第14話 魔神捜索隊 2
以前、俊夫が訪れた教会。
そこに合流予定の神官がいるというので、アラン達と共に教会へ向かった俊夫。
その神官は、想像通りの姿であった。
(神官っていうよりもシスターって感じの服装だな。年は20代前半くらいかな? あっ、体つきは好みかも)
顔に触れない時点で全て察してもらえるだろうか。
この世界の住人としては決して悪くはないが、俊夫の好みでは美人とは言い難い。
そんな微人だった。
「コラッ! いくらミレーナ様がお美しいからといって、そんないやらしい目で見る奴があるか!」
ゴツン、と頭頂部に一撃をもらう。
殴ったのは騎士の一人のマウリシオ。
アランの連れている部下の中でもっとも年長であり、若いアランをサポートする立場のようだ。
だからか、今回は率先して俊夫に注意した。
「すみませんでした。つい……」
「いえ、いいんですよ」
ミレーナが頬に手を当て、少し困ったように首を傾げる。
ほんのりと頬を染めている事から恥ずかしがっているようだ。
本来なら可愛らしい仕草に見えるのだが――
(チェンジで)
――俊夫は好みのタイプ以外には厳しかった。
「それにしても、そのような恰好で大丈夫ですか? 森の中を歩きますよ」
「大丈夫です。これでも体力には自信があるんですよ」
そういってグッと胸の前で拳を作るミレーナに、俊夫はイラッとする。
(体力の話なんてしてねぇ! いや、悪気は無いんだ。落ち着け、俺。……本当に悪気は無いのか?)
マウリシオが言っていたように、ミレーナはこの世界基準では美人なのかもしれない。
それならば、自分が美人だという事を理解しての行動なのかもしれない、そう俊夫は考えた。
年齢を考えれば痛々しい行為だが、ミレーナは狙ってのものではない。
常日頃から人を騙し、食い物にしてきた俊夫がひねくれているだけだ。
「ですが、彼の言うように魔神に遭遇するかもしれない事を考えると、こちらの装備に着替えて頂きたい。そこの者、ミレーナ様のお着替えを手伝うように」
「アランもそういうのでしたら」
ミレーナに着替えを促したアランの手には衣装ケースがあった。
衣装ケースをその場にいたシスターに渡し、ミレーナはシスターと共に教会へと入っていった。
「ミレーナ様はいつもああいった感じですか?」
「……ギフト持ちは教会にて保護される。俗世の者とは関わり合いにならないのだから仕方がない」
どうやら年齢の割りに心許ない、というか幼いような印象を受けるのは他の者も同じようだった。
「大丈夫ですかね」
「……大丈夫だ。信じろ」
敵ながらも俊夫は、少し心配してしまった。
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「疲れました。休みませんか」
体力に自信があるとは何だったのだろうか。
これで森に入った2度目の休憩だ。
”森の外周からセーロの木の群生地まで、大体30分も歩けば着くのに”
そう俊夫が不満に思うのも仕方ない。
だが、森の中は慣れていない者が歩くには厳しく、俊夫が30分で行けるのもスタミナが尽きないからに過ぎない。
木の根でボコボコとしており、落ち葉が朝露に濡れて滑りやすくなっている。
そんな足場では一層の気を使い、疲れが増して感じられてしまうのだ。
それでも”疲れたので察してくれ”と、こちらから休憩を言い出すのを待っていられるよりはずっと良い。
そのように考える事で気を紛らわせていた。
扱いを見る限り、騎士のアランよりも地位は上のようなので、表情には出さないよう細心の注意を払っている。
「それではこちらへどうぞ」
「あら、ありがとう」
俊夫は倒木の上にタオルを敷き、そこを勧める。
これは先ほどの休憩時にもやったことだ。
箱入り娘のミレーナは苔むした木や、地べたに座る事を嫌がった。
なので俊夫がタオルを敷いてやったのだ。
アラン達は装備や食料、医薬品といった物は揃えていたが、タオルやハンカチといったものを失念していたのだ。
日帰りであったからというのもあるだろうが、普段の作戦行動は男だけでするので、こういった物に無頓着だった事もある。
小用はそのまま、大きい方はその辺の葉っぱで。
汗は袖で拭えば良いという考え方だった。
神教騎士団は精鋭の集まりなのかもしれないが、戦闘以外の分野では頼りないのかもしれない。
「お前はなんで冒険者なんてやってるんだ? そうやって気が利くなら別の仕事にも就けそうなのに」
「いやまぁ、色々ありまして」
「わざわざ冒険者になるくらいだ、聞いてやるな」
「あら、冒険者だったのですか? 私はてっきり魔神信奉者なのかと」
ミレーナの言葉に、その場は静まり返る。
少し重い空気の中、アランが口を開く。
「アルヴェス殿が大丈夫だと言ったから信用はしている。してはいるのだが、なぜそのような恰好をしているのかくらいは教えてくれないか?」
(余計な事を……)
舌打ちでもしたいところだが、そんな事をすれば怪しまれるだけだ。
俊夫は笑顔から、少し照れたような表情をし、言い辛そうに答える。
「実は冒険者になろうと思ったのは良いのですが、その……。新米冒険者ってベテランからイジメられると聞いたので、こういう恰好なら舐められたり、イジメられずに済むのではないかと思いまして……」
「だが、そんな恰好では余計にイジメられるのではないか?」
「いえ。時々私のような考えの者がいるようで、むしろ生暖かい目で見られてました」
「そうか……、それはそれで辛いな」
イジメられていたとはいえる。
だが、それは俊夫がアルヴェスに対して放った言葉が原因であって、服装が原因ではない。
その事まで一々言わなくてもいいだろうと、俊夫は言わなかった。
俊夫はアランから情報を引き出そうと、駄目でもともとの気持ちで聞いて見る。
「こちらも聞きたいのですが、魔神が現れたというのはいつ頃の情報でしょうか?」
「大体20日前だな」
(やっぱり、ゲームをプレイした時に設置か)
「そんなに前なら、もう居ないんじゃないでしょうか」
そこでアランは渋い顔をする。
「早く来れたら良かったさ。しかし、1,000の兵を運ぶには船じゃないとダメだったからな。ローマからじゃ2週間程度かかるのは仕方ない。居ないかもしれないとは思うが、天神様の命令とあっては騎士としての確認するのは当然の事だ」
「なるほど、だから騎士が4人なんですね。遭遇しないかもしれないから」
「いや、正確には騎士は1人だ」
横からマウリシオが俊夫の発言を訂正する。
「アラン様は正騎士、我々は騎士見習いだ。神教騎士団は正騎士の定数が決まっており、選抜に漏れた者は騎士見習いとして正騎士の分隊に配属される。まぁ、兵士の呼び方が騎士見習いになったと思えばいい」
「そういう仕組みになっているのですね。今まで神教騎士団と関わり合いになるとは思わなかったので、初めて知りました」
(プロスポーツの1軍、2軍みたいなものかな?)
俊夫の考えは大体当たっていた。
プロスポーツのようにクビにされないのが、マウリシオには幸運だったかもしれない。
神教騎士団にいるだけでもステータスになるし、所属年数が長いベテランは例え騎士見習いであったとしても価値がある。
後進の育成、若手騎士のサポートなど仕事は多い。
正騎士になれずとも、彼らは入団を許される程度には優秀なのだから。
「ところでゾルド。なんでお前はそんな喋り方をするんだ? 冒険者らしい話し方はもっと違うと思ったが。ちょっと冒険者らしい喋り方してみろよ」
「あぁ、いいよ」
ピクッとマウリシオの眉が動く。
「ねっ。今イラッとしたでしょ?」
「そんな事は……。いや、すまん。殴ろうかと思った」
「冒険者らしい喋り方すると、なぜか殴られるんですよね~」
「それはあれですよ」
今まで黙っていた騎士が話に入ってくる。
「普通の冒険者は敬語を使ったりできないから良いのですが、ゾルド殿は丁寧な対応もできる。それに物腰もどこか他の者と違うので”馬鹿にされている””見下されている”という風に受け取られるのではないでしょうか。できないからやれないというのと、できるのにやらないというのは大違いですから」
今まで物静かだった分を取り戻すかのように、長文で喋り出した騎士見習いA。
だが、その意見に俊夫は納得できた。
普段と違う話し方をする事で”NPC如きが”という思いが漏れてしまっていたのかもしれない。
フリードの意見を聞いた事によって、酷い目にあったものだ。
「それでは、そろそろ行きましょうか」
少し休んで体力が回復したのだろう。
ミレーナが立ち上がり、先へ進もうと促す。
「今までのペースなら後20分ほどで着くと思います。もう一息です。頑張りましょう」
「はいっ」
ミレーナの返事は良かったが、結局もう一度の休憩を挟む事になる。
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「ここがセーロの木の群生地です。お疲れ様でした」
「ここが……」
俊夫以外の5人が顔をしかめる。
到着する前からだが、今はセーロの葉の臭いが強く漂っていた。
「セーロの丸薬の原料とはいえ、これは臭いですな」
「まったくだ。こんなところにいるとは、さすが魔神だ」
「これが気にならないくらい、魔神の体臭はキツイんでしょう」
「それなら探す手間が省けそうですな」
(よし、殺す)
思い思いに言葉を放つ騎士達に、俊夫は最後の良心を捨てた。
その時の気分次第では、身ぐるみを剥いで、両手を後ろ手に縛ってから川に投げ込むくらいにしておこうと思っていたのだ。
(毎日のようにこの臭いに耐えていたのに……。けど、なんで俺こんな採取活動耐えられていたんだろう)
生きるためとはいえ、我が事ながらよく耐えていたものだ。
苦しい生活に、どこか麻痺してたのかもしれない。
そんな事をつい考え込んでしまう。
「この臭いには耐えられません。早く済ませてしまいましょう」
「はっ!」
やはりミレーナには耐えられなかったようだ。
おそらく天神の命令でなければ、どこかに立ち去っていたかもしれない。
ミレーナは自分のマジックポーチから、ゴテゴテとした装飾のある杖を取り出すと地面に突き刺す。
それを見てアランがミレーナの背後へ、そしてさらにその背後にマウリシオ達騎士見習いが並ぶ。
俊夫が呆気に取られていると、マウリシオが俊夫に手招きをしながら声をかける。
「ゾルド、こっちだ」
「これはどういう事でしょうか?」
「神官が何か儀式をする時は序列順に並ぶんだ。お前も並べ」
(並べって言われても)
どこに並べばいいのだろうか。
アランの横は問題外だろう。
ならばマウリシオの隣か?
それも違う。
マウリシオは見習い騎士の右端に並んでいる。
見た目の年齢を考えれば、こちらが序列では上だろう。
ならば、マウリシオと反対側に並ぶべきか。
そこまで考えて、俊夫は荷物を降ろしてから見習い騎士の後ろに並ぶ。
「ここに並べば大丈夫ですよね」
「大丈夫だ、問題無い」
問題は大有りだった。
民間人ならば、初めて見る儀式をよく見ようと、見やすい位置に行こうとしてもおかしくない。
なのになぜ俊夫がわざわざ儀式を見辛い最後尾に自ら並んだのか。
その事に少し考えを巡らせるべきであった。
ミレーナが熱心に祈りを捧げている。
すると、ミレーナの体から光が零れ始め、その頭上に光が集まっていく。
そして光がある程度集まると、少しずつ形作られていく。
(風見鶏が回転してる!?)
建物の屋根に付けてあったりする、風の方向を調べる鶏の形をした計測器だ。
それがミレーナの頭上で回転している。
回転が止まった時、魔神の居場所を示すのだろう。
「ギフトが発動した。という事は近くにいるぞ。注意しろ」
ミレーナの邪魔をしないよう、アランが背後に小声で注意を呼び掛ける。
この時、俊夫もそっとローブのボタンを外す。
やがて回転が緩やかになり始め、皆がそちらに注目している時、俊夫が行動を起こす。
「ッ……」
マウリシオの頭部が背後からナタで真っ二つに叩き割られた。
この時、力を入れ過ぎたのか、ナタがレザーアーマーかチェインメイルに食い込んでしまった。
下手に抜けば折れそうな感触。
やむを得ず、俊夫はナタを使う事を諦める。
「貴様っ」
突如の行動に驚き、言葉を漏らすのが精一杯だった。
残りの騎士見習い2人は俊夫に掴まれてしまう。
そして頭をかち合わされ、頭部が砕けた。
ボス戦では、しっかりと雑魚を倒してからボスと戦う。
俊夫はそういうタイプだった。
ボス――アラン――の方を見ると、アランはすでに剣を抜き、俊夫に向き直っていた。
流石に行動が早い。
「ゾルド、もしかしてお前が!」
その時、風見鶏が俊夫を指して止まり、鳴き声を上げる。
「そうさ。俺が魔神、魔神ゾルドだ。それじゃあ、ごきげんよう。アラン」
俊夫は不敵な笑みを浮かべ、アランに笑いかけた。
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