第27話 助言
俊夫が目覚めたのは、日が暮れようとしている頃だった。
昨夜から今朝までの間、魔物相手に楽しみ過ぎて疲れていたのだろう。
それでも、まだまだいけそうな気がするのは体力増加やスタミナ消費量減少のお陰だろうか。
「よう、起きたか」
テーブルに置かれたコップに水が注がれる。
俊夫はソファーから起き上がろうとして、酒瓶が足に当たる。
(酒瓶……、あぁそうか)
ここは対面のソファーで水の飲んでいる、ホセという男の家だ。
魔物の娼館から帰る際にも偶然出くわしたので、体験談を話し合ってテンションが上がり、彼の家で酒を飲みながら語り合っていたのだ。
そして、その後はソファーで眠っていたようだ。
「その場のテンションで行動すると、後で後悔するな」
飲み過ぎて頭が痛い。
俊夫はアイテムボックスからセーロの丸薬を取り出すと、水で流し込む。
酔い止めにも効くという万能薬だ。
いくらか頭痛がマシになる。
俊夫は一錠、ホセにも渡す。
「ありがとう。明日は仕事だから酒を抜かないとな……」
ホセも派手に遊び過ぎたと反省していた。
遊び慣れていない彼は、ついついハメを外し過ぎたようだ。
現に初対面の相手を家に呼んで、酒盛りをしてしまった。
自分の立場を考えれば、軽率な振る舞いだ。
「ところで、話していた事は本当か?」
「なんの話だ? オートマタを相手に頑張ると虚しくなるってやつか?」
「違う、そっちじゃない。婚姻問題の方だ」
婚姻問題と言われて、俊夫は首を傾げる。
そんな話をした覚えがないからだ。
「すまん、覚えてないな。何の話だ?」
ホセは軽くため息を吐く。
だが、それを責める気はない。
それだけの量を飲んでいたのだから。
「私の上司の話だ。宰相閣下は孫娘を殿下に嫁がせたいのだが、対抗派閥の将軍も王家に娘を嫁がせようとしている。相手の妨害方法なんて簡単だと言っていたじゃないか」
「そんなこと言ったかな? まぁ、簡単だとは思うが。それよりも、盛り場で始めて会った奴に話す内容じゃないと思うぞ」
俊夫は一口水を含むと、ホセに話し始める。
「それくらい、相手の娘を嫁に行けない体にすれば簡単じゃないか」
ホセは顔をしかめる。
その手段にではない。
その手段が使えない事にだ。
「相手は有力者だ。しかも大きな軍権を持っている。そんな真似をして、襲い掛かられたらどうする? 相手に口実を与えるようなものだ」
「そりゃそうだろ。馬鹿正直に自分の仲間を使うからダメなんだよ」
そこで一度言葉を切り、食べ残しのチーズを一口頬張る。
「いいか。派閥っていっても一枚岩じゃない。特に末端の貴族の息子や孫なら派閥の意識も薄いだろ? そいつらを使うんだよ」
「どう使うんだ?」
「派閥の有力者の孫娘なんだろ? 下っ端に”手籠めにして、自分の物にすればいい”とか吹き込んでやればいい。派閥ってくらいなら、それなりに数がいるんだろ?。その派閥に属する奴の息子の尻でも叩いて発破をかけてやれ。どこにだって馬鹿はいるもんだ。それが未成年者だったり、派閥の事情を知らないような若造ならなおさらな」
せっかく俊夫が説明してやったのに、ホセは引き気味の表情をしている。
「それで将軍の娘が傷物になれば、王家に嫁ぐのには不適格となる。いや、未遂であっても王族に嫁ぐのは厳しいだろうな。しかも、犯人は自分の派閥の者か……」
「それなら、そっちの宰相派には影響ないだろう」
「いや、大問題だ」
ホセは深刻な表情をしている。
俊夫にはわからない部分で、問題が生じるのだろうか。
「総力を挙げて、その対象となる者を探すことになるだろう。休み返上になるかもな……」
「これで派閥内での地位を少しでも確保するんだな。そうすれば下っ端に仕事を丸投げできるぞ」
「あぁ、そうだな。現に今も丸投げされる立場だからよくわかる」
二人の笑い声が響き渡る。
俊夫も下っ端だった。
人に使われる辛さはわかるのだ。
「それにしても、こんな事をよく思いつくものだ」
「いや、これくらいは基本だろう。後はバレないように直接接触しないようにな」
(そういえば、アルヴェスもねずみ講を知らなかった。このゲームの奴等は、人を陥れる事に関してヌルい奴等ばっかりだな。もしかして、一山当てることができるんじゃないか?)
俊夫の頭の中を、M資金詐欺やマルチ商法といった単語が流れていく。
金さえあれば、天神側の人間も寝返らせることができるかもしれない。
別に実際にこちらに付いて戦えと言う気はない。
情報の収集だけでも、十分な働きとなるのだ。
(問題は時間がかかることだな)
速度か、堅実さか。
両立は難しい。
俊夫の中では、ローマに向かってさっさと終わらせたい。
しかし、この犯罪に対して良くも悪くも甘い考えしかしない、ゲームの住人達からどれだけ搾り取れるかということにも興味はある。
”急がば回れ”という言葉があるように、まずは荒稼ぎするべきか?
俊夫が悩んでいるように、ホセもまた悩んでいた。
そして、ホセは覚悟を決めた。
「ゾルドさん。一度宰相閣下と会って頂けませんか? できれば、その時に注意点などがあれば助言して頂ければありがたい」
「えー」
「私はこういう搦め手が苦手でして。私が考えたと言っても信じてもらえません。ゾルドさんから話して頂けると非常に助かるんです。意見が採用されれば謝礼も出ると思います」
「クソ真面目だねぇ……」
俊夫は謝礼がどの程度の物なのか気にはなった。
しかし、それ以上に宰相と会うという事。
その事自体が十分に利益になるのではないかと考えた。
(一度汚職に手を染めた警察官と同じ。派閥争いに勝つため、魔神の協力を仰いだとなれば、それは十分な弱みとなる。一国の宰相ともなれば、権力争いで引きずり降ろそうとする奴もいるだろう。弱みは見せられない。なし崩し的に味方にならなくてはいけない状況を作れるかもしれない。……そうか、国か! いろんな国を味方に付けて天神側と戦わせる。それで天神の周囲を守る奴等を減らせるじゃないか)
打てる手が多くなるのは悪くない。
今後の状況次第では、その力を借りなければいけないかもしれなくなる。
ならば、宰相という立場の相手に会わせてくれるというのならば、会っておけばいい。
「そうですね。ぜひとも会いましょう」
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ホセの家で軽く食事を済ませた後、俊夫はホテルへ戻った。
さすがにローブのままではダメだと言われたので、アランから奪った燕尾服に着替えていたのだ。
何か魔法による細工が施されていたのだろう。
俊夫のサイズに勝手に調整された。
(そりゃゲームだと装備の使い回ししたりするから、サイズの調整ぐらいされるよな)
ホセは先に宰相の屋敷へと向かい、話が付き次第ホテルに迎えをよこすと言っていた。
それもそうだろう。
いきなり素性の知れぬ相手を連れて行く事などできない。
立場のある者ならば、なおさらだ。
どう利用してやろうか。
着替えが終わり、ラウンジで1時間ほど待っていると迎えの馬車が来た。
(俺みたいな怪しい奴を本当に招くとかありえねぇだろ……。それだけ困ってるって、白状しているようなもんじゃないか)
宰相とやらは、どうやって魑魅魍魎溢れる政界の中で生き抜いてきたのか。
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「お初にお目にかかります。ゾルドと申します。何分にも冒険者でございますので、無礼な振る舞いが御座いますでしょうが、何卒ご容赦くださいますようお願い申し上げます」
右手を左胸に当てて礼をする。
この動作はホセから聞いていたものだ。
俊夫が先に”無礼な振る舞いするかもしれないけど、冒険者だし勘弁しろよ”と言っておいたのは保険だ。
流石に政治家と交渉するような経験は無かった。
何が相手を刺激するかわからないのだ。
ならば、先に牽制しておいた方が良い。
これで最低限の礼儀を守っていれば、相手は俊夫の無礼を責めることができない。
冒険者相手に、礼儀作法を求める方がおかしいのだ。
その俊夫の対応は相手に慎重な性格だという印象を与えた。
謀議をはかるのに、粗雑な輩は不向きだからだ。
「ワシがマヌエル・アサーニャだ。まぁ座りたまえ」
応接間、そこでマヌエルの対面の席をすすめられる。
ヒスパン帝国の宰相マヌエル・アサーニャ。
この世界では貴族か裕福な平民くらいしか家名が持てない。
その事を考えれば、出自は確かなようだ。
彼は経済的に混乱したヒスパン帝国の立て直しのため、宰相に任命された。
貧民層を救済する政策が評価されての事だ。
主に数の多い中流階級から下流階級の支持を集めている。
それに対抗するのはエミリオ・モラ将軍。
マヌエルの政策に反感を持つ者達。
上流階級や軍、教会といった既得権益を持つ保守層の支持を得ている。
この両者が対立し、次期国王と見なされているフアン王子に一族の娘を送り込もうとしている。
王族との婚姻により、発言力を増そうというのだ。
「大体の話は聞いている。二人がどんな知り合い方をしたかもな」
マヌエルのその言葉に、俊夫はマヌエルの背後に立つホセを睨む。
――いくらなんでも、あの出会い方を話す必要あったのか?
――全てを正直に言う必要があったんだ、すまない。けど、恥ずかしいのはこちらだぞ。自分の性癖を上司に知られたのだからな。
視線の交錯。
それは一瞬の出来事であったが、二人は十分に語り合った。
男と見つめ合うのも嫌だ。
そう思った俊夫はマヌエルに視線を戻す。
しかし、こっちも男。
それも老人だ。
「まったく、ワシは立場があるから行けんというのに。羨ま―――」
そこでマヌエルは周囲の者の視線に気づく。
「オホン。それで、詳しい話を聞きたい」
マヌエルは俊夫がホセに教えた事を、確認がてら話しだした。
そして、俊夫に問いかける。
「相手に気付かれないように、上手くやる方法というのを聞きたい」
「それでしたら、まずは相手の派閥の中で、エミリオ将軍に対抗心を持つ者と接触しましょう」
「対抗心……、軍派閥を牛耳りたい。そのために将軍の娘を王家に嫁がせたくないと思っている者、という事か」
「そうですね」
だが、マヌエルは首を振るだけだった。
「いくらなんでも、こちらが好待遇を示した程度で裏切るような者ではない。根本的に考え方が違うというのを忘れて貰っては困る」
「いえいえ、別に裏切らせようという訳ではありません。ただ接触しているという事実があれば、それで十分なのです」
マヌエルは顔をしかめて黙っている。
俊夫は”続けろ”という事だと思い、話を続けた。
「肝心なのは”会談をしている””会食をしている”という事を周囲に知らしめる事です。仲良くなる必要はありません。接触する事によって、エミリオ将軍がその相手を警戒するだろうという事が大事なんです。本命は別にあります」
「別とは?」
「軍派閥といっても、その派閥内部の有力者の数だけ小さな派閥があるでしょう。本命はそれらの派閥に属する者です。エミリオ将軍の娘が王子と婚姻関係になれば、その地盤は盤石の物となるでしょう。しかし、婚約がダメになれば対抗派閥は浮かび上がる可能性が出てきます」
そこで俊夫はニヤリと悪い笑顔をする。
「対抗派閥の長に接触する事で、その部下や派閥に属する者との接触もしやすくなります。そして最初はささいな情報提供を要請するんです」
「ささいな情報など貰ってどうする。重要な情報で無ければ、こちらの手の者でもいずれは手に入るぞ」
「ですから”最初は”と申し上げたのです。ささいな情報であっても、それを閣下に伝えてしまったという事実が、少しずつ彼らを縛り上げるのです。時間をかけて――」
そこで俊夫は言葉が詰まった。
――時間をかけて手駒にしていく。
時間はあるのだろうか?
その事を失念していた。
「申し訳ありませんが、時間はどの程度御座いますか?」
「2年といったところだな。ワシの孫娘とエミリオ将軍の娘は16際の学生。1卒業前に婚約者が内定するだろうから、早めにしなければならない」
2年という期間に、俊夫は安堵する。
さすがに1週間しか無いと言われてしまったら、取れる方法は力技になってしまう。
「それでしたら大丈夫です。閣下に協力したという事実を盾に、なし崩し的に派閥争いをせざるを得ない状況を作るのです。そして、その間に軍派閥に属する者の息子達に、エミリオ将軍の娘を襲うように扇動しましょう」
「それならば、こちらが若者を扇動せずに、あちらの派閥の者にやらせればいいのでは?」
マヌエルの疑問に、俊夫は首を振る。
「いえいえ、とんでもない。そんな事をして、万が一にも忠誠心を発揮されて告発されたら大変です。あくまでも、こちらに協力しているという程度で収めてください。それに深い協力関係を築いてしまったら、エミリオ将軍に完全に手を組んだと思われてしまいます。そうなったら結局は、こちらにも攻撃してきますよ。”エミリオ将軍の対抗派閥の者が、軍派閥の主導権を得ようと勝手に行動した”そう疑われるように仕向ける程度の関係で結構です」
「なるほどな。エミリオの奴には”娘が襲われたのは軍派閥内での内部分裂が原因”と思わせるように誘導するのか」
「その通りです。こちら側と組んでの行動だと思われないように、適度な距離を保ちましょう。娘を襲わせたのはこちらの息がかかった者だとは思わせないように。そして、閣下の孫娘と王子の婚約が確定した後、内部分裂して弱体化した軍派閥を吸収していけばいい」
これは俊夫の働いていた会社のオーナーがよくやっていた手法だ。
相手が内部分裂をして争っている間に、自分の組織の力を成長させる。
最終的には、内輪揉めで弱体化した敵対組織を吸収するのだ。
俊夫から見てもあくどいやり方だった。
そのお陰で覚えていた。
「この国の事情をよく知りませんので、細かいところはそちらで調整して頂くことになります」
「それ程度は問題ない。で、報酬はいくら欲しい?」
マヌエルは俊夫に報酬を聞いてきた。
俊夫は言葉通りには受け取らなかった。
当然だ。
このような話をした後にする報酬の話には口止め料が含まれている。
それをいくら要求するか。
マヌエルが”口をつぐむのに妥当だ”と思えるラインを要求しなければならない。
不当に安ければ、信用ならないと殺される。
不当に高ければ、金に汚いからエミリオ側に情報を売って金を稼ぐ気だと思われて殺される。
「私はローマに向かおうと思っております。すぐにこの国から出ていく人間に対して、閣下が妥当と思われる金額を頂ければ、それで結構です」
俊夫はそれを受け流した。
自分がすぐにこの国を出ていくという事を伝え、エミリオ側にチクるような気は無いという態度を示す。
そして”報酬はマヌエルが決めろ”と返す事で、こちらの要求により不興を買うことを避けた。
むしろ、マヌエルが正当な金額を決めて見せろと返されたようなものだ。
マヌエルは、しばし悩んだ。
「500万エーロでどうだ」
「えっ」
「……不服か?」
「いいえ、そんなに頂けるとは思ってませんでした。ありがとうございます」
俊夫は満面の笑みを浮かべ、頭を深く下げる。
マヌエルはそれを見て、満足気に頷いた。
(ヒスパン人ってケチばっかなのか。王族との婚約問題なのに、なんでこんなはした金しかよこさないんだ)
俊夫が不満に思うのも仕方がない。
大きな話しをした割りには、カスのような小銭しか渡さないのだから。
だが、これはマヌエルを責める事はできない。
冒険者には、これでも大金なのだ。
俊夫が”冒険者のゾルド”と名乗ったから、それにふさわしい金額を提示しただけ。
旅人のゾルドとでも言っておけば良かったのだ。
「ホセ、ゾルド君をホテルまで送ってあげなさい」
「はっ」
使用人が持ってきた金を確認し、受け取った後マヌエルがそう言った。
会談は終わりだという事だ。
「それでは失礼致します」
俊夫は入室した時のように、右手を左胸に当てて礼をして部屋を出て行った。
マヌエルは俊夫が出て行き、少ししてからマヌエルは控えていた使用人に声をかける。
「ゾルドとやらは頭が回るようだな」
「はっ、そのようで」
「この件を国外の者が知ったまま、というのも困るな」
「すぐに対処致します」
その返事をした後、使用人は部屋を出ていく。
「切れすぎる刃物は使用者も傷つける。ほどほどが一番なのだよ」
マヌエルは人がいなくなった部屋で、一人呟いた。
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