第26話 お荷物のお届け
「そうか、それで死体を運んできたというわけか」
「えぇ、そうなんです」
「どこの誰の親族だ」
「どこの誰なんでしょうねぇ」
今、俊夫はサラマンカの門で衛兵に職務質問されている。
怪しいローブの男が死体を運んできたのだ。
しかも子供付きで。
当然、衛兵たちは職務を果たそうとする。
「おい、ホスエ。起きろって」
俊夫はホスエを揺さぶる。
道中激しく揺れていたにも関わらず、ホスエは泣き疲れて両親の遺体の間に横になって眠っていた。
死体遺棄事件ならばまだいい。
未成年者略取――それも男の子――という罪状では絶対に捕まりたくない。
例え、それがゲームだと思っていてもだ。
「あれ、もう着いたの?」
寝起きの第一声がこれだ。
かなり神経は図太いようだ。
この言葉に青筋を立てた俊夫だが、俊夫にしては驚異的な忍耐力で耐えた。
「ホスエ、お前の親戚の名前を教えてやってくれ」
その言葉で気付いたのだろう。
俊夫に親戚の事を詳しく話していなかったことに。
「叔父はオリベイラ商会のオズワルドです。僕たちはポート・ガ・ルーからこちらへ避難して来たのですが、両親が盗賊に殺されてしまって……」
「そうか、それは残念だったな」
衛兵はお悔やみを言うと、俊夫の腕を捕まえた。
「盗賊はこちらで始末しておく。安心するといい」
「俺じゃねぇよ! 親切で運んで来てやったんだ。それくらいわかれよ」
(またこれかよ! さっさとクエスト達成して評判ポイント上げないと、生き辛いことこの上ない)
ポルトでは、魔神捜索クエスト後はこの格好のままでも普通に暮らせていた。
その事実が、評判ポイントというありもしないシステムにこだわらせてしまっていた。
「そうだよ。ゾルド兄ちゃんは怪しいけど、親切で運んで来てくれたんだ」
「しかし、子供を騙して連れて行くというのは、よくある基本的な犯罪だしなぁ……」
「それにゾルド兄ちゃんは、そんな悪い人じゃ……。えっと……」
「そこは言い切れ!」
ホスエの脳裏に、難民キャンプを肴に酒を飲む俊夫の姿が浮かんでしまった。
そのために、悪い人ではないと言い切ることができなかったのだ。
神教騎士団の証を持っていたとしても、やっぱり嫌な性格の人はいるんだと思ってしまったくらいだ。
これは俊夫の自業自得である。
(もう嫌だ。なんだこのガキ)
「うーん、まぁ街の外に連れ出すんじゃなくて、中に入るんならいいか。流石に死体を運んでいる奴は目立つだろう。お前はどう思う?」
「そうだな、俺も中に入る分には問題ないと思うぞ。違法な物を隠している感じでもないしな」
荷車をチェックしていた衛兵も問題無しと言うと、俊夫を掴んでいた手が離された。
「入っても良いが、問題を起こすなよ。通行税は一人1,000エーロだ」
「俺は冒険者証あるんで」
俊夫は冒険者証を見せると、ホスエの分だけ支払った。
「ホスエ、お前は親戚の家の場所を知ってるのか?」
「うん、何度か来たことあるから大丈夫だよ」
ようやく荷車から降りて、ホスエは俊夫の先導をする。
(あぁ、やっと終わる。あとは一杯やってゆっくり休もう)
これでこのクエストも終わるという安堵感。
それと同時に”評判システムなんて気にするんじゃなかった”という後悔も感じていた。
やはり、ゲームとはいえ他者を気遣うなんて面倒臭い。
なによりも、今の自分が気遣われるべきだと思っていた。
ゲームから目が覚めないというのは、何よりも可哀想なのだから。
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「そういうことでしたか。わざわざありがとうございました」
ホスエの叔父、オズワルドが俊夫に礼を言う。
彼はホスエ一家がヒスパンに来ていた事を知らなかったらしい。
今日、ホスエが遺体と共に家を訪れて非常に驚いていた。
「ゾルド兄ちゃん、ありがとう。いつかきっと恩返しできるように、強く成れるように頑張るよ」
「あぁ、期待しないで待ってるよ。しっかり強くなれよ」
これは本当に期待しないで言っている。
その内に仲間になるにしても期待できない。
こういった、初期に仲間になるフラグが立ったキャラは微妙なキャラが多いのだ。
(あぁ、終わった。それにしても、今まで人を殺してレベルアップした時のような高揚感がないな。もしかしてクエストの経験値って少ないのか?)
そもそも、ここはゲームの世界ではない。
クエストによる報酬で経験値を獲得することがないのだ。
俊夫がそんな考えをしていたところ、オズワルドが俊夫の前に小さな袋を差し出す。
「こちら些少ではございますが、ホスエを助けて頂きました心ばかりの謝礼でございます」
(金か。ホスエのホテル代や食費も立て替えておいたしな。これくらいは当然だろう)
やや軽めの袋を俊夫は受け取った。
(中身は10枚ほど……。10万エーロ硬貨10枚ってとこか。国境越えの割りには少ないな)
最初にホスエの分の通行税を払えなかったから置いて行かれたという話をした。
俊夫がホスエを連れて国境を通れたのは、俊夫にコネがあったからという事にしていた。
これはあらかじめホスエと口裏合わせをしていたのだ。
だが、そのお陰でお礼は少なくなってしまっていた。
「いえいえ、人として当然の事をしたまでです」
まさに心にもない事を言う。
「ゾルドさんは、これからどうなされるのですか? もしお時間があるのでしたら、葬儀に参列して頂けると故人も喜びます」
オズワルドの申し出に、俊夫は首を振る。
「申し訳ありませんが、私にはやらなくてはいけないことがあるんです。早めに行かなくてはいけない場所もありますしね」
この返答にオズワルドだけではなく、ホスエも残念そうな顔をする。
俊夫にはこれ以上付き合う義理はない。
この後、遺体を運ぶのを手伝えとか言われるかもしれない。
面倒臭いことなんて俊夫はやりたくないのだ。
早いうちに退散しておくに越したことはない。
それに甥を助けてもらっておきながら、金払いの悪い奴と長く関わりたくは無かった。
ややこじんまりとしているとはいえ、屋敷といえる家に住んでいるのだ。
もうちょっと、きっぷのいい主人であって欲しかった。
もし俊夫が金に困っていたら、今晩にでも盗みに入っていただろう。
「それでは失礼します」
名残惜しむホスエを振り切って、俊夫は別れを告げ、家を出て行った。
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「すいません。一泊1万~2万エーロのホテルってどこらへんにありますか?」
「ひっ……。それなら、ここから大通りの方に行って――」
さっさと出て行きたかったので、先程ホテルの場所を聞くのを俊夫は忘れていた。
そこで通行人に道を聞いたのだ。
(なんか怖がられてるな。せっかくクエストをクリアしたっていうのに。やっぱり魔神発見とかかなり大きなクエストじゃないと評判ポイントが貯まらないのか?)
ポルトの場合、俊夫がログアウトの方法を探して街をうろついていたこと。
そして魔神発見の際に、その特徴的な恰好が知られていたからこそ、街全体で友好的な対応をしてくれていたのだ。
良い事をしたといっても、それが広がる時間が必要だ。
ここはゲームの世界ではないのだから。
しかし、俊夫はそうは思っていない。
ゲームなのだから、すぐに街の評判に繋がって当然だと考えていた。
人助けしたのに、なんで友好的な態度を取らないんだと不満なのだ。
(これからどうしようか)
ホテルへ向かうということではない。
明日以降のことだ。
街の観光をしてもいいし、ローマまで一気に進んで天神に戦いを挑むのも悪くない。
この国はまだ魔神騒動で暴動が起きてはいないようだ。
ならば、大人のお店へ行くという選択肢も出てくる。
安全な国なら、心の垢を落とす事もできるだろう。
特に、ホスエの件では鬱憤が溜まっている。
大人のお店で溜まっているモノを吐き出すのも悪くない。
俊夫は先程受け取った袋を開いて中身を取り出す。
(1万エーロ10枚……。本当に些少じゃねぇか!)
やっぱり殺そうかな、と俊夫の足が止まる。
「いてぇ、ちくしょう。お前が急に止まるから腕が折れたじゃねぇか。この落とし前どうつけてくれるんだ? あぁん」
「おい、大丈夫かよ! なにしやがるこの野郎!」
見るからにわかりやすいゴロツキ2人組。
彼らは俊夫が立ちどまった時、後ろからぶつかり、骨が折れたと因縁をつけてきた。
俊夫が手に10万エーロ分の硬貨を持っていることに目を付けたのだ。
だから、俊夫が止まらずとも、必ずどこかで因縁をつけてきただろう。
(ゲームとはいえ、こんなわかりやすい奴がいるとはな)
俊夫はゴロツキを相手にせず、小走りで人気の無い路地裏を探して走る。
「おい、待ちやがれ」
ゴロツキどもは俊夫を追う。
追いつかれない程度にギリギリの速さで走っているとは気づいていない。
彼らは俊夫が逃げ出したことから、こいつは弱いと思い込んでしまった。
現金だけではない。
剣やローブといった持ち物も金になりそうだ。
絶好の獲物を見つけたと、逃がさないように追いかけ続ける。
「おい、そこ曲がったぞ」
「任せろ」
人通りの無い路地。
そこでゴロツキは俊夫を追いかけ角を曲がった。
「ぐへっ」
一人目の顔にナタが食い込み、始めてアイススケートを滑ってこけた人のように、派手に仰向けに倒れる。
二人目は俊夫に首を掴まれた。
「い、いくらなんでも殺すなんて、お前どうかしてるぜ」
「あぁ、そう」
俊夫は無造作にゴロツキの顔を壁に押さえつけ、一気にすりおろす。
「ひぁっ、ひっ、ひっ」
顔の右半分が、ざらついた壁に肉までそぎ落とされた。
ゴロツキはあまりの痛みに叫ぶことができず、痙攣しながら声を漏らすことしかできなかった。
痛みが意識を遮断したのだろう。
目が裏返り、白目をむいている。
俊夫は残りの左半分も、無表情にすりおろした。
今回は声が出なかった。
完全に意識を失っていたからだ。
両頬の筋肉がそぎ落とされたせいか、口が開きっぱなしになっている。
「これが本当の”顎が落ちる”ってやつか」
俊夫は興味を失い、手を放すとゴロツキの体は地面に崩れ落ちた。
(なんだ、これは……。評判ポイントどうなってんだよ。せっかく良い人ぶってやったのに、なんでこんなチンピラに絡まれなきゃいけないんだ。クソっ、人助けなんてするんじゃ無かった)
せっかく人を助けたのに、それが報われない。
それならば、人を助けるだけ無駄じゃないか。
俊夫はそのように思ってしまった。
ここをゲームだと思っているのだ。
ゲームであれば、目的も見返りもなくNPCを助けるような人は稀。
見返りがないのならば、助ける理由も無い。
そういう人の方が多いだろう。
特に俊夫は、その傾向が強かった。
魔神捜索のように、大きなイベントの時だけ頑張ればいい。
どうせ魔神信奉者として怪しまれるのだから、そうでない時は見捨てても問題ない。
そう思ってしまうのも仕方がない事なのだ。
(あぁ、そういえば……)
俊夫には、以前から疑問に思っていたことがあった。
――人に洗浄の魔法を使えばどうなるか。
もちろん、今まで自分を含めて人にも使った事がある。
今回は死体に使う。
人の死体を生ゴミとして認識すればどうなるのか?
それを試そうというのだ。
俊夫はナタとゴロツキの財布を回収し、先に死んでいる方に試す。
「【クリーン】」
対象は死体と身に付けている物。
その全てが血痕を含めて消えてしまった。
俊夫にとってゴロツキの死体など、ただのゴミでしかなかった。
その認識が、魔法にも適用された形となる。
「おぉ……」
俊夫は思わず感嘆の声を漏らした。
これで犯罪の痕跡を残さずに済む。
いつか必ず役に立つだろう。
次に俊夫は意識を失っている男を洗浄する。
しかし、こちらは体どころか、服も消えはしなかった。
汚れが落ちて、キレイになっただけだ。
(生きている対象には使えないか。まぁ使えたら攻撃魔法とかいらなくなるし、仕方ないか)
俊夫は首をへし折り、そこから洗浄し続ける。
およほ30秒ほど過ぎたころに、死体が消えた。
(殺してすぐはダメか。蘇生可能時間とかそんな感じの猶予があるのかな? まぁ、良い実験になったな)
魔物の死体でもいいが、やはり人間で試したかったのだ。
俊夫はこの実験結果に満足していた。
絡んできてくれたゴロツキのお陰で、ホスエやオズワルドに感じていた鬱憤もいくらかは晴れた。
ホテルまでの足取りは、先ほどよりかは軽やかだった。
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