第15話 魔神捜索隊 3
「ゾルド、貴様っ。よくも皆を殺してくれたな」
「魔神がいるかもしれないっていうのに、整列してる方がバカなんだよ。どうせ入団してからは儀式とかの練習ばっかりで、戦闘訓練はほどほどだったんじゃないか」
「黙れっ!」
図星をさされたのか、アランは激昂する。
素早く踏み込み、胴を薙ぐように大きく横から剣を振る。
「おっと」
しかし、来るタイミングがわかっていたので、それを俊夫に躱されてしまう。
話をしている最中に行動を取る人は少ない。
言葉を切り終えてから動き出すのだ。
大体の場合は『黙れっ』の場合、『っ』のタイミングで動き出すのだ。
これは過去に騙してきた相手に殴られた時に、自然と身に付けたタイミングの見極め方だ。
アランが話終わるタイミングで下がっただけだが、それが有効だった。
そうでなければ、一撃は貰っていただろう。
「ふはははは、バカめ。森で剣を振り回すからだ」
「くっ」
アランは横に大振りしたために、木に剣が食い込んでしまった。
森での戦闘に慣れていなかったのだろう。
それを俊夫は笑う。
「それじゃあな。死ねっ! ……あれ、剣が抜けない」
せっかくのイベント戦闘なので、初めて邪聖剣なんて御大層な名前の剣を使おうとした。
しかし、剣が抜けない。
背中に下げた鞘から剣が抜けない、刀身が長すぎるのだ。
半分ほどは抜けるが、そこからは引っかかってしまう。
手の長さが足りていない。
「バカはお前だ。剣を背負うなら鞘は抜きやすい物を使うものだ」
木に食い込んだ剣を抜こうと足掻く者。
鞘から剣が抜けないと四苦八苦する者。
傍目からは滑稽だが、本人たちは必死だ。
極短時間であるにも関わらず、必死になっている分長く感じる。
(そうだ、背中に下げてるから抜けないんだ。背負うのを止めて、鞘を捨てれば良いんだ)
その事に気付いた俊夫が肩から外そうとすると――
「遅いっ!」
――先に剣を抜いたアランが、そうはさせんと剣で突いて来る。
「ちぃ」
アランの剣は俊夫の手を狙っていた。
剣は抜かせない、というアランの意思が感じられる。
ここから俊夫は防戦一方になってしまった。
ローブのお陰で切られたりはしないが、それでも木刀で殴られているようなものだ。
しかも、ただの剣というわけではなく、スタンガンでも押し付けられた時のような打撃とは違う感覚。
(ちくしょう、魔神相手だから光だとか聖属性みたいなのが付いてる剣か!)
戦闘モードになっている体で、ローブ越しに腕で受けているにも関わらず痛い。
自然治癒能力ですぐに痛みが消えるが、そうでなければ今頃は痛みでのたうち回っていただろう。
苦しむ俊夫の姿を見て、アランは間断なく攻撃を繰り返す。
森での戦い方がわかれば、そこからは流石に隙を見せない。
騎士として、高い技量は元々持っているのだ。
――そして、最初に隙を見せたのは俊夫だった。
「ぎぃぃぃやぁぁぁぁぁぁ」
腕で剣を防ぐのに失敗した。
アランの突きは俊夫の左手、中指から小指までの3本を切り落とす。
「だがらぁ、だがらいっだのにぃぃぃ」
『なんだよ、これは……。防刃のフィンガーレスグローブってなんだよ。指先まで保護しろよ』
装備セットの解説文を見ていた時の事が脳裏に浮かぶ。
防刃製とはいえ、むき出しになっている箇所があれば意味がない。
思わず傷口を右手で抑える。
だが、そんな隙を見逃すアランではない。
「もらったぁ!」
アランが狙う先。
そこはローブがはだけて無防備になった腹だ。
ナタを抜くためにボタンを外していたのがアダとなった。
「あ……、あぁ…………」
腹に剣を突き立てられた。
そして剣に力が籠められ、背中へと突き進んでいく。
”このままでは死ぬ”
そう直感した俊夫は後ずさりしようとし、木の根につまずいた。
倒れた拍子に剣は抜けたが、それでもその傷は深い。
「それじゃあ、ごきげんよう。ゾルド」
先程の言葉が俊夫に返ってくる。
アランは剣を逆手に持ち、俊夫の胸に剣を突き立てた。
「…………ぃ」
”助けてください”
そんな命乞いの言葉すら口にする事ができない。
――このまま何もしなければ死ぬ。
しかし、何ができるというのか。
(嫌だ、死にたくない)
そう思うと自然と涙が溢れてくる。
だが、無事な右手に武器は無く、ナタも使用済み。
ただ空しく地面を掴むばかり。
(あっ)
俊夫は気付いた。
そしてすぐさま、小石混じりの砂をアランの顔に叩きつける。
「ぐわっ、卑怯な」
俊夫の力で叩きつければ、小石混じりの砂も散弾と化す。
顔に負傷し、目も潰れたアランが後ろに倒れ込む。
そんな状態でも剣を手放さなかったのは、騎士としての意地だろうか。
(治れ、早く治れ)
俊夫からすれば、アランの目に砂が入っただけとしかわからなかった。
アランが復帰するまでに逃げなければいけない。
そう思い、まだ完治していない体を起こそうとする。
痛みが酷いが、命を失うよりはマシだ。
通常ゲームならば問題ないとはいえ、このゲームは別。
現実の体の心臓まで、ショックで止まってしまうかもしれないのだ。
ゲーム内とはいえ、死ぬわけにはいかない。
ここがまだゲーム内と思ってはいても、その恐怖心は本物である。
後ろ向きな考えになっていた俊夫であったが、アランが顔を抑え、悶え苦しむ姿を見て考えが変わる。
(効いているのか? 砂が? ……いや、石か)
車のタイヤに弾き飛ばされた石はかなりの勢いで飛ぶ。
小石であっても怪我をする人がいると聞いた事があった。
なら、魔神の力で投げつければどうなるか。
(そうか、効いているのか。なら動けない今の内に――)
「【ヒーリング】」
ここまで空気のような存在であったミレーナが、ここに来てその存在を主張する。
彼女は特殊な能力があるからというだけではなく、一定レベルの魔法は使えるのだ。
これはミレーナが頼りなさそうな奴だと、意識から除外していた俊夫の手落ちだった。
仮にも神官。
侮るべきではなかった。
ミレーナの魔法により、アランは復帰する。
また一からだ。
「よくもやってくれたな。この借りはしっかりと返させてもらうぞ」
アランは治ったはずの顔に手を当てながら言う。
「お前だって、俺の指を……」
指の仇を取らせてもらう。
そう言おうと思ったのだが、いつの間にか左手の指が治っている。
だが、指を切り落とされた恨みは消えない。
「痛みの分は返させてもらう」
俊夫は素早くしゃがみ込むと、小石混じりの砂を握り込み、アランに投げつける。
だが、アランは俊夫がしゃがみ込んだ時点で読んでいた。
左腕で顔を隠し、胴体に当たった小石は皮の鎧を貫通しても、鎖帷子に弾かれる。
(ならば!)
今度は鎖帷子を着込んでいない下半身に狙いを定める。
すると今度は皮の鎧を貫通し、太ももに突き刺さった。
1cmほどの小石といえど、非常に高速で入射角が良ければ皮の鎧くらいは貫通するのだ。
アランにとって不運だったのは、このレザーアーマーがローマで購入し、船の中でサイズを手直しした物だという事だろう。
神教騎士団では、レザーアーマーは正規品の装備として支給されないのだ。
希少な装備を優先的に回した事による弊害であった。
それが森の探索用に軽装になる必要が出来た今、裏目にでてしまった。
せめて魔装技師による施術が施されていれば、こんな事にはならなかったのだが
「【ヒーリング】」
またもミレーナが回復魔法をかける。
涙ながらに俊夫がアランの下半身に石を投げつける。
足が使えないアランはせめて目くらましになればと、俊夫の顔に砂を投げつける。
……まるで砂場で喧嘩をしている子供。
しかし、命が掛かっているだけに、その必死さが下手な喜劇よりも笑いを誘う。
(くそっ、体育の授業で剣道とか柔道を真面目に受けとけば良かった。なんとかならないか)
このやり取りを幾度か繰り返し、俊夫が状況の打破に動く。
「死ねぇ、クソアマァァァ」
「ひぃっ」
俊夫はミレーナに狙いをつける。
今までアランが狙われていたところ、突如自分が狙われたのだ。
恐れのあまり尻餅をつく。
「させるか」
当然、アランはミレーナを守ろうとする。
そのアランの下半身に俊夫は石を投げつけた。
ここまでは今までと同じ流れ。
しかし、今回はミレーナが腰を抜かして怯えており、魔法を使える状態ではない。
「死にさらせやぁぁぁ」
膝をついたアランの頭に、俊夫の鉄槌打ちが炸裂する。
ある程度、同じ動きが続いてその流れに慣れてきた時。
ミレーナが回復魔法を使えないタイミング。
それが俊夫の狙っていたチャンスだ。
「アラーン!」
ミレーナの声に答える者はいない。
俊夫の一撃でアランの頭は砕け、飛び散っていた。
結局、人間相手なら己の肉体こそが最大の凶器だったのだ。
「手間ぁ、かけさせやがって」
さすがにミレーナに戦闘能力は無いだろう。
悪役のような台詞を吐き、俊夫はひと息つく。
(指は……、よし。腹の傷も治ったか)
怪我は治った。
しかし、出血と泥で酷い有り様だ。
だが、ミレーナはもっと酷い有り様だった。
アランが死に、次は自分の番だと思ったのだろう。
泣き顔で顔はグシャグシャ、股間は濡れている。
(あーあ。微妙な美人だったのが、残念な人になっちゃったよ)
そう思い、俊夫は冷めた目つきでミレーナを見つめる。
その目つきをミレーナは”自分を殺すつもりなのだ”と、より一層泣き声を上げる。
だが、俊夫にそんなつもりはない。
聞き出す事があるのだから。
「ミレーナ」
「イヤァ! やめて、来ないで」
先ほどの俊夫とアランのやり取りのように、地面を掴んでは投げる。
しかし、その威力は弱い。
俊夫が目の前まで来た時、恐怖のあまり彼女の筋肉が弛緩した。
「あぁ、イヤ。イヤァァァ!」
静かな森に響く排泄音。
ミレーナは先程よりも大きな声で泣き叫び、腰が抜けているため逃げる事ができず、今は顔を手で覆う事しかできない。
そんなミレーナに、俊夫は優しく抱き着く。
「大丈夫だよ、ミレーナ」
「えっ」
「【クリーン】」
俊夫の洗浄魔法によって、全てが洗い流される。
俊夫の服の汚れも、ミレーナの排泄物も全てだ。
「ミレーナ、君に酷い事はしない。聞きたい事があるだけなんだ。教えてくれるかな」
「……答えられる事でしたら」
人が怯えていたり、困っている時に優しい声をかけて近づく。
弱っているからこそ、人に頼りたい。
そして頼ろうとしている人にはガードが甘くなる。
そこを騙して利益を得る。
犯罪者の常套手段だ。
ミレーナがこの状況に思考が追い付かず、混乱した状態だというのも都合が良かった。
「君の持っている魔神探索のギフトだったかな。他に持っている奴はいるのか?」
「いえ、ギフト持ち自体が珍しいので、他にはいません」
(そんな珍しい奴をなんでこんな少人数で……。平和ボケでもしてるのか?)
「似たような能力持ちは?」
「魔族を探すギフトを持っている方はいますが、高齢でローマから遠出はできないかと思います」
ミレーナに情報を保護するという考えはない。
そもそも、情報の重要性という教育を受けていないのだから仕方がない。
(なら追跡はこいつが居なくなれば、恐れる必要が無くなるって事だよな)
ミレーナにはここで死んでもらうしかない。
生かしておく理由もないので当然か。
その前に、最後にもう1つ聞いておく事がある。
「魔法はどうやって使えばいいんだ」
「えっ、先ほど使っておられたのでは?」
「さっきのは特別だ。火や水といった魔法を使う方法を知りたい」
”魔神なのにそんな初歩的な事を聞くの?”
そう言いたげな顔をするミレーナだが、大人しく問いに答える。
「魔法は魔力を持っている事は当然として、魔法適正のある者でないといけないと聞いております」
「そ、そうか」
ここで適当にスキルを選んだ事が裏目に出た。
(そういえば全属性魔法適正セットとかあったような……。適正が無いと魔法が使えないとか、マジか)
適正が無いという事は、お得用魔法スキルセットが腐る事になる。
どうせ魔法の熟練度が早く溜まる程度だろうとスルーしてしまったのだ。
もったいない事をした。
こんな事になるならば、もっと吟味して選べば良かった。
ここで俊夫は気付いてしまった。
(魔法だけじゃない!? 最初に取ったスキル以外は、他のスキルとかも使えない可能性も……)
そういえば、魔神なんていうラスボスっぽい種族のクセに状態異常耐性すら無かった。
後天的に取得できるスキルがあるかどうかもわからない。
説明書を読んでいないので、レベルを上げて覚えるタイプなのか、どこかで修行して覚えるタイプのゲームなのかもわからない。
これでは力が強く、頑丈なだけの人間ではないのか。
――後悔先に立たず。
俊夫はその言葉を噛み締めていた。
本当なら他にも質問したい事があったが、全部吹き飛んでしまった。
「ミレーナ、ありがとう。役に立ったよ、立てるかい?」
そっとミレーナの腰に手を回し、優しく抱き起こす。
俊夫の行動に、ミレーナは顔を真っ赤にする。
先ほどの惨劇の事は忘れたわけではなかったが、こうして異性に扱われるのは初めてだったからだ。
「あ、あのっ」
俊夫の顔が近い。
ミレーナが年頃になってから、こんなに異性に近寄られたのは初めてだ。
箱入り娘とはいえ、漏れ聞こえる話の中に男女の営みに関するものくらいはある。
ミレーナだってこの年になれば、意味くらいはわかるのだ。
目の前にいるのは魔神だ。
ならば、きっとこの後は……。
想像するだけで、顔から火が噴きそうになる。
「さぁ目を瞑って」
俊夫がミレーナの耳元で、優しくささやく。
死にたくない、けど汚されるのも嫌だ。
そうは思うが、ミレーナの体が硬直する。
ただ、俊夫の言う通りに目を瞑る事。
それだけが出来る行動だ。
やがて、唇に柔らかい物が触れ、口の中に舌が入ってくる。
(怖い……。けど、魔神をも魅了してしまうなんて。美しさって罪ってこういう事なのね。強く抱きしめるのはいいのだけれど、もう少し優しくして欲しいな)
ミレーナは現実逃避をするが、それも終わりだ。
「グェェェ」
ミレーナの一気に身体を抱きつぶされ、胸から後ろに逆U字に折れ曲がる。
(なんで、どうして。こんな事……)
それがミレーナの最後だった。
「オェェェ、ゲェェェ。【クリーン】【クリーン】」
そう、実は先ほどの声も俊夫のものだった。
男とは悲しい生き物だ。
好みのタイプで無くとも、抱きしめたり密着した場合は美人度が2割、3割増しになる。
そこでついついスケベ心が出てきてしまい、キスしてしまったのだ。
問題はその後、抱きしめて潰した時に起こった。
キスをしていたから、潰れた内臓から逆流した血液が、口移しで俊夫の口内に流れてきたのだ。
完全に自業自得である。
洗浄したにも関わらず、水で口をゆすぐくらいには嫌な感触であった。
(あー、まったく酷い目にあった。だが、時間をかけるわけにはいかない。さて、女に見られていたら恥ずかしい事でもするか)
そう、RPGならば必須の行為。
――死体漁りだ。
この時ばかりは心が躍る。
まずはアランのマジックポーチに手をかける。
(おー、すげぇ。なんだこれ)
俊夫のアイテムボックスも不思議な仕様だが、マジックポーチも凄かった。
精々が20cm四方の袋のはずが、中は広くなっている。
俊夫の腕が肩口まで入るほど深い。
それでいて腕は袋から突き出たりすることなく、パッと見では腕が無くなったようにさえ見える。
(中身は後で調べられる。とりあえず回収を急ごう)
死体から剣、鎧、鎖帷子、指輪。
金になりそうなものを洗浄で血を消しながら、剥ぎ取ってアイテムボックスに入れる。
胸ポケットのアイテムボックスは、近づけた時に中に入れようと思えば入るのだ。
鎧のように大きい物でも簡単に収納できる不思議性能だ。
回収をしながら、最後のマウリシオのところで溜息が出る。
(高かったんだよな、このナタ)
最初に叩き込んだ時に力を入れ過ぎたのだろう。
刃が欠けていた。
(こういう場合は鍛冶師か、それとも研ぎ師とかいるのか)
どこに持っていけばいいのか、少し考えていたら刃が直り始めた。
(おぉ、装備修復機能か。体の修復に比べれば遅いけど、これは便利だな)
このナタにはこれからも頼ろうと思っていたのだ。
使える物は長く使いたい。
抜けない剣などよりもずっと。
刺されて穴が開いたシャツも、いつの間にか塞がっている事に気付く。
(さて、こんなもんか)
目ぼしい物は全て漁った。
(ギルドの報酬は魅力的だ。受け取らない理由はない)
俊夫は街へ戻るという選択を選んでいた。
そのためには、時間をかけ過ぎて死体の状態が変わっては意味がない。
俊夫にはわからないが、死後硬直の具合でいつ死んだのか調べられると困る。
ミレーナの体を楽しもうとしなかったのはそのためだ。
カバンを置いていき、森の外で転がり、慌てて転んだように見せかけるために土に塗れる。
そして街へと走っていった。
――この時、人を殺すという行為にためらいを感じなくなっていた事には、まだ気付いてはいなかった。
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