第33話 取り調べ 2

 スフォルツェスコ城。

 その一室にて、俊夫の事情聴取が行われている。


 面子は――


 ミラノ公国公王 フランツ。

 ミラノ公国の治安を預かる内務大臣 ベルナルド。

 ミラノに駐留する神教騎士団小隊長 ポール。

 神教騎士団の正騎士4人。


 ――そして俊夫だった。


 会議室は人払いがされていた。

 これは正騎士の1人、狼の獣人がそのように願い出たからだ。

 フランツの左右と俊夫の背後には2人ずつ騎士達が立っていた。

 俊夫が凶行に及ばないようにという威圧と、何かしでかした時に取り押さえるためだ。


 その俊夫といえば、食後のデザートとしてジェラートに舌鼓を打っていた。


(なんだ、こいつら。この犬っころはなんか熱い目で見てくるし……。まさかホモか?)


 そんな考えを俊夫がしているとは知らずに、その犬っころと心の中で言われた騎士が率先して話を進める。


「お待たせ致しました。それではゾルドさんの身元についてお話したいと思います。……ゾルドさん、よろしいですよね?」

「あぁ」

「ゾルドさんは、まだ本調子ではないようですので、私が代わりに説明させて頂きます」


(なんの事かわからんが、敵ではないようだ。変な事を言い出さない分には好きにすればいいさ)


 状況についていけない俊夫は、様子見を決め込んだ。

 流れは悪くなさそうだし、流れに任せるのも悪くない。

 食事を済ませて、いくらか気分が楽になった俊夫はそう考えたのだ。


「それではゾルドさん。指輪を出して頂けますか」

「何の指輪だ?」

「これですよ」


 そういって、自分の指にはめられた指輪を俊夫に見せるように差し出す。

 そして他の者は驚愕の表情を浮かべた。


「馬鹿な! こんな奴が団員だとでも言うつもりか!」

「そうだ、いくらお前でも言って良い事と悪い事があるぞ」


 周囲の者から避難の声が上がる。

 それもそのはず、俊夫は騎士団に入団を認められるような精悍さがない。

 まだ魔導士団員と言われた方が納得できただろう。


「ローブの中じゃないかな」


 俊夫の言葉を受け、部屋の外に待たせているメイドに俊夫のローブを取りに行かせる。


「ローブは調べたが何も無かったはずだ。さすがに指輪が小さいとはいえ、見つけられないという事は無いだろ」

「まぁまぁ、ローブを持って来られればわかる事です」


 狼の獣人は自信を持って発言している。

 それが俊夫には理解できなかった。

 ローブが持って来られるまで、しばし気まずい時間が流れた。


 ――俊夫以外は。


 俊夫はコーヒーをすする。

 ジェラートで冷えた体を、熱いコーヒーが温めた。

 その余裕の態度が、より一層周囲をイラ立たせる。




「これでいいか?」


 ローブが届き、俊夫がローブの内ポケットから指輪を取り出す。


「はい」

「そんな、何も無かったはずだぞ……」

「大事な物なので隠してあるんですよ」


 ポール達が驚いているのに対し、俊夫はそれっぽい事を言った。

 アイテムボックスとは言わないでおいた。

 マジックポーチとは仕様が違うので、説明するのも面倒だったのだ。


 だが、それでも一応は納得したようだ。

 服に特殊な魔法を仕込むという事はよくある事だ。

 大切な物を隠すために細工をしていてもおかしくない。。

 それに肝心な事は、指輪の隠し場所ではない。

 その指輪を何故持っていたかだ。


「実はゾルドさんは、魔神捜索の密命を受けた方なのです。魔神信奉者のような恰好をしているのも、本物の魔神信奉者を炙り出すためだそうです」

「なんだって!」


 一同にさらなる驚きが襲う。

 神教騎士団がそのような事をしているとは聞いた事がないからだ。

 しかし、ポールだけが違った。

 何かに気付いたかのように、口元に手をやり考え込む。


「そういえば……。いや、あれは……」

「どうされたのかな」


 ポールに声をかけたのはベルナルドだ。

 公国内で起きた事件、その内容に関係があるのならば聞いておきたい。

 個人的な興味も多少混じっている事は否めない。


 フランツ公王もいるのだ。

 自分の中にだけ秘めておくのは不味いだろうと思い、ポールは答えた


「何年か前に神教庁の司教と話をした時の笑い話です。魔神の捜索を任されている者達が、いつまで経っても結果が出せないので、魔神信奉者の恰好をしてまで必死に探しているらしいと。もしかしたら笑い話の体で、暗に教えてくれていたのかも……」


 ポールは過去の出来事と今回の俊夫の件を結び付け、深く考えてしまう。

 人間は辻褄が合いそうな事があると、繋ぎ合わせようとしてしまう生き物だ。

 勝手に誤解してくれるのは好都合だと、俊夫はコーヒーを飲みながら静観している。


「ゾルドさんは10年前の魔神騒動後から、魔神捜索の任に着かれております」


(えっ、10年!?)


 とんでもない爆弾発言であった。

 そう、俊夫は10年間も暗い海底で苦しみ続けていたのだ。

 その事実は、俊夫を絶望のどん底に落とした。


(まさか本当に10年経っているっていうのか……、クソッ! さっさとクリアしようとしたから、嫌がらせか! やっぱり、ユーザーにストレス与えるのが得意な開発者だな)


 あの時、船が沈まなければローマに一直線だった。

 そうすれば天神のもとへ、すぐに向かう事もできただろう。

 だが、10年という時は非常に重い。

 それだけの時間があれば、防御を固めるのには十分過ぎる時間だ。

 いきなり、神教庁にカチコミをかけるなんて真似は出来なくなった。

 これは早期のゲームクリアを目指していた俊夫にとって、強制的に回り道をさせられるという事だ。

 リアルタイムアタックを狙うようなユーザーに対する、嫌がらせプログラムが組み込まれていると思ってしまった。


「だが、なんでその事をお前が知っている?」

「私自身もゾルドさんに助けられました。その時にゾルドさんの正体を知りました。魔神降臨後の混乱で両親を失いましたが、ゾルドさんのお陰で親戚のもとへ無事にたどり着けたのです」


 騎士の言う事は俊夫の耳には聞こえていたが、頭には入って来なかった。

 今の境遇に嘆くばかりだ。


(地道に力をつけて、仲間を探せってか? クソめんどくせぇ。……あれ? 10年も経ったっていうのなら、なんで現実に復帰していないんだ?)


 ここで俊夫は違和感を抱く。

 実際に時間が経っていれば、さすがに目が覚めていてもおかしくない。

 マシンの強制解除が無理でも、10年も経てばマシンのパーツが壊れて終了していてもいいくらいだ。

 それではなぜ目が覚めていないのか。


(あぁ、そういえば苦しんでいたような時間がある気がする。あれはロード時間か、もしくは外部の影響でなんらかの不具合が起きたか)


 海底に沈んでいた時間を、ロード時間及び不具合だと思い込んでしまった。

 だから、体感時間は長かったが、現実時間はそう長くないのではと考えたのだ。

 この段階でも、異世界に転移していたなどとは思いもしなかった。

 何か転移したと思える証拠があれば別だっただろうが、今はその証拠がない。

 あくまでも、ここはゲーム内だと思っていた。

 技術が進歩し、AIが人間そのもののような思考をするように設計された時代であるからこその弊害だ。

 本物の異世界の住人だとまでは想像できなかった。


「ヴァリゴッティのクラーケンの件もきっとそうです。おそらく、ゾルドさんはクラーケンに襲われている村を助けようとしてクラーケンと戦い、魔力を使い果たしたのではないでしょうか。ですから、民家の食料を食べていたり、ベッドで寝ていたのも仕方ない事だと思います」


 俊夫は、この獣人がなぜここまで俊夫の味方をするのかが理解できなかった。

 10年という時を考えれば、想像できてもおかしくはないのだが、俊夫からすれば昔出会った少年は、その他大勢のモブでしか無かった。


「そうかもしれんな……。しかし、騎士団関係者には見えんな」

「それはそうでしょう。見るからに騎士団関係者という者には、この任はこなせません」


 フランツとベルナルドの話に、他の者も頷く。

 そこに獣人の騎士が補足する。


「魔神信奉者のフリをする必要がありますから。もしかすると、ゾルドさんは正規の騎士団関係者じゃないのかもしれません。実際、ゾルドさんの性格は少々……。まぁ、その……、魔神信奉者よりですから。ハハハ……」


(なんだよ、この犬野郎)


 俊夫は自分の性格を良いとは思っていない。

 だが、それでも他人に良くないと評されるのは腹が立つ。

 自分でわかっていても、お前に言われる筋合いはないと思うからだ。


 チラリと獣人を見てみると尻尾を振っている。

 それを見て”何が嬉しいんだ”と俊夫をさらにイラつかせた。


「正規の騎士団関係者じゃないとなると、指輪はこういう時のための保険というわけか。……ゾルドくん、念のために一体誰から命を下されたか教えてくれるか」


 ポールの問いに俊夫は面倒臭くなり、口で答えるのではなく、人差し指を上に向ける事で答えた。


”とりあえず上の方の偉いさん”


 という感じでだ。

 神教庁や神教騎士団の内部事情など知らない。

 誤解してくれれば、それでいいと思っていた。


「上……か。指輪を渡せるくらいなら枢機卿で、重要な役職に就いている方以上というわけか。かなり限定されるな」


 ポールは神教騎士団の証明である指輪を、人に渡す事ができる役職を思い浮かべる。

 この指輪は特殊な素材と作り方で、その製法を知る者以外は真似ができない。

 例え現物を手に入れて、それを分解して調べようとしても無理なのだ。

 古代の天魔戦争時代より伝わる、貴重な製法なのだ。

 そんな指輪を誰にでも渡すような事はしない。

 俊夫が魔神捜索の任に適していると、特別に認められた者だと勘違いしてしまった。

 クラーケンを倒したのも、正規の騎士団員ではないのに、指輪を持たされるほどの者ならば有り得ると納得する。

 アラン達の死体から剥ぎ取った者だとは知る由もない。


「上……、天井……、天……、神……」

「天神!?」


 ベルナルドの独り言にフランツが反応する。

 天と神を合わせて、天神という言葉を連想してしまった。

 この世界で天神と言えば一人しかいない。


「まさか、天神様直々の密命ですと!?」


 フランツの言葉にポールも反応した。

 しかし、それも仕方がない。

 天が付く者や、天神といえば、連想されるのは天神しかいないのだ。

 黙って成り行きを見守っていた騎士達にも動揺が広がる。

 俊夫が上を指差したのは偉い人というだけではない。

 天井を指差し”天”。

 つまり、天神であると指し示していたのだ!


 もちろん、そんなことはない。

 俊夫は周囲が盛り上がっている中、その心中は冷え込んでいた。


(馬鹿じゃないの、こいつら。それなりに偉いんだろ?)


 適当に指を上に向けただけで、どれだけ勘違いしているのか。

 深読みのし過ぎだとツッコミたいところだが、自分にとっては都合の良い状況なので訂正する気はない。


「私は何も言っていない。その事は勘違いなさらぬようにお願いします。それと、この事は誰にも言わぬようにして頂きたい」


 俊夫の言葉に一同沈黙し、皆が頷く。

 そして、この場を代表するようにフランツが口を開いた。


「もちろん、誰にも言わぬ。ヴァリゴッティの者達は可哀想ではあったが、早い段階でクラーケンを倒してくれたお陰で他の街には被害がでなかった。この公王フランツ、ゾルド殿に心より感謝する」

「陛下にそのようにおっしゃって頂き、身に余る光栄でございます」

「何か必要な物があるならば用意する。言ってみろ」


 フランツの言葉に俊夫はしばし悩む。 

 だが、軽く考えようが深く考えようが出る答えは1つ。


「それでは路銀を提供して頂けますか? それとこうして指輪を出す必要が無いように、身分を証明する物も頂ければ助かります」


 まだ本調子ではないのに金を要求するあたり、俊夫の根っこがどういうものなのかがよくわかる。


「いいだろう、どちらも用意しておこう」

「ありがとうございます」


 俊夫の要求は通った。

 それに俊夫の身分を狼の獣人が証明したため、安全も保障されるようになる。

 なぜこんな風に自分を擁護するのか、俊夫は理解できなかった。


「とりあえず、話は終わったようなので休ませて頂いてもよろしいですか?」


 また眠くなってきた俊夫は、部屋に戻って寝たくなってきていた。

 その申し出に、ポールがフランツに語りかける。


「指輪で身分は証明できたようなので、私は戻らせて良いと思います。私は多くを語る事は出来ませんので」

「ふむ、そうだな」


 その後、しばしの会話が交わされ、俊夫は退出を許される。


「それではお先に失礼致します」


 一礼の後に俊夫は部屋を出ていった。

 俊夫が出て行ったドアを見つめる獣人の騎士は、一筋の涙を流していた。


「どうした、思い出して貰えなかったのが辛いのか」


 ポールの問いかけに、首を振る。


「いえ、私にしてみれば唯一の恩人です。けど、ゾルドさんからすれば、今まで助けてきた多くの人々の中の一人に過ぎない事はわかっています。だから、思い出せないという事は気になりません」


 そこで一度、軽く鼻をすする。


「また会えるとは思っていませんでした。それもゾルドさんのお役に立てる形で。それが嬉しくて……」


 獣人の目から涙があふれ出す。

 ポールは彼の横に立ち、肩に手を乗せる。


「彼は魔神捜索の任に就いている。危険な任務で、いつ死ぬかわからん。再会できて良かったな、ホスエ」

「はい」


 俊夫を庇っていたのは、10年前にポート・ガ・ルーからヒスパンへと連れて行ったホスエだ。

 彼はエミリオ将軍の娘が襲われているところを救い、ヒスパン内戦を経て、神教騎士団に入団するほどまでに剣士として成長していた。

 今回はミラノに駐留する小隊に配属されていたからこそ、偶然俊夫と再会する事ができたのだ。

 ホスエは、その偶然を神に感謝していた。

 その神がクズとは知らないままに。


 涙を流して感動しているホスエに、同僚の騎士が水を差す。


「10年ぶりだろ。大勢の中の一人っていうのでお前の事を忘れたんじゃなくて、子供からの10年は成長が早いからわからなかったんじゃないか。ほら、背とか伸びるし」

「あっ」


 それは考えていなかったと、ホスエは呆気に取られた。

 ただ10年ぶりにあって”私の事を覚えていますか”と聞くのも気が引ける。

”覚えていない”と言われたらショックを受けそうだからだ。


 それに俊夫はグレース共和国出身だと思い込んでいる。

 獣人のホスエの成長した姿がわからないのも納得できた。


 しかし、ホスエは今のままで良いと考えていた。

 恩返しは”させてください”と言って行くものではない。

 相手が困った時に、黙って助ける物だとホスエは思っていた。

 今、正体を明かして”助けてもらったから、助けてあげました”なんていうつもりはない。


 だから”今はこのままで良い”とホスエは思っていた。

 俊夫を追って、自分の正体を明かすつもりない。

 またいつか、恩を返す機会が訪れる機会を信じて。

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