第12話 尾行

 事情聴取の日から10日。


 まず、ギルド職員の視線が変わった。


 それは恐怖。

 躊躇無く人を殺す新米冒険者。

 おそらく仲間を殺したであろう犯罪者。

 平和な街に現れた異物に、ギルド職員は怯えていた。




 ホテルの従業員の視線も変わった。


 それもそうだろう。

 ギルド職員に関しては捜査中だが、酒場にいた冒険者3人に関しては確実に俊夫の犯行である。

 罪に問われないからといって人を殺すような人間は誰だって怖いのだ。

 本当は宿泊の拒否をしたいのだが、逆上して手を出されたらどうしようか。

 そう思うと言い出せなかった。


 これに関して俊夫は”評判システムとかやっぱりあるんだ”くらいにしか思わなかった。

 普通に話せる相手が居なくなったのは、少し寂しかったが。




 そして一番変わった事。


 街中で尾行がつくようになった。



 ----------



 この日、俊夫は露店市場を見て歩いていた。

 

(今日もいるな)


 左右の露店を見るフリをして、背後の尾行を確認する。

 男2人が普通の通行人の恰好をして、俊夫の10メートルほど後ろをついてくる。

 なぜ彼らが尾行だと気付いたのか……。


(スッゲェ、ガン見してくるんだもんなぁ……)


 そう、凄まじく尾行が下手なのだ。

 俊夫ですら、尾行する時は視線を対象に向けない。


 尾行の基本は”視界には入れても視線を向けない”だ。


 例えば歩きスマホをしながら、意識はスマホにではなく周囲に向ける。

 スマホや携帯をいじっているフリをしながら、視界の端に捉えた対象の行動を監視するのだ。

 あくまでも視線は手元から動かさない。

 そうすれば監視対象がこちらを振り向いても、慌てて視線を逸らしたりする行動を取らなくて済むのだ。

 尾行中に怪しまれる可能性を減らすための必須スキルだろう。


 それを彼らはしていない。


 という事は、尾行慣れしていないか――


(警告……、って事かな)


 気付かれる事を前提とした尾行である可能性が高い。


”お前を見張っている”


 そのようにわからせるだけで、犯罪の抑止をしているのだろう。

 目的はわかる、だが不愉快だ。

 そこで俊夫は1つ嫌がらせをしてみる事にした。


「おばさん、このリンゴいくら?」

「1個150エーロだよ」


 言われた通りの価格を支払い、目的の場所があるのかを聞く。


「それとここらへんにゴミ箱ってある」

「ゴミ箱なら、そこの角を曲がったところにあるよ」

「わかりました、ありがとうございます」


 俊夫は礼を言うと、その角へと向かう。

 当然ながら、俊夫が買い物を終えるまで待っていた男達も後をつける。


 だが、曲がり角の直前で俊夫は走り出し角を曲がった。

 それを見て、男達も俊夫が見えなくなってから走りだし角を曲がる。

 しかし、そこで男達の足が――いや、体が固まる。


 角の曲がってすぐの場所。

 そこに俊夫がこちらを向いて立っていたからだ。

 俊夫は呑気にリンゴを齧りながら、尾行者の顔に視線を向ける。


(マジかよ、こいつら。角を曲がる前にチェックとかしないのか……。新米刑事だってこんな事しなかったぞ)


 それだけではない。

 俊夫と相対した事により、明らかに動揺している。

 目が泳ぎ、顔をかくなど落ち着きがない。

 なぜか俊夫が申し訳なるくらいだ。


「もう少しだ! トイレはすぐそこにある頑張れ!」

「えぇ、お、おうっ」


 いち早く立ち直った男が相方に声をかけ、そのまま2人は走り去っていく。

 思いのほか声が大きかったので、周囲の人の視線を浴び、トイレを我慢していると思われた方の男は顔を真っ赤にしていた。


(いやいや、そりゃ無茶な誤魔化し方だろう。えっ、なに? 本当に尾行が下手なだけ?)


 警告としての尾行なら、あんなに慌てずとも良い。

 堂々と”気付かれてしまったか”というような、含みを混ぜた笑みでも浮かべていれば良いのだから。


(本気の尾行? まさか、さすがにそれは無いだろう。きっとあいつらはおとりで、本命は今もどこかでこっちを見張っているんだろう。なぁ、そうなんだろう?)


 あまりの出来事に心中で問いかけ、周囲を見渡してしまう。

 だが、食べ終えたリンゴをゴミ箱に捨て、その場を離れた俊夫についてくる者の気配はない。


(もしかして、このゲーム内の警察組織のレベルって低いのか? やりたい放題やっていいのか? いやそう思わせておいて実はっていうパターンか)


 時に人は、自分にとって都合の良過ぎる状況に気付いたとしても疑ってしまう。


”これは罠なのではないか”

”どこか見落としているのではないか”


 だから、俊夫は今のところは強盗で金を稼いだりしようとは思わなかった。


 事実、この世界の捜査能力は低い。

 確実性を重視する場合は、魔法によって犯罪の捜査を行うのだが、そのために必要な魔法を使える者が非常に少ない。


 今回はギルド職員といえども、平民である。

 要人の所持品紛失事件などに比べれば、その優先度は低い。

 それに被害者の血液が付着した人物を捜索する魔法などがあるが、俊夫が洗浄のペンダントの効果で全て消し去ってしまった。

 通常使われる、洗浄の魔法では犯行の痕跡までは消せない。

 装備セットのオマケでありながら、予想以上の高性能だったお陰で助かっていた。


 ここがゲーム内ではなく、異世界である。

 その事がわかっていたなら、行動に気を付けたかもしれない。

 知っていれば、先日のようにその場のノリで暴れるという事もしなかった。


”ゲームだから、多少雑でも良いだろう”


 その考えが、これからも俊夫について回る事になる。



 ----------



 ホテルに戻ると、宿の主人が声がかけてくる。


「あのぉ、ゾルドさん。ギルドからお手紙を預かっているのですが」


 そういって、おずおずと手紙を差し出してくる。

 自業自得とはいえ、ギルドでの一件以来この調子だ。

 相手がNPCであると思っているとはいえ、こういった対応をされるのはやはり寂しい。


 俊夫は手紙を受け取ると、食堂に向かい夕食を頼む。

 食事が出来上がるまでの暇つぶしには丁度良い。

 そう思ったからだ。


 港町だからか魚料理は庶民食として安いが、肉料理は少々高めとなる。

 しかし今の俊夫には、その少々を気にしなくても良い程度の金がある。

 腹も減っている事だし、早めに出来上がりそうな肉料理のセットを持ってきてほしいと頼んだ。




 しかし、手紙は食欲が失せる内容だった。


(そうか、俺を殺す準備ができたって事か)


 手紙の内容は――


”いつもセーロの葉を採取している東の森に、人を案内して連れて行って欲しい。報酬は十分に出す”


 ――という内容を回りくどい言い回しで書いていた。


 俊夫は、書いているそのままに受け取らなかった。


 それも当然だ。


 誰が俊夫のような問題を起こした者に、道案内を依頼するというのか……。

 どう考えても街の外に誘い出し、油断したところで始末するつもりだろう。


(どうしようか……。毎日同じ事の繰り返しだしなぁ。ここにはセーブポイントも無いようだし、街を出ても良いんだけど。やっぱり天神っていうのを殺せば終わるのかな)


 この街での生活にも飽きてきていた。

 それに一向に復旧のメドが経っていないようだ。

 ゲームを終わらせるには、こちらからアクションを起こさないといけないのかもしれない。


 街を出るには、ちょうど良い機会なのかもしれない。

 そう俊夫は考えていた。


(それに対人戦っていうのも試してみたい。今回はイベント戦みたいだしな)


 今まで経験したまともな戦闘は狼の群れだけ。

 ギルドでの三人組は椅子に座っている時に殺したから、まともな戦闘とは言い難い。

 ここら辺りで戦闘を試してみてもいいだろう。


 いざとなったら逃げればいい。

 他の客の雑談に耳を傾けていた時に、ヒスパンという国が東にあるという。

 そこまで全力で走り続ければ、追いつける者もいないだろう。


 それに――


(俺を殺しにきた奴等を皆殺しにできれば、追っ手を撒く事ができる。何人いるかわからないけど、ミンチみたいにバラバラにして森ごと焼いてしまえば、死体の数はすぐにはわからないだろう。俺の生死確認に手間取っている間に隣国入りだ)


 ――なんとかなるだろうという楽観的な考えもあった。


 魔神の基本スペックは高い。

 それを生かせば戦い慣れて無くても、良い戦いができるかもしれない。


「おまちどおさま」


 それなりの時間、思索にふけっていたようだ。

 料理が俊夫のもとへと運ばれてきた。


「…………」


 今日の夕食はハンバーグ定食だ。

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