけ傷付けていたのだと知り、神妙な面持ちになる。
もっともそれは表面上だけの事。
内心では”けどやっぱりピンク色の毛を生やした兎のおっさんは無いよな”と考えている。
ただこれからの暮らしを考えると、その思いを胸に秘めているだけだ。
「そうだったんですか。知らずの事とはいえ申し訳ありませんでした。以後、気を付けます」
俊夫は頭を下げて謝る。
肝心な事は謝ったという事実だ。
相手にも最低限の面子を保たせる事で、過剰な報復を防ぐ狙いがあった。
なんといってもアルヴェスの方が立場は上だ。
上位者として器が問われる。
それを利用して、牽制しているのだ。
アルヴェスも薄々とその事に勘付いていた。
それでもここで謝罪を跳ね除ければ器が疑われる。
俊夫が悪いのに、何故か自分が悪いようにされてしまう。
断りようがないのが卑怯なところだ。
”ここは受け入れよう、そしてこいつには関わらないでおこう”
アルヴェスはそう決心し、俊夫の謝罪を受け入れた。
「ありがとうございます! これからは街やギルドのために頑張りたいと思います。エンリケさんも捜査頑張ってください。それではこれで失礼致します」
この後、買取カウンターに行き、セーロの葉を売ってしまう。
アルヴェスの言う通りの高額であったため、200,000エーロを超える収入を得た。
これからは安定した収入を得る事ができるだろう。
当面の間、生活に困る事が無くなったので俊夫は安心していた。
(やった。ごね得、ごね得)
ギルドを出てから、俊夫の顔から自然に笑みが零れる。
(そういえば、今回は体が震えなかったな。殺す度に一々震えてたんじゃ困るもんな)
今回はナタを使った事が良かったのだろう。
直接、手で殺したのではなかった。
ナタ越しの感触は、ちょっと硬いスイカ割りをしたようなものだった。
あれなら殺すことに躊躇うような事にならなくて良いだろう。
(あいつらで試し斬りできて良かった。やっぱ木の枝とかよりも、切れ味とかわかりやすいもんな)
俊夫は軽い足取りでホテルへと向かった。
----------
忘れてはいけない。
アルヴェスを侮蔑の気持ちを込めて罵倒したのは俊夫。
ギルド職員を殺したのも俊夫。
ただ、逆ギレしてその場を誤魔化しだけ。
アルヴェスとエンリケは、俊夫の勢いに押されて冷静な判断が出来なかっただけだ。
――俊夫が悪である。
その大前提を忘れてはいけない。
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