第13話 魔神捜索隊 1
翌日、俊夫は指定されていた8時ではなく、7時半にギルドに着いた。
これは特に何か考えがあったわけではない。
普段のクセだ。
大体の人は5分から10分前に、待ち合わせ場所に着くように行動をしている。
だが俊夫は、明らかに相手より早い時間に待ち合わせ場所に行くようにしていた。
これ一つではなんの意味もない。
だが”自分よりも早く来て待っていた”というだけではなく、相手に断り辛い状況を作るために他の事も含めて積み重ねていくのだ。
顧客の中には”いつも自分より先にいるから、早く行って先に待っていて驚かせるか”という者もいる。
にもかかわらず待ち合わせよりも早く行って、俊夫が待っていたらどう思うだろうか。
”詐欺だと疑い厳しい言葉を投げかけたのに、親身になって疑問に答えてくれる”
”時間の都合が悪いと何度も日を改めたのに、嫌な顔をせず予定日を変えてくれる”
”かなり早い時間からこちらを待たせないように待ってくれている。それもいつ来てもいいように姿勢を正して……”
一つ一つは些細な事だが、積み重なる事により相手に好印象を与える。
見知らぬ相手に営業をするのだ。
見えるところだけを繕うのではなく、見えないと思っているところも繕う事によって信頼を得る。
これがセールスマンとしての、俊夫の基本スタンスだ。
いつものクセで早く来てしまったが、それはそれでいいかもしれないと考えていた。
(早く着く事で、アルヴェスが依頼した暗殺者とのやり取りに遭遇するかもしれない。そん時のアルヴェスの顔が楽しみだ)
通常なら相談は済ませているだろう。
だが、最終確認をしているところに出くわしたら面白そうだ。
好奇心を胸に、俊夫はギルドへと入っていった。
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「ぐわっ」
カウンターに、フルプレートで完全武装している一団がいた。
彼らが俊夫を殺しに来たのかと、近づいたところで鼻っ面に一撃を貰ったのだ。
(またこれかよ……。種族の友好度補正どうなってんだ)
これは友好度補正というよりも、服装によるものだ。
しかし、それに気づかないあたり俊夫も抜けている。
「貴様っ、魔神信奉者か! 我ら神教騎士団の前に現れるとは良い度胸だ。そこに直れ!」
「お待ちを、彼が案内人です」
止めに入ったのはアルヴェスだ。
彼としても俊夫を殺してくれるなら大歓迎だったが、今回ばかりは事情が許さなかった。
「こいつが? ……わざと違うところへ連れて行かれるのではないだろうな」
「確かにアラン様のご心配はごもっともでございます。ですが彼は言動に問題はあっても、魔神信奉者としての疑われるような行動はございませんでした。教会で熱心に祈りを捧げているところも確認されております」
「なるほど」
いまいち納得していないような顔をしていたが、アランと呼ばれた男は拳を収める。
アルヴェスが会話している相手は、まだ20代前半のように若いながらも、アルヴェスが言葉に気を使うような立場のようだ。
この世界の住人にしては整った顔に、使命感を宿らせた強い眼差し。
それに短く刈り上げた金髪と立派な体が、精悍な印象を与えさせた。
「あのー、これは一体どういう事でしょう?」
「あぁ、この方々にお前の事を前もって話しておこうと思ったんだがな……。早く来たならいい。皆様、ひとまず会議室へどうぞ。そちらで説明を」
アルヴェスが先導して会議室へと向かう。
(もしかしてギルド内で仕掛ける気か? 人前じゃ面子があるからって、別室に連れて行くつもりじゃ……)
俊夫はローブのボタンを外し、いつでも腰のナタを抜けるようにして後を付いていった。
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会議室の中は俊夫とアルヴェスが並んで座り、対面に騎士が4人並ぶ形で座っていた。
ギルド職員が飲み物を配っていくと、コーヒーの匂いがした。
長らく飲んでいなかったコーヒーの懐かしい香りを、俊夫はじっくりと楽しんだ。
飲み物を配り終え、ギルド職員が部屋の外に出て行った事を確認してからアルヴェスが切り出す。
「それでは、ゾルド。まずはこれにサインをしてくれ」
「これは?」
「神への誓約書だ。ここで聞いた事を他言しないという事を約束して欲しい」
「それならまぁ、いいんですが」
それでもまずは内容の確認からだ。
出された誓約書を確認せずに、そのまま一発サインなどという事はありえない。
自分がそういう事をしてきただけに、念入りに確認する。
「早くサインをしてくれないと話が進まないのだがな」
「すいません、すぐ終わります」
これも口だけの返事だ。
”早くサインしてくれ”
急かして冷静に内容を吟味させない手口など、詐欺の常套手段だ。
そんなものに馬鹿正直に従う必要などない。
結局、5分ほどかけて読んだ結果、サインしても問題無さそうだった。
内容としては”ここで聞いた内容を公言しない事”というよくある内容だ。
気になった点は”これを破った場合、神より神罰が下る”と書いていた事くらいか。
「この神罰というのは?」
「今回の件なら、命を失うくらいの天罰が下るだろうな」
「そうですか……」
もし、これが自分を始末するための契約書だったら?
自分で自分の死刑執行書にサインする事になる。
しかし、俊夫はこれにサインした。
(って、俺が神じゃねぇか。神の名の下に殺れるもんなら殺ってみな)
”そう、自分は魔神。そもそもこれが天神への誓約書なら、そんなもの不履行で良し”
乱暴な考えではあったが、サインしなければイベントが進まない。
誓約書をアルヴェスに渡すと、アランが話を始めた。
「私は神教騎士団に所属する騎士アランだ」
「冒険者のゾルドです。よろしくお願いします」
挨拶を交わすと、アランが右手の中指にはめた指輪を見せる。
「これが証明だ」
「あのー、証明だと言われても……。神教騎士団の証明なんて見た事ありませんからわかりません」
「ふむ、そうか。そういう者もいるのか」
アランは納得したように頷き、指輪を上に向け、力を籠めるような素振りを見せる。
すると指輪から十字と円が組み合わさった、ケルト十字のような物が浮かび上がった。
「本物の指輪なら、こうやって十字が浮かび上がるというのくらいは聞いた事があるだろう?」
「はい。わざわざ見せてくださって、ありがとうございます」
俊夫はとりあえず礼を言う。
よくわからないが、アルヴェスも本物のように扱っているようだし、自分の身分を知っていて当然という態度を取っているのだ。
それでもわかりません、といってプライドを刺激するような真似はしなくていい。
相手に剣を抜く動機を与えずに済むなら、それに越したことはない。
「わかってくれたならいい。それでは、驚くかもしれないが……。重要な事を話さなければならない。心して聞け」
「はい」
こういった場合は真剣に聞くかどうかではなく、真剣に聞こうとする態度が大事だ。
背筋を伸ばし、アランの言葉に耳を傾けるフリをする。
俊夫の姿勢を見て、アランは深刻な顔で一気に吐き出すように話した。
「魔神が現れた。それもこの街のすぐ近くの森にだ!」
「……へ、へぇー」
”知ってます、私が魔神です”
そんな事は到底言えない。
だが、アランは俊夫の返事を致し方ない事だと受け取っていた。
「そういう反応も仕方ないだろう。千年前の天魔戦争の再来となるかもしれないなど、信じられないだろうからな。私もそうだった」
「その情報は確かなのですか?」
冒険者向けの口調でないのは、エンリケの件でとりあえず自分より上の相手には丁寧にしとけばいいと学んだからだ。
そのお陰か、アランも初の顔合わせの時よりは対応が柔らかく感じる。
「天神様がローマの神教庁に降臨なされた。直接そのお姿を拝見する機会こそなかったが、教皇猊下が確認なされたらしい。その際、ポルトの東の森に魔神がいるとの預言を受けたそうだ」
「なるほど」
(魔神でプレイしたから、ラスボスとして天神も設置されたのか。それと初期位置でちんたらしてるプレイヤーのケツを叩く仕様と。あるよなー、風景とか良いのに時間制限とか設けてじっくり見られないゲーム)
力の入れどころを間違えたゲームは数多い。
このゲームもそうなのだと再認識するだけであった。
「それで、私を選んだ理由とは?」
俊夫がアルヴェスに問いかける。
当然ながらアルヴェスは渋い顔で答えた。
「ある程度東の森に慣れている者。最低限足手纏いにならない者。そういった中で他に居なかったのだ。10日ほど前には3人ほど他に居たのだが死んでしまった」
「おや、それはお気の毒に。お悔やみ申し上げます」
人前で無ければアルヴェスは掴みかかっていただろう。
だが”こんな奴でも今は必要な人間だ”という思いが彼を抑えさせた。
彼だけではなく、社会全体において魔神の捜索は重要な事だからだ。
ギュッと机の下で拳を握り締めるだけで我慢した。
それにこの場には事情を知らぬ者達が多くいる。
表向き、俊夫はお悔やみを言っただけ。
それを咎めた場合はあの出来事を話さなければならない。
そうなると、ローマにまで噂が流れるかもしれない。
それは自身の評価を落とすだけだ。
グッと堪えなければいけない。
表向きは謝罪した相手を、ついつい煽るあたり俊夫も性格の悪さを隠せていない。
「まぁ、それは置いておいて。そういった事情であれば受けさせていただきます。世界の問題ですので」
居もしない魔神を必死に探す姿はさぞかし滑稽だろう。
間抜けな姿を見物するのも面白そうだ。
そう思うと断れない。
「ところで、たった4人で捜索されるのですか?」
俊夫は当然の疑問を投げかける。
アランもその質問を想定したのだろう。
案内人に不安を解消するために、説明を始める。
「我らは先遣隊だ。本隊は城で領主殿と相談し、出撃の準備をしている。いきなり全軍で出かけては、気取られて逃げられるかもしれないからな」
「とはいえ、森は結構広いですよ。私もセーロの木の群生地までしかわかりません」
「問題ない。この後、魔神探索のギフトを持つ神官と合流する予定だ。範囲はさほど広くはないが、森の中に入って使えば森全体くらいは捜索できるだろう」
「な、なるほど。ところでギフトとは?」
「なんだ、そんな事も知らんのか。魔法とは違う、生まれた時に神より与えられた力だ」
「田舎暮らしでしたので。教えてくださって、ありがとうございます」
(おいおい、なんでそんなピンポイントの能力持ってんだよ。……あぁイベント戦闘だからか。逃がさないように気を付けて、ここで始末しておかないとな)
初のイベント戦闘――だと思い込んでいる――が始まる。
正直なところ、今は少し楽しみになってきていた。
こうして話をしている相手が魔神だと知ったらどういう顔をするのだろうか。
想像するだけでも愉快な気分になってくる。
「いつ頃出発される予定ですか?」
「案内人が来て、事情を説明してからだと思っていたからな。考えていたよりも早いがそろそろ出ようと思う」
「わかりました。ところで皆さんは荷物は無いのですか? 水筒とかは必要だと思うのですが」
普段は水筒などはアイテムボックスに入れている。
だが今回は怪しまれないようにと、カバンに水筒を入れて持ってきていた。
それに対し、神教騎士団の面々は手ぶらであった。
「水や食料に関しては問題無い。我々にはこれがあるからな」
アランは腰に下げていたこぶし大の袋を持ち上げ、袋の口を開ける。
次元を歪ませているのか、中は広くなっており多くの袋が入っていた。
「このマジックポーチがあれば荷物には困らん。もし必要なら用意する時間くらい待てるぞ」
「それではギルドの酒場でパンと果物だけ貰って来ます。それならすぐに用意できるでしょうから」
「そうか、では我々は着替えてからそちらへ向かう」
「わかりました。それではお先に失礼致します」
俊夫はカップに残っていたコーヒーを飲み干し、席を立とうとしたところでアルヴェスに声をかけられる。
「報酬の話はいいのか?」
「あぁ、忘れてました。私には想像できないような危険事態の話だったので」
この後の戦闘に気を取られていて忘れていた、なんて言えない。
それっぽい言い訳をしていた。
「基本報酬は10万エーロ。そして、魔神の痕跡を発見したら追加で100万エーロを支払う。もし魔神本体を発見した場合は、1億エーロを最低限保証する。それぞれ状況次第で増額も検討しよう」
「ん~、もう一声良いですか?」
「なんだ、どれくらい欲しい」
この非常時に……。
賃金交渉なんてしている時ではないというのを理解していないのか。
そんな言葉が、アルヴェスの心の内から表情に出ている。
だが、俊夫はそんなものを気にしない。
「酒場での水、食料代。それとバスケットや水筒の代金もギルド持ちでお願いします」
「なんだ、その程度か。かまわん、ツケておけ」
「ありがとうございます」
今度こそ、俊夫は一礼の後退出する。
本来ならここで聞き耳を立てたいところだが、人が近づかないように会議室の扉の左右にギルド職員が控えていた。
仕方がないので、大人しくギルド内に併設されている酒場へと向かう。
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ここへ来るのは騒動以来だ。
だが、酒場で働く者は当然のごとく俊夫の事を覚えていた。
皆が露骨に嫌な顔をしている。
目を合わそうとせず、近付きもしないし話を聞こうともしない。
そこでカウンターから厨房に向かって声をかける。
「すいません。アルヴェスさんからの依頼で必要なんです。食料と水をください」
どんな状況でも使える魔法の言葉。
相手の上司の名前を出す。
これで相手は俊夫を無視したり、避ける事が出来なくなる。
アルヴェスの名を騙ってまで、すぐにバレる嘘は吐かないだろうとは皆わかっている。
それに事情は知らないが、昨日から慌ただしい事は確かだ。
大人しく俊夫の話を聞く事にした。
「どの程度必要なんだ」
「とりあえずパンと、リンゴみたいなそのまま食べられる果物をバスケットに詰めてください。あとはこのカバンに入りそうな量の水筒もいくつかください」
「わかった、すぐに用意する」
アラン達、騎士は食料を持っているというのに、なぜ俊夫は多くの食料を頼んだのか。
いざとなったら逃げる時の為にだ。
森にある果実は絶対に口にしたくない。
何日かは持ちそうな量は持っておきたかったからだ。
他人の財布、それもギルド持ちだからこそ遠慮なく頼めるというのも大きかった。
「ほらよ」
思いの外早く用意できたようで、要求通りの物が揃えられていた。
厨房のコックだけではなく、ウェイターも総出だったのはきっと気のせいだろう。
運搬用の頑丈な背負い式のカバンとはいえ、やはり詰め込むと肩紐の部分が悲鳴を上げるので仕方無く量を減らす。
森の中で一人きりならば、カバンごとアイテムボックスに入れておけば良い。
だが、今回はそれができない。
ローブ備え付けのアイテムボックスは、アランの持っていたマジックポーチとは仕様が違うようだ。
そこから何か勘付かれるかもしれない。
人前で出し入れするよりは、カバンに収まる範囲にしておかねばならない。
「準備はできたか?」
丁度カバンに積め終わった時、着替え終わったアラン達が酒場へ来いたた。
アラン達はフルプレートの鎧から、森の中を歩くために軽装に変わっていた。
胴体に不思議な光沢のチェインメイルを着て、その上に真新しいレザーアーマーを上下着込んでいた。
ヘルメットなどは被っていない。
「はい、大丈夫です。ところでその鎖帷子は何で出来ているんですか? 鉄ではなさそうですけど」
「これはミスリルだ。騎士団員に支給される物だが、希少鉱物で珍しいのかもな」
「そうですね、初めて見ました」
そういってチェインメイルを凝視する俊夫を、微笑ましいで見る面々。
騎士団員の装備はそれだけ特別なのだ。
魔法によって強化されているもの、希少な素材を使っているもの。
そして世界各地から優秀な人物のみが集められ、 選抜をくぐり抜けてきた事の証明。
自分たちの努力の証明でもあるので、人に見られるのは誇らしくもあった。
尊敬の目で見られる事はよくある事なので、俊夫にも気の済むまで見てくれればいいと思っていた。
しかし――
(4人分なら結構な量があるな。これだけあれば結構な金額になりそうだ。……あっ、希少鉱物なら販売ルートも限られるな。けど、このゲームなら闇ルートもありそうだし、回収だけしておけばいいか)
――俊夫もそうだとは限らない。
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